一章 二十九話 『風、捩れ、あるべき場所へ』
◇
およそ二時間前
「しまっ……!」
王城の外へ逃れたカイ。それを狙い打つ飛竜の突撃。
不可避。空中に投げ出された身体では、ディエスのような奇跡でもなければ逃れようのない一撃。
それを受けるカイには奇跡はない。したがって、必死。
「なんてね」
虚言、虚構、虚実。カイの得意とするところ。相手を欺くことにかけては、ミツキたちの中でも群を抜く。
カイは魔法の行使を最小限にすることで余力を残していた。本来であればもう四つは使えた魔法、それを一つでやり過ごす。肉体強化に費やした魔力を計算に入れても、魔法二発分の余力を残した。
その理由。魔獣の追撃。飛竜という存在を知っていたからこそ。外に逃げる自分を迎え撃つ可能性を考慮していた。
国防に魔獣を用いる女王であれば、きっと陸だけではない。空。広大なそれを放置しておく道理はない。
「天狗風・神足通!」
迫り来る飛竜に対し行使するのは風による加速。自身や味方に用いることを想定した補助魔法。それを使って。
「こっちだよ」
軌道を逸らす。飛竜でさえ想定していない速度で軌道を動かされた結果、それは王城から外れた森に落ちる。
ほとんど同時にその軌道に乗って自身も一気に地面に向かう。女王の視界から外れるために。飛竜の後ろに隠れるようにして落ちていく。
「あと一発、余力はある」
元々の予定通り、着地用の魔力が残った。それを用いてクッションのように風を操り着地。無傷で生還。撤退戦の勝利条件を満たす。しかし、一縷の懸念が残る。
「ミツキさんが心配だ。でも戻るのは多分間に合わないな」
恐らく女王はカイをダシに残党を炙り出そうと画策するはず。彼女は何かに怯えている。危険は取り除こうとするはずだ。カイはそう考える。
「……すぐには死なないでしょう。少し、時間を使って回復、かな」
そして女王がミツキを見つけ出すまでに自分が戻ることは不可能。そう踏んだカイは予定を変更。すぐに合流するのではなく一旦魔力を回復。そして恐らく生じる混乱に乗じて必要な物資を回収することにした。
具体的にはミツキの短刀と箱。そして自分の弓矢とナイフ。
「女王の動きに賭けることになるから、少し怖いけど」
ミツキにはゲルダも、一応ディアーナもついている。そして、奥の手も。
だから耐える。自分のミスを取り返すために。できる限りの策を弄して。
「できること」を完遂する。
◇
「数は多いけど質はどうかな?」
魔獣の群れ。回復したとは言っても魔力の量は依然枯渇気味。可能な限り節約して戦う。
鳥の群れ。羽の代わりに強靭な刃で翼を形成した刃千鳥。俊敏に動きながらカイへと近づく。弓を構えたカイ、その狙いを定めさせないように狡猾に立ち回る。
しかし、その程度の小細工はカイには通用しない。左右への移動、その切り返しの一瞬。運動が停止する不可避の一点を狙い三体を同時に落とす。これを三度。動きながら繰り返す。
ミツキやゲルダと異なりカイは魔獣の殺傷に一切躊躇いがない。自分達の目的を最優先。ぶれることなく戦う。
「ふう。楽に行けると思ったのに。一体、強いのがいる」
カイが警戒するのは、さながら雲の魔人。テンペストと名付けられたその魔獣は自身の体を変化させ大きな腕を形成。カイを握り潰しにかかる。
「乱気・暴風」
以前使用したかまいたちとは異なる、周囲への単純な風のバリア。「神風」に比べ出力は劣るが範囲で勝る。それを使用しテンペストの攻撃のみならず、有象無象の接近を凌ぐ。
「定石通り行こう。多数相手ならまずは雑魚を散らしてから」
よろけた影狼。それに近づきナイフで首を落とす。即座にカバーに入る残り二体。その内一体に対しナイフを投擲。もう一体には矢を放つ。
「もう少し連携を学んだほうがいいよ。君たちには難しいだろうけど」
影狼からナイフを回収するカイ。その瞬間、隙を逃さんと魔獣が一気に群がる。
しかしこれは釣り。あえて隙を晒すことで攻撃のタイミングを誘導した。魔獣が一点へと集まり。
上へと跳躍。小さく風邪を起こしトランポリンの要領で魔獣たちの上をとる。そして。
「神風・千刃」
最大出力。それを刃に変え一網打尽。残るは僅かな低級魔獣。そしてテンペスト。
他の魔獣が僅かに後退りする中でテンペストが接近。全身を使い圧死させることを目論む。
「乱気・旋刃」
カウンター狙いで周囲に風の刃。しかし。
「なるほど。実体がないのか。多分水、それが集まって形を成してる。ここまで細切れにしても無事。ってことは核のようなものも無い。しんどくなるな」
少しの時間分離しただけですぐに回復。再びカイに接近する。
「ゲルダなら凍らせておしまいなんだろうけど、僕には少し荷が重い」
テンペストの攻撃を避けながら小物を片付ける。魔法は使わない。否、流石のカイでも使えない。
その理由。天駆風・天眼通。これの使用。そしてもう一つ。攻略の糸口、それを掴んだから。
「ゲルダ、僕より後に戦い始めたのに、もう勝ったんだ。さすがに驚いたな」
自身だけでなく他者の行動に目を向ける。余裕があるからではない。心配だからでもない。
「そのおかげで、僕も助かる」
そこにある武器。自身に足りないそれを使うために。
最後の影狼を切り捨てる。テンペストがさらに範囲を拡大する。
仲間の魔獣がいた時にはできなかった広範囲を覆うことによる確実な掌握。弱いものを先に片付けるというセオリー。それを徹底したカイだったが裏目に出たか。今にもカイの体は雲に沈む。
「残念、もう勝負はついたよ」
しかしその瞬間が訪れることはない。
テンペストは停止する。縦横無尽に変化させていた体が硬直する。
なぜなら。
「ゲルダの冷気を浴びて、その体が無事で済むわけないでしょ?」
カイが集中していたのは空気の循環。階上、ゲルダの戦闘跡。蹂躙の冷気を自身のいる階まで運ぶこと。
天眼通でゲルダの勝利のタイミング、そしてその戦略を察知。テンペストに対し有利を取れることを確信したカイは虎視眈々と準備を整えていた。
残った魔力で最大限の効果を得られるように、そして自分に影響がないように、小さく纏める。さながらゲルダの用いる「氷花・落葉」のように。
「少し、疲れた。上にはゆっくり行こうか」
魔力の消耗。節約による体力の消耗。どちらも無視できない。このまま合流してもおそらく足手まといになるだけ。
「それにしても、こんなのが居るなら玉座でも使えばよかったのに。戦闘は素人なのか?」
カイが抱える違和感。玉座での撤退戦。そこで彼女が使役した魔獣。その弱さ。
思考しながらも目の前に広がる氷の雲を砕き、ゆっくりと進む。
心配はあるが、信頼もある。ミツキが必ず目的を達成する、それを信じて今は歩く。
◇
「ここが、玉座の間」
ゲルダとカイ。そしてディアーナ。三人の尽力でほぼほぼ無傷・無消耗のまま目的地にたどり着くミツキ。
一旦息を整える。全速力で走ってきたため息は上がっている。それでももう敵陣の最奥。あまり休んでいる時間はない。
違和感はある。恐らく核心もある。ただ一つ。その目的だけが分からないまま。ミツキの脳裏には一つの懸念。
きっと戦いになる。自分にできるのか。彼女の夢を砕けるのか。
「まずは、話を聞いてもらわないと」
それでも望むのは対話。戦いはそのための手段。
そう言い聞かせて扉を開ける。
目の前に広がるのは。
「あら。早かったのね。少し予想外でしたわ」
女性。玉座に鎮座する姿。それと。
「う……ぐ、ぅ……」
その正面。腹を抑えうずくまる女性の影。跪くように体をかがめてうめいている。
「決着、ついてしまいましたの」
「もう、いいですよ。ディアーナさん」
そこにあった光景はきっと驚くべきもので。ミツキも、そうであるのが通常のもの。
それでも彼は狼狽えることなくまっすぐな眼差しで彼女を照らす。
玉座、肘を置きそれで顔を支えるディアーナ。その姿を。
「あら。バレていましたのね。ミツキさんたら。お人好しなのにめざとい人。ええ。私、この女王に借りがありまして。まあ浅からぬ因縁ですわね」
今までにない笑顔でそう語るディアーナ。声が弾む。笑顔が弾む。
「ふふ。そう、私は彼女に復讐を」
「違う」
ディアーナの言葉を遮る。
彼女の今の言葉には嘘しかなかった。そんな確信を持って。
「あなたが何なのかは、少し前に気がついてた。でも、目的だけが分からない。あなたにそれをするメリットが皆無だ」
「ふ、ぅ。ふぅ。た、助けて……許して……私……だって」
うずくまる彼女が声を上げ始める。振り絞るように。
「あなたの言う通りにやってきたじゃないですか!!」
「あら。監査の仕事も録に果たせない役立たず。それが何を? デスパレート。サボったのでしょう? 自分と同じ境遇の彼ら。その姿を見ていられなくて」
「違う……違うの……私は、ちゃんと見たはず……それなのに……」
狼狽える女。フェアウェルや舞踏会で見せた力強さ。それはもはやカケラも存在しない。ただただ許しを懇願し続ける。そんな弱いものに成り下がった。
「何も知らされていないのに、その光を守って……盗みにきた奴らに怯えて……もう、もう耐えられなくて!」
「そう? 楽しんでいたのではなくて? あんなにはしゃいでいたじゃない? 昔の暮らしから逃げれる、って。任命した直後も。さっきの舞踏会も」
笑う。心底軽蔑したように。心底楽しそうに。
「そこまでに、してくれませんか。これ以上は見ていられない」
苦しそうに言葉を振り絞る彼女。それを楽しそうに嬲る彼女。どちらも。
「……それで?」
彼女の眼光が光る。黒く吸い込まれるような瞳に、初めて光が灯ったように思えた。
「その奇跡。返してもらいに来ました」
目的を告げる。偽ってきた彼女に。偽りなき真実を。
「ディアーナさん。いや」
「女王、ルナリア・ディード・アニマ」
玉座から立ち上がる彼女は、その名を受けて嬉しそうに笑ってみせた。




