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一章 三十一話 『再戦』

「出力拡張……炎陣!」


 八つあるストックの内、一つを使い強化した炎が地面を走る。狙いは正体を表したルナリアではない。そして、魔獣でもない。


「あら、仲間はずれは寂しいですわね」


 ルナリアと魔獣を一時分断。彼女は強い。魔獣と同時に相手をすることはできない。だから貴重な魔力球を使い重厚な炎の壁を作り、時間を稼ぐ。


 その間にミツキは魔獣を片付けなければならない。時間は限られている。せいぜい十分程度。玉座の間という閉所がプラスに働いたか、その数は恐るほどではない。


 しかし一体。ミツキの脳裏に染み付く強きモノ。霊廟で対峙した獅子、ダアトがスフィンクスと名付けたそれがいる。あの個体よりは随分と小柄だが、その外皮は恐らく健在。単純な破壊に対してなら屈指の防御を誇る


「全滅より、できる限り減らす方向で!」


 大物を崩すより小物を減らす。ルナリアの指揮下で連携を取られれば、下手をすると反撃の隙を潰される。その懸念。


「雷霆!」


 地面に手を置き魔力を流す。ゲルダの「氷焦・小銀河」をベースにアレンジした雷の魔法。地面を伝い一定の範囲に雷撃を与える。


 これにより影狼複数体がスタン。身動きを封じる。しかし宙に浮く刃千鳥と、強靭な肉体を持つタウロスは健在。


「出力拡張、昇雷・絶龍(ヒドラ)!」


 枝分かれする雷撃を強化。複数体を一度に狙う。しかし命中するのは図体の大きく的にし易いタウロスのみ。刃千鳥は俊敏に動き躱し尽くす。


 ミツキの持つ魔法で範囲を広げやすいのは炎魔法である。しかし、ミツキはそれよりも、そして光魔法よりも、雷の魔法を好んで使う。なぜなら、殺さずに戦闘不能へと追い込みやすいから。


 通常であれば魔獣には容赦なく殺傷性の高い魔法を放つミツキ。しかし、今回は事情が異なる。ゲルダの予想した通り、国防の要となる魔獣はできるだけその数を減らさないようにと意識してしまう。


「■■■■■■──!!」


「く、そ!」


 スフィンクスが雷を弾きながらミツキに迫る。あの時と同じ速度。あの時に嫌というほど見た前腕での薙ぎ払い。


 知っている。ならば躱せる。あの時に自分を縛り跳躍(ジャンプ)を使わず戦った経験が生きている。軽く上に飛び、空振りを誘うと、下に体重をかけてすぐさま着地。空中での隙を潰す。そのまま大きく踏み込み懐へと潜る。


「のは、マズイから!」


 と見せかけて直前でサイドステップ。叩き潰しのモーションに入っていたスフィンクスはそれをキャンセルできない。しばらくの隙。それを利用して狙うのは。


「ちょこまかと! 邪魔!」


 刃千鳥。ミツキを逃すまいとピッタリ接近してくるそれらを凌ぐ。雷を躱すほどのアジリティ。ミツキには、カイのように切り返しの隙を狙うほどの技量はない。


「迅雷!」


 速度重視の雷撃。しかしそれらは簡単に躱す。直線の攻撃など取るに足らないとでも言うように、煽るように軽快に動く。


「魔力球、特殊使用」


 動き迫る刃千鳥を動かず迎え撃つ。方法は決まった。


 魔力球を胸の前に浮かせ、両手をかざす。それを。



 叩く。乾いた音。柏手のようにじんと響き渡る。



「拍雷!」



 そこに雷撃を流し込む。すると、雷撃の軌道が変化。通常であれば威力を上乗せして真っ直ぐ進むはずのそれが、散弾のように弾ける。


 理由は、魔力球の安定を崩したから。ミツキは魔力球にランダムなヒビを入れることで軌道の予測を困難にした。避け難く、予測し難い雷撃の雨。何の予測も役に立たず、ミツキに近づいていた刃千鳥の群れは次々にその雷撃に呑まれていく。


 思いついたのは、前世での一幕。母が料理でハーブの類を使っているときに、手で叩いていたこと。それを実際に自分が作る側になって思い出したから。その細胞を壊し香りを出しやすくすると言う工程が、このような形で身を助けるとは思っていなかった。


「よし、あとはお前だけ……」


「お忘れではなくて?」  


 刃千鳥を片づけ、再接近するスフィンクスに意識を向けていたミツキ。その左半身へと強烈な蹴りが叩き込まれる。


「が、あっ!」


 想定よりも早い参戦。まだ十分も経っていないはず。それなのに、なぜ。もはや無駄な思考であるのにそれに気を取られてしまう。


「少し、薄くなっていましたので。はしたないと思いつつも、寂しかったので来てしまいましたわ」


「っそだろ……まだ全然燃えてるのに」


 かろうじて両腕に魔力を込めてガードできた。それでもなお体に響く鈍痛。圧倒的な膂力をもって駆け抜けたのだろう。炎の壁を一瞬で飛び越えてきたらしい。ドレスの一部が軽く焼け焦げている。


「■■■■──!!」


「くっそ! 小さいから身軽だな!」


 正面にいたはずのミツキが横に吹き飛んだことを受けて方向転換。素早く追撃に向かう。ルナリアもその反対から、挟むように動き始める。


 万事休す。そんな状況下でもミツキの脳裏には勝利への思考が巡る。


 極限の状況なら知っている。あの時にすでに味わった。それならば、もはや狼狽えることなど。


「──待った。おかしい。なんで」


 あの時の個体。眼前のそれより成長した、より強靭な存在。なのになぜ。


 あの時と同じ感覚がそのまま通用するのか。


 体が小さく、小回りは効くのだろう。それでも、速度がそれに匹敵するのはおかしい。霊廟のそれの方が早くて然るべき。


 ならばこの個体があれよりも強大なのか。小さい体により多くの魔力を蓄えているのか。いや、そうではない。


 攻撃、その余波が小さい。あの時の感覚をベースにするならば、その余波でかすり傷くらいは負うはず。それがない。


 ならば必然、眼前の個体は霊廟の個体よりも弱いモノになる。それでも生じる違和感。速度の謎。


 あの時との違いは何か。フィールドの広さ。それとも霊廟がスフィンクスにとって過ごし辛かったか。


「──あ、わかった」


 挟み撃ち。ミツキは立ち上がりそれを迎え撃つ。その場で、ではなく、スフィンクスへと向かって。


「出力拡張、念のため二つ!」


 これで残り三つ。想定よりハイペースな展開になっているが、構わない。まずはこの危機を脱するのが優先。死ななければ、生きていれば。


「練火」


 生成するは炎。手元に作り出し形を変える。


「村正!」


 生まれるは刀。日本刀をなぞって模られた大業物。大量の魔力を限界まで圧縮し練り上げた魔剣。


 スフィンクスは気づく。それが自分の身を切り裂くものだと。命に届く。そんな予感が走る。


 生物としての本能か、それは致命傷を避けようと画策。腕を前に出し、攻撃と同時にミツキの剣線を遮る。頭部さえ無事ならば、いずれ再生する。これを受け切ればルナリアの攻撃が間に合う。そう考えた。だが、そこには誤算がある。



「もらうぞ、それ」


 ミツキは初めから、その命になど興味はない。円月状に炎刀を走らせ、腕、それを切り裂く。


 厳密には切り裂くのではなく、焼き切る。スフィンクスの外皮は破壊に対する防御性能を上乗せしているが、その分据え置きになっている部分があったから。


 それが、温度。ミツキが気づいた逆転への糸口。


 霊廟での戦い。残っていた疑問。なぜ、ルナリアが操る個体と同程度の出力しかなかったのか。その理由が、温度。


 ゲルダ、彼女がミツキの到着まで生き残っていた理由もそれと同じ。スフィンクスの体温と周囲の環境を極寒にすることでその性能を落としていたから。倒し切れなかったのは、皮肉にもカイがいたから。生物の生存圏内までしか温度の操作ができなかったのだろう。


 そのことに気づいたミツキは、炎ならば厚い外皮も焼き切れると予想。見事的中し、その腕を落とすに至った。


 しかし、ミツキの狙いはその奥に。



「雷光」



 焼き切った傷口、そこに向けて限界出力で雷撃を放つ。外皮に阻まれて効果の薄かった雷撃でも直接体内に流されれば別。これは、アテナとの戦いで学んだこと。



「……あくまで、制圧ですのね」


 苦々しい顔で呟いたルナリア。 

 

「……俺は、話がしたいだけだから。殺してしまったら、それもできなくなるような気がして」


 変わらないスタンス。それに対峙する彼女もまた。


「そう。私は、戦うつもりですけれど」


 変わらない。だから、一度。倒れるまでやり合わなければ。



「一対一。ラストダンス。あなたと二人」


 魔力を滾らせながら近づく。もはやその様相は魔獣と相違ないほどに。


「端の端。最後の地で踊りましょう?」

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