一章 三十話 『違和感の正体』
最初の違和感はデスパレート、そこへ向かう道中での会話。
『それが実を結んだのは没後のことでしたけれどね』
まるで見てきたような言い方。些細なもの。表現の妙かもしれない。それでもミツキは忘れない。そこに違和感を抱いたことも含めて。
似たようなことはデスパレートの観光時にも。
『うまくいったわけではありませんのよ』
同じ違和感。二度目のそれ。偶然か、それとも彼女の癖か。決めあぐねていた。
次は、デスパレートでの魔獣騒ぎ。そこで呟いた一言。
『──ありえない。あの女、何を考えていますの』
確かに魔獣騒ぎは珍しい。それでも現地人に言わせれば年に何度かは遭遇する事態。あり得ないとまで言い切るのにはどんな理由があるのかと疑問だった。
「この疑問はさっき晴れました。監査ってシステムの点検だけじゃなくて見回りも兼ねてたんですね。それの直後に魔獣騒ぎがあったから、驚いたんだ」
ここまでの疑問は些細なもの。疑いを盤石にするにはまだ足りない。
「でも、俺が一番気になったのは、多分『桃太郎』のこと」
「? それならこの近辺の人間であれば知っている話ですわよ? 何も特別なことなんて」
ナレッジの図書館にも蔵書がある。それを知っていることが彼女の特異性を証明することはない。
「ええ。俺が気になったのは違う部分」
『やっぱり、ミツキさんならご存知と思いました。有名なお話だそうですもの』
桃団子屋での会話。その一幕。ほんの些細なひと言。普通なら忘れていてもおかしくない。
「なんで俺なら知ってると思ったんですか?」
「? だってあのお話はこことは違う世界、日本の」
「何で」
「『桃太郎』が異世界の、それも日本の話だって知ってるんですか?」
ミツキの彼女に対する違和感は、これを境に大きく育っていった。
多くの者が、その後のゲルダの発言に気を取られ忘れていった話。それでもミツキは忘れない。
因果集積。忘れることができない奇跡。忘れることができない呪い。信じたいと願っても、違和感は決して拭えない。
「……それだけで、私が女王と? いささか無理筋では?」
「まだです」
ミツキが次に上げるのはナレッジ、その図書館での
『──うそつき。言ってくれないとわからないのに』
彼女のひと言。
「蔵書に対しての言葉じゃないすよね。人に対して、それもきっとあの話をこの世界に残した人」
「聞こえていたのですね。嫌な人」
「……すみません。でも、これで俺の中で一つ、噂が現実に変わった」
『そのせいで彼女には色々と噂が絶えない。六百年を生きる不老不死だとか』
リベラが語った内容。与太話と切って捨てられるはずのもの。
「あなたは多分、いや、確実に、この国の初代王様と関係があった。俺の想像では、義理の娘」
「──」
『晩年になって、身寄りのない子供を一人、家族として迎えたようだ』
リベラより語られた歴史の裏側。知る人ぞ知る話。
「だから、あの時慌てたんでしょう? 初代が自分に何を残したか。やっとわかると思ったから」
『!? ミツキさん、あなた』
ヘイデイの銅像。そこに記された英語の意味。それに手がかかった時の彼女の慌て方は誰の目にも明らかなほど。それが、ここにつながる。
「……いずれも、私と女王とを結びつけるには遠いでしょう? 初代との関わりだけでそれを言うことは」
「はい、俺も難しいと思います。俺が考えていたのは二パターン。その一つが、初代は何らかの形で命を奪われて、その復讐に動いてる」
「……突飛ですけれど、その方がまだ筋が通っているのでは?」
ミツキの出した答え。恐らく揺れることはないと分かっていながら彼女は促す。楽しんでいるのだろう。彼が自分の想像よりも、「疑っていた」事実を。
「つい最近まではそう思ってたんです。でも、それならおかしい事実が二つある。まず一つ」
「ええ。聞きましょうか」
「あなたは舞踏会で、割と楽しそうに踊ってましたよね?」
ミツキがゲルダと踊っている最中。いや、その少し前からその様子を見ていたミツキ。早々にパートナーを拾い、華麗に舞う姿。
「あら、かわいそうなゲルダさん。踊りの最中に別の女性を見ていたなんて。でも、それが何か?」
「……あなたがそんなことできるわけがないんです。さっきのシナリオの通りなら」
確信に近い想像。ミツキがそう考える根拠は。
「──だって、あなたは感情が思ったより顔に出る」
デスパレートを離れる時。ミツキが銅像の文字を解読しそうになった時。「桃太郎」のラストが改変されたものと知った時。恐らく最初に出会ったあの時も。
強い感情が顔に出る。そんな彼女が、仮に怨敵を目の前にして、一瞬も表情を変えずに、側から見て楽しそうと思えるほどに踊れるだろうか。否。不可能だろう。
「それはあなたが書いた一つ目の筋書きを否定するだけ。もう一つは」
「最後。ずっと俺の中で燻っていた火種。きっと疑念は全部ここから始まってた」
疑っていた。アテナに注意するよう言われた時点で、すでに。ディアーナと名乗る彼女の違和感、無意識にそれをキャッチしていた。
「何で、あなたは」
「俺たちと出会った時、フェアウェルにいたんですか」
「──は?」
「フェアウェル。聞いたことがあったんです。でも思い出せない。それがあり得ないんだ。この世界に来てから学んだことなら、俺は絶対に忘れない」
因果集積の効果。それが適用されない事象。神の神威、その具現たる奇跡が働かないなどあり得ない。ならば考えられるのは。
「前世。そこで得た知識だ。それで思い出したんです。フェアウェル。確か別れを意味する言葉」
別れの地。観光客がその旅を終える場所。そう考えるのが真っ当。しかし違和感、異物があった。彼女。貴族を自称する彼女がそこにいる意味も理由もない。
「買い物なんかはヘイデイでいい。わざわざフェアウェルに来たのは」
「女王の姿を見るため。これじゃ不満かしら?」
「ええ。それなら他の街でいい。最後まで監視していた訳じゃないんでしょう? さっき、デスパレートでの監査は知らない風だった」
女王の監視でもない。他の用事ならヘイデイでいい。フェアウェルでなければならなかった理由。そこにある特別な何か。
「『洗礼の泉』。女王の即位を祝った場所。あなたは思い出を辿りに来てたんでしょう? 初代と自分の、別れるまでの時間。忘れてしまいそうな長い時間でも、最後まで覚えているために。別れの果てに女王となって、決めた覚悟を思い出すために」
初代との関係。洗礼の泉。この二つからミツキはディアーナがルナリアであると導き出した。否。導いたわけではない。カイがこの結論に至っていないのが何よりの理由。
彼は想像しただけ。穴だらけの推論。でも。
「──それ、は」
彼女が否定することはない。すでに化けの皮が剥がれているからではなく。
「……多分、言い訳ならいくらでも作れる。でも出てこないんですね」
取り繕い方もあるのに、彼女はしない。出来ない。彼との思い出を辿る旅。それを彼女は嘘と切って捨てることができない。
「全部を総合した俺の結論、違和感の正体はこうです」
ミツキたちに協力を申し出た女性、自称ディアーナ。彼女の正体は六百年前、初代に娘として迎えられた存在。そして、初代が逝去するとそのまま女王として君臨。
だが彼女は不老不死に近い。いつまでも君臨していては怪しまれる。だから変わった。影武者を立てながら。
身よりもなく犯罪に手を染めるしかなかった者を迎え入れ、操った。それがいつのまにか姿を消した彼女。
『陰で動かす黒幕がいるとか』
図らずも、噂はいずれも真実に近づいていたらしい。そして現在。彼女はこうして影に君臨し続ける。
「分からないことは残ってます。どうして俺たちを招いたのか。これだけはあなたに聞かないとって」
「じゃあ、不老不死は? あなたに答えが出せるだけの情報はあるの?」
奇跡のない時代。そこから君臨し続ける彼女。その不滅性の正体。
ミツキは知っている。人間不信のゲルダがあっという間に距離を縮めた存在を。
ミツキは知っている。千年を生きる存在があることを。
ミツキは知っている。彼女が、人の形になったことを。
「──あなたは、魔獣だ」
魔獣への指揮権。長い時を生きる生命力。そして並外れた魔力。いずれも、魔獣であるならば納得がいく。
「……そう……ふふ。あなた、思っていたよりずっと素敵ね」
否定をせず微笑む。もう取り繕うつもりなどないのだろう。
「あなたに敬意を表して、正解を教えてあげますわ」
玉座を離れ、近づく。ミツキは構えない。まだ覚悟が定まらない。
「私は死造神ダアトによってこの形のまま産み落とされた。彼女の後継機として、その神威の一部を与えられて。故に」
「──魔獣ダアト。人の形で生まれた魔獣。それが私の古い名。今は捨て去った忌むべき過去」
「戦わないと、いけませんか? あなたなら、きっと話せば」
悲しそうに、捨て去るように語る彼女に向けて。言葉にすれば伝わると信じて。
「言ったでしょう? どうしようもないことがあると。それが、今。私の野望のために、譲るわけにはいかないの。ああ、それと」
最後通告を終えて、彼女が手をかかげる。
魔獣への合図。控えていたそれらが動く。その中には、ミツキの因縁の相手。三つ首を持つ獅子の姿。
「あなたたちを連れてきたのは、ほんの思いつき。どうせ始末するしかないのなら、ここでまとめてやったほうが効率がいいでしょう?」
腕を下ろす。それらが一斉にミツキに群がる。
逃れられない決戦。その火蓋が切って落とされた。




