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一章 七話 『まだ終われない』

 時は、およそ三十分前に巻き戻る。



    ◇



「ミツキさん、何事もなくいってるといいけど」


 屋根に登り、駐屯地の方を見据えるカイ。目線はそのままに、手には小刀と木材。


 自身の得物である矢は使い捨て。余裕のある時に補充していなければいざという時に役立たずになる。


 そんな強迫観念からか、集中する時でも手が空いていれば矢を作るのがカイの癖であった。


 すると。


「! ゲルダ!」


 視線の先。ミツキがいるはずの地点から光明が昇る。


「うん! あたしも見えた!」


 声かけの前、既にカイの元へ参上していたゲルダ。この迅速な行動は事前に連絡手段を決めていた賜物である。


 現代日本と異なり、この神造世界には携帯電話や無線のような通信技術が発達していない。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、ミツキはその代用として自身の光魔法による連絡手段を確立させた。


 連絡手段とは言っても、光を上空に向けて放つだけの単純なもの。しかし、確かに工夫があり。


「急ごう! あの光は一等星だ!」


 その光度を等星になぞらえて細分化。これが高くなるほどに危険が逼迫している、という意味を込めた。そして、今回放たれたのは一等星。


 ──最も危険という合図。


「カイ! 矢、貸して」


 ゲルダはカイから数本、矢を受け取る。


「背中。僕が運んだ方が早い」


 言い終わる前にカイの背中に体を預けるゲルダ。二人の絆がなせる阿吽の呼吸。


天駆風(てんぐかぜ)


 カイの足元に風が集まる。「古式」による風の魔法。周囲の大気を動かし、操る。


「神足通」


 溜まった風が、カイの足元で炸裂し、嵐となりて二人を飛ばす。


 体にかかるはずの負荷も繊細な魔法のコントロールによって受け流す。これにより時間を短縮。届くまで三十分もかからない。


「カイ、もう()()()から、次の取るよ」


 ゲルダはそう言うと、カイの背負う矢筒から新たに矢を数本取り出し、その鏃に手をかざす。


 込めているのは魔力ならぬ魔法。

 

 通常であれば目の前、視界に想像を上書きする形で魔法が放たれる。しかしゲルダの才能は、そんな常識を嘲笑うかの如く凌駕する。


 自分の視界の外、認識(せかい)の果てを超えてでも、媒介物さえあれば魔法を行使してみせる。


 

 そして。


「ここからなら、狙える」


 なおも空を駆ける二人。そのままカイは弓に矢をつがえ始める。


 空を駆ける魔法を行使しながら、矢を放ち、さらに。


「神足通、二つ込めれば届く」


 手元の矢、その羽根に風を込める。ゲルダのそれと異なり矢を対象にして加速させることしかできないが、それでもなお絶技。


 しかし、その真髄はこれらを全て同時にこなす事。完全なマルチタスク。カイの脳は並列した事象の処理をものともしない。


「とりあえず撃つ! あとは任せますよミツキさん!」


 力一杯に矢を引き、離す。遠くへと駆ける矢は、込めた風に乗り速度を増し。




    ◇



「なんだぁ!? 野盗でもきやがったのか!?」


「大丈夫! 味方です、団長!」


 光の出所、そこにドンピシャで着弾した。


「なかなか、刺激的な状況ですね、ミツキさん」


 それと同時に二人も合流。戦況を変えるために動く。


「おい、まだガキじゃ……いや、わかった。責任は俺が持つ」


 ディエスはアダンから軽く話は聞いている。それでも幼い二人が参戦することに難色を示すが、状況はなおも逼迫している。今しがた目にした技術がこの二人によるものなら手を借りるのが最良。感情を理屈で押しとどめた。



「二人とも! 高い奴撃ち落としてくれ! 倒し切らなくてもいいから!」


「おっけえ! 大体わかったよ!」


「撃つのは僕だけど、ね!」


 カイが番えるは三本の矢。それを同時に引き、放つ。


「話には聞いてたがとんでもねえな、あいつ」


 それは全て上空の飛竜、その羽に当たり氷の花を咲かせる。羽ばたきを封じられた飛竜はなすすべもなく地面へと落下した。


「流石に頭への警戒は厚いな。さっきみたいにはいかないです」


「十分! そのまま落とし続けて!」


 ミツキはなおも続く飛龍の猛攻を交わし続ける。その合間に放つのは。


「雷光!」


 魔力球を用いない単純な魔法。それで相手の行動を制限し、一度に迫る数を限定する。即戦力試験の経験が生きる。


 ミツキであれば混迷した今の状況下で飛竜を一、二体落とす程度難しいことはない。しかし放つのは牽制にしかならない魔法。彼が攻め切らないのは、一つ策があるから。


「団長は」


「バカ、てめえが仕切るな現場が混乱する。分かってる。おい! そっちの援護に行く! 連携の準備しろ!」


 ディエスはミツキの意図をくむ。自分が受け持っていた飛竜をミツキへと流し、自分は混迷する他部隊の援護に。


「あざす……よし」


 ここからが正念場。飛竜の攻撃を躱す。躱す。躱す。躱し切れなければ体は吹き飛ぶ。今日の実践が、最初で最後の仕事になる。そんなことは、させない。


 ──まだ、終われない。


「あいつよりは、軽い、な!」


 霊廟での怪物を相手に立ち回った経験が生きる。やっていることは同じ。ひたすら回避に専念しながら一撃で仕留める好機を待つ。


 魔力球を使用しないのには理由がある。


 まずはその貴重さ。あれだけの魔力を溜め圧縮するのには時間と集中力が要る。少なくとも、今のミツキにはそんな余裕は無い。


 そしてそれも相まって、飛竜が警戒していることが問題となる。本来なら一度目の攻撃で落とし切るべきだったが、思いのほか攻撃範囲が広がらなかった。言ってしまえばミツキのミス。しかし極限の状況、かつ即席の技。責めることはできない。


 だからこそミツキは己に課す。それを取り戻すだけの成果を。


「ミツキさん、最後の二体落ちます!」


「よし! 俺も()()()()!」


 そう答えるミツキ。提げる箱、空いた蓋がいつの間にか五つに増えている。最初に放ったのは、たった一つ。ならば、残りはどこに消えたか。


「設置完了」


 六つ目の蓋が開く。地獄すら覆い隠す天の門が開く。



 ミツキの魔力球には、特性がある。


 一つは、魔法の拡張。球に魔力を流し発生させた魔法の威力が向上するのは先に見た通り。加えて、魔力球を魔法にせず設置し、それに魔法が流れても、強化の効果が期待できる。つまり、発動時だけでなく発動後の強化も可能。


 二つ目は、ミツキの魔力特性を生かしたもの。雷という現象からミツキが着想を得たのは磁力。魔力球から魔力球へと、引き合う力。これによって魔力球で拡張された魔法は、その範囲に別の球があればそちらを目掛けて進む。これは魔力自体の特性。故に、他の属性であっても異ならない。


 三つ目は威力の比例。流れた魔力の量に比例して魔力球は自身の魔力を消費する。余ればその場に残り、霧散するまで効果を持続する。



 その特性を持つ魔力球が、五つ。

 

 上空に感覚を空けて三つ、三角を描くように。


 地上に間隔を空けて二つ、空の三角から外にはずれるように。


「最大火力、最大範囲」


 そのうちの一つに向け、雷撃。無詠唱、無呼名でのそれはただ威力があるだけの電流。


 それが魔力球に当たると、その電流の威力に比例した雷撃が。


「のぼれ」


 空に。そして。


「落ちろ」


 空から、地上へ。


 空へ、地上へ、空へ、地上へ。


 繰り返す。繰り返す。魔力の限り繰り返す。


 昇る、落ちる、昇る、落ちる。


 落ちた飛竜を貫きながら、繰り返す。


 光る、煌めく、鳴り、轟く。


 それはまるで。


「万雷」



 止まぬ喝采のように。


 飛竜の視界と耳を奪って。



「ふぅ……」



 地獄。その幕を下ろした。




    ◇



「怪我人は駐屯地跡に、動けるやつはまだ使える薬探せ! 回復魔法使えるやつは」


「俺、行きます!」


 ミツキがあせり向かおうとする。霊廟での経験から、回復魔法については念入りに練習してきた。


「まだだ! お前の仕事はまだ終わってねえ! あの大群だぞ」


 ミツキは立ち止まり思い出す。最後に、やらなければならない仕事が残っていたことを。


「目視で周囲を確認、でした。すみません」


「よし。と言っても殲滅はできたはずだ」


 言いながらディエスはゲルダとカイに目を配る。


「嬢ちゃんたちのおかげでな」


「役に立ててよかったよ! じゃなくて、よかったです!」


「正直ヒヤヒヤしましたけどね。ミツキさんは相変わらず無茶がお好きだ」


「好きでやったわけじゃねえよ……どうしても、勝ちたかったから」


 勝ち。ミツキにとってその言葉の意味は、犠牲のない勝利。既に失われた命があったから、これ以上はと命を賭けた。ただそれだけだと彼は言う。


「とりあえず、休息とってから駐屯地を仮で直す。今のままじゃ怪我人が厳しい」


「俺も手伝います」


 その結果、それ以上の犠牲は無かった。完璧とは言えないまでも、ミツキの激動の初戦は。


「……よくやったな。ミツキ」


 勝利。








「団長! 団長! 前方から……嘘だ……そんな……」


「おい! 何があった! どこから、なんだ!」


 ではまだ終わらない。最後の仕事はこの先に。



「『竜種(ドラゴン)』」


 第一幕は降り切った。それでも。



「巨大な竜種……『古成体(エルダー)』と思しきそれが……接近しています……」



 カーテンコールには、まだ早い。

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