一章 十六話 『デスパレート』
「昨日はゆっくり眠れましたか? フェアウェルから次の街、デスパレートまでは短いですが少し道のりが厳しいので、お疲れだと大変ですわ」
「素晴らしい環境だった。食事も堪能させていただいた。まさかこの辺りで竜宮の海魚をいただけるとは。よほど良い流通経路をお持ちのようだ」
「あら、今はそんなものも出しているのね。私が召し上がって欲しかったのは違うものでしたけど、お口にあったならよかったですわ」
少し残念そうに、それでも誇らしそうにディアーナが答える。
「あたしはあれがおいしかった! あの、果物の!」
「桃だね。俺もよく知ってるやつだ。多分、相当良いやつだったんじゃないかな? 味が全然違うの」
「──あら、そう。あなた」
獣の国の隠れた名産品、それが「桃」である。観光客はフェアウェル付近で旅行を済ませるためあまり知られていないが、王都ラストボンドに近づけばその栽培が盛んに行われるようになっている。かつての王が、是非と始めたものだから。
「僕、まだちょっと眠い……」
「珍しいな弟。良い枕は苦手か? 私もそうだと思ったが存外悪くない。故郷に戻っても使いたいくらいだ」
ディアーナを警戒して自身の出自を巧妙に隠す。もっとも警戒して発するのがこんな言葉であるのは気が抜けるところだが。
「カイさあ、ちょっとゲルダに過保護すぎね? ゲルダ一回お兄ちゃん嫌いって言ったら?」
「それは冗談でも凹むので。使い物にならなくなりますよ?」
「おーとーうーとー! あたしがお姉ちゃん!」
英気は抜群。約一名不安はあるが、それでも困難な環境には慣れたもの。多少の不調は問題にはならない。
「ではまいりましょうか」
◇
「っう、おろろろろろろ!」
はずだった。
「カイ! 袋! ちゃんと持って! 一応オレの愛車なんだ!」
「ふ、はははは! 情けないな弟! いつもの強気は、ふ、ふふ、ははは! どこへ行った!」
「くそぉ、自動車なんて乗らなかったから、こんな、うっ」
「オレの運転が悪いのだろうか……まさか、殿下もこれを隠して……?」
一行が行くは荒れた山道。多少は舗装されていると言っても、曲がり道、凸凹道、荒れ道のオンパレード。いくら丁寧に運転しても揺れは免れない。当然、不調を感じるものも出るだろう。
体調が万全でないならなおさらに。
「ふ、くく。これを機に姉離れするんだな。ふふ。珍しく年少者らしくて良いではないか、なあ?」
「はあ、ふう。こんなことなら。っう! おえぇ……僕も、無理言ってあっちにすれば良かった……」
「うっわ。なんか今誰か吐いた跡なかった? きたねえ、踏んでない? 大丈夫?」
「ちょっとミツキくん! そういうの、大声でいうのだめだよ! せっかく景色見てたのに意識しちゃうじゃん!」
「淑女が揃っていますのに、ミツキさん。少し大人しくなさっては?」
「スマセン……こんな状況で旅するの初めてで。大体男ばっかりだったから、こういうのではしゃいでたんす……カイ……助けて……」
「でもすごいね、ディアちゃん! あたしたちほんとに、魔獣に乗ってる!」
ミツキたちが乗るのは、牛型の魔獣、タウロス。なぜそんなことが可能かというと。
「女王の能力、やっぱり規格外だな。乗り物代わりにしちゃうなんて」
女王、その権能が届いているから。観光だけでなく、国内の荷物の運搬などに頻繁に利用される魔獣車。それに乗るのは、やはり自動車に乗れないミツキと。
「カイもこっちにきたら……ダメダメ。カホゴなの治さないと」
カイの過保護を矯正すること、そして運転できるのがリベラしかいないから監視のため、との建前で、ミツキが女性と二人きりになるのを防いだゲルダ。そして。
「もう少し速度も出せますけど、せっかくですもの。汚いものではなく、風景を楽しみながら進みましょう?」
ディアーナの三人。三人が各々別のタウロスに乗っている。
「それで、ディアさん。これから行くデスパレートって、どんなところなんです?」
ゲルダに釣られてきやすい呼び方になったミツキ。ディアーナも細かいことにはいちいち突っ込んだりはしなかった。
「そうですわね……ミツキさんは、この世界の外からいらっしゃったのですよね?」
「ちょっと違うけど、似たようなものですね」
ミツキの出自はディアーナに伝えている。常識の部分で、どうしても隠せないと踏んだカイが「弱みになる前に」と先に明かした。
「どう思います?」
「うーん、色々あるけど、やっぱり随分平和だなって。魔獣とか、魔法とか。物騒なものが溢れてるにしては、大体の人が性格良いです」
「あたしもびっくりするくらい。ヒトって、こんなに優しいんだな、って。あったかくなるね」
「ゲルダぁ……」
「ミツキくんの泣き虫も治さなきゃじゃない?」
世界全体が善行を推奨するシステム。それのおかげでミツキが触れ合う人々は皆、善き人であった。
「ええ。でも、それでもどうしようもないものはありますの。お金が稼げない。何事にも適性が無い。人と違う性格で、受け入れてもらえない。そんな人々が、何らかの犯罪にやむをえず手を出してしまうことも」
「そう、ですよね」
そのことにはミツキも気がついている。自分が恵まれていただけに。自分が失ってしまっただけに、余計。
「だからこそ、そんな人々を受け入れる受け皿というものが必要ですのよ。ヒトは弱いものだと認めて、それでも立ち上がれる強いモノだと信じる。初代の王はそう言って、犯罪者が更生できるような仕組みを、と苦心していたようですわ」
「すげえ人だな。マリアルさまの教えがない段階でそこまでのことを。どんなとこにも特異点じみた人がいるんだなあ」
ミツキの頭に浮かぶはアダンの姿。今世の知識、それを蒐集しきったと豪語する知の特異点。
「それが実を結んだのは没後のことでしたけれどね。それでも彼の教えは、その街に今も刻まれています」
いつの間にか、風景が山道から町のそれに変わっていたことに気づいていないミツキ。
「それがこの街、デスパレート。ようこそ、みなさま。絶望と奮起の街。無念をなぞる黄昏の地へ」
そう言う彼女の顔は、夕暮れに照らされ少しだけ寂しそうで。それでもその口上には、何か強い思いが込められていた。
◇
「カイ、なんかすごくげっそりしてる。あたしがいなかったから?」
「げ……姉さん。大丈夫、これは、」
「アテナさん、大丈夫ですか? ずっと腹抱えてますけど、悪いもん拾って食べました?」
「やめろ、少年。今話しかけられると、ふ、ふふ。わ、笑いがまた止まらなくなる……」
「リベラさま、どうなさったのかしら。少し落ち込んでいらっしゃるみたい」
「……殿下。オレは、驕っていたようです。趣味の車。それでならあなたを楽しませることが、と。まだまだ精進しなければ」
仲間の多くが満身創痍の状態で。
「魔獣だ! はぐれの魔獣がでた!」
この国で、そうそうあり得ない事態。
それに遭遇する。




