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一章 十一話 『獣の国』

「検査、終わったよ」


 アダンが名残惜しそうに告げる。その舐め回すような視線がついに逸れることを知ると。


「……正直に言おう。人間というものを侮っていた……まさか、ここまで不快な空気を私に浴びせることが出来るとは。何度少年に助けを懇願しようと思ったか。竜種の矜持も地に落ちたようだ」


 あの身体と共にな、とユーモアを炸裂させるアテナ。反応が欲しいのか、頭を抱えて反省文を書くミツキをちらちらと見ている。


 どちらかと言うとその光景の方が竜としてのイメージを損なっているように思えてならなかったが、口に出すと間違いなく面倒なことになると考えてミツキは敢えて何も言わなかった。


「……少年。少しは冗談というものを学んだ方がいい。円滑な交流には、こういうものも必要だと思うぞ?」


「……すみません、まさかあの竜からそんな言葉が聞けるなんて、ちょっと夢にも思わなくて呆然としてまして」


「はっはっは! 良かったなミツキ君! キミの夢が一つ叶ったではないか! 御伽話と侮るものではないな! 竜と冗談を言い合うなど!」


 腹を抱えて笑うアダンに忌々しそうな視線を送るのはミツキ。それと、アテナ。


「貴様を笑わせるつもりなどなかったんだが」


「まあまあ。先生も、そんなことより検査の結果を」


 諌めるのはカイ。あの戦闘の緊張感がまだ抜けておらず、いつアテナが爆発するか気が気ではないようだ。いつもなら皮肉の一つでも言っていただろうがそれも出来ずにいる。


「ああ、そうだね。竜種に講釈を垂れるなどまたとない機会をふいにしてはもったいない……非常に熱い視線を向けられていることだし、始めようかな」


 アダンの悪癖は止まらない。竜種の身体を調べる。竜種と会話をする。竜種が人間の身体になっている。そんな未知が楽しくてたまらないのか、気持ち悪い笑顔が顔面に張り付き続けている。しかし。


「結果から言うなら、その身体には()()()()()


「──ほう」


 いざ講義のスイッチが入ると表情は一変する。真剣な面持ちで、アテナの身に起きた事態を紐解き始める。


「え? でも、ぜったいおかしいよ、先生? だってアテナちゃん」


「──ちゃん?」


「ゲルダ君の言う通り。明らかにおかしい点がある。にも関わらず彼女は正常なのだ」


 会話の違和感に気づいたのは全員だったが反応したのは当のアテナのみ。他は、まあゲルダならと流している。


 ゲルダがこうも気安い態度を取っているのは、彼女が()()()()()()から。彼女の人見知りも、竜種相手には働かない。おかしな話だが、彼女には人間より竜種の方が大したことはないようだ。


「アテナ……君、と呼んで構わないね? 彼女は、()()()()()()()、魔力が多すぎる。逆に、()()()()()()()、あまりに少ない」


 この中でゲルダが真っ先に気づいた違和感に言及される。優れた魔法使いの彼女には、その魔力の違和感が手に取るように感じられたのだ。


「そんな不安定な生物となってもなお、彼女の身体は安定を保っている。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なるほど、何となく理解出来ました。今回、彼女の身に何が起きたか」


「ごめん、俺はサッパリで」


「あたしもよくわかんない」


 初見の問題にはめっぽう弱いミツキと、直感に頼りがちなゲルダと違い、カイは推論を重ね結論に至った。


「聞かせろ、弟」


「弟って、やめてもらいたいんですけど」


「なんでよー!」


 声を上げるゲルダを無視してカイはアダンに確認をとる。果たして自分から告げていいのかと。


「構わないよ。キミの結論は私も聞いてみたい」


「では。想像にはなりますけど、彼女は()()したのではないでしょうか?」


 ──適応。


 生物としての反応。本来なら生きられない環境下での生存を可能にするための機能。それが働いた結果という。


「あれ? 俺らがやったのって範囲外に出る言い訳を作ることだけでしょ? それが出来るなら最初から自分で効果範囲から出ればいいんじゃ?」


「ミツキさんがもし、同じように命令を出せるなら、効果範囲があるのにそこを警戒せずに動かしますか?」


「……つまり?」


「範囲の外に出るな。それも命令の一つということだ、少年」


 少しずつ明らかになる現象の答え。


「それで、彼女は本来竜種なら無視出来ない命令を無視したことになった。その矛盾状態からなる危険を潜り抜けるために、適応反応が発生。今の状態に至るというわけかな」


 想像だが、と付け足しアダンが締めくくる。


「お陰で魔力をごっそり捨てるハメになったが、まあ背に腹は代えられんというわけか。まあ、多少は竜鱗(スケイル)も残った。少年の役にも立てるだろう」


 そう言って右腕を掲げるアテナ。その肘から先にまばらに残る赤い鱗。彼女の固有能力「反射」を宿すそれが見える。


「じゃあ、もし女王と闘うことになったら、アテナさん切り札すね。もう適応したから操られないってことだし」


「果たしてそうかな?」


「今回潜り抜けれたのは、奴が能力の対象を『竜種』と認識していたからだ。それを、今の私に、それこそ『適応』させれば、話は分からなくなる」


 いいアイデアだと思っていたミツキはがっくりと肩を落とす。今回のやりとりに口を挟めないでいたことを気にしているらしい。


「そっかあ」


「ミツキくん、どんまい」


 ついていけない組が気の抜けた会話をする中、その先に残る問題に言及する三人。


「問題は、()()()()()()()()()()、だ。聞かせろ、学者」


「ふむ、せっかく頼られたのだから答えたいところだが、正直分かりかねる」


「魔力を純粋に集めれば良い、ってワケでもないでしょうね。今の安定を崩す危険が残りますから」



「じゃあまた、てきおう、したらいいんじゃない?」


「──」


「あれ?」


 ゲルダの一言が、三人を沈黙させ。


「なるほどな、考え過ぎていたか」


「適応が一度限り、不可逆だと考えるのは早計だったか」


「もし、多量の魔力が必要な環境に置かれれば、あるいは」


 答えが、出る。


「──良し。ならば尚更、少年の近くにいる方がいい。君の行く道程は、非常に困難なようだからな」


 ミツキの夢、英雄のような自分になること。アテナはそれを笑うことなく、まるで辿り着けるかのように言って、ミツキの仲間に加わった。






「ゲルダ……俺を置いてかないで……」


「わ、ミツキくん! また泣いてる! 泣き虫さんだね、よしよし」



    ◇



「わあー! なにこれすごーい! 速いよぉ!」


「姉さん、危ないから身を乗り出すのはやめなさい」


 検査の翌日。ゲルダとカイは。


「この辺りには霊廟くらいしか目ぼしい障害物はない。多少ならはしゃいでも問題ないよ」


 騎士団長リベラの運転の下。


「すっごいね! 自動車! ミツキくんがこわいっていうから不安だったけど!」


 自動車に乗っていた。


「それも仕方ないことだろう。この世界でも自動車の事故は起きている。特に国内の狭所では不注意によって命を落とすなんてこともある。危険であると理解しておくことも大事だとも」


「それを実際に味わった、ってことですからね。ミツキさんの場合は余計に、です」


「でもミツキくん、大丈夫かな? 『何とかする』、とは言ってたけど」


 そう、この場にミツキは不在である。それでも二人が問題なくリベラといるのは。



    ◇



「ゲルダ、カイ。二人とも良く聞いてくれ」


 アテナの試練の後、方針が決まってからの話。


「俺は、自動車が、恐い」


「──」


 ミツキは二人に、全力で懇願していた。


「オレは一応立場があるから安全運転を心がけるつもりだが……?」


「すみません、理屈じゃなくて。ほんと、もうなんならその名前聞くだけで恐いです」


 側からみれば冗談のように聞こえる。しかし、ミツキにとっては死活問題。


 前世で自らの命を奪ったそれ。身体が自然と震え始め、顔色がみるみる内に青くなる。現代ではトラウマと判断されるだろう。


「ミツキくん……でも……」


 そしてトラウマ持ちはこちらにも。カイはまだしも、ゲルダの人間不信は良くなって来たといえどなお重症。ミツキ無しでの交流は不可能に近い。


 そこで。


「今から、全力で、リベラさんと、仲良くなる時間を作ります」


「????」


 突如引っ張ってこられたリベラ。状況を説明されることなく、交流会が始まるが。



    ◇



「よし、見ててごらん……ふっ!」


「わ! すごい、リベラさんじょーず!」


 ものの三十分でゲルダの警戒を溶かして見せた。


「見て、ミツキくん! リベラさん、投げたリンゴ、刀でこんなに細かくしちゃった……ミツキくん?」


「いや、昔殿下に疲労した芸がこんなところで生きるとは。人生とは面白いものだな……これはいったい?」


「あー、気にしないでください。いつものやつなんで」


 その光景を見て、ミツキは。


「うっ、ひっぐ……うぅぅ、ぐぅ……」


 失った日(あのひ)と同じくらい泣いていた。



    ◇



「でも、一体どうするつもりなんだろうね、彼は。まさか本当に徒歩で来るつもりではあるまい?」


「何となく想像はつくんですけど……ちょっとここで使うにはもったいない手のような……いや、ミツキさんのアレなら仕方ないんだけど……」


「あ! 見て! 上!」


 ゲルダの指差す方向。車の遥か上空、そこにあるのは。


「──なるほど、あれが彼女の姿か」


 深紅の竜種、アテナの姿。


「……小さくないか?」


 そのミニチュア版である。



    ◇



「少年、その頼みがどういうことか、分かっているのか?」


 前日、ミツキが夜遅くに反省文を書き終えた後の話。


「わかってます……せっかく安定した状態なのに、それを少しの時間でも崩せっていうのは……でも、頼れるのアテナさんしか居なくて……」


 アテナが竜の姿に戻れると、ミツキには確信があった。一つは、アテナが姿を現した時に放った言葉。




『あのまま小さくすると虫ほどの大きさになった』




 この言葉から、ミツキはアテナが竜の姿を取れると判断。


 そして二つ目は。


「その竜鱗、ちょっっっとだけ、消して貰って、その分身体に使えば……ダメ、ですよね……」


 彼女の持つ魔力その比重。大半がその規格外の防御力を誇る竜鱗に費やされている。それを身体に使えば、人一人乗ることの出来るだけの形になるのでは、との推測だった。


「──違う」


「あ、そう……ですか……すみません、素人考えでこんなこと頼んじゃって……」


「違う、そうではない。少年、君が理解していないのは」


 アテナが、ミツキに肝に銘じるよう言うのは。


「──竜の背に乗る、その意味だ」


 英雄しかなし得なかったそれを、アテナは笑って承諾した。



    ◇



「──なるほど、あれは確かに。男なら誰でも憧れるだろうな。オレも乗りたい」


 ミツキとアテナは少し手前で陸に降り、そこから徒歩で向かうことにしていた。女王にアテナの姿を確認されないために。


「あたし、今度アテナちゃんに頼んでみよ!」


「姉さんのそういうところ、嫌味じゃなくて本気で尊敬してるよ……」


「ははっ、大物になるな、キミは──っと、見えてきた」


 視線の先、大きく横に広がる壁面。その一部に小さく空いた関所。そして。


「見てごらん。壁の向こう、遠くに見えるあの城が」


 遠くにあるはずなのに、それでも目を引く女王の居城。


「──ラストボンド。絆を繋ぐ街。この国、獣の国(アニマ)の王都だよ」

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