一章 幕間 『幸福な日々』
「君が良ければ、私の所に来てくれないかな?」
目の前の老人はそう言って、泣きじゃくる私に手を差し伸べる。
たくさん殺した私には居場所なんかあってはいけない。
たくさん殺した私には優しくなんかしてはいけない。
「私には子供がいなくてね。娘がいれば、なんてこの歳になっても少し、夢見ていたんだ」
人がいれば殺したくなる。殺さなければいけないと思う。染み付いた習慣が私を決して逃さない。
「君は一人にしておけなくてね。君には、不思議と魅力が溢れてる」
それでも老人は私のもとへ。来る日も来る日も。何度突き放しても。
「……本能に抗うのは素敵なことだよ。それでも」
私にかけるのは、言葉ばかり。触れることも、目で語ることもなく。
「心にだけは、正直でありなさい。君が望むのならば、私はここから去っていい」
伝えたいことを、全て、言葉にして。
「──うん。分かった」
だから、私も。
「ようこそ大切な君。君に、最初のプレゼント」
どうかあなたに伝わるようにと、精一杯を音にした。
◇
彼に引き取られて、一月。
「こら、またそんな格好で。ちゃんと服を着て。君はなんでも似合うんだから」
「でも、おとうさま。窮屈で仕方ないわ。あれじゃあ走り回ることができない」
人間の生活は、私にはとても不自由で。
「全く、仕方のない子だ。おいで。お話をしてあげる」
「わあ! 私おとうさまのお話大好き!」
それでもとても幸福だった。
「どこまで話したかな?」
「あそこ! 桃から生まれた人間が、動物と仲良くなったところ!」
彼が話してくれる物語は、どれも聞いたことのないものばかり。
何より素敵に見えたのが、どの物語にも、生き物と生き物との隔たりがないように思えたところ。
「──こうして桃太郎はおじいさんおばあさん、そして仲良くなった友達といつまでも仲良く暮らしましたとさ」
「よ、よかったあ。途中で鬼さんと戦ったところは、もしかしたらダメなんじゃないかと思ったの」
争うし、別れはあるし、悲しいこともある。現実と同じ。
「──そうだね。それは、とても悲しい」
「みんなも、仲良くなれればいいのにね」
それでも最後は、みんなが笑顔。現実と違って。
「私も頑張ってみたけれど、みんなにはみんなの、譲れないものがあるみたいだ」
「難しいのね、人間同士でも」
同じ人間でも、分かりあうのは難しくて。だったら。
「おい! おい! あんた、まだ化け物を家に置いてるのか!」
「この子は、もう私の子だ。昔のことは消えないが、今、化け物というのはよして欲しい」
「──」
こんな私が受け入れられるなんて。
幸福な日々があるなんて。
やはり、望んではいけなかったのだろうか。




