一章 九話 『横綱相撲』
竜が動く。使うのは尻尾。大振りのそれを横に薙ぐ。それだけで、森が半壊したと錯覚するほどの範囲。
「で!? どうするんですか!?」
「え?」
ミツキとカイは運動能力がある。しかし、ゲルダはそうもいかない。そこをカイの背に乗ったままにすることで補う。カイには風の移動補助がある。多少のウエイトは不利にはならない。もっとも、ゲルダの魔法行使に不便は残るが、それでも戦いの場に残ることでもたらすメリットは大きい。
「だから! どうやって洗脳? 命令? 解くんですか!」
「あ!?」
「「え?」」
忘れていた。と言うわけではない。あくまで伝え忘れていたと言うだけ。しかし。
「確証は」
「それは分かってるんでいいです!」
ミツキの予想に決定的な証拠はない。やろうとすることが実を結ばない可能性が高いというのに、それでもカイは問題ないと言ってのける。
そこに迫る竜の爪。斜め上から振り下ろされたそれを風で逸らす算段のカイ。しかし。
「硬い! 霊廟の獅子よりずっと!」
衝撃がまるで通らない。そこで風の流れを作りそこに乗せる形でかろうじて受け流す。
「ミツキくん! 凍らせるのはいい!?」
「ああ、頼む! やってみてくれ!」
ゲルダは空を切った竜の腕に触れ、冷気を流すが。
「だめ! この鱗魔力通さない!」
「ま、じ、か、よ!」
魔力はその体表に弾かれ魔法はまるで完成しない。ゲルダの役割は補助に限られた。
一方のミツキも同様に竜の腕と戯れる。振り下ろしの連打。耐えかねて後方に三歩四歩と下がるが。
「やべ、駐屯地には」
怪我人がいる。これ以上は下がれない。意を決して前に出ようと構える。
「──あれ?」
しかしそこで攻撃が止む。否、攻撃ではなく進撃が止む。
「──なら、やっぱり」
そのアクションでミツキは自身の予想を確信へと変える。だが、止まっていられるほど優しい相手ではない。
「ちょこまかと面倒だな。撃ち落とすか」
その場に残る三人の背に寒気が走る。竜の口に集まる魔力の束。ミツキたちは知っている。何が放たれるのか。霊廟での悪夢がよぎる。
「カイぃ!」
「っちぃ!」
止めるべくカイが暴風の矢を放つが。
「──なんだ、それ」
立ち塞がる壁。竜の鱗、それがばらばらと体から剥がれ形成された盾。全部で四枚を形成。
「! ゲルダ、僕にしっかり捕まって!」
一枚で矢を受け、弾く。それが残りの三枚を経由し予測できない軌道でカイとゲルダを襲う。放った時よりも勢いを増して。
「神風!」
それを大きく広げた風の盾で凌ぐ。しかし、一手消費した。防げない攻撃が生じる。
「そんな」
「とっておきだ。凌いでみろ」
放たれる光線。竜の息吹。一帯を破壊し尽くしても止まらないであろう殲滅の咆哮。それを。
「おおおおおおおおおおおお!!」
竜の首元、単身たどり着いたディエスが上に弾く。厳密には、弾いたのは息吹ではなくその頭部。溜め込んだ衝撃全てを放ちぎりぎり凌ぐ。
「団長!」
「……説教じゃ済まねえからな、ミツキ」
軍隊としてミツキの独断は重大な違反行為。除名を言い渡されても文句など言えない。それでも手を貸すのは。
「見てたが、あの竜さっきから」
「はい。後ろの人たちに被害がいかないように調整している」
寸前の息吹。圧倒的な破壊範囲を有するそれですら、駐屯地に余波が及ばないように照準を合わせたように見えていたミツキ。
その分析は正しい。竜は命令を受けているが、どのように遂行するかまでは命じられていない。行動を完全に縛るより柔軟な対処が望めると術者は考えたのだろう。それを逆手に取った。
目の前、自分に降りかかる火の粉に限定してまず殲滅する。それを自分に言い聞かせることで、背後にいる怪我人に攻撃が及ぶのを避け続けた。それはひとえに、自らの矜持によるもの。弱ったものを狙うなど、想像するのも腹立たしい。
「それと、作戦。できました」
そんな竜だからこそ救いたい。ミツキは組み上げた作戦を仲間へと伝え始める。
◇
「じゃあ、手筈通りに!」
ミツキが駆ける。自分が囮になる算段。
「炎陣!」
「足元狙いか、賢しいな。それで良い、少年」
地面に炎を流し、竜へと向かわせる。確かに強力。回避困難な炎の網。しかしこの竜には絶対防御の盾がある。無意味にも思える攻撃。それが竜の足元に当たる、
「何? 外した?」
こともなく逸れる。竜の脚を囲うように弧を描いた焼け跡だけが出来上がった。
その後ろから。
「そうか、少年は囮。そちらに防御を集中させたところで風」
カイが放つ暴風の矢。それが竜の口内を狙って飛んでいく。
「内部を狙ったか! 小細工!」
そのまま通れば竜の内部へと到達し、甚大なダメージを与えていただろう攻撃。しかし相手は「古成体」。千年を生きる賢竜。そんなもの読んでいたと言わんばかりに鱗で盾を形成する。
「みせてみろ! 少年!」
六枚。先ほどよりも多く、強く、弾き返す。向かうのはカイ、
「! だよなあ!」
ではなくミツキ。先ほど防いで見せたカイではなく逃げ回るばかりの少年を狙う。その行為に隠されているのは、合理ではなく期待。自分に対して啖呵を切ってみせた弱き者が何を成すのか。長い時を生きてなお知らない、それが見たい。そんな願いとは裏腹の死を放つ。
「ぐっ! おおおおおおおおおおおおお!!」
「団長、ナイス!」
「馬鹿な! 人間が生身で受けれる威力ではないぞ!」
しかし受け止めたのはミツキにあらず。着弾地点をミツキと予想。軌道の変更ができないタイミングでディエスが割り込む。
「目線でバレバレなんだよ! つっても!」
起死回生により吸収。しかし全てとはいかず少し後ろに弾け飛ぶ。
「すみません! 僕の予想より強かった!」
「問題ねえ! 続けろ!」
後ろに飛ばされながら着地体制を整え、接地直後に駆け出したディエス。
「ふー。狙いは地面、だね」
続くはゲルダ。いつの間にかカイから離れていた彼女。その姿は先ほどの焼け跡付近。そこで地面に手をつけると、
「氷焦・小銀河」
キン、と小さな音が響いた気がした。そして生じるのは銀世界。木々が生い茂る森、その一角を一息で銀盤に変えてみせる。ただし、その竜は除いて。
「強いな、侮った無礼を許せ」
「わわ、わ!」
「ゲルダ! 俺の手を!」
竜の攻撃。ゲルダの危険性、そしてその役割に気づき魔法発動前に仕掛けるが間に合わず。ぎりぎりでミツキがゲルダの手を引き抱える。
「あと、一手!」
手の中に魔力を溜めながらミツキが言う。焦りから手に汗が滲む。イメージがぶれそうになるが。
「うん、だいじょうぶ。あたしも、みんなも、ついてる」
小さな手が触れた。冷たいようで、少し暖かさの灯るその手に包まれ冷静になる。そして最後の攻防。
「──うん。ふぅ……すぅ……」
深呼吸を一つ。そして叫ぶ。
「団長ぉおおおおおお!!」
ゲルダに意識が集中していた竜はディエスに気づかないまま。その身が再び竜の身に近づくが。
「二度はない! 寄るなよ人間!」
首元に盾。さらに魔力の充填、息吹の合図。
「ああ。そうだよ。お前の考えてる通りだ。だが」
しかしディエスは先ほどとは違うルートを辿る。登るのではなく、迂回。竜の足下、背後へと。
「! 甘い! そこからでは動かせんぞ!」
「それは」
ミツキの作戦、読み切っていたはずの竜。万が一の可能性も考慮し、ミツキから自分への致命的になる射線、口元へのそれを封じている。そのために展開した首元の盾。
「どうかな!」
気づく。目線の近く。小さく光る魔力球。ミツキが持っていた最後の一つ、だったもの。
手の中にあった光を放し、線を結ぶ。
魔力球は即席では作れない。でもそれは、十分な拡張効果のあるものの話。それ以外、例えば。
──誘導効果だけなら、僅かな魔力と時間でも。
「雷! 光!」
結んだ線は、竜の口へと。
「ぐぅ! なんの!」
食いしばる竜。ダメージ、とも言えない程度の痺れ。すぐさま体制を立て直せるほどの硬直。でもそれで十分。足元には氷。食いしばりを妨げる甘い痺れ。力さえ加えれば、すぐにでも。
「止めだ」
竜の背後からディエスの声。そして竜は悟る。彼らの価値を。
「見事」
彼らの勝ちを。
◇
「あの竜、窮屈そうに戦ってるんです。急に動きを止めたり。多分、全部同じ地点で」
遡って作戦会議。ミツキが立てた作戦のその全貌。攻撃の雨を交わしながら共有する。
「なるほどな。確かにそれくらいの制限はねえとズルだろうよ」
「命令、それが効果を発揮する」
──範囲。ミツキが見出した勝機は術者の限界の外へ押し出すこと。
「じゃあそこから出せば、あの竜も自由ってこと? ほんとに? 何かバチ当たったりしない?」
「そこは賭けだよ。それ以外だともう術者を倒すくらいしか思いつかないから」
「できること」。それがこれというだけ。だけどそれでミツキには十分。止まらない、止まれない理由ができてしまった。
「それで、みんなの力。貸してください」
それでも一人ではできないから、彼は頭を下げて頼むことにした。
全員が、苦笑いでミツキを見て、お互いを見て、そして、頷いた。
◇
「効果範囲外に押し込めたはず! これなら!」
突如、爆発のような煙。それが竜のいたはずの場所から巻き上がる。
「! くそ、やっぱペナルティがあんのかよ!」
危惧していた事態。それが起きたことを知覚し愕然とする。
あれだけお膳立てをしてもらった。手加減どころではない戦い。あの竜は自分を縛りに縛った横綱相撲。その上でぎりぎり拾った大金星が。
「あんたに消えられたら、意味が……」
「君たち! こっちで飛竜の群れと竜種を確認したが! ……一体どこに……?」
軽そうな鎧を着た騎士のような装いの男。灰色で耳までかかるくらいに伸びた髪。精悍な顔つきだが若々しさが残っている。その後ろには同じ格好の騎士の小隊。
「俺らは魔性の国の自警団だ。あんたら、傭兵の国の騎士団だな。一足遅かったよ」
「まさか……いや、これは無傷ではないな。賞賛を、と思ったが不躾だった。すまない」
魔性の国が雇った傭兵。彼らも自警団のカバーできない範囲で活動していたところ、飛竜と竜を確認。駆けてきたが一足遅かった。
「なるほど、確かに辻褄は合う。昨今の魔獣増加、それにルナリア女王が一枚噛んでいるという可能性か」
ディエスは事の一部始終をその騎士、リベラと名乗った彼に話す。
「こりゃあさっさと会議召集しねえとまずいだろ。奴さん竜種まで味方につけてんだぞ」
「しかし、彼女の能力で竜種を操れるなど聞いたことが……」
「それは当然だろう。常時であれば、我々もこんな辱めは受けん」
知らない声。しかし聞いたことのある響きの声。それが。
「全く。罰は受けると思ったがよりによってこんな姿とは。だがあのまま小さくすると虫ほどの大きさになった。あれは流石に気に食わん」
さっきまで、あの竜がいた場所。
「まあ晴れて自由の身だ。礼を言う、少年」
そこにいた赤髪の、全裸の女性から発せられていると理解するのに、全員時間がかかった。
「あ、あ、だ……だめ! ミツキくんみちゃだめ!」
「うわ! ゲルダ落ちちゅいて!」
「おい、流石にガキの目に悪いから俺の服着ろ」
ディエスが自分の上着を脱いで手渡す。その女性も文句を言わず受け取った。
「ああ、すまん。分かってはいるんだが、流石に無いものは作れなくてな」
「すみません、横から失礼。常時であれば、とさっきおっしゃっていたが、あれは?」
リベラが丁寧な口調を崩さずに訊ねる。女性相手、と言うよりも、元々竜であったと言う点に敬意を払っているようだ。
「ああ。奴の能力でも流石に魔力で勝る我々竜種には何もできん」
ならば何故、彼女は操られたのか。その答えは。
「だが、およそ一月前、旗色が変わった。奴が、妙なものを手に入れたらしい」
「──!」
ミツキの心臓が、その鼓動を速くする。ここまでで十分、答えは言われずとも分かった。
「妙なもの?」
「そうだ。私も実際にくらうまで信じられなかったが、おそらく事実だ。信じられないだろうが奴……女王ルナリアは」
──無限の魔力を手に入れた。
ミツキは、彼女の言葉に重なるように、自分の口を動かした。




