一章 二十七話 『プリズンブレイク』
「ここに入っておきなさい。変な気は起こさない方がいい。裁判で君の不利に働くだろう」
守衛がそう言ってミツキを牢に入れる。簡単な作り。しかし感じる。魔鉱石を利用し魔力の伝達を妨げている。ミツキの持っている箱と同じ原理。
「裁判? そんなのしてくれるんですか? 問答無用で裁かれるのかと思ってた」
「君、いつの時代から来たんだ? そんな野蛮なことはしない。いくら女王陛下が気の短い方と言っても法定された手続きは守るとも。それが何より自分を支持する声を大きくすると知っているからね」
意外にもフランクに話しかけてくる。違和感はあったが、恐らくこの国の性質によるのだろう。デスパレートのような更生施設があり、それが効果を発揮しているからこそ犯罪を犯したというだけでは過剰な非難は生じないのだ。
「一体どんなわけがあってこんなことをしたのかは知らんが、君はまだ若い。いくらでもやり直せる。寛大な処置に期待して、大人しく過ごすことだ」
「……女王さまって、意外と優しい人ですね。フェアウェルで監査に来てたのを見たんですけど、その時は少しピリピリしてたから、もっと怖い人だと」
「まあ最近は外も魔獣騒ぎが多いからな。それで少しお疲れなんだろう」
魔獣騒ぎのせいで気疲れしているのであれば、やはりそれを手引きしているのはルナリア女王では無いのでは。この旅で幾度もよぎったその思考。少しずつ核心に近づいているような気がする。
「でも、やっぱり地下って寒いすね。守衛さん大丈夫すか?」
密閉された地下牢。その独特の空気感ゆえか、ミツキは肌寒さを感じていた。その感覚はどこかで味わったものと似ている気がしたが。
「いや、少し寒いな。陛下に頼んで蝋燭花でも増やしてもらうか」
蝋燭花とは魔獣の一種。花弁の代わりに炎を灯す植物に似たもの。花という名前とは裏腹に女王の能力がなければ定期的に炎を撒き散らし獲物を焼き殺す危険生物。死造神ダアトが「焼死」の概念を花の形に押し込んで造った魔獣。
「……この寒さ。あの時も」
ミツキは守衛の話を聞きながら記憶を探る。一致したのはあの日の記憶。失った日に得た最後の輝かしい戦果。その直前に浴びた冷気に似ている。
「てことは、早いな」
「っ! 流石に異常だ! 応援を」
「あら、良いのかしら? そんなに簡単に持ち場を離れて」
扉を開けようと手をかける守衛。その直後に扉が勢いよく開かれ後ろに飛ばされる。
すぐさま武器を構えるが。
「っぐ! う、ぐ……あ」
飛び込んできた人影が素早く動く。背後をとり、腕を固めて首を絞める。見る見るうちに守衛の顔が青くなり。
「はい、おしまい。もう少し鍛えたほうがよろしいのではなくて?」
意識が落ちる。ほんの一瞬の出来事で声も上げられずに。
「ディアさんつっよ! それとこの冷気は」
「ミツキくん!」
ディアーナの後ろから現れたのはゲルダ。彼女が守衛の持ち物から鍵を探り、牢を開ける。そしてミツキに飛びついて。
「おばか!」
「ぶあっ!」
軽快にビンタ。
「あんなの罠に決まってるじゃん! 案の定カイもいないし! うまく逃げたに決まってるのに! 少しは信じてあげてよ!」
「うっ! ごめ! ごめん! もうかんべっ!」
さらに連打。顔が腫れ上がっていく。
「……ゲルダさん、それくらいで。急ぐ必要もありますわ。ミツキさんも、ちゃんと一言」
「……ごめん、二人とも」
頭を下げるミツキだが、ゲルダは納得がいっていない。なぜなら。
「……じゃあまた同じことになったら、我慢できる?」
「……」
「ばか」
ミツキは変わらない。恐らく何度同じことがあろうとも。信じていないからではない。万が一、億が一、その可能性があるのならば、止まることはできない。
そしてゲルダも変わらない。彼がそんな人間だとわかっていても、心配することは止められない。
「……納得もいったようですし、状況の説明を」
「そうだ、どうやってここまで? 警備とかは?」
王城の警備は厳重。それが盗人騒ぎとなればより警戒を増すと踏んでいたミツキ。そのため想像以上に早い救援に驚いている。
「多分警備を玉座の方に集中させているのでしょう。守らなければならないものに手をかけられたのが相当堪えているようですわね。楽しみにしていた舞踏会もおじゃんにされて怒り心頭といった雰囲気ですわ」
「じゃあカイのおかげだな……んでそのカイは? 見た感じだと合流はまだっぽいけど」
ミツキの救援にきたのはゲルダとディアーナのみ。そこにカイがいないという事実からは事情が二択に絞られる。未だ合流できていないか、別行動、例えば陽動か。
「うん。今は舞踏会から人が追い出されててその警備も厚いから、動きづらいんだと思う。多分逃げたのは外だろうし」
「じゃあ、これからどうしよ? カイも外なら俺らも一回外に」
「いえ、目的を進める方がよろしいかと。今城内は混乱しています。それを利用して女王と直接対面といきましょう」
確かに一度離れてしまえば警備が強化され謁見する難易度は跳ね上がる。しかしそれでも玉座までには重厚な警備。進むには危険が残る。
「魔獣の数、きつくないすか?」
「ええ。だから私が単独で陽動を引き受けます。一人の方が身軽に動けますから」
ディアーナが先行し魔獣の警備を分断。ミツキたちが進みやすくするという。危険な仕事、それでも彼女は怯えることなく引き受ける。彼女の目的も目の前に迫っているから。
「……ディアさん」
「ミツキくん、ディアちゃんは強いよ」
ゲルダがそう言う根拠は先に見せた身のこなしだけではない。その身に宿す魔力量、それが頭抜けている。間違いなくゲルダよりも。下手をすればアテナにも匹敵しかねない。
「……それはわかってる……うん……わかった、お願いします」
「ふふ、ええ。では、玉座で会いましょう?」
駆けていくディアーナ。その後ろ姿を見送りながらミツキは考える。彼女の目的を。
ここまでは利害は一致していたのかもしれない。しかし、ここから先、もしかしたら。
「いこ、ミツキくん。早くしないと陽動が意味なくなっちゃうかも」
それでもミツキたちも止まれない。ここまで来てしまえば、もう目的を達成する他ない。これを逃せば、きっともうチャンスは巡ってこない。
「ああ。急ごう」
だから急ぐ。玉座で何が待とうとも。
「できるだけ魔力は節約してね! ミツキくんはそんなに多くないんだからね! もう前みたいのはイヤだから!」
前、とは霊廟で黒衣の王に対して過剰に魔力を放ったことを指している。そんなことが起きないようにと魔力球を生み出したが生憎と装備は取り上げられている。武器も無いためゲルダは強く言い聞かせる。
「大丈夫! ディアさんのお陰で全然躱せる範囲!」
玉座は王城の頂点、階にして十階。そこに至るまでには大量の魔獣がいるはずだが。
「今は……五階。半分か。ちょっと疲れたかもだ」
「頑張って! 休んでる余裕はないよ!」
ミツキたちの疲れは移動によってもたらされるもののみ。ディアーナの陽動がうまく機能している。
「次、六階……っ!」
が、そう上手くもいかない…現れる魔獣の群れ。戦闘は避けられないか。
「……あたしが、倒す。ミツキくんは先に」
数を相手にするのであれば魔力の潤沢なゲルダが動くべき。しかし、ここでミツキが一人になれば次の階からは守れない。迷う。それでも立ち止まってはいられない。
「天駆風・神足通」
矢。一瞬の風に乗ってそれが走る。先頭の魔獣に当たり貫通。僅かな綻びが生まれる。
「これ、取りに行ってたので少し遅れました」
射手が近づき、ミツキに手渡したのは。
「助かる。正直キツかった」
短刀と、魔力球の入った箱。ミツキの生命線。
「あ、それと」
「?」
風を集める。綻んだと言えど多勢。その隙間を縫えるほどの速度を与えるために。
「……今回は、僕が無茶しました。すみません」
「──無事なら、生きてるなら、良い。頼んだぞ」
普段なら逆の立場。ミツキを諌めるのが彼の仕事。それが逆になったことに、状況の深刻さに反して笑ってしまう二人。
「カイ」
「はい。任されました」
援軍が、風に乗ってたどり着いた。
◇
「あと、二階」
得物を手に入れたミツキたちは七階を軽く潜り抜ける。魔力球のストックは八個。少しであれば魔法の行使も許容範囲。迎え撃つ魔獣を微弱な雷撃で停止させ、その隙に包囲網を抜けていく。好転した勢いに任せて進んでいったが。
「やっぱり、そうなるよね」
九階。最後の関門。現れるのは夥しい数の魔獣。ひしめくほどに押し込まれたそれがいた。
「くそ。流石に無視はできねえし、後ろからも来てる。時間はかけられない」
これを全て相手取るとすれば消耗は避けられない。
「氷焦」
それを。
「小銀河」
一手。呟き地面に手をかざすだけで彼女は制圧する。
「行って。これで止められるのはちょっとの時間だけだから」
「……ゲルダ、無茶は」
渋るミツキ。また命を削り戦うのでは。そんな懸念が絡みついて消えない。
「あれ? 心配してる? なんで?」
それをゲルダは意味がわからないと問いかける。その理由は。
「このくらいなら、数にも入らないよ? すぐ追いつくから」
強いから。恐らく、ミツキたちの中でリベラに次いで。今のアテナを超えて。
だから笑って送り出す。ミツキの願いは、もう目の前に来ているのだから。
その言葉を受けミツキは走る。一瞬氷像と化した魔獣を尻目に進む。
「よし。ミツキくんいったね」
ゲルダは氷の壁を作り出しミツキを追えないように対処する。
氷像は溶け、魔獣は意識を取り戻す。
数多の魔獣、その中心には純白の少女。
「じゃあ、あそぼっか」
この国を治めるは獣の女王。
その居城にて無邪気に笑うは雪の女王。
大気が震える。そんな気配がした。




