一章 二十六話 『撤退戦』
「監視かめら……だったかしら? 鉄の国の技術ってやっぱりすごいのね。温度で侵入者の有無を感知できるなんて。この玉座は女王だけのもの。あなたには座る資格はないのよ?」
種明かし。如何にして姿なきカイを見つけ得たのか。それを語る女王。愉しむような言葉とは裏腹に怒気が混じる。
「行きなさい」
ルナリアが命じるは三頭の影狼。漏尽通を解き姿を見せたカイへと食らいつく。
「乱気・旋刃!」
カイは周囲にかまいたち、それを何層にも重ねて展開。魔力の浪費を嫌い一瞬だけ。それでも影狼たちはたちまちミキサーに入れられたかの如く細切れになり消滅する。
「そう、強いのね。じゃあこれは?」
カイの背後、いつの間にか這い寄っていた双頭の蛇、巴巳。それがカイの体に絡みつく。二つの顔が共に狙うはその首筋。牙を突き立てんとしなやかにうねる。
「く、そ……!」
カイはそれに対して体の周囲にある空気に干渉し。
「乱気・暴風!」
炸裂させるかの如く動かし蛇を弾き飛ばす。
自由になった身体。反撃のチャンス。女王へと向き直り攻撃、
「あら、つれないのね」
は、しない。背後、玉座の奥のバルコニー。ガラス窓で仕切られたそれを目指して走る。あくまで今回は撤退戦。カイの勝利条件は逃げ切ること。
理由は二つ。まず一つに魔力が足りない。ここに至るまで無理をして進んできたツケ。目の前の魔獣を倒し尽くし、女王に攻撃を届かせるのは不可能に近い。
第二に捕まった場合に波及するリスク。仲間も諸共捕まること。特にミツキ。彼はカイが捕まったと知れればリスク度外視で助けに向かう。そうなれば今回のミッションは完全に崩壊する。
もちろん逃げたとしても捕まえたなどと女王が言えば同じこと。だからこそカイはできるだけ手傷を負わずに逃げ切り、早々にミツキたちと合流しなければならない。
「面倒な人ですよ、ほんとに!」
向かいくるはタウロス。強靭な肉体を持つそれが二頭。カイは今回乗る機会のなかったそれら。
速度を乗せての突進。確かに脅威。生身に当たればただでは済まない。
それをカイはひらりと躱す。魔法を使わず身のこなしだけで。ジャンプはしない。空中では身動きが取れない。追撃があれば魔法に頼らざるを得なくなる。
撤退することを考えると使えるのは残り三つか四つの魔法だけ。しかも大技は打たない方がいい。自らを縛り戦い抜いたアテナのことを思い出し、一際尊敬の念を強める。
「もう魔法は見せてくれないの? 品切れかしら?」
そう言った直後、別の魔獣の存在にカイが気づく。玉座の背後に控えていた魔獣。蝙蝠のような姿をした吸血翼。その群れがカイの進路を遮るように現れる。
今のカイは丸腰。武装を持ち合わせていない。直進するには魔法に頼って魔獣を退ける他ない。後ろからはタウロス。少しでも迷えば──
「ぐ、ぅあ!」
当然、その突撃を身に受ける。一体は躱したが残りの一体。その猛攻がカイに突き刺さる。
「……なかなか、賢い子」
しかしそれはカイの計算。肉体強化に尽力し魔力の消費を軽減。あえてタウロスの攻撃を受けることで背後に飛び、吸血翼を突っ切る。
「神風」
位置が入れ替わる。すれ違うカイを狙う魔獣たち。しかしそこに吹き荒ぶは一瞬の暴風。勝利への嚆矢。カイの持つ魔法の中で最大出力のそれを自身と魔獣たちとの間、小範囲かつ瞬間的に展開。最小限の消費で距離をとり、自らの身体を王城の外へと投げ飛ばす。
無防備に投げ出された身体。通常であればそのまま地面に叩きつけられて絶命に至る。それでもカイが平然としているのは風の魔法を有するがため。着地寸前に風のクッションを作り衝撃を避ければ何も問題はない。
撤退戦、それをギリギリ勝利で潜り抜ける。
「でも、いいのかしら?」
手を上に掲げ、振り下ろす。何を目的にしたものか。誰に向けてなされる合図か。
「しまっ……!?」
その姿を見て空を見上げる。するとそこには一体。ここにくる前に散々目に焼き付けた魔獣が。
飛竜。それが上空から加速して無防備なカイへと狙いを定め。
「あーあ。そこまでしなくてもいいでしょうに。勿体無い。使えそうな子なのにね」
王城から少し離れた森。そこへと一瞬で駆け抜けていった。
◇
「ふー。なんか注目されてたのは緊張したけど、ゲルダのおかげでカッコはついたかもだ。ありがとね。楽しかった」
王城、舞踏会は終わりへと向かっていた。ミツキとゲルダも踊りを終え、一度息を整える。
「うん、あたしも楽しかったよ! 久しぶりだったから不安だったけどちゃんとできてよかった……」
ゲルダが周囲を見渡す。少し表情が浮かないのは人前に晒されたからではなく、自分の片割れ、カイがいないから。
カイが諜報に向かうのは予め知っていたところだが、何の連絡も無く、姿も見せないままというのは流石に危険を感じざるを得ない。
そのうえ、先ほど気づいたが女王の存在がいつの間にか消えている。確かに自分達を見ていたはずなのに。
「だめだ、あたし。夢中になっちゃってた」
無理もない。本来ゲルダには過ごし難い人のひしめく環境。そこで信頼できるミツキと二人の時間を過ごせるとあらば周りが見えなくなるのも頷ける。
「……ゲルダ。カイのやつ、もしかして」
カイの姿が見えないことに気づいたミツキ。ゲルダの落ち着かない様子もあって事態を理解する。
自分を無視してなされた作戦。それに憤ることはなかった。あったのはカイにそんな手段を取らせた自身の不甲斐なさ。そして、カイが危険に晒されていることへの焦燥感。
「みなさん、ちょっとよろしいかしら?」
階上、突如姿を表した女王。それに会場が一度沸くが、手をあげて静止。すぐに静寂が訪れる。
「ありがとう、みなさん。でも、このお城にはお行儀のいい方ばかりでは無いようなの」
いたずらな笑みを浮かべて階下を見下ろす。ミツキの心臓は鳴り止まない。静寂の中で一際大きく鳴り響く。
「先ほど、女王の玉座に入り込んだ方がいらっしゃって。間違えたのかと思ったけれどどうやらそうではないみたい」
会場がざわめく。犯罪行為が行われたこと。それがよりによって初代女王即位があった記念すべき日に。その無礼を口々に非難する。
「だめだよ、ミツキくん。大丈夫だから、だめ」
隣にいるミツキが飛び出さないように静止する。恐らく。
「ゲルダ」
「私、彼が一人でこんなことができるとは思っていないの。もし、お仲間がいらっしゃるなら名乗り出ていただけないかしら? 彼も少しさみしそうだから」
ミツキという人間が。
「ディアさんと、逃げて」
「だめ!」
そんなことでは止まらないと知りつつも。
「女王陛下」
前に出て、手を上げる。なるべく紳士を装って。できる限りの礼を込めて。
「ああ、あなた。そういうことね」
「俺が、首謀者です。だから」
その願いが届くように。その狙いが受け入れられるように。
「あいつには、手を出さないでください」
「ええ、勇敢なあなた。フェアウェル以来ね。もう会うことはないでしょうと言っておいたのに、残念」
守衛がミツキに群がる。両手を上げて降伏の意志を告げる。
ゲルダは息を潜めて、固唾を飲んで見守る。それしかできない。ミツキの意志を無駄にはできない。自分には、まだやることがあるから。
「……地下牢に。できるだけ丁重に扱ってあげなさい? その勇敢さに敬意を評して、精一杯の贈り物」
守衛に連れられ地下へと送られるミツキ。
その目はまだ、希望を見ている。




