一章 二十一話 『ディア』
「すでに言ったとおり、この街は初代が今も続く平等人権を宣言した地。至る所にその偉業を讃えるものがございますの」
その食事の質からあっという間に完食したミツキたち。集合時間まで一時間あるため、リベラには悪いと思いつつも現地人ディアーナの案内で観光を進めていた。
「ここが、その宣言の場所。今では様々な人が何事もなかったかのように訪れる広場になっています」
ミツキたちが訪れたのは、市街地から少し外れた公園のような広場。
散歩に訪れている人。種族の垣根を越え遊んでいる子供たち。それを見守る親にも隔たりはなく。
「やったことは薄れてどんどん形骸化していく、みたいなことはよく聞きますけど。多分ここもそうではあるんすよね。ただ、それでいいっていうか、それを前提にしてるというか」
ミツキは言いたいことをうまく言葉にできない。初代が望んだのは自分の行いが特別ではなくなること。自分の偉業が偉業のままであることなど、初めから望んではいなかったのだろうとなんとなくだが感じている。
「──なるほど、そのような考え方もあるのか。私は残すことばかりに意識が向かっていたが、面白いものだな」
アテナは長い時を生きる竜種。だから人間の短い生を尊び、だからこそ彼らが残すものを知ろうとした。関わりを避けていたのは自分という異物が入ることでそれらが乱れるのを危惧してのこと。そんな彼女の中には、消えることにこそ価値があるものがあると言う価値観はなかった。自身がほとんど不滅に近い存在であるが故に。
「さみしいって思うけど、大切なことだよね。ずっと残ったら、かえってダメになることもあるもん。食べ物が腐っちゃうみたいに」
「本質をついているかもしれませんね、ゲルダさん。では、ここの意義も学べましたし、そろそろ集合場所に向かいましょうか」
時々ゲルダは鋭いことを言う。ディアーナもその考えに関心し、同意する。
まるで、見てきたとでも言うように。
◇
「おお、銅像だ。結構精密に作られてるんすね」
集合予定十分前。ミツキたちは先んじてその銅像の意義を学ぶ。
「わかりませんわよ? 意外と、これよりも不細工だったなんてこともありますし」
「あー、肖像画とかでよくあるやつ。ナポレオンとかそうだったんだっけ?」
「どうだろうな。この銅像はおそらく魔鉱石をわざわざ使い鍛えられている。そこに魔法を施し長い時を経ても残るようにとの願いが込められた。そんな銅像を作ったものならば、ありのまま残したいと思うんじゃないかな。まあ、書籍からの受け売りだが」
後ろから声。かけたのはリベラ。こちらもまた用事を予定より早く切り上げたようで、息も切らさず現れる。
「リベラさん! 予習してきたんすね。真面目だ」
「おっと、隠しておくつもりだったんだがな。まあこうなっては仕方ない。ついでの知識を披露すると、彼には一人、身内がいたようなんだ。あまり知られてはいないがね」
誰にも話さないままだったのがよほど窮屈だったらしい。堰を切ったように言葉を紡ぐ。現地人のディアーナを差し置いて。
「一人娘とは言うが、養子だったようだ。彼は激動の時間を過ごしていたから、子供を授かるどころか妻を娶ることもなかったという。それでも家族への憧れはあったのだろうね。晩年になって、身寄りのない子供を一人、家族として迎えたようだ。存外、反対もあったらしいが」
その伝説は知る人ぞ知るもの。歴史家のように深く知ろうとしなければ出てこない。それは、あの広場と同じく初代がそうなることを望んだのか。それとも。
「……じゃあ、これもその子に残したものなんすかね。でぃあ……わい……えー……うーん、わからん」
「!? ミツキさん、あなた」
ディアーナがミツキの言葉に反応し、詰め寄る。今まで怪しくはあったが行動にはいつも気品の残っていた彼女。そんな彼女が大きな声を上げたことに皆が驚く。
「ディアさん、ちょ、ち、ちか」
最も驚いたのはミツキ。大人の、美しい女性に顔を近づけられたことでひどく狼狽する。
「あ──すみません。取り乱してしまいました。驚かせてごめんなさいね、ミツキさん」
「珍しいですね、ディアーナさん。あなたがそんなに取り乱すなんて。ミツキさんの言葉の何にそれほど?」
彼女が見せた一瞬の綻び。それを逃さないようにカイが踏み込む。常時であれば無粋と切り捨てるだろうが、今回に限ってはそうもいかない。こういった行動に出られるのは自分だけ。ならば汚名も背負わなければ。そんな覚悟で。
「……ええ。ミツキさんがお読みになった言葉は初代が残したと言われていますが、長く、その意味が解読されなかったものですの。私も彼の伝説に憧れる者。それがわかるのでしたら、是非と。はしたなく取り乱してしまいましたわ」
「そうなんすか。じゃあ、初代って……でも掠れてるところが多くて読めなくて。力になれなくてごめんなさい」
銅像の足元、その土台に刻まれた言葉。所々掠れて解読できないそれ。
この世界にはないらしい、英語で記された文字。
この事実が示すのは、彼が──
「謝らないでくださいませ。元々、読めないのが当然ですのよ。さあ、切り替えて次に行きましょうか」
そう言うディアーナはどこか焦っているようで、いつもより早足で進んでいく。
◇
「これがヘイデイの名物、と言うより銘菓ですわ」
次に辿り着いたのは製菓店。店頭に持ち帰り用の販売所があり、人の混み合う時間というのもあって列をなしているが、続々と客を捌いている。慣れた風景のようだ。
「団子っすね。ちっちゃくて食べやすそう」
「桃色でかわいいね! 食べるのもったいないかも」
そんなことを言いながらノータイムで口に放り込む。甘い匂いに我慢ができなかったようだ。
「んー! 甘いね! 中からなんかじゅわって! おいしい! 何個でも食べれそう!」
「おお、ジャム? いや、ピュレってやつ? 小さいけど手が込んでるなあ」
小さく丸められた団子の中には甘いピュレ状の桃。王都に近づくことで姿を表すこの国の名産を贅沢に使った品。
「これがヘイデイ名物『桃団子』か。オレはそこまで甘いものが好きなわけではないが、これはうまい。帰りにいくつか買って帰りたいな」
「ええ。ナレッジの図書館に残されている物語、そこに出てくるお菓子を再現したものですわ。まあそれよりも改良はされていますが」
「もしかして、『桃太郎』すか?」
これまでの旅で半ば初代の正体に確信を持っているミツキ。ダメ押しとばかりに訊ねる。
「やっぱり、ミツキさんならご存知と思いました。有名なお話だそうですもの」
ディアーナもまた、ミツキの出自、それの深いところを理解する。彼女には、ミツキが「日本」出身であると理解できる前提知識があるから。
しかし。
「あれ? でも桃太郎の中で出てくるのって、『きびだんご』じゃなかった?」
「ゲルダ!? なんで!?」
予想外。二人が想定していなかった人物が名乗りを上げる。
「え? 桃太郎って有名な話なんじゃないの? あ。そういえば桃って桃太郎の生まれたやつだね! 気づかなかった!」
「……少なくとも、オレは知らなかった。ただオレの知識には偏りがある。自信はないが」
「いや、私も知らん。ここに来るまでそのような物語は聞いたこともなかった。ゲルダ、お前はどこでそれを聞いた?」
年長者リベラ。古成体アテナ。この場にいる中で優秀な知を誇る二人が揃って知らないと言う。
「……かあさんが、たまに話してくれたの。それで」
ゲルダもその雰囲気を感じ取り自分の特異性に気づく。取り繕うこともできず、声色が暗くなる。
「ディアさん、ちょっとだけ時間使ってもいいですか?」
「? ええ、あとはナレッジだけ。順調にいけば二日の猶予がありますわ。どうされましたの?」
予想外の手がかり。ナレッジにあるという物語を収めた図書館。もしかしたらそこに。
「ナレッジ。そこで、少し時間を使いたいんです。もう一つの目的。その手がかりがあるかもしれない」
ゲルダとカイ。不明の存在を解き明かす鍵。それが残っている可能性。
ミツキは珍しく、強い表情でディアーナを見据えていた。




