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序章 三話 『一条の流星、願い星』

「──は……え……?」


 予想もしていなかった返答に思考が追いつかない。期待をしなかったわけではない。だがその期待すら超える力が、自分に与えられている。喜びすら覆い隠すのは当たり前のことであった。


「私も目を疑った。何度も検査を繰り返した。それはもう、数十度も。だが、何度やろうともこの結論は揺るがなかった」


「でも……俺、は」


 ──それに足るほどの人間じゃない。目の前のことだけ、人よりも悪い要領で。歴史を変えるほどの才能を授かるような、そんな人生だなんて誇ることは、文字通り、死んでもできない。


「本当に驚いたな。一体何度世界を救えばこんな奇跡(ギフト)を身に宿すのだろうね。聞いてもいいかな?」


 学者の性か、嬉々として訊ねてくる。が、ミツキは答えることはできない。他の誰よりも、自分を知っているからこそ。その理由が誰よりもわからない。


「違います、何かの間違えだ。俺の人生は、そんな……」


 ふむ、とアダンは声を出す。ミツキの狼狽は、いくら他人の機微に疎くとも見てわかるほどに。普段は気を使うなど滅多にない男だったが、ミツキに優しく言葉をかける。


「診断には間違いはない。これは事実だ。だが納得できないというのも理解はできる。あまりにも荒唐無稽な話だ。私が盛り上がって余分な知識を与えてしまったのも良くなかった。すまないね」


「いえ、そんなことはないです。でも」


 現実を受け入れられないかといえばそうではない。喜びがないといえば嘘になる。ただそれ以上に、自分の予想と違いすぎる事実、それへの困惑が大きかっただけ。きっと時間が経てば飲み込めるだろう。だからこそ今は、この困惑を噛み締める。忘れてしまう前に。薄れてしまう前に。


「キミの奇跡はどれも類を見ないものだが、私なりに紐解いてみた。突貫にはなるが、おおよその輪郭は明らかにできていると自負しているよ。キミに受け入れる準備があるのなら説明させてもらうが……よし、では一つずつ解説していこう」


 ミツキは頷いたものの、思考はまとまってはいなかった。目の前の不明が形だけでも明らかになれば。やけくそにも近い考えが彼を前に動かした。



    ◇



「これが五つ目の奇跡だ。次が最後だが……休憩が要りそうだね。少しくつろいでいるといい。何か飲み物でも淹れてこよう」


 ミツキはこの世界についての前提知識に乏しいままである。飲み込みが特別良いわけでもなく、むしろ要領は悪い方。そんな彼が一度に六つもの未知の話を聞くというのは、あまりにも無謀なことであった。

 三つを超えたあたりから彼の脳は、先ほどまでの後ろ向きな思考を追いやるほどに大回転。六つに至る頃には、オーバーヒートを起こして燃え上がるのではと思うほどに。

 それが逆に良かったのだろう。考えることが山積みになって、少しだけミツキは前向きになれた。


「ぜんっぜん理解できた気がしねえ……とりあえず頭に入れただけの一夜漬け状態って感じだ……知らんけど……」


 自身に経験がないにもかかわらずそんな例えをこぼす。ミツキは初めての感覚に身を委ねつつも、自身の身に宿る未知がどこか血肉のようになっていくことも同時に実感していた。一歩一歩だが、確実に理解し始めている。未知は知恵になり、自分が進む道を拓く。


「仕方ないとも。これが実際の講義であればその感覚は諌めただろうが、こればかりはどうしようもない。少しずつ理解していくほかあるまいよ。はい、飲むといい。多少は頭が落ち着くだろう」


 ミツキはアダンが差し出した茶のようなものに口をつける。味は紅茶に近かったが、香りは知っているそれとは異なり、よりスパイシーなものに感じられた。刺激的な香りとは裏腹に、頭の熱が引いていくのを知覚する。


「でもすごいですよね、アダンさん。これ全部知らなかったとは思えないや。ちゃんと説明してくれてる」


 ミツキが曲がりなりにも内容を理解できていたのは、アダンの説明が恐ろしく丁寧で紐解かれたものであったからに他ならない。緻密な講義にも似たその説明を、今しがた突貫で作り上げたというのだから恐れ入る。


「知識量は私ができる唯一の自慢でね。キミの助けになったならこれほど嬉しいことはない」


 助けになったなら、という言葉。いや、とミツキはすぐさま否定してみせる。もちろん、助けになっていないという意味ではなく。


「俺がいたところにアダンさんがいてくれてほんと幸運だったと思います。俺はこの世界じゃ、奇跡だけじゃなくて幸運にも恵まれているみたい……なんて。ちょい調子に乗りすぎですね」


 本心からの言葉だったが、気恥ずかしさのあまり少し茶化してしまう。口に出して驚いたが、ミツキは『この世界』が元と違うことや、前の世界でのことを一旦思考から外せるようになっていた。良き出会いが、人を前向きにさせるのはよくあること。この二人の噛み合わせは、意外にも良好のようだった。



「それならば良かった。さて、顔にも血色が戻ってきたようだし、そろそろ最後の奇跡の話を──おや? 何事だろうか」


 アダンが椅子についたまさにそのタイミング。外で激しい鐘の音が響き渡る。狭いと言ってもそれなりの面積を誇るこの国。その全土に響き渡らんとするほどの音。それが国の東西、それぞれの端にそびえる(やぐら)から同時に響き渡っていた。


「先生! 昼間の子は……っと! まだいたのか! 良かった!」


 昼間、ミツキに初めに声をかけた男性が息も絶え絶えに飛び込んでくる。急いで駆けてきたのだろう。滝のような汗が流れている。それは疲労からか、それとも恐怖からか。混じった脂汗が危険を伝えている。


「何事かな。鐘が鳴るということは魔獣の侵攻だろうが、この必死さは尋常ではないね。しかもそれが東西から同時」


「そうです! 西には自警団がいち早く向かったんですけど、同時に東からも魔獣が! それもバカみたいな数! ご丁寧に隊列まで組んでやがる!」


「あり得ない……奴らが統率だと? よりにもよって今とは……知能の高い変異個体でも湧いてきたか……」


「五国調停会議やってるんで近くのどこの国も守っちゃくれねえ! 自警団じゃ西側食い止めるんで精一杯だ! そんで……悔しいけど女子供から先に逃そうって話になってる! 逃げるのに地理に明るい人が必要なんで、先生も!」


 逃げる人間を選別するという苦渋の決断。魔獣という存在はよく知らないが、残されたものの末路は足りない頭でも想像できる。


「待ってください! それじゃ……残った人は? それに……故郷捨てたくないって人も……」


 思わず口を挟んだミツキ。


「救える命が優先、極めて冷静な判断だ。団長の進言だろう。わかった。その方針に甘えさせてもらう。必要な荷物だけまとめてすぐに向かおう」


「アダンさん!」


 彼は平和に育ってきた。だからこそ、命に価値をつけることが理解できず許容できない。この判断は極めて正確なもの。分かってはいても、アダンに詰め寄る気持ちを抑えられない。


「せっかく私と出会えたことを幸運と言ってくれたのに、こんなことになるとはね。私が不幸の星を背負ってしまっていたようだ……すまない、飲み込んで従ってくれ」


「それじゃ俺は他のところにも伝えてくるんで! どうかご無事で!」



 男性が去っていくのを見届けずにアダンは荷造りを始める。しばらくミツキは黙っていたが、何かを思いついたように顔を上げる。


 ──自分は、何のために、生まれ変わったのだろうか。


「行きます」


「ああ、先に……待て。どこに行くと言うんだ。やめなさい。早まってはいけない」


 ミツキは家の外に出る。轟音。鐘の音、人々の悲鳴、遠くから聞こえる地響き。その中に一切の怒声がないことに安心とも、感心ともつかない感情を抱く。


「ミツキくん!」


 家から出てきたアダンが叫ぶ。声には、これまでの柔らかい響きと違い、強い感情が灯っていた。短いやりとりだけでも掴めていた穏やかな人となり。それから想像もできない荒い声には、間違いなく他人を案じる心情が乗せられている。


「だめだ、キミはまだ何もできるようになっていない。知識だけだ。それも、私がかいつまんだだけの、不完全なものだ! 行ってはいけない! あれほどの奇跡を有する人間に言うのは酷だと分かっている。だけどわかってくれ。キミを、できたばかりの友を死なせたくはない。頼む」


 その言葉の意味はわかる──見捨ててくれ、そう言っているのだと。その奥にどれほどの覚悟があるのかもわかる。応報が成り立つ世界の中で、人を見捨てろと命じることがどんな意味か。


 それでも。


「すみません、やっぱりだめだ。俺はあんな目にあったのに、いや、あんな最期だったから、余計に」


 彼はできないことばかりだった。報われないことばかりだった。人生に残そうとした唯一の価値すら自ら唾棄して消し去った。

 

 生まれ変わった。生き残った。何の因果か知らないが、才能を与えられて生きていた。

 できることが増えた。残せるものが増えた。その人生は、溢れんばかりの栄光が約束されているのだろう。

 

 でも、きっと──


「後悔するんです」


 できることが増えた。残せるものが増えた。

 


 救えるものが、あった。



「これを、無視したら」


 前の人生を、再び思い返す。辛いことばかりだった。苦労ばかりだった。


 後悔はなかった、なかったはずだった。


 やってきたことに後悔はない。それでも最期にひっくり返った。あの感覚をミツキは二度と忘れることはできない。


「同じだと思うんです。今ここで見捨てて逃げたら、同じ」



 同じ最期になる。どれだけ栄光を勝ち取っても、歴史に名を残しても。



あんな終わり(あれ)だけは、いやだ」



 そう言って、笑う。手にしてしまったからこそ窮屈になるという皮肉。これを彼は笑ってみせた。


 死ぬかもしれないというのに、そこに恐怖などないように。


「──少しだけ待ちたまえ……これを被って行きなさい。キミの出自は特殊だ。見つかれば好奇にさらされ、生きていくのも一苦労となるだろう」


 渡されたのは頭まで隠れる灰色の外套。死にゆくものには不必要なはずの気遣いを添えて送り出す。


「──分かるね? 」



 ──生きて帰ってきなさい。


 口には出さずとも、その行動が語っていた。



「──はい!」



 アダンから受け取った外套を被り、彼は一目散に駆け出した。



「はあっ、はっ、はっ」


 背中を押された少年は、飛ぶように市中を駆け抜ける。


 外までの距離を思案する。体力を残さなければ戦うこともできない。ぶっつけ本番。覚悟の一矢。


 意識を内に向ける。自分の身体に宿る奇跡に手を伸ばす。


 試運転もまだのそれを扱うのはリスクが伴うが、今の彼に温存する選択肢は無い。刻一刻と変化する状況に追いつくには、無茶を押していかなければならない。


 ミツキは、アダンの言葉を思い出す。一言一句、逃さないように。



    ◇



「キミに宿る奇跡、その一つ目は跳躍(ジャンプ)というものだ」


「ジャンプ……ですか?」


 ミツキはその言葉の意味を理解できる。しかしそれと、奇跡などという大仰な才能とが線を結ばない。ただ飛び跳ねるだけなら、奇跡などに頼らず生身でできるのだから。


「そうだ。私なりに解析したところ、跳躍という行為を魔力で拡張するのがこの奇跡らしい。もちろん奇跡を謳うからには、ただ力を込め大地を踏むこととは一線を画する。軽く魔力を込めただけでもそこらにある建造物程度なら容易に飛び越えられるだろう」


 ミツキはその説明を聞き、安堵とも、落胆とも言えない微妙な気持ちになった。前代未聞の奇跡を宿すと言われても、できることは身体能力の延長線。使用に問題はないだろうが、期待していたものよりは──


「しょぼめの奇跡でしたね……」


「安心したかね? だが、この奇跡の本質はそこではない」


 アダンは続ける。待ち構えていたかのように、言葉を重ねる。あえて期待を下回るように言葉を紡ぎ、のちに現れる本命に驚嘆させる。それが、彼の常套手段である。


「あくまで『跳躍』だ。『飛翔』でも『浮遊』でもなく、この言葉を、名を、私は付けた。すなわち──」


 一呼吸、期待させるように言葉を止める。じれったい言葉の隙間。その空白に見合うだけの内容が、その先には待ち受けているのだから。


「飛び跳ね、越えることができる。例えそれが、空間と言う(くびき)に遮られていようとも」


「!? すっげえ! それって瞬間移動できるってことですよね!?」


「概ねその認識で構わないよ。制限はあるがね。飛べるのは視界の範囲内。認識の外には飛べない。そして空間を越えるほどの跳躍には膨大な魔力を消費する。キミの魔力は()()()()()だが、量は甘く見積もってもせいぜい上の下だ。あまり多用はできない」


 ミツキが感情の起伏に弄ばれるのを楽しんでいるのか、重要な情報を伏せて彼を落胆させる。心のうちはアダンによってかき乱され、もう暗い感情に意識を向けられてない。

 そして、アダンは再びミツキを昂らせんと言葉を続ける。


「本来なら、ね。ここまでは常識の話だ」


 常識。その二文字はミツキにとって縁遠い。生まれも育ちも現状も。そして何より、その身に授かった奇跡だって。


「しかしキミには関係がない。その魔力に尽きるという現象は起こり得ない。なぜなら、キミには比喩でなく無限の魔力があるからだ。無限光(アインソフアウル)、これこそがキミの第二の奇跡だよ、ミツキ君」



    ◇



 ミツキは跳ぶ。魔力の流し方は軽く教わった。神経を注ぎ制御するが、操作感が驚くほどに楽。器用な方ではなかった自分がこうも容易に乗りこなして見せることに、彼は奇跡という存在の特異を感じる。


 出し惜しみは無し。時間は限られている。逼迫した危機を打破するべく、自分の才能をフルに用いて流星の如く駆け抜ける。


 人を巻き込むことを懸念して短距離の跳躍に限定した。数メートルの距離を短縮。ほんの数秒のショートカット。それを繰り返し、星の速さに至らんとする。

 そんな小さな跳躍に、内に滾る魔力を幾度も注ぎ込む。理解できる人間からすれば贅の極みに見えるだろう。自殺行為に映るだろう。しかしその奇跡は常識の埒外にある。決して尽きぬ薪を焚べながら、ミツキはものの数分で(くだん)の平原に辿り着いた。



「はっ──」


 

 そこで目にした光景は絶望的なものだった。


 見渡す限りの魔獣の群れ。見たことがないにも関わらず、それと認めることができるのは死の匂いを知っているからか。


 黒の狼のような獣。赤黒く燃え盛るような獅子。上空にひしめくのは太古の存在と教えられてきた翼竜の群れ。


「これは……きっついなあ……思ったよりも」


 怖いと、素直にそう思った。死を経験したが故に、抗えない恐怖が背筋に走る。だが、

 

「誰だ!? 何をしてる! 早く戻りなさい! 前に出れば奴らに目をつけられる!」


 集まった大人たちの中から、昼間の青年が声をかける。幸いにも、ミツキだとは気づいていないようだ。

 彼らは、魔獣を恐れている。それでも戦場に現れたのは、少しでも逃げる時間を稼ぐため。身を削った時間稼ぎにこれほどの人間が尽力している。その事実に胸が熱くなり、戦う覚悟に一層強い火が灯る。


「そうだ! さっさと逃げねえか!! 死んじまうぞ!!」


 少しして、その周囲にいる大人たちも一様にミツキを咎め始めた。焦りから語気は強くとも、誰一人として、誰とも知れない少年が一人死ぬことを良しとしていない。だからこそ彼らは声を上げる。魔獣の逆鱗に触れるかも知れないというのに。

 

 その声で、覚悟が決まる。

 決して使うまいと思っていた禁忌。善を宿す彼にとって、内に秘めることすら忌避する邪悪の可能性。それを解禁する覚悟が。


「これは、あんまり使いたくなかったけど……ごめんなさい、後でちゃんと戻しますから」



    ◇



「つまり精神操作……?」


「正確には感情の操作……いや、植え付けだな。キミの三つめの奇跡は、他人に自分の思い通りの感情を植え付けることができるものだ」


「うわぁ……」


 ミツキは健全に育ってきた。それ故その力に、そして、その力が自分に宿っている事実に嫌悪感を抱く。

 

「人の感情いじるとか、さすがに心無さすぎでしょ……」


「常識的な反応だね。だからこそキミに与えられたのだろう。しかし、こう考えてみてはどうかな? 不安、恐怖、絶望。そんな負の感情に苛まれる者をこの奇跡は救うことができるのだ、と。苦に克ちうるほどの感情を、他人に譲渡し塗り替える」


 ──だからこそ、『苦克上塗(カバーセンス)』と名付けたのだ。



    ◇



 魔獣の群れを見据えたまま、後ろの人々に対して左手をかざす。植え付ける感情はミツキへ向けた信頼。そして、魔獣に対する過度の恐怖心。これで彼に対する心配と、魔獣への敵意を塗りつぶす。


 瞬間、人々の声が小さくなり、次第に消えていった。異常なまでの震え。魔獣に対し尋常でない恐怖を抱いていると自覚し、集団は数歩後ろへと下がる。


 その音を聞き、ミツキは戦闘の準備を整える。とは言っても、普通の高校生であった彼に戦い方など皆目見当がつかない。自身に宿る残りの奇跡には、()()という概念への理解が必要になる。だがミツキは知識を持ち合わせない。概要だけは理解したが、どう使うかなどてんで分からない。


 だからこそミツキは「できること」を全力で行う。選択する手段は魔力の放出。自身の魔力が無限であることを生かし、単純な質量で迎え撃つ。右手を前にかざし、左手を添える。掌の先から魔力が外に流れるイメージ。徐々に光の塊が形成されていく。


「一度に出せる量には限りがあるっぽいな。タンクと蛇口の大きさは別ってことか」


 外に出た魔力は徐々に大気へと還っていく。眼前の群れを相手取るのに必要な量はどれほどか。十分と思えるほどに貯まり切るにはどれほどの時間を要するのか。彼は焦り始めるが、そこで魔獣たちの違和感に気づく。


 動かない。確実に進行してきたはずの魔獣たちが同時に足を止めていた。


 それらは肌で感じ取る。現れた存在が放つ異質さを。考えなく立ち向かえば当然のように滅びゆく、そんな運命を。死を司る獣としての本能が、培ってきたわずかばかりの知性が、全力でアラートを鳴らす。逃げる選択肢は与えられておらずとも、それらは勝つために「見」の一手を選んだのだ。

 


 それが、決定的な悪手になるなど思いもせずに。


 

 五分が経ち、十分が経ち、三十分が経過した。魔獣の足が止まっていることに気づいたミツキは、再び動き出すまでは魔力を溜め続けることにした。何の狙いがあるかはわからないが、自分に残された最善の手段を、揺れずに完遂することを決意して。

 集められた魔力は固体に思えるほど凝縮し、大気に還る量が減少していく。


 三十分と少しが経過して、風向きが変わる。距離を隔ててもわかるほどの魔力、それが掌の先に集まった。先頭の魔獣たちはその危険性を察知、弾かれるように前に進む。それに釣られて後ろの魔獣たちも進み始める。大地が再び震え始めた。


「来た」


 一言だけ呟いて、意識を空へ向ける。目覚めたばかりの時に広がっていた青空は、人々の心中と裏腹に、満点の星空に変わっている。


 チャンスは一度、逃せば二度と放てない。緊張が走る。汗は拭うことすらできずに流れていく。ふぅ、と小さく息を吐くとミツキは。



「──いっけえええ!!」



 跳んだ。魔獣の群れの真上に。全てが失敗して、魔獣の群れの中心に落ち蹂躙されることも厭わずに。


 突如魔獣たちの視界から消え失せたミツキ。魔獣は起きた事象を理解できずに一瞬フリーズする。しかし気づく。巨大な魔力の奔流。先ほどまではなかった光景。天に座す数多の星々と比べても、一層輝く地上の星。輝く一等星が、彼らの真上に生まれたことを。

 気づくや否や、魔獣は動き出そうと前に向き直る。だがもう遅い。ミツキの手にあった光の塊は、地上に向けて既に飛び立った。



 落ちる。流星の如く。

 光る。一瞬の超新星。



 圧倒的な魔力の奔流は、真昼を思わせる明かりで世界を照らす。地面に達するまでの短い時間、そこに闇は一片たりとも残らない。


 そうして、満天の闇空は、輝く星天に塗り替えられる。



 ──人も、魔獣も、例外なく、その光に魅せられていた。


 

 時間にして数秒の閃光と轟音。これが止んだ後、跳躍で跳びのいていたミツキは目にする。


 

 魔獣の群れ、その全てが跡形もなく姿を消した光景を。

 平らだった大地に、大きなクレーターが空いている情景を。



「──すっげえ」




 その光に魅せられていた。人も、魔獣も、例外なく。



 ──その星(かれ)、自身でさえも。

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