一章 二十五話 『妖精のいたずら』
◇
舞踏会の前日、宿にて。
「女王と会話できるのは恐らく舞踏会の終盤。会場から人が減り、まばらになったところですわね。それまでは警備が眼を届かせきれないとのことで降りるのを禁止されています」
ミツキの目的は女王ルナリアとの対話。普通にしていてもなし得ないそれをどう達成するか。
「俺、顔に関しては多分見られてないし大丈夫だと思うけど、声出したら気づかれるよなぁ。そこ、ゲルダかカイに頼みたいんだけど」
ミツキの想定では、カイが持ち前の話術で女王の警戒を解き、巧みに情報を引き出す算段。見通しは甘いが相手の出方がわからない以上臨機応変にいく他ないと考えている。
「じゃあ、姉さんの方がいいでしょう。人の警戒を解くなら僕みたいに計算でやるより天然の方が向いてる」
が、カイはそれを拒む。理屈ではわかるが、ゲルダには人間不信がある。そこをどうクリアするかが問題になるが。
「わかった。ミツキくんが近くにいてくれたらなんとかできると思うよ。任せて」
意外、誰よりも拒否しそうなゲルダがその提案を了承する。さすがのミツキでもその違和感には気づくが。
「……分かった……それで行こう。俺も過保護じゃいられないもんな」
デスパレートでの交流。そこで見せたゲルダの成長。それが否定することを拒ませる。カイの過保護を糾弾した手前、自分がそうであることはできない。
それが、カイとゲルダの仕込みであることには気づかないまま。
◇
「なんかテーブル片付け始めましたけど、これもうお開きすか? まだ人いっぱいですよ?」
召使いたちが会場中央に設置されていたテーブルを端に寄せスペースを作り始める。
「ミツキさん、冗談でも言ってらっしゃる? この催しが一体なんと言う名前だったかお忘れではないでしょう?」
「あ、そうか。『舞踏会』。じゃあ今からあそこで」
ぱらぱらと人が中央に集まり、ペアを組み始める。
始まるのは舞踏。すなわちダンス。一流の貴族は嗜みとしてこなすことの出来る題目。それが行われようとしている。
「俺には関係ないやつすね。興味はあるけど、全然知らないや」
「あら、そう言うことならどうかしら。私がエスコートして差し上げても……いえ、やはりやめておきますわ」
ミツキに手を差し伸べようとしたディアーナだったが、少ししてそれを取り下げ、そのまますたすたと進んでいきパートナーを見つけてしまう。その理由はミツキが困った表情をしていたからではなく。
「ゲルダ? えっと?」
隣にいた彼女が、小さく強く、彼の服を掴んでいたから。
「え、と。ミツキくんが、よかったら、なんだけど」
カイに肘で腕を突かれる。呆然としたミツキには何をすべきかわからない。だけど、口に出さなければいけない言葉はきっと決まっていて。
「──ゲルダ、俺と踊ってくれませんか」
全然わからないけど、と照れくさそうに頬を掻きながらゲルダに跪き手を伸ばす。
「──うん。任せて」
それを嬉しそうに取るゲルダ。いつもより二人は大人になったように見える。
「はあ。まあ仕方ないや。僕の役目はちゃんと果たしますよ」
一人それを見るカイ。華やかな舞台に向かう二人と違い、自分がしなければならないのは汚れ仕事。敵のみならず味方からの謗りもありうる。それでも全うしなければ。
あの二人にはできないことを。そして、自分だからこそ「できること」を。
彼に恥じない友であれるように。彼女に恥じない人間であれるように。
「すっげえ。俺、踊れてる」
「うん。いい感じだよ。そのまま流れに逆らわないように、身を任せてみて」
会場の中心、ミツキは踊る。まるで風に流されるように。ぎりぎり、だんだん。不恰好に、辿々しく。
その対面、ゲルダは踊る。さながら雪の精の如く。くるくる、ふわふわ。ドレスを靡かせ、髪を靡かせ。
ゲルダの特技の一つ、それがダンスである。
「辛い時も踊れば楽しくなるんだ」
そんな感情でゲルダは踊ることを重ねてきた。食事がない日も、明かりがない日も。家族と一緒に。
踊っている時だけ彼女は楽しくあれたと言う。だからこそ心の底から楽しんで舞う。
それに加えて。
「わ、と。なかなか、たいへん、だ!」
「ふふ。がんばれがんばれ」
今のパートナーは、大切な彼。自分に未来と幸福をくれたかけがえのないもう一人。
そんな彼との時間は、きっと今までで一番輝いていて。
そんな時間であるならば。
「あの二人、すごいな」「ほんと楽しそうに踊る」「男の子は辿々しいけど」「美しくはないはずなのに、なんて綺麗なんだ」
当たり前に、周りの人間も魅了されて。二人に目を奪われる。
さながら妖精のいたずらに出会ったように、彼らの時間は止まってしまう。
残ったのは二人だけの時間。くるくるくるくる。世界が回る。くるくるくるくる。二人が踊る。
「危うく、僕も見惚れそうだった。さすがゲルダ」
止まった時間を縫うように、もう一人が動き出す。
「天駆風・漏尽通」
そう唱えると、カイの姿はたちまち消え去る。
漏尽通。カイが用いる風の魔法。その繊細さの極点。
原理は単純。風の密度を操り光の屈折率に干渉。自らの姿を隠すというもの。
言うは易し。しかしその実態は繊細なコントロールが要求される。自身の動き。周辺の環境。風の流れ。全てに気を配りながら逐一調整し続けなければならない。
それをこなして見せるのはやはりカイのスペックの賜物。常日頃から複数のタスクをこなす彼ならではの一芸。諜報となればこれほど頼もしい能力は無い。
「魔獣の数が増えてきた。気づかれないように慎重に動かないと」
それでも無敵とは程遠い。まず姿を見えなくするだけ。接触すれば必ず気づかれる。
また、自身の発する生体音も防ぐことはできない。足音や、唾を飲む音。息遣いにも細心の注意が必要。とりわけ魔獣の中には高い感知能力を与えられたものもある。油断をすれば当然見つかる。
そのことはカイ自身よく分かっている。だからこそサバイバル能力を鍛えてきた。自身の力が十全に発揮できるように。その甲斐もあって歩行は無音。息は最小限。体臭に関しても近辺のものを利用して紛れさせている。油断はない。これが敵地であるならばなおさら。
さらに、カイは重ねて。
「天駆風・天眼通」
異なる風を操り始める。その性能は知覚。空気の流れを把握することによる疑似的な千里眼。
「……奥……恐らく玉座……ぼんやりと何か、ある」
王城の最深部。恐らくそこに、この騒動の台風の目。それがある。
「魔力は保つ。帰りが心配だけど、最悪外に飛び降りたらいい」
風を操るカイならば高所からそれに乗って逃げることも可能。抜かりはない。必ず完走できるはず。
「今は舞踏会に警備が集中してる。人間の警備が少ないのは幸運だった」
カイが辿り着いたのは王城、玉座の間。その扉。
姿が消えたままであれるように風を操って、優しく音の出ないように扉を開ける。
違和感には気づいていた。不用心。少なくともここには警備を配置しておくべきでは。
その違和感を飲み込んだ。人の善性に期待する五神信仰。それがあるから。
扉が開き、目に入るのは玉座。女王の座す装飾された席。
その傍に。
「あった」
一眼でそれと分かった。
緑色。淡く輝く光の塊。失われたはずの、彼が持っているはずの才能。
ミツキが失ったはずの奇跡。
無限光が、カイを出迎えた。
「あら? 小さな妖精さん。いたずらにでも来たのかしら?」
「なん……で」
扉、その向こうから声。
見えないはずのカイを見据えて囁くように。
「下は舞踏会の真っ最中。邪魔にならないように、静かに、上品に、踊りましょう?」
多数の魔獣を侍らせて、いないはずの女王が玉座に向かう。




