一章 十話 『ペナルティ』
「無限の魔力……!? そんなもの、あるのだとすれば大問題だ!」
平静を貫いていたリベラが声を荒げる。
「それでも飲み込み受け入れろ。私が知っているのは、奴が無限の魔力をもたらす奇跡を手に入れたと言うことだけだ。実際に奴に会ったわけでは無いがな。それがどうなるのかまでは知らん」
無限の魔力。そしてそれをもたらす奇跡。そんなもの、この世にはあるはずがない。普通の人間であればそう思うだろう。
しかし、その眉唾物の話を信じることができる人間が三人。
「案内してください、えっと」
「ああ、名前か。それなら……アテナでいい、少年」
「待った。ミツキ、急に何言ってやがる。一体どこに案内してもらうつもりだ、おい」
その中でもミツキは一際だ。なぜならそれは、もともとは彼の中に眠っていた力なのだから。
しかし、逸るミツキにディエスが釘を刺す。
「それは、当然獣の国の」
「お前が行ってどうなる。そもそも行ってどうする。お前に何の権利が、地位があって女王に会える」
ミツキは答えられない。自身の出自を告げれば、それこそ何もできなくなる。世界で唯一のレアケース。そこに奇跡が奪われたという箔がつくことでさらに特異性が増す。会議の議題が女王ではなく自身に向くだけのこと。
「今回の情報。この竜種──アテナさんの言葉だけでは信憑性に欠けるでしょう?」
「なに? 貴様何を」
カイが割り込む。急に話し始めたミツキを遮るように、助け舟を出すように。
「実際確かめてみる必要があるのでは?」
「そのための会議だろう?」
「事実ならのらりくらりとやり過ごされるだけでしょう。そんな爆弾、今の今まで隠してきた人だ。そうそう尻尾は出さない」
「状況証拠なら確かに揃っている。他国と連携して捜索をするというのも手だろう?」
「大規模な作戦になれば時間がかかる。時間がかかれば情報が漏れる。情報が漏れれば策を打たれる。ことが一刻を争うのであれば、尚のこと少数精鋭で動くべき。僕はそう思います」
リベラの提案にキッパリと反対するカイ。それをみるディエスの目の色が変わる。何かに気がついたらしい。
「だからと言って、ミツキに行かせる理由はねえな。少数精鋭なら、俺だ」
「団長じゃだめだ」
思考の追いつき始めたミツキが言う。
「団長は自警団の要。今回みたいな攻撃があったら、団長なしじゃ凌げない。戦力の問題よりも士気が死ぬ」
「……我々傭兵の国も今回のことを受けて周辺の警戒を強化するが、それでも基本は自警団の尽力に期待せざるを得ない。その戦力が落ちると言うのであれば、確かに」
「なるほど、俺じゃダメな理由は分かった。じゃあ、なんでミツキだ。こいつじゃなきゃいけない理由はなんだ」
ミツキは自警団に入ったばかり。実践経験も乏しい。今日の戦闘も活躍はしたが、いずれも仲間の助力あってのこと。一人で何かを成せるほどの精鋭というにはまだ若い。
「それは」
「この少年であれば、私は協力しよう。それ以外なら、知らん」
声を発したのは予想外のもの。アテナがミツキの価値を補強する。
「今回私がこの程度の消費で済んだのは、少年が危険を顧みず挑んでくれたからだ。その選択、そして何より助けられた恩。私は少年に協力する義務と覚悟がある。だが、他の人間は別だ。私は人間に付くつもりはない。あの女王に挑むのであれば私が負う危険は甚大だ。それらに、その価値はない」
逆に言えば、ミツキには自身が危険を負うだけの価値がある、そう認めているという意味。
おそらく誰の目にも無謀に、無意味に、無価値に映った試練。それにも確かな価値があった。
「おいおい、今のあんたにそんなわがまま通せるのか?」
「通すとも、私の矜持にかけて」
見据えるディエス。それを受けるはアテナ。人間と同じ姿に身をやつしても、なお変わらない波濤の眼光。ディエスが武器に手をかけても、一切揺らぐことの無い矜持の光が瞳にともる。
「あ、あたしたちも、ミツキくんなら大丈夫だけど、そうじゃなかったら、だめ」
その雰囲気に押され声を出すゲルダ。ディエスは一瞬きょとんとした顔をしたが、一瞬笑ってすぐ真顔になる。
「ミツキ」
「はい!」
「ダメだ」
ディエスが告げたのは、これまでの流れをぶった斬るような快刀乱麻の一言。
「な!?」
「今日のお前には色々と罰が待ってる。独断専行、命令無視。挙句の果てには他国への侵攻の提言。これ以上は庇いきれん」
「団長殿、それは我々騎士団にも責任の一旦がある。彼が全てを負うのはあまりに」
「だから暫く謹慎だろうな。反省文もばっちり提出してもらわねえと」
リベラは庇おうとするが、ディエスはそれを聞くことはない。もうすでに、答えなど決まっているかのように。
「お前には常識ってもんがねえんだよ。ああ、そういえば記憶がねえんだっけ? それに? 前世の記憶? なぁるほど、そりゃあ無茶もできるってわけだ。一回死んだようなもんだろ!?」
「「!!」」
俯くミツキ。触れられたくない自身の後悔、その根源。それにずけずけと踏み入られる。
滾るはゲルダとカイ。ミツキの苦悩を知っているからこそ、その言葉を捨ておけない。魔力と、緊張が走る。
「常識がねえなら、この謹慎中にでも学んでくるんだな。魔性の国はいい国だが全員ゆるい。お前にも甘いだろう。よその国が良い。例えば。そう、いろんな奴がいて、昔の風景と今の風景が混在していて。負の歴史だって学べるところ。確かそんな国があったな」
「……団長殿、あなたは」
「ああ、良い機会だ。騎士団長さんも用事があるようだし、ついて行ってくれねえか? 一応謹慎だからな、誰か見張ってねえと。俺はさっき聞いた通り国を離れらんねえ」
カイが気づく。アテナが気付き、笑う。ゲルダが気付き、胸を撫で下ろした。
気づかないのはただ一人。
「すみませんでした、団長……俺、多分調子に乗って……」
「──獣の国」
「──え?」
気づかないミツキに、ディエスは頭をかきながら後ろを向いて、照れ臭そうに種明かしの言葉を告げる。
「お前に、獣の国での実地研修を命じる……帰ったら死ぬほど報告書書かせてやるから、覚悟しとけよ」
「!! ──はい、ありがとうございます、団長」
「それと」
最後に向き直り、ミツキにだけ聞こえる声で。
「さっきは悪かった。触れちゃいけねえ所まで使っちまった」
こう言って、ミツキの頭を叩くように撫でると、崩壊した駐屯地まで戻って行った。
◇
「まったく彼らしいというか、不器用なのか器用なのかハッキリしないね」
アダンの家。そこで検査をするために集まった五人。アダンは軽快に機械を叩きながら対面する相手の検査をし、話にも加わる。
「おい」
「何だね? 私も初めての事態で興奮──ごほん、もとい緊張しているのであまり話しかけないでいただきたいのだが」
「貴様ではない、黙って手を動かせ学者。おい少年。なんで私はこんなところに連れてこられてる?」
「いやー、流石に無視できなくて。竜の姿から人間になるって異常事態」
目的は竜種アテナの身体検査。女王ルナリアの術を破った罰がどんな爪痕を残しているのか。彼女のためにも、これからの対策の為にも一度解き明かさなければならなかった。
「学者は嫌いなのだが」
「おや、何か苦い思い出でもあるのかね?」
「貴様らは無闇矢鱈にこちらの領分を犯してくる。線引きというものが、敬意というものがまるで足りん。故に、苦手、ではなく嫌いだ。少年、君が変われ」
「すみません、今手が離せなくて」
ミツキにもアダンの家に寄る必要があった。理由は、反省文。それも山のような。それを書き切るための資料が欲しかった。
「自覚はあるから文句言えないけど、最後のやりとりでちょっと放免期待してた自分がいた」
「僕だって、ミツキさんの行動は褒めるつもりはありませんからね」
「あたしも。もうちょっとシリョブカク行動した方が良いよ? 良い薬じゃない?」
「肝に銘じます……」
ミツキが急ぐのは理由がある。旅立ちの日、それが。
◇
「明後日!? そんなすぐに!?」
「ああ。さっき彼が言ったように時間はあまりかけたくない。実を言うと、こちらにも女王には謁見する目的があってな。まあそちらも割と急を要する事態なんだ」
ミツキが研修、の名目での調査を命じられてからすぐのこと。リベラと今後の予定について話していた。
「オレ……失礼、君くらいの歳の子が相手だとつい素が出てしまう」
「その方が助かるっす。俺も肩肘張らなくて良くなるんで」
「ならば言葉に甘えて。オレは一応、騎士団の頭でね」
「え! そんな偉い人だったんですか! すみません!」
ミツキが驚くのも無理はない。リベラの容姿はせいぜい20前半にしか見えないような若々しいもの。実際の年齢は28とディエスより上になるが、それでも一国の軍、それも軍事大国の頂点ともなれば異例の事態。ディエスも表情こそ変わらなかったが、内心、その手腕と若さに尊敬と、自分が歳上に見られるが故にわずかばかりの嫉妬を感じていた。
「はは、そんなに気にしないでくれ。オレも今回の任務は国と関係ないところで動くつもりだ。王の勅命になれば外交問題に直結する。上手くぼかして休暇の申請でもするよ。だから君たちも立場など感じさせない振る舞いを心がけてほしい」
「なんでそこまでして……?」
「……すまない。国外秘だ。君たちを敵とまでは思わないが、それでも十分な信頼を置くには早すぎる」
「でしたね、こちらこそすみません。迂闊だった」
若いと言えどやはり騎士団の頭目。しめるべきところはしっかりと締める。ミツキが目下見習わなければならないところだ。
「若さは理由にできねえな、これは」
「応援するよ。それで、話を戻すと、できるだけ迅速に動きたい。特に獣の国は入国口から王都までが遠い。入国してからも時間がかかる。動き出しこそ迅速にしなければ」
そのために、二日後。翌日に必要な書類や引き継ぎを行い、その翌日にはもう任務。
「忙しいですね……」
「人のこと心配できる立場か、おい」
「団長! あ、そうか俺明日も仕事……」
「はぁ!? ……お前正気か? 謹慎っつったろ? 明日は来んな」
「え、あ、はあ……じゃあなんで」
「ん。反省文。とりあえず五十枚」
「はあ!?」
こうしてミツキは、真面目に生きてきた前世で味わえなかった経験をすることができたのだった。
「ああ、忘れていた。当日はオレがこの近くまで迎えにくる。八時までには着くだろう」
「ありがたいです。馬とかですか?」
「──なるほど、記憶がないと言うのは事実なのか。いや、馬ではないよ。車を使う」
「ああ、馬車っすか。俺乗ったことないんだよなあ、ちょっと楽しみかもだ」
「違うよ。車と言ったらアレのことだ。五年前の技術革新以来爆発的に広まった」
次にリベラから放たれた言葉。それを聞いたミツキの顔が。
「──自動車、だよ」
見る見るうちに青ざめていった。
「あの……俺、徒歩で行っても良いですか?」




