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一章 二十二話 『ナレッジ』

「こちら、お直しいたしました。舞踏会に参加されるのですね。ぜひ、楽しんできてください」


 ヘイデイに来てから四日。目的の服、その調達が果たされた。


「なんだか食べてばっかりの四日間だった気がする」


「仕方ないもん、おいしいお店いっぱい知ってるディアちゃんが悪いよ」


 観光がてら多様な食事に触れてきたミツキたち。観光地から少し外れて、地の物をとり揃える場所。穴場の店にいくことの方が二日目からはメインになっていたようだ。


「ふふ、それは失礼。せっかく買ったドレスが入らなくなっては行けませんし、そろそろ出発いたしましょうか」


 ナレッジまでも多少長い道のり。一日を移動で費やすことになる。現在舞踏会まで残り五日。この移動を含めると四日。ナレッジから王都までにまた一日かかること、そして余裕を持って動くことを考えると、ナレッジで自由に使える時間は。


「長くて二日、っすね」


「ええ。図書館の書籍は多いですから、それでも少し足りないかもしれませんわ。もしかしたら、なんの成果も得られないかも。それでも、大丈夫ですの?」


 ナレッジが誇る図書館にはこの世界全土から取り揃えられた書籍がある。そしてそれに加えて独自に集められた寓話や逸話。そんな物語を集めた特徴もある。うまくゲルダの手がかりになるような本を見つけられるかは、正直運任せとなるだろう。


「すまないが、オレはまた少し一人で動こうと思っている。そっちにいても知識がないオレでは役に立てないだろうが、勘弁してくれ」


「そういうことなら、私もそちらに着こう、騎士。その方が適材適所。上手い人員配置だろう」


 先日の会話で見つけようとする物語の知見が無いと踏んだ二人が離脱を表明する。


「じゃあ、ナレッジでは完全にその組み分けでいいすかね? 夜だけ一緒になる感じで」


「……リベラさんがいなくても監視は緩みませんよ、ミツキさん」


「あたしたちもばっちり見てるもんね」


「はは、だそうだ。残念だったな、ミツキ」


 監視役のリベラが離れてもミツキは自由とはならない。カイの目が厳しいのは一目瞭然だが、意外とゲルダも厳しい。ミツキの性格を理解しているが故に心配が止まない。あの霊廟での身を削った戦い方。因果集積(フェイタル・チェイン)のような奇跡(ギフト)がなくとも焼き付いた光景。もう二度と、そんなことはさせたくないとゲルダの魂に焼きついた決意。


「結局、ゲルダが一番厳しいよ。俺にとっては」


 対するミツキも同様に。霊廟で起きた事態。自分の無茶によってゲルダが命をかけたこと。恐らく因果集積がなかろうと忘れ難い懺悔。それがあるせいで、ゲルダには強く出られないし、泣かれようものならたじたじになる。それくらいで丁度いいとはカイの言であるが。


「では、参りましょう。目指すはナレッジ。知識と成長の街。人生を照らす黎明の地へ」





「あれ? なんで?」


 ミツキが疑問に思ったのは。


「ああ。オレもせっかくの経験だからな。魔獣に乗ってみたい」


 リベラがゲルダと入れ替わりで魔獣車組に参加していたこと。


「あら、お車はよろしいのかしら?」


「ええ。アテナ殿がぜひ運転してみたいと仰っていたので、丁度いいかなと。昨日少し運転を見させていただいたが、なかなかどうして。初めてとは思えない技術でした。豪気に見えて器用な方です」


 器用。ミツキから見ると自分に嘘をつけない不器用な人、ならぬ竜種(ドラゴン)に見えていたがそれは誤りだったようだ。そもそも彼女の戦いを顧みればわかることで、自身に不利な位置であれほど華麗に立ち回って見せた。その上使う能力は複数の鱗を操っての反射。本来とても器用なはずなのだ。


「やだ、不器用なの俺だけ!?」


「だな。不器用な人ならオレも知っているが、キミはそれよりも。恐らく筋金入りだ。まあ、だからこそ惹かれるのだが」


「目が離せない、と表現した方がよろしいのではなくて? あまりにも危なっかしいから」


「うれしいような、恥ずかしいような!」


 まるで保護者二人と息子のような三人は魔獣車に乗って和気藹々と駆けて行った。




「ふふ、滾る! 困難こそ我が生き甲斐。見事御して見せよう!」


「わー! アテナちゃんすごい! はやーい!」


「う、お……うえ……だいじょ、いや、むり、アテナさん、速度、落とし……」


 自動車組はスピードジャンキーがあまりにもな運転をしたことで、カイの回復に時間を使うことになる。結果的に、後からきたはずの魔獣車組の方がナレッジには早く到達した。




    ◇



「カイも落ち着いたし、俺らも行きますか」


「流石に一日寝れば治りますから!」


 翌朝、早々に別行動を始めたアテナとリベラから遅れること三十分。前日の運転のせいでうなされていたカイが起きてきたことで行動を開始する。


「ナレッジって、今から行く図書館以外にはどんなところがあるの?」


「基本的には、知識に関連した設備が多いですわね。国唯一の大学や、研究機関。そう言ったものばかりですから、元々の予定ではすぐに出発する予定でしたの。でも見るべきものがあるというなら話は別。時間は有意義に使いましょう?」


 道ゆく人は研究服を着ていたり、普通の衣服を着ていたり。恐らく大学生であろう人もひしめき合っている。ミツキもオープンスクールで見たことがある大学周辺での雰囲気に似ていた。


「じゃあ図書館って大学の設備すか?」


「いえ、それとは別に建てられていますの。デスパレートでもあった学ぶことの意義。初代が求めたあまねく人々に知恵をという考えに基づいて彼の死後に建てられたものですわ」


 初代の思考の前提には差別を生むのは無知、そういった理念があったのかもしれないとミツキは思う。


「ありましたわ。ここがナレッジの誇る知の蒐集、その極地」


 そこにあったのはヘイデイにもないほどの大規模な建造物。アダンであれば目を輝かせていただろうと考えたが。


「多分先生は来たことあるんだろうな」


 そうすると、手がかりなどないのかもしれない。それでも違う視点から探れればと、意を決して進んでいった。



    ◇



「頭くらくらしてきた……」


 数時間後、閉館間際まで粘っていたミツキたちだったが。


「流石に僕も頭痛いですね……これほどとは」


 やはりというか、めぼしい成果をあげられないでいた。


「うーん。桃太郎は見つかったんだけど、なんか知ってるのと違くて」


「マジ? いつの間に? でかしたゲルダ!」


 ゲルダが見つけ出した一冊。それに全員が集まる。ただし、ディアーナを除いて。


「なるほどなるほど。大体一緒だけど、団子がきびだんごじゃなくて桃団子なのね。これは産業用に手でも加えたのかな?」


「あと、最後のところ。ミツキくんの知ってるのか見てほしいんだ」


 ゲルダがページを捲り、ミツキに促す。


 そこにあったのは、ミツキの知るものとは異なる結末。だけど。


「鬼と、和解するんだ……うん、これはこれで」


「やっぱり違うよね。でも、あたしも好きかも」


 知らない結末。あまりにも甘く、都合が良く、きっと誰かが異議を唱える結末。


 それでも優しく、嬉しく、きっと誰かが笑ってしまうような結末。


「──そうじゃ、ありませんの?」


 ディアーナは訊ねる。平静を装っていたが、声が少し震えていることに、ミツキだけが気がついた。


「……はい。俺が、多分ゲルダも知ってる奴は、鬼を倒して宝物も奪って、それでその後人間たちは幸せに暮らしたって終わりです」


「鬼も悪いことしたからそれも当然って思ってたけど、今はちょっと考え方変わったよ。デスパレートのみんなみたいに、鬼も変われるかもしれないもんね」


 この旅を経た価値観の変化。幼いからこそ吸収し、自分の哲学を組み上げては崩す。その繰り返し。人を恐れるゲルダが変わっていく、そんな兆し。



「──うそつき。言ってくれないと、わからないのに」


 小さく呟く言葉には、恐らく棘は付いていない。


 その顔が、泣きそうなくらいの笑顔だったから。

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