表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/259

一章 最終話 『弱き者、強きモノ』

「なんで。なんでこんな時に……」


 魔獣騒ぎ。それは時として獣の国(アニマ)でも起こりうることは既知の通り。しかし、監査の直後、それもここまで大規模なものとなれば話は別である。


「僕の予想ですが、今回、いえ、昨今一連の魔獣騒ぎは全て今回のものに収束しているのでしょう」


 「外套の魔道士」が一蹴したあの大侵攻。先日にあった飛竜の群れ。それらは何のためにあったのか。カイが紐解いて出した結論。


「少し魔性の国(ファタール)を中心に考え過ぎてた。考えてみればほとんどが獣の国周辺であった出来事なんだ。基本的に大きな騒動は西側。東側にもあったけどそれほど大事ではない。全部、あなたを釣るための罠。実際釣られたみたいですしね。先日、森に竜種を向かわせたのも飛竜の群れを殲滅するためだったのでしょう?」


「……ええ。状況がわからなかったので曖昧な命令(オーダー)にせざるを得なかったのですが」


 外への警戒を強めさせ、内の防御に割く意識を奪う。そして、一度侵攻を抑制したのも同様。警戒を緩めさせ、油断したタイミングで一気に攻め落とす。それも国盗りが目的ではない。


「この国が滅んでもお構いなしの勢いだ。人間の仕業じゃ無いですね。あなた、相当恨みを買っているみたいだ。仕方ないでしょうけど」


 版図を広げる。王の座を奪う。これらの目的は臣民がいて初めて意味をなす。しかし今回の侵攻ではそれら全てが泡沫に消える。人間であれば必要と捉えるはずだがその思考がない。


「魔獣たちが、徒党を組んで、戦略を練って。それも長い時間をかけて組み上げたものだ。相当年季が入ってますよ」


 あり得ない事態。魔獣が徒党を組む時点で度し難い。それに加えて策を練った侵攻。裏に手を引くものがいる。人間ではない、何か。


「そんな……だってお母様は、もう……」


「僕はあなたには恨みがあるけど、この国には無い。ミツキさんのこともありますしとりあえずはできる限り手を尽くします。でも、もう魔力は少ない。ここからできるのは弓の範囲内で空にいる飛竜を落とすのがせいぜい」


 結界の外、ひしめく飛竜までの距離は遠い。それを落とすことを精々と言ってしまうカイ。これは謙遜ではない。それが(はした)になるほどに、今回の相手は膨大。


「あなたの能力にかかっています。この国の人たちは元々戦いに馴染みがない」


 ルナリアが築いてきた防衛システム。人の手によらないそれが、ある種あだになった形。


「わ、たし……間違っていたの……こんなの……だって……」


 あまりに多くの出来事。ミツキのこと。旅のこと。目の前の問題。処理をするには重すぎる。それでも彼女は動かなければならない。


「──あなたは、女王なんだ。どれだけ苦しくても動け。頭を回せ」


 珍しく強い言葉を使うカイ。それが事態の深刻さを物語る。一歩でも間違えば大切な二人諸共失ってしまう。それだけは、絶対に避けなければ。


「何のために、あの人がそれを残したか。考えろ」


 変わらず玉座に輝く無限光(アインソフアウル)


「それでも、限界があるの……私の手札じゃあ全員は……」


 それでもなお残るのは限界。()()は自分と同じ存在を望みながら、深層心理では同じ存在が生まれることを忌避していた。それが故に無意識で与えた能力の限界。本来の神威にはなかった(きず)


「……じゃあ、一箇所。そこに集中させてください。それくらいならできるでしょう」


「私に、他を見捨てろ、と。残酷なのね。いえ、それも仕方ないこと」


「いいから早く! くそ!! こんなこと言いたくないのに!!」


 カイにあったのは勝算。それを手繰り寄せるために柄にもなく。



「信じろ。僕たちを。あなたがともに旅をした仲間を」



    ◇



「魔獣が来てやがる! よお、こないだぶり、なんてな!」


 デスパレート。ミツキたちが触れ合った彼らにも魔獣の魔の手が迫っている。先頭に立って指揮をとるのはミツキたちを迎えたあの熊の獣人。


「チョロいもんだぜ。この間のよりは強えが、その程度。準備してんだよ! こちとらやられっぱなしじゃねえ! 学ぶことの大切さは身に染みて分かってらあ!」


 しかし、彼らには事態の深刻さに比して焦りが少ない。全く無い訳ではないが、それでも落ち着いていると表現できるほど。


 それも当然だろう。この周辺。予めスタンバイさせていた魔獣についてはミツキとリベラが大きく削っている。そのため、侵攻は既存の魔獣警備でも対処できる程度。


「こんな奴らにやられたら、あの人らにも悪いだろうよ! せっかくあんな良くして貰ったんだ。今日終わりには出来ねえ!」


 加えて、ミツキたちがある程度戦うための知識を授けている。滞在を伸ばしたことが、ここに来て功を奏した。本来戦う術のない彼らにも罠や武器の扱いが備わった。仮に警備が倒されても戦える。その意識は士気に変わり、士気はそのまま力に変わる。


「それによ、こんなもん俺らにとっちゃあ大したもんじゃねえんだよ。地獄なら、入り口くらいは覗いてんだ」


 そして何より。彼らは困難を知っている。苦労を、どうにもならない不運を、その人生で知っている。


 だからこの程度と迎え撃つ。乗り越えられる可能性がある。その程度の絶望(デスパレート)。そんなものが彼らの歩みを止められるものか。


「勝って、もっかいあの人らと会うぞ。『またね』って、約束したんだ」


 罪人たちは奮い立つ。一度立ち上がった彼らは、人生を強く渇望する。


 一度間違えた彼らは、だからこそ、もう二度と約束を違えない。


 絶望の都。奮起の街。ここに、変わらぬ魔獣の居場所はない。



    ◇



「逃げろ! 魔法が使えないやつ優先!! 図書館ならある程度は耐えられる! 魔法が使えるやつは屋根に! 数を少しでも減らすぞ!」


「俺たち獣人は多少頑丈だ! 後回しでも」


「馬鹿言え! 多少が効く数じゃないんだ! 全員一緒、一人だって死なせてたまるか!」


 ナレッジ。智の集積地。他の場所と比べても非力なものが多い。弱く、死んでいくはずの者が。皮肉にも獣人も獣人ではない(プレーンの)人間も関係なく、平等に。


「いや、いやあ!! 来ないで!」


「くそ、どこから湧いて……っ!!」


 三ヶ所。図書館へと避難を続ける彼らに、同時に向かう凶獣。ルナリアの配下たる魔獣も善戦してはいるが、それでも覆し得ない圧倒的な物量。


 押しつぶされ、すり潰されるだけ。何も出来ずに。



 赤が跳ぶ。紅が舞う。緋が散る。


 彼らの視界いっぱいに、赤いソレが広がっていく。




「これ……は、一体……?」



 

 周囲に広がる赫い何か。それは魔獣の突撃を受け止めると。


「予想通り、か。騎士め。簡単に言ってくれるものだな」


 あるものは身体が弾け飛び、あるものは弾き飛ばされていく。


 押しつぶされ、すり潰されるだけ。そのはずだった。


 ──本来ならば。



「たった一人で、街を守るなど。流石の私でも困難だとも。だが」



 だが、ここには彼女がいる。


 (ナレッジ)の極致。人ならざる身でありながら、その智を蒐集したもの。遥か時を生きる古成体(エルダー)。この世界における究極の一角。



「困難こそ、我が生き甲斐。私の矜持に。そして何より」


 緋色の鱗を広げ、世界にその存在を誇示するが如く。


 全霊で身体を広げ、あたかも全盛期と変わらぬ姿かの如く。



「私を救った、彼にかけて。誰一人死なせることはない」



 「竜種(ドラゴン)」アテナ。人の身と成りてもまだ強き者が、ナレッジを守護するために無いはずの翼を広げる。



「三つ、だな」


 周囲の守護に気を回す必要がある。だから攻撃に用いるのは三つが限度。しかし、雑兵の群れなどそれで十二分。


 三つ、鱗を立体的に展開。その一つを踏み、加速。「反射」を生かしたジャンプ台として利用し。


「追いつけんか? だろうな」


 さらに二つ、リズムに乗って、風に乗って。


 そのままの勢いで、否、さらに勢いを増して。


 中心の魔獣数体、それらへと蹴撃。大きく踵を落として叩き潰す。一体のみならず、その余波で周辺の魔獣を一掃する。


「あなた……いったい……?」


 突如現れた援軍。獅子奮迅の彼女の姿にあるものは歓喜し、あるものは怯える。


 謎の存在である彼女に疑問を抱くのは当然。それでも想定していた範囲内。異物である自覚はある。


「私は、」


「いい! そんなこといいよ! だって」


「助けてくれた! ありがとう!」


「勝てる! みんな、生き残るぞ!」


 声が上がり始める。困惑していたものも、いつしかそれに加わって。明らかに人間ではないだろうアテナを歓迎する。



「──守る理由が、増えたか。不便なものだな。人間の体というものは」



 隠しきれない笑みを蓄えて、再び空を駆ける。


 その姿に、人は竜を見るか、人間を見るか。



    ◇



「逃げろ!! 戦おうとするな! 女王陛下の魔獣に任せてとにかく逃げろ!」


 ヘイデイ。最盛を誇る街は今やガレキが散乱する地に変わる。


 元々この地は経済の要。待機させていた魔獣の数は多い。


「逃げるのは徒歩か、自動車持ってるならそれ……いや、逃げ場がなくなる! できる限り足を使って!」


 それを総動員しなければ食い止めることすら能わない。日常を生きていたはずの彼らを強襲した魔獣の群れ。それはヘイデイを囲むようにして待機している。


「だめ……だ……逃げ場が、ない……」


 あるものが呟いた、「もうだめだ」と。ある者が叫んだ、「おしまいだ」と。


 戦いに耐性のない彼らにとって目の前に迫る恐怖は耐え難いもの。諦めることでしか正気を保てないほどに、そこにある「死」は鮮烈。


「最期まで」


 ある者が声を上げた。消えそうな、それでも確かな声。


「最期まで、戦ってやる。この街は」


 声が続く。争いを遠ざけることを望んで造られたはずの街で。戦いを覚悟する勝鬨の音。


「初代が、平和を願った場所じゃないか」


 全員が拳を握る。負けられない。他の場所では分からないけれど、ここで生きる限りは譲れない。



「おおおお!!」


 拙い魔法の数々。それが魔獣に当たり、効果もなく消えていく。


 弱々しい体技。武器を力任せに振るうばかりで何の効果も上げられはしない。


「うあああああ!!」


 それでも諦めなかった。全員が、一丸となって。最後まで。





「最悪の予想が当たった、か。それでも仕掛けは削れた。少しは楽になっただろう」



 それが、辿り着くその時まで。



「ナレッジはアテナ殿がいれば問題ない。守ることに関してあの人ほど適任はいないだろう。問題は」


 魔獣が群がり、飛びかかる。一体、強靭なタウロス。ルナリアが使役しているものよりも大きく、強い。



 一瞬、銀色が光り流星が走る。


 魔獣も、人間たちも、何が起きたか理解できない。そのまま、なぜか健在のその男へと魔獣が群がり。



 幾重もの閃き。空を彩るようにそれが走り。


「竜種よりは弱いだろうが、数だな」


 消滅。切り裂かれた本体ですら何が起きたか認識し得ない速度。それが数度。


 滅亡が必至であった。ヘイデイはまさにその最盛を終えようとしていた。



「仕方ない。使うつもりは無かったんだが」


 それを彼は捻じ曲げる。


 今代の武の特異点。単身で、竜宮近海に巣食う竜種を御した「剣神」。この世界で、人の身にて神と称されることが如何程のことか。


「世界を照らせ、『極虹(きょっこう)』」


 それまで刀身を見せることさえなかった剣。それを正面に構え、声にする。


 すると刀の根元、そこに付けられた宝石がゆらりと光を灯す。さまざまな色。四色をかわるがわる写し出すそれが、呼びかけに応じて虹に変わる。


 それを縦に振ると、生まれるのは光の奔流。刀身から放たれたのは魔力ではなく「魔法」。


 「遺物(ロストマテリアル)」、神の生み出した再現不可能の神業物。想魔神ミラが生涯に一度だけ作り出した奇跡の一振り。それが、()()()()()()()()()()()()、魔法の行使を可能にする。



「さて、皆さん。下がっていてください。これから先は巻き込むかもしれない」


 放つ光。その中心に立つは傭兵の国(ガルディニア)、その全盛期(ヘイデイ)を支える騎士の頂点。魔法を使えずともたどり着けると示した強き者。



「──あなたたちの勇気に、敬意を。オレは決してそれを無駄にはしない」



 騎士団長リベラが、剣を振るう。隠してきた力を惜しげもなく使いながら。


 戦況はその一人で一転する。魔獣に生存の道は無い。この街にもはや崩壊はあり得ない。


 その剣が光る限り、終わらぬ繁栄が約束される。



    ◇



「フェアウェル。集中させるとしたらそこです」


 玉座の間。カイがルナリアに指示を出す。


「いくらみなさまが強いと言っても、一人で街を一つ守るなんて……いえ、それ以前に他の農村部が」


「そこは気にしないで大丈夫です。リベラさんが先に仕掛けてる」


 ヘイデイから暫く単独行動をとっていたリベラ。その目的が明らかになる。


 デスパレートでの戦闘。その後の魔獣の巣討伐。これらを経て彼が導き出したのは、「近く大きな侵攻がある」というもの。


 理屈ではない。数々の修羅場を潜ってきたからこそ備わる第六感。そのため仲間に時間を使えとは言えなかった。それでも、カイにはその狙いが見えていた。


「聞いておいたんで。全域は無理でも、一定間隔、既存の警備でもかろうじて耐え切れる程度に侵入口を封鎖していたこと」


 仲間に話さなかった理由はもう一つ。ディアーナを騙る彼女。それが仮にこの国の敵であれば。そのパターンを一応警戒していた。もっとも、彼の第六感はそれは無いと訴えていたが、根拠のない判断にかまけるのは危険。念を入れて対策をしていた。


「それに調査して分かったのは都市部周辺の方が潜んでいた魔獣の数も、侵入経路も多いようです。明らかに人の多い場所を狙ってる」


「……ではデスパレートには」


「それはあなたも分かっているでしょう? あの周辺は大方見て回れてる。住民も強かだ。危険なのはフェアウェル。観光客が多くこの地への愛着や誇りというものが薄い。その上国への関所もある。落とされれば一気に旗色が悪くなる」


 守りの要としての意味。弱所と断ずる理由。


「裏を返せば、他の地は土着の人が多い。簡単には崩れない」


「……分かりました。その指示に従います」


 しかし、それでも残る弱所がある。


「ラストボンド。ここの結界は絶対に破れませんか?」


 質問の意味は、すなわち王都ラストボンドに割ける守りは少ないということ。結界と、僅かな守衛、僅かな魔獣警備。そしてミツキたち三人。


「……簡単には壊れません。しかし、万が一、魔獣がその身を厭わず波状攻撃に出れば、綻ぶ可能性はあります。そうなれば」


「この地は貴族の方が多い。平和に浸かりきっているでしょう。戦う術はあまり無い。そうでなくとも万が一を危惧した人たちが恐慌状態になるのは危険です。逃げようとしたら結界に穴が空く」


 となれば手前で迎え撃つのが最善。しかし数が多い。少しずつ削るにしても時間がかかり過ぎる。


「ミツキさんとゲルダさんが要ですけれど、ミツキさんはもう」


 ルナリアとの戦いで体力も魔力も限界に近い。どこまで戦えるか。


「……あの人は無茶をするから。本当は嫌だった。でも、止められないのも分かってるから」


 簡単に死地に飛び込む。何でもないような顔をしてとんでもない決断をしてみせる。


「……最悪、ここを放棄することも考えておいてください。多少の犠牲は出るかもしれませんが」


 見知った人間が生きていれば良い。冷たいようだが当たり前のこと。カイには二人の命が最優先。ルナリアにそのことを間接的に伝える。


「はい。分かっています。その判断をするのは私だということも」


 ルナリアはそれに頷く。ここまで耐えられているのはミツキたちのおかげ。それでもこの国を背負うのは自分。いざとなれば。


 最後の絆。彼が得た自分との思い出。それを捨てることは、身を削るほどの思いだけれど。



    ◇



「ゲルダ! どれくらい戦える!?」


「けっこういけるよ! でも、ぜんぶはムリ!」


 結界の外。魔獣の群れを前に構える二人。それに遅れること数分、場内にいた魔獣と守衛が集まる。


「キミは……味方と思っていいのか……?」


「はい。とりあえず魔獣を倒すまでは」


 地下牢にいた守衛が訝しむが、ここで争う余裕は無い。すぐさま魔獣に向き直る。


「ゲルダ。氷で少しずつ引き離すようにして、数を絞りながら相手しよう。俺らと、女王の部隊とで分ける感じで」


「おっけい……え、と。そっちの人、も」


「了解した。こちらも引き離すように動こう。魔法部隊は壁を築きながら援護。女王の魔獣と連携しながら各個撃破を狙う」


 方針は決まった。それでも覆し難い戦力差。他の地と異なり戦局をひっくり返すだけの切り札はない。地力だけ。


「……あの日より、多い」


 流星の記憶。あの時に相手取った数より多く。


 あの時より、弱く。


 あの時より、弱っている。


 ただでさえ厳しい相手に飛車角落ちで挑まなければならない。諦めは当然。


「俺には俺の出来ることを。それを重ねれば、限界を越えられる。うん、大丈夫。見てきた」


 この旅で知った。人に当然立ち塞がる限界の壁。それを受け継ぐことで越えてきたこの国の歴史。だから諦めたりなんてしない。


 絆の街。その名に恥じないように。




「雷光!」


 戦闘の一体に雷撃。動きを強制的に止めて進撃の足並みを崩す。


「氷壁!」


 ゲルダがその混乱を狙い氷の壁を形成。手前を二つに分け、それと奥とをさらに区切るように複雑な形を作る。ゲルダだから出来る妙技。


「練火・村正!」


 ミツキは炎の刀を選択。氷の壁と相性が悪く思えるが、継戦を考えると一瞬で消える雷撃や光線に頼るのは危険。少ない魔力でも戦い抜けるように工夫する。


「今回は手加減いらないよね──氷牙・群生」


 ゲルダは氷の棘を魔獣の足元に形成。それを使い複数体貫く。



 氷の壁が崩れると流れ込む魔獣。それをさらに足止めし、区切る。その繰り返し。


「くっそ、練火!」


 倒しても倒しても、増員が来る。倒しても倒しても、同じ景色が続く。



「ぐ……お、ぇ」


「! ミツキくん!!」


 ジリ貧。限界。突然の吐き気。身体が危機を告げる強烈なアラート。知っている感覚が身体を揺さぶる。


「は、あ。大丈夫、大丈夫。これでも、まだ撃てるのは、知ってる……」


「だめ! 暫く休んでて! あたしはまだ大丈夫だから!」


「ぐ! 魔獣の圧が……!」


「堪えろ! 魔法部隊は魔力を温存しながら」


「だめです! 負傷も増えてきて、温存の余裕は」


 隣。ミツキが手を出せなくなりパワーバランスが崩れる。ゲルダは確かにその分を処理できるだろう。しかし女王の部隊は違う。場数も練度も足りない。


「俺が、休んでるわけにはいかないから」


 だからミツキは止まれない。限界ギリギリまで戦う。いや。


「……だめ、死んじゃう……だってもう……」


 既に、そのギリギリにいる。知っている吐き気を覚悟して押し込んで。周りを騙しながら。自分を騙しながら戦ってきた。


「いや、いやだ……ミツキくんがいないと、あたし……いや……!」


「……ごめん。ごめんな」


 魂。ミツキに残された魔力はそれだけ。そこにある高密度の魔力の塊。それを崩して薪にする。


 砂の城を手で崩すように、一度手を出せばたちどころに崩れ去ってしまう。それをまさしく魂で感じ取る。


「せっかく、救ってもらった命なのに。ごめん」


「っっ!! ダメ!! それは本当に」


 残すべき言葉はあと一つ。それさえ言えれば、この苦境を覆すだけの魔力を放つ。覚悟は出来た。一度経験したものだから。それでも、少しだけ恐怖はある。


「ゲルダ。カイも。短い時間だったけど、今まで」


 ゲルダの声が遠くなる。何か叫んでるけれど聞き取れない。あの時とは違う。本当に聴こえない。


 手を前にかざし、集中する。放つべき魔法は決めた。眼前の暗い「死」を照らし尽くす黎明の火。



「今まで、ありが」



 言い終わる前に。光が走る。空を裂くほどに鮮烈な。悪夢を終わらせるほど強烈な光。




 緑色の、淡く、小さな光。




「──あ」



 ミツキの目の前で、再会を祝うように光が増す。



 それをミツキは愛おしそうに。



 自分の胸に押し込んだ。



    ◇



「……良かったんですか」


 弓を放ったカイが問う。手放したものの価値はどんなに知識が無くとも分かる。その真意が知りたい。


「──いいんです。私があれを持っていたとして、救えるのはせいぜいこの国のみんなだけ。あれは欲張りな方にこそふさわしい。私より、相応しい方がいらっしゃるのなら」


 無限の力を持っても自分には限界がある。どうせこの国を離れられないなら、自分よりも多くを救えるのは、彼。


 未練がないわけではない。あの力があれば竜種の軍勢も夢ではない。この国は、もっと盤石になるだろう。それでも。


「お父さまなら、きっとこうしたから。あの人に顔向け出来ないようなことだけはできませんから」


 理由は他にもある。彼が見せてきた姿は、全然似ていないにも関わらず、どこか懐かしい彼に似ていたから。


 ぼろぼろの身体でこの国を守ろうと戦う彼の姿は、どこか鏡を見ているようで。


 多くの人と手を取り戦う彼の姿は、大切なことを教えてくれて。


 意地でも言葉を交わそうとした。自分がどれだけ不利益を被っても、誰かのことだけを考えて。


 そんな彼のことを、いつしか。



「──分かりました。じゃあ僕らの仕事はここまでだ。行きましょう。迎えに」


 四肢の半分を失っているルナリアを支え向かう。ミツキたちの下へ。


 勝利はここに決した。それを見届けるために。言葉を、伝えるために。



    ◇



「ゲルダ、ごめん。泣き止んで」


「良かった……ほんとに……良かった……」


 魂から手を離し戻ってきたミツキ。最初に見たのがゲルダの泣き顔だったから、少しだけ時間を使いなだめる。


「ゲルダ。みなさんも、少しだけ。全力で時間作ってください」


 逆転の力は得た。しかし時間は要る。ミツキが攻撃に参加出来ない中で少しといっても足止め。危険な仕事になるが。


「任せてくれ! 数分なら……!!」


「うん、わかった。残りの魔力全部つぎ込むから」


「ごめんって。無理はしないでね」


 目は赤いがゲルダの顔はもう笑みを取り戻している。意趣返しとばかりにミツキに語り、放つ。


人の認識は凍り果てる(ワールド・エンド)


 本来の出力よりも低く、その分範囲を拡大させた極大魔法。それでも世界は凍りつく。魔獣の軍勢は一斉に止まる。まるで時すら凍ったように。永遠を思わせる一瞬だが、これで稼げる時間は一、二分。


 その間に全員息を整える。希望の火を繋ぐために。


「原初の火。闇を照らす微々たる灯火。繋ぎ、紡ぎ、続き、世界の果てへと辿り着く」


 魔法のイメージを言葉にする。この旅を経て得たものを全て乗せる。


 自分の理想を、一人では成せない希望を。形にするために思いを込める。



 氷が溶けて魔獣が一斉に動き出す。構えていた全員が迎え撃つ。倒すのではなく留めることを意識して。それよりも、何より誰も死なないことを願いながら。


「世界に光を。闇に終わりを。遍く人々に、希望を」


 整った盤面。ミツキは準備を終えたと左手を上げて知らせる。


「みんな! 後退!」


 意図をいち早く理解したゲルダが指揮。それに従い部隊が一斉に下がる。その間にゲルダは氷の壁を貼る。守りではなく、逃がさないために。


 魔獣の中心。現れたのは小さな火。今にも消えてしまいそうな種火。


 その内部に、はち切れんばかりの魔力が込められているなど一体誰が分かろうか。


 それが膨れ始める。魔法は既に成立している。それが成長しているのは、ミツキが魔力を注ぎ続けているから。魔力球の応用。繋ぐ想いの結晶。一つ、何かが終わろうとも、弛まず絶えず紡がれる。


 危険を察知した一部の魔獣が散り始めるが、時既に遅し。その火から逃れる術はここには無い。



黎明の火(プロメテウス)



 破裂する。小さな火は、形を変える。


 あまりに弱く、消えそうに見えたそれは。


 天に昇る。柱が生まれる。地と空を繋ぐ。


 さながら太陽の如く。


 あまりに強く、燦々と。


 地上を呑み込む「死」の闇を悉く照らし尽くした。






「……ルナリアさん、すみません。もう返せなくなって」


 因果集積(フェイタル・チェイン)。それにより自力で手に入れた無限光はもう二度とミツキの手を離れない。離すことは出来ない。


「ええ。そんな気がしていましたわ。でもいいの」


 ルナリアの顔はぼろぼろの身体とそんな現実とは裏腹に晴れやかなもの。


「私、もっと良いものを見つけましたので」


 限界があった。自分一人ではなし得ない夢があった。


 それを叶える術があった。手元にあったのに、見えていなかった。


 教えてもらった。言葉で。そのあり方で。共に過ごした時間で。


「ミツキさん」


 人は弱い。吹けば消えてしまうような灯火。彼女にしてみれば、一瞬で命を散らす儚いもの。


 

 人は強い。灯火は連なる。大火はきっと世界を照らせるほどに。それはともすれば、永遠に。



「あなたに出会えて、話が出来て、良かった」



 彼女は見つけた。自分の周りに、小さく輝く微かな星を。


 月はもう一人では無い。



 そこに居る彼ら彼女らと、これからも共に輝くだろう。





    ◇



「そうだ。ルナリアさん。ラストボンドの意味って」


「ええ。『最後の絆』。私の義父(ちち)がその生涯で得た私との絆を」


「だと思ってた。多分、違いますよ。『ラスト』には、別の意味もあるんです。多分初代の性格ならそっち」


「……」


「『続く』。だから、『続く絆』。ちょっとだけ文法は違うけど。ルナリアさんは人より長生きだから。それでも消えないってこと、残したかったんじゃないかなぁって」


「──ほんと、大事なことは言わないと分からないって、そう言ったくせに」


 彼女が得たものは、きっと、最初から。



















次話、本筋には関係ない話を一つ。その後から二章開始です。

見て頂いてる方には申し訳ないですが、少し更新頻度落ちるかもしれません、申し訳ない。

そして、いつもありがとうございます。見ていただけるなら、またお付き合いお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ