一章 十五話 『怪物は人となりて』
「初代女王即位の日を祝って、今月、王城で舞踏会が開かれますの。私も、来賓としてお呼ばれされてまして。数人、身辺警護のために連れて行くことを許可されていますのよ」
ディアーナが語る。如何にしてミツキたちを王城の、女王の元へと連れて行くか。
「だけれど、みなさまは国の外からお越しの方。まずは、都市を巡って結界の鍵を手に入れることが必要ですわね」
ミツキたちは、ひとまずディアーナを受け入れることに決めた。アテナは警戒するよう提言したが、またとないチャンス。とりあえずの利害も一致している。彼女がミツキたちの敵と仮定した場合、その身はルナリアの手先となるが、敢えて自分たちを連れていく理由が見つからない。
「だから、一応、暫定、仮で、ですから。気を許しすぎて余計な情報を与えないように。特にミツキさん。お人好し、自覚して抑えてくださいね」
「俺って信用ない……のも、まあ仕方ないとは思う」
「これからは別行動もあるだろうが、ミツキ、君にはできる限りオレがつく。君の無茶を止めるためにもね」
これからは監視を強めるという宣言。騎士の頂点による直々の通達。本来であれば萎縮して然るべき言葉。
「正直助かります。自分でも止まれないことがあって……」
それをミツキはありがたいと言ってみせる。自分の性分が必ずしも良い方向には転がらないことを、そしてそれを自分ではどうしようもできないことを知っているが故に。
「ミツキさん、でしたか。やはりおもしろい方ですわね。あの女王に、あろうことか対話を望むなんて」
「言葉が通じる人なら、やっぱり最初はその方がいいと思うんです。俺、前に一回失敗したから、余計にそう思って」
「──ミツキくん」
後悔の記憶。奇跡を奪われたあの時、自分が攻撃ではなく対話を望んでいれば何か変わっていたのだろうか。その考えは、鎖のようにミツキに絡みついて離れない。だからこそ、今回は。
「……私も、それが一番だと思いますわ」
「それで、いつ出発するんです? 舞踏会ですっけ? いつですか。予定外の可能性も考慮して、少し余裕もって動きたいところですね」
「二週間後です。なので、みなさまの思っているよりも余裕はありますわ。今日のところはフェアウェルで宿泊されてはいかがです? ここは観光客の町。いい宿も揃ってますわ。私が手配して差し上げても?」
「なら、お言葉に甘えて。我々も急な決定で宿の手配などは出来ていない。現地の方に手を貸していただけるのはありがたい」
まさに渡りに船。あまりにも出来すぎたタイミング。それに少し疑問を抱きながらも、リベラはディアーナの申し出を受け入れた。
◇
「少年、少しいいか」
一度ディアーナと別れた後、今後の方針について全員で話し合っていた時にアテナはミツキを呼び出した。
「アテナさん。ちょうど良かった。俺も改めて今日のこと、謝りたくって。迂闊なことして、すみませんでした」
「? なぜ、改まって私に?」
「ここ来る前に、言ってくれたから。背中に乗っても良いって。それに見合うだけの人間でいたいのに、今日の俺はそうじゃなかった。失望させたかもって」
迂闊な行動。アテナから受けた「無謀」との言葉が、やはり胸に刺さっていたミツキ。英雄になりたいなどと大見得を切っていながらの体たらく。後悔こそないものの、少し胸が痛んだ。期待してくれた相手を、失望させた可能性。それが己に誇りを持つアテナであればなおのこと。
「──それは違うな。我々は君を心配しただけだ。恐らく、全員。あの中で失望した者なら、最初から君に着いてなどいないだろう。君の行いが正しいとまでは言わんがな」
「むっちゃ嬉しいです。アテナさんは、いつも言葉に嘘が無いから」
竜種であるが故の矜持。それは振る舞いだけでなく放つ言葉も。彼女は決して自分に嘘はつかない。己が正しいと信じることをただ貫く。それが仮に、人間の姿となった今でも。
「では、次は私の番だな……君の期待に応えるために、率直な感想を述べる」
「はい」
「あの女は、何か隠している。直感だが」
全員が懸念し、そして飲み込んだ疑惑をあらためて口に出す。ミツキだけを呼び出したのは、これを口に出すことで方針の統一が崩れることを心配したから。そして、ミツキが、あの彼女すら疑わぬ善人であるだろうと考えていたから。
「隠してる……か。何かまでは分からないですけどね」
「──そうか、君はそれでも」
しかし、そうではない。彼は人と同じくらい他人を疑う、羨む、蔑む、妬む。ただ、今はそれを己の「夢」で覆い隠しているだけ。一皮剥けば、ただの少年と相違ない。それでも彼がそうあれるのは、あの日の光景が、あまりに綺麗だったから。それに恥じないでいられるような、そんな自分でいたいから。
あまりにも不器用で、あまりにも真っ直ぐ。見る者如何によっては目も当てられない直進する光のように。
「不器用な生き方しかできなくて。死んでも、治らないものってあるんですね」
「ならばこれ以上は何も言わん。君がもし、それを貫くことで危機に陥ったなら」
アテナは思う。この少年は、自分と同じだと。ただ自分であるために、己に課す。そのことでもし、何かを失おうとも。
「──私が、君を守ろう。誇りにかけて」
だからこそ、ミツキに足りないものを補おう。彼が自分を助けたように。それを他でもない自分の心に誓う。何よりも強固な鋼の誓い。
「ありがとうございます! 頼りにしてるんで!」
そう言って戻るミツキの背を見ながら。
「……全く、私は竜種のはずだったんだがな。これでは、すっかり人間ではないか」
アテナがつぶやいた言葉は、それ自体が、とても人間じみたものだった。
◇
「この旅館を使ってくださいませ。私が手配できるのは、こんな所しかありませんが」
「い、や、ここ」
「ああ、間違いない。オレの知る限り、これはフェアウェルで一番……」
「でっかーい! ディアちゃんほんとにいいの!? あたしたちこんなとこ泊まって!?」
「──ディア? ちゃん?」
ディアーナが手配したのは、ここ観光都市フェアウェルでも一二を争う大旅館。騎士団長リベラ一人であってもここに宿泊するのは少し覚悟のいるようなところ。人数は五人。それも手配したディアーナ自身を除いて。
「流石に恐縮するのだが……オレでもここは……いや、やはり、せめて、自分の分くらいは、払わせ……て……」
口ではそう言うリベラ。しかし言葉とは裏腹に拳には皮膚をちぎりそうなほどに力が入り、歯は緊張で時たまがちがちと音を鳴らしている。壮絶な覚悟を決めているようだ。
「大丈夫すか、リベラさん? すごい表情ですけど」
「すまん、元が貧乏性で。陛下のお陰でかなり矯正されたのだが、ここまでの出費となると抑えが効かん」
「気になさらないで。実を言いますと、ここを手配したのは私のワガママですのよ──ここは、父との思い出の場所なので」
今までは少し力の入って見えたディアーナの表情が、ほんの少し緩んだ。
「ああ、なんとなく分かるかもです。家族との思い出って、人に知ってもらいたいですよね」
ミツキも家族との思い出の味をゲルダたちに振る舞った。ディアーナがしているのもそれと同じことだと考えると、途端に親近感が湧く気がした。
「……なるほど、そういうもの、なんだな。であれば、この好意を無碍にするのは失礼にあたる。謹んで、受け取らせてもらいます」
二人の言葉を受けて平静に戻るリベラ。それを見て。
「お前もなかなか現金だな、騎士。タダで良いと聞いてすぐそうも笑顔になるとは」
「アテナちゃん、自分のこと棚上げにしてるけど、ちゃんとお礼言いなよ?」
「──私は野宿でも」
「矜持はどこにいったんですかねえ」
こうして激動の一日が終わりに向かう。五人は、旅館で温泉に浸かり、英気を養ってから床に着いた。
ちなみに部屋割りは、アテナとゲルダの女子組と、ミツキとカイの男子組、それからリベラ一人と別れた。
「姉さんが心配で眠れない」
「さすがにカイのそれは病気だぞ?」




