一章 八話 『深紅の竜種』
◇
「『竜種』、それはこの世界における規格外の存在の一つだ」
世界について学ぶ時間。ミツキはアダンから竜種という存在について手解きを受けていた。
「それって、飛竜とか翼竜とかとは違うんですか?」
ミツキの前世、その記憶をもとにすれば、いずれも「龍」ないしは「竜」とカテゴライズされる。
「違うね。キミの言うそれらは『魔獣』に分類される。死造神ダアトが戯れで作った、人間に死を与えるためだけの生物だ」
「傍迷惑な神様もいたもんですね。じゃあ、竜種は?」
「……詳しいことは分かっていないが、奴らも魔力で体を形成していると言う点においては魔獣と変わらん。大きく違うのは、『必ずしも人間を襲うとは限らない』と言う点だ」
「魔獣」は人間を殺すことだけ脳に、本能にインプットされている。それに対して、竜種の行動原理は多種多様であるとアダンは言う。
「魔獣という存在に腹を立て殲滅するもの。神の遺した『遺物』を集めようとするもの。人間を理解しようとその文化を蒐集するもの。これを竜種だからという一点で纏めることは難しい」
「じゃあ、仲良くなれる竜種もいるかもだ」
この言葉にアダンは珍しく大声で笑い出した。
「──そんなに面白かったです?」
「面白い冗談だと受け取ったよ。確かに利害の一致で人間に協力する竜種もいた。英雄は竜を乗りこなしていたというがあくまで主従関係だったそうだ。仲良くというのは……ふふ、実にキミらしい御伽噺だ」
アダンの言い方が気に入らず表情を歪めるミツキ。それに対して謝りながらもアダンは続ける。
「確かに今挙げた例は人間でも理解できるものだ。しかし、それで竜種を理解できると思わんことだね」
笑顔はいつの間にか消え、真剣な面持ちに。
「奴らの逆鱗、それを知らずに触れてしまうことのないように。とりわけ千年を生きるとも言われる『古成体』には、決して関わるべきではない」
──それは、あまりにも賢く、ひたすらに強い。
◇
「馬鹿野郎! 古成体かは見ただけじゃわからんだろ! 事実だけ伝えろ!」
「は、はい! 対象は赤色の竜種! 高速でこちらに……いや! もう」
「流石に見えてますよ!」
眼前に降り立つ竜種。その体躯は森の木々を遥かに超え、深紅の鱗が体を包んでいる。
圧倒的な存在感。闘うなど考えてはいけない。そう思わせるほどの強さがひしひしと伝わってくる。
「団長……逃げ……」
逃げよう。そう言おうとしたのにうまく声が出ない。そこにいる全員、ディエスを含めて。
呼吸すら許可が必要に思えるほどの重圧。声の一つ、息の一つでさえそれの逆鱗を撫でる恐怖が付き纏う。
おもむろに、その竜は口を開く。喰らうか、放つか。場の空気は凍りつく。
「何をしている。早く逃げなさい、人間」
「……え?」
しかしその結末は予想外の声。ミツキの前にいる絶望は、そう言って動きを止める。
「私が抗えるのはあと少しの時間だけ。その前に逃げなければ、私はここにいるモノを殺し尽くす。そういう命令を受けている。忌々しいがな」
「しゃべる……竜種……ならやっぱり……」
「ちょっと待て、命令だと? 誰が竜種にんなこと……!? ……いや、そうか」
「団長?」
「ルナリア・ディード・アニマ」
ミツキもその名前は知っていた。アダンの講義、そこに名前が登るほどの重要人物。そのファミリーネームが示すのは、一国の名そのもの。
「獣の国の女王……!」
「慧眼だ、人間の勇士。ならば分かるだろう」
「お前ら、全速力で逃げろ。可能な限りの負傷者連れてな。俺は殿務めるが心配するな、奇跡がありゃあ死にはしねえよ」
ディエスは思考する。魔性の国は五国のいずれもが手を出さないようにとの約束がされているはず。本当にこの竜の言う通りルナリアの差金であれば、明確な協定違反。周辺五国で保っていた均衡が崩れる。そうなれば他国も黙ってはいない。直ぐに応援を寄越すはず。
ラッキーなことにこの竜自身も戦いを望んでいないらしい。適当にしのいで戦力を整えることが最良──
「駄目です」
反抗するミツキ。自分でも口に出るとは思っていなかったのか、はっとした顔をする。それでも。
「は? 何言ってやがる!? 俺は大丈夫だって」
「それじゃあ」
言葉は澱みなく流れていき。
「あの竜は、どうなるんですか」
最後に出たのは、その場の誰もが想像もしなかった言葉。自分たちを苛むはずの竜をこそ慮るような、あまりにも傲慢な一言。
その言葉に誰より興味を引かれたのが他でもない赤き竜だった。
「──貴様は」
言葉は重い。全員が体を押さえつけられたような錯覚に浸る。
空気が変わる。竜種の雰囲気が揺らぐ。ミツキの言葉に反応して、何かが変わる。
「──人間の分際で」
逆鱗に触れたか、それとも、命令の影響か。竜種の目が光る。しかしこの竜が抱いた感情は、彼女でさえ測りかねるはじめてのもの。
「──面白い。試してみろ、少年」
試すように、測るように。その目は真っ直ぐとミツキを見据えている。
対するミツキ。先ほどまでの恐怖はどこへ行ったのか。真っ直ぐ、その目を見つめ返す。
その竜は問答無用で命令を実行することもできた。それなのに警告と、時間をミツキたちに与えている。命令違反には罰則がつくかもしれないのに、それも厭わず。
──なんて気高いのだろうか。
今まで感じてきた威圧感や恐怖。どこかで感じたことのあるようなそれ。その正体が眼前の竜、それが持つ気高さ故だと気づく。だからこそ。
「……ほんとごめん。ゲルダ、カイ」
そんな「良き竜」を、このままにはしておけない。命令が遂行されなかったと知られれば、もしかしたら。
だから、自分に「できること」を、否、「やりたいこと」をしたい。その思いを込めて縋るような言葉を放つ。小さく、消えるような言葉。しかしその言葉が紡ぐは信頼の音。
「いいよ」
ゲルダは受け入れる。ミツキがそういう人間だとよく理解できるから。ミツキがそんな人間じゃなければ、自分達はここにいないから。
──そんなミツキだからこそ、ゲルダは。
「貸し、一つ足しますね」
カイは受け入れる。誰よりも大切なゲルダが、そうしたから。それ以上に、何より。
──自分の、最初の友が、そう望んだから。
「行くぞ」
竜が動き大気が揺れる。
始まるのは戦いでなく、試練。
救うために、抗う。




