一章 二十話 『愛すべき日々』
舞踏会用の服を購入した一行。その簡単な直しが四日ほどかかるらしく、その時間はミツキのためにも観光に費やすことになった。
「とりあえず、飯でも食べに行きません? 慣れないことして疲れたっす」
「さすがに僕も賛成ですね。どこかいいお店はありますか?」
カイとミツキ。男子組の普段はあまり服装に気を使わない二人が提案する。反面ゲルダは元気が有り余っている様子。今まで見ることも着ることもできなかった煌びやかなドレス。その光景に当てられたのかいつも以上にはしゃいで見えた。
「いいねー! おいしいもの食べてまたいっぱいいろんなとこ回らないと、だもんね!」
それでも考えることはいつもと変わらないようだが。
「それではあのお店にいたしましょう。周辺の農村から直送される新鮮な野菜と、そこで獲られる獣の肉を使ったご飯がいただけますの。自分達で好きな用に焼いて食べるのでみなさまも肩肘張らずにお楽しみいただけると思いますわ」
ミツキにはその料理に覚えがある。少しだけ贅沢で、それでも皆とわいわい楽しみながら食べられる。
「焼き肉だー! 久しぶりでわくわくするっすね」
「あら、ご存知でしたか。それなら別のお店に……」
「あー、だめです! もう焼き肉の口になっちゃったんで! 行きましょう!」
気を利かせて別の店にしようと考えるディアーナを慌てて静止する。やはりミツキも食べ盛りの男の子。焼き肉と聞いて黙っていられるわけもなく、体がいつになくうずうずしている様子が見てわかる。
「それなら、食事の後に合流する場所を決めたいな。確かこの街の中心に初代の王を模した銅像があったはず。そこに……そうだな、二時間後合流の手筈でどうだろう?」
リベラがした提案は一行が二手に分かれることを前提にしたもの。誰もそんな提案はしていないにも関わらずそのようなことを言い出すリベラに困惑していたが。
「ああ、言っていなかった。さっき考えたんだが、今回オレは少し独自に動かせてもらう。一つ、気になっていることがあってね」
「それ、俺らいたら邪魔になるやつですか? 手伝えるなら」
観光が趣味と言っていたリベラがそのルートから外れることに罪悪感を抱くミツキ。もしかしたら初日にした自分の行動がここでもリベラの足を引っ張っているのではと心配になる。ゆえに手伝えることならば自分だけでもと。
「安心してくれ、キミのせいではないよ、ミツキ。ただ確証がなくてね。キミたちを巻き込むのは気が引ける。一日あたり少しの時間を使うだけだから、観光への参加も問題ないよ。食事は簡単なものを食べるつもりだから、気にしないでいてくれるとありがたい」
「……分かった。こいつもこう言っている。気にしすぎたらそれこそ活動に支障が出るかもしれんぞ、少年? 我々は楽しむのが仕事。そう考えておけばいい」
アテナがリベラの意図を汲みミツキの懸念を払拭する。やはり賢竜。リベラの意図することを即座にキャッチしてみせるその姿は古成体の名に相応しい。
「リベラさまがいらっしゃらないのは少し残念ですけど、そういうことなら仕方ありませんわね。そろそろ行きましょうか。この時間は食事に向かう人で混み合いますので」
片手で手招きをし、もう片手でリベラに手を振ってみせるディアーナ。その姿を見て。
「もしかしてディアさんって、リベラさんのこと気に入ってる?」
「ミツキくん、ちょっと」
「……そういうところ、アダン先生に似てきましたね、ミツキさん」
「デリカシーなかったね! すんません! 先生に似てるって言われるの堪える!」
焼き肉という言葉を聞いて童心に戻ったミツキが少年らしい余計な一言を発する。が、当然全員から総スカン。店に着くまで軽いお説教を受けていた。
「ふふ。楽しいですわね──学友との会話って、こんな感じなのかしらね」
そんな中、ディアーナは一人その空気を噛み締めていた。味わったことのない喜びに戸惑いも感じながら。
◇
「おい、今日もう仕事終わりだろ? 久しぶりに一杯飲もうぜ?」
「ばか、まだ昼間だぞ? ……まあいいか、今日くらいは相手してやるよ。最近忙しかったもんな」
虎の獣人と、獣人ではない人間が、昼間にもかかわらず飲酒を楽しもうとしている光景。
「最近娘がナレッジの大学行っちまってな。やっと、って感じと、寂しいって感情がもうしっちゃかめっちゃかなんだよ」
「そうか、お前んとこの娘さんもうそんな年か。じゃあせっかくだ、ここくらいおれに奢らせろよ。進学祝いだ」
トカゲの獣人と猫の獣人。二人が、父親なら当たり前に通過する情緒について会話する光景。
「……いいところすね。フェアウェルも共存を感じられたけど、それでもどっか獣人を売りにしているような感じだったから」
観光都市フェアウェル。獣の国へと観光に訪れる人の多くが、どこか獣人の特徴を活かした物品を求めているからだろう。そこには獣人の割合が多かったように思える。
しかし、このヘイデイではその割合が半々、とまではいかないものの、比較的釣り合っているようだ。至る所で種族の垣根を越えて、当たり前の会話がなされている光景が目に映る。初代の目指し、そして晩年にようやく辿り着いた世界。それがここにはあった。
「ヘイデイは初代が人権宣言をなさった場所ですから。遠い昔からこうして種族の隔たりのない日々が送られてきたのですわ。それが当たり前になるには、少しかかったようですけれど」
当たり前。それを誰もが享受できる。当たり前ではない偉業。当たり前ではなかった努力。
そんな困難を超えて溢れる愛すべき日々。このヘイデイが最盛の地と呼ばれるのは、繁栄ではなくそうした日々があるからに他ならない。
「──みんな、こうだったらいいのにね。全員って、難しいのかな」
複雑な感情。当たり前が広がる地にあって、自分達にはなかったものを探るゲルダ。彼女に今も暗い影を落とすそれは、明るい地にあって余計にその濃さを増す。
「ゲルダさん、あなたは」
「ごめんね! ちょっと暗くなっちゃった! おいしいもの食べて忘れようね!」
明るく振る舞うゲルダ。彼女に染み付いた癖。
「そうだね。これ自分で焼いて食べるんですよね? 姉さん肉ばかりじゃだめだよ」
「大丈夫だもん! 野菜も色がきれいで美味しそうだし!」
それに気づいたカイが流れを変える。ゲルダもそれに乗っかるようにしていつもの調子を取り戻した。
彼らが座る席に用意されたのはこの店で最も注文される基本のセット。
色とりどりの野菜がまず目を引く。根菜が多く、ニンジン、カボチャ、芋のような野菜が中心。生でも食べられるほどのそれらは、火を通せばその甘みを増し、野菜を拒む子供でも途端にがっつき始めるとまで謳われている。
それを囲むはキャベツのような葉もの。きれいに筋が走っている。これは生のものをタレに潜らせ箸休めに食べてもよし。火をさっと通してもよし。人により様々な表情を見せる万能の役者。
そしてメインは獣肉。しっかりと赤いそれらは、本来癖があるはずのもの。しかし近隣で獲れたものを即座にしめて運んでおり、新鮮さゆえの食べやすさが売り。手に入らない場合は店を開けないという徹底ぶりに食通でもリピートする有名店。
これらの食材を、現代日本で言うジンギスカン鍋のような鉄鍋で焼き食す。芳醇な肉汁の旨味を野菜に移して食べることができるのは、やはりこの立地ゆえか。ヘイデイまで来なければここまでのものは食べられないと人は言う。
「じゃあ、いただきます!」
待ちきれないミツキの音頭に合わせて、全員が手を合わせる。ゲルダとカイにはお馴染みとなった光景。食に感謝するこのルーティーンは、貧しい地に育った彼女たちにとっても受け入れやすいものだった。
こうして彼らは出された食材をあっという間に完食し、店を後にした。




