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一章 十九話 『ヘイデイ』

「次の街、ヘイデイでは少し用事がありますので、多少長めに滞在いたしますわ」


 魔獣車にまたがるディアーナが語る。これまでに費やした日数は、フェアウェルで一日半、デスパレートで二日半。そして今回の移動で一日。合計五日。残りの都市はヘイデイ、ナレッジ。王都で開かれる舞踏会まで九日の余裕がある。


「それだけあれば何が起ころうと舞踏会には間に合いますし、このまませっかくの時間を持て余すのも勿体無いでしょう? なのでヘイデイで用事を済ませるついでに、自由な時間でもと思いまして」


「ヘイデイ、ってどんな街なの、ディアちゃん?」


「フェアウェルのことは覚えているかしら? あそこも観光に来た方に向けて非常に発展した街でしたわよね?」


「はい。俺がイメージする観光地、そのまんま、みたいな。賑わいといい施設といい」


 ミツキも前世では幾度と旅行に赴いた経験があるが、その度に見た観光地とフェアウェルは遜色がなかった。


「ヘイデイはそれよりも発展していますわ。観光向けではありませんけど、国内の人間であれば、お出かけにはまずヘイデイを選ぶでしょうね」


「へー! なんかすっごそう! じゃあ最初の旅館で食べた桃とかもあるかも!」


「日本で言う東京みたいなもんかな? あれはでも観光地も兼任してるから違うかな?」


 ミツキが想像したのは高層ビルが並ぶ光景。しかし、この世界でそれはあり得ないと首を振ってかき消す。そうこうしているうちに。


「さあ、到着ですわ。栄華と繁栄の街。成した業の彩る最盛の地。ヘイデイへ」


 目に映るのは煌びやかなネオン。輝きがすでに暗くなった街を彩り照らす。眠りにつくべきはずの時間、それが決して訪れないかの如く認識を広げる世界の果て。


「すっげ……ばっちり繁華街じゃんか」


「今日は長旅でしたし、宿に直行してお休みといたしましょう。では」




「って、ディアさん言ってましたよ」


「用事……ですか。気になりますね。探ってみましょうか」


「そうだな、弟。お前なら気づかれずにやれるだろう」


 宿につき、情報共有の時間。実はミツキとディアーナが同じ移動手段をとっているのはミツキが自動車に乗れないからというだけではない。というよりもそれをせめて利用しようと考えたわけだが。


 その奇跡(ギフト)因果集積(フェイタル・チェイン)を利用した情報収集。それが秘密裏にミツキに課せられたミッション。そのための会話。そのための話題。


「……いや、オレにはここで彼女がやろうとしている用事に心当たりがある」


「え? リベラさんいつの間に探ってたんですか?」


 ヘイデイで果たすべき用事があると言ったディアーナ。その内容に心当たりがあるというリベラに全員驚愕する。しかし、そんなリベラは困ったような笑い顔。


「うーん……いや、そういうことではなくだな。君たちに必要なものの調達だろう、と想像しただけだよ」


「これまでの情報で推理できる……僕が見落としている何かがあるのか……?」


 思考力に自信のあるカイが頭をひねり。


「私にも分からんこととはな。ふざけて騙しているわけではないな、騎士?」


 知識に誇りを持つ賢竜が語気を荒げるが。


「ええ。ただ、この場で分かるのはオレだけだろう、とは思います」


「「「「????」」」」


 リベラから出たのは、結局曖昧な返事と苦笑いだけだった。



    ◇



「ミツキさん。みなさまも。舞踏会のみならず、目上の方も集まる社交の場において、まず気をつけなければならないこと、ご存じかしら?」


 明朝一番、ディアーナは一向をつれて歩き出し、そんなことを問いかける。


「えー? 言葉遣い……すか?」


「礼儀、ですかね?」


「人見知り、しないこと……?」


「──ああ、そういうことか」


 アテナが気づく。しかし、ディアーナが口に人差し指を当ててウインクで合図。癪だったが、面白そうなので従うことにした。


「ふふ、背伸びはしていても、みなさまやっぱりお子様ですわね。可愛らしい」


「……なんかバカにされてる気はするんだが、ちょっと悪い気はしないかもだ」


「……ミツキくん。変態」


「きっつぅい! ごめんね!」


 ディアーナの出すクイズ。それに若年層の知力担当カイも答えられないまま、しばらく経ち。


「では、答え合わせの時間ですわ。みなさま」


 ある店の前に立ち止まり、振り返って。


「ドレスコード、ってご存知ないかしら?」


 ヘイデイでの目的を告げた。



    ◇



「なあるほど、ドレスコード。聞いたことはあるや。こういう時に使う言葉なんだね」


「──ミツキさんが知ってて、僕が知らないなんて」


「自由に選ぶのもいいが、やはり店員の方に見繕ってもらう方が無難だな。オレも一応知識はあるが、感覚に自信はない」


 男子組。それを率いるのはリベラ。この中で唯一公的な場に出席した経験を持つ彼がミツキとカイのサポートに付く。しかし、センスには自信がないようで、店内に入るや否や、早々に店員の元へ向かい事情を話していた。


「服なんてどれも一緒でしょう? いざという時のために動きやすさだけ気にしていただければ」


「かしこまりました。そちらの方は、何かご要望はございますか?」


「あ、えー。うーん。じゃあ、かっこいいやつで」


「ふふっ、わかりました。うんと似合うものをお選びいたしますね」


 ミツキも前世では思春期の男の子らしく自分で服を選んでいたが、フォーマルなものとなれば勝手が違う。少し見栄を張ろうと頑張ったが、結局二人仲良く店員に任せることになった。



    ◇



「試着、終わりましたー、って。うわ、カイ似合うな」


 そこにいたのは着飾ったカイ。出席するであろう場を想定して、いつもはポニーテールにしている髪を後ろで纏めている。


「……ミツキさんも、意外と。僕より身長あるから、ずるいです」


 ミツキもまた普段と違う髪型。いつもは適当に整髪料で整えているそれを少し崩したオールバックにして整えている。一見してミツキとは分からないような変貌ぶり。


 そんなミツキを羨むような言葉。口ではなんでもいいと言っていたカイだったが、人並みにはカッコつけたかったようだ。


「うん、似合っている。それにこれなら王城でもバレることはないだろう。若さの特権だな。いかようにも変わってみせる」


「あれ? リベラさんはもう試着しちゃったんですか?」


 対するリベラはここに来た時と変わらぬ格好。


「ああ、いや。色々試してはみたが、どれもオレとすぐわかりそうでね。顔が割れている以上、ある程度の変装はしたかったんだが」


「あ、ごめんなさい。俺が迂闊なことしたせいだ……」


 フェアウェルでの行動、それがここで尾を引いてくる。流石のミツキも予想しておらず、がっくりと肩を落とした。


「そうだな。あれは迂闊だった。褒めるべきではない……ただね、これは組織においての一般的な話」


 リベラは少し目を閉じて、意を決したように。


「内緒だぞ? オレはね、ミツキ。キミのあの行動を、素晴らしいと思ってしまったんだ。弱者の前に飛び出したことも、誰もが恐る女王と対話を望んだことも」


 胸に秘めて外に出すつもりの無かった言葉を繋ぐ。導く立場、年少者を無傷で返すべきと密かに決意するその身には噛み合わない本音。


「リベラさん……ありがと」


「まあもちろん報告はするが」


「ぬあー! またこのパターン!」


 リベラの胸にあるのは傭兵の国(ガルディニア)という国の前提。弱者のため。それを掲げる国の強者、その頭目としてこの言葉を秘することはできなかった。


「だが、他にもやりようはある。オレはオレで動くから、くれぐれも無茶はしないようにな、ミツキ?」


 だからこそ、釘を刺す。言葉にしたからには責任を。まだまだ弱い彼が、決してその身を滅ぼさぬように。



    ◇



「お疲れ様でした。慣れないことだからお疲れでしょう?」


 男子組が服を選び、多少の直しを依頼し終えて店を出ると、こちらも買い物を終えたゲルダ、アテナ、ディアーナの女子組。


「意外すね。女の子の方が時間かかると思ってた」


「お二人とも、なんでもお似合いでしたから。少し迷いましたけどすんなり決まりましたわ」


「どんなの選んだの、姉さん?」


 カイが誉めるために訊ねる。しかし答えは返ってこない。


「まだ教えないよー! ヒミツ、だもんね?」


「ええ。秘密の一つでもあった方が淑女として磨きがかかりますわ。まあ、一言だけ言うなら」


「──綺麗だったぞ、ゲルダは。私よりも、こいつよりも」


 その言葉を受けたゲルダは、後ろで小さく胸を張る。


 ──少し紅に染まった顔、それに気づかれないように。

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