一章 十二話 『フェアウェル』
「ミツキ。アテナ殿も、こっちだ」
一足先に獣の国への入国を済ませていたリベラたち。彼らが着いてからおよそ二十分後にミツキとアテナも入国した。
「審査、なんか簡単に終わりましたね。これって奇贈神が善行推奨してるからっていう理由ですか?」
簡単なボディーチェックだけで入国を許可され、拍子抜けしたミツキが言う。彼の前世ならばパスポートの提示や厳格な持ち物検査が避けられなかったからだ。その上、武器の所持まで見逃されている。
「それも一つだが、主たる理由は別にあるんだ。それは、この国の歴史に由来している」
「あ、それなら知ってます。確か──あ!」
ミツキが指を指して驚こうとしたが、カイはすぐさま手で叩きそれを静止する。あまりにも不躾な反応だったのが原因だが、ミツキが驚くのも無理はない。その光景は、日本では、いや、前世では見ることの無かったもの。
「──獣人……って、確か使ってよかったんです……よね?」
「そちらは構わないよ。あくまで人間の個性を示す用語として受け入れられている。逆に、絶対に使ってはならないのが」
──失敗者。創人神ハムナが敢えて作り出し、そして十分な成果を上げられなかった実験体。そういった揶揄の込められた蔑称。迫害、差別。そんな負の歴史に紐づけられる禁言。
「さすがにひどいですよね。僕だったら耐えられません。なのに彼らはそれを」
「二百年も耐えてた、って話なんだよな。今から八百年も前のこととは言うけど、なかなかクるものがあるね」
「それで、彼ら、彼女らが逃げてきたのがこの地。そして、初めは獣人の隠れ家だったこの地を」
「六百年前に世界ではじめて、それもマリアルさまが来る前に、平等な人権の与えられる地にした──だよね、アテナちゃん?」
珍しく歴史のような難しいことをゲルダが語る。それもそのはず。彼女には迫害された経験がある。獣人の歴史には、どこか思うところがあったのだろう。ミツキが学ぶのと一緒になって、一生懸命覚えていた。
「そうだ。初代の統治者は非常に敏腕でね。異種族が手を取り合う国を作ろうと躍起になっていた。獣人を受け入れられないと言う者と、迫害した人間を受け入れられないという獣人との仲を取り持ち、さまざまの革新的な法を整備したんだ。私も幼かったが、今でも鮮明に思い出せる。その代表が人種によらない平等人権であり、今でもこの国に人が絶えない理由の一つ」
「面白いのが、そう言った経緯もあってこの国では比較的五神信仰が薄い。マリアルの教義に従わなくとも、善を志してきた国だからね」
「なるほどなぁ。いろんなとこから人を受け入れてた名残、ってことだ」
入国審査の謎が解けた。しかし、今度は別の疑問が湧いてくる。
「……そんな国の女王さまが、あんなことするなんて」
先日の侵攻。いや、それに限らない昨今の魔獣被害の拡大。これが女王ルナリアの仕業であるならば、国の歴史に唾棄するような行い。見過ごすことはできない。
「そもそも、現女王が一体いつから君臨してるんだ、って話もありますよね。ここ、初代を除いてずっと女性の王で、しかも同じ名前を名乗っているとか」
「そう。人権制定後すぐに崩御した初代の跡を継いでから、そのやり方は変わっていないんだ。そのせいで彼女には色々と噂が絶えない。六百年を生きる不老不死だとか、もはや女王など存在しておらず、陰で動かす黒幕がいるとか」
「不老不死って……奇跡でもあれば別だろうけど」
「マリアルさまが奇跡授ける前、だもんね」
その流れで、この国のもう一つ、特筆すべき点についてリベラが触れる。
「彼女が有している能力、これが国に依存するのか、女王と言う座に依存するのかは分からないが、それがこの国のもう一つの性質だ」
ミツキが先ほどから感じている違和感は獣人の存在だけではない。明らかに異常な空気。それは。
「普通に魔獣が歩いてて、誰もそれ気にしてねえの、すげえ光景……」
「私が縛られた、忌々しい能力。魔獣、いや、魔力生命体に対する命令権」
憤りを込めて小さく呟くアテナ。聞かれないようにと意識してはいるが、声に出すことは止められなかった。
「アテナ殿には悪いが、これまでオレは、悪い物ではないと思っていたんです、正直なところ。この国の国防は人間の命に依存しない。それはやはり、一つの『平和』の形だろう、とね」
魔獣。本来人間を死に至らしめるだけの存在。その行動原理を上書きし、逆に人間を助ける道具に昇華させた。この国は軍を有しておらず、あるのは魔獣で構成された部隊と、王城に駐在する少数の側近のみ。国内の警察活動に関しても、全面的に魔獣が担っている徹底ぶり。確かに、それはそれで平和なのかもしれないと、ミツキは思った。
「あんたたち、さっきから小難しい話してるけど、なんだ? 修学旅行でもしてんのか? そんなところで突っ立って無いで、もうちょい楽しそうにしてくれねえと。ここは観光客が集まるんだ。営業妨害で訴えるぜ? なんてな」
入国してすぐ、活気のあるマーケットが姿を現す。そこにあった露天商の一人がリベラたちに声をかける。犬の性質をその身に宿す獣人。全身にふさふさと毛が生えていて、尻尾があり、顔などそのまま犬のように見える。
「失礼した。オレたちはこの国への旅行は初めてでね。余すことなく楽しもうと、つい力が入ってしまった」
「なるほどなあ! 最近は魔法国に観光客吸われてるが、それでも負けてねえって自信はあるぜ。なんなら食っていってくれよ! 鳥に衣つけて揚げただけだが、獣人の鼻は効く。そいつらがしっかり調合した味だ、どこにも真似できねえよ」
「おいしそー! ちょっと寄っていこうよ! ジョーホーシューシューもしなきゃ、でしょ?」
ゲルダがもう待ちきれないと目を輝かせ始める。こうなってしまえば止められない。さぞリベラも面倒そうにしているだろうとミツキが見やると。
「よし、少し観光にしようか。オレの拙い知識でよければ案内もできるぞ」
意外な反応が。
「リベラさん?」
「あー。すまない。普通に旅行は趣味なんだ。こんな時だが、だからこそ楽しむことは忘れないように、と」
「──いいのか、騎士? お前の目的は」
「気遣い、痛み入ります。でも問題はありません。仕事の引き継ぎは済ませている。彼らにも必要な手は打てるように言い聞かせているので。オレだけではなく、二の矢、三の矢はすでにつがえております。それに、メリハリをつけるのも我々には必要な能力と心得ています……とまあ色々申しましたが、全部屁理屈です。本当は自分が楽しみたいだけなので」
「確かに、俺の前世でもデキる人ってみんな余裕あったかもだ」
「じゃあミツキさんとは正反対ですね」
「辛辣ぅ。まあ事実なんだが、ちょっと前なら凹んでるよ?」
リベラが楽しみたい、と言うのも本心ではあるのだが、実際はミツキたちへの心遣いである。まだまだ幼い三人に、せめて楽しい思い出を、と。前日、国内の書店を巡り知識を蓄えていたのだが、ここにいる誰もそのことを知る由もない。
「決まったか? よし、んじゃ改めて。ようこそ、観光客さん方。ここは出会いと別れの町。生きた痕跡を辿る終着点」
慣れた様子で口上を告げる店主。その言葉に、一体どんな意味があるのだろうか。ここにいる全員が、まだそれを知らずにいる。
「ここはフェアウェル。獣の国第一の都市だ! 楽しんでいってくれや!」




