一章 六話 『一等星』
「魔法部隊は後方に下がれ! 前衛は一人で戦うんじゃねえぞ! 必ず二人以上、できれば三人で当たれ!」
飛竜の群れ。突如襲来したそれらに対しても、自警団の面々は冷静に仕事をしようと努める。
「見張りは何してやがった……この数何で見逃してんだよ……!」
「団長! 確認したところ、見張り台は飛竜の羽ばたきで……」
「冗談じゃねえぞ、どうしてコイツらがそんな小細工してやがんだ……!?」
空を覆い尽くすかのような光景。その数、目視で確認できるかぎり五十ほど。一体一体は自警団の団員であれば、死に至るほど苦心するような相手ではない。それでも数が多すぎる。その上、上空というフィールドもまずかった。
「ぐあぁっ!」
上から暴風。飛竜が魔力を込めて放つ羽ばたきに、隊列が崩れ、地上に降りている別の飛竜が突進。構えを取れているからまだ戦えているが、攻勢に移ることができない。
「クソがぁっ! 俺に援護はいらん! 魔法部隊は崩れた場所に援護できるようにしろ! これ以上死ぬんじゃねえぞ!」
ディエスはちらりと後ろを見る。着任初日、想定外の敵。想定外のタイミング。想定外の連携。
そして想定外の、犠牲。
戦えると言っても、まだ少年。眼前で起きた悲惨な「死」に、ミツキが対応できるか。ただ祈るばかり。
「……ラングさん」
ほんの僅かなやり取りしかしていない。それでも彼が善き人であったことは疑いようもない。それが、目の前で、ゴミみたいに弾けた。
「う、おうぇ」
赤、白、肉。ミツキの脳裏にはあまりにも鮮明なビジョン。一生涯ついてくるだろう光景に込み上げる吐き気。
「うっ……は、あぁ」
それを飲み込む。焼き付く光景を怒りに。怒りを原動力に。救えなかった後悔も、一切合切。
「また一つ、増えた」
もう死なせないという覚悟に変えて。
「団長! 俺も前に出ます!」
「バカが! 隊列崩すな! お前は後方で援護! 連携が」
「連携はしない! 一人で行く!」
魔法部隊から抜け出し、地上に降りた飛竜の一体に隙をついて肉薄。食らいつくそれを躱すとアダンから受け取った短刀を抜き。
「首、から……星天」
魔力を込めて一閃。硬いはずの飛竜の外皮、それをなんとか切り裂く。その後すぐさま魔法の構え。
放つは光。上空に届く一番星。
「一等星!」
自身の最大出力。それを圧縮して放つ高密度の光線。それが上空の飛竜一体の羽を貫き空を駆ける。
一瞬、暴風に穴が空く。そこを目掛けて一人飛んだ。
「おらあああぁ!!」
ディエスは大斧を構え、それでも軽快に跳ねる。手前の一体を切り落とし、それを足場にして滞空。
そこに飛竜。身動きの取れないはずのディエス目掛けて非情の突撃。命を奪いにかかる。
「良かったよ」
しかしその肉体は健在。なぜなら。
「お前らが賢くてなぁ!」
起死回生。許容上限に至るまで、あらゆる衝撃を吸収し蓄積する奇跡。自らの肉体を囮にこれを行使する。
「返すぞ」
突進を受けながら溜まった力を意識する。そして衝突した飛龍に対し、斜め下方向に開放。受けた飛竜の体が弾ける。ディエスは衝撃でさらに上空に。飛んだ先に空の飛竜、それを一体砕く。
「まだまだぁ!」
大振りに乗って回転する身体。その勢いのままに斧の柄、先端に絡まる鎖を伸ばし。
「おおおおおおおおお!!」
投げ、絡め取り、堕とし、潰す。
高くから落ちた衝撃もものともせず、飛び出してきたミツキに詰め寄った。
「……ミツキ、独断で動くな。俺はそれを許可しない。戻れ」
組織で動くのならば、規則にのっとり足並みを揃えなければならない。どれほど突出した個であろうとも、全体の動きを狂わせては本末転倒だ。ディエスは至極冷静にミツキを叱りつける。
「……危険なのはわかってます。でも今のままじゃジリ貧だ。何か賭けが要る。それは多分、団長も」
だがミツキも引かない。彼は確かに頑固で頭が固い。それでもなんの理由もなくルールを曲げるほど愚かではないだろう。
一見血迷ったような行動にも彼なりの理由がある。数の優位を取られている今の状況が続けば自警団の壊滅まで見えてくる。防ぐためには、リスク度外視の行動が必要と考えたのだ。
「お前じゃねえ。賭けるのはお前の命じゃねえだろ」
ミツキはまだまだ若い。ディエスはそんな命を賭けの土俵に乗せることを良しとしない。
このやり取りの間も飛竜を捌く。軽快に動くディエスに対して、ミツキはぎりぎりで攻撃を流す。
「団長じゃダメだ。リスクが見合ってない。だから、俺なんです」
自分の命。賭けなければここは切り抜けられない。仮に切り抜けられたとしても、ディエスが死ねば自警団は崩壊する。彼はこの組織の屋台骨。自警団は彼を中心にまとまっている。
命懸けの日々。それを乗り越えられているのは、この男が団長として先陣にいるから。故にその命が分水嶺。賭けのリターンに見合わない金のチップ。
それでも多数を救うのであれば。
「……信じるぞ」
誰か、代わりが必要。それがミツキ。この場では劣るブリキのチップ。しかし。
「はい! とっておき、見せてやる」
この世界、まず見つからぬワイルドカード。逆転を導く切り札となる。
ミツキは腰につなげていた箱を確かめる。アダンが用意した特製、面が区切られた多面体。その区、一つに触れる。
かちり、と音がして蓋が開く。そこから出てきたのは。
「なんだ、その球……いや、魔力か!」
圧縮された魔力球。高密度の魔力の塊は、まだ想像を現実に映していない。
魔法に変換していないそれを、ミツキは手に番える。
「射出魔力拡張、魔法出力強化」
頭をクリアに、狙いを定めて。掌を空へと向ける。
穿つは上空、より高くへと向かう飛竜の群れ。体ではなく、その羽をこそ撃ち抜く。
一瞬の集中状態。ディエスは一時的にミツキの分も飛竜のヘイトを受け持つ。長くは持たない。
「昇る雷、逆転の現象。世界はそれを許容する」
思いつきの魔法を思い描く。今その場で、必要な概念を構築する大博打。それを成功させるために、詠唱とも言えぬ理想を呟く。手元に魔力が集まり。
「昇雷・絶龍!」
打ち上げる。其はまるで空へとのぼる多頭の龍。雷の嵐。
それらが空中の飛竜、そのうちおよそ十体に命中。致命にはならないものの、羽根の羽ばたきは封じられ、地上へと落下する。
ミツキが見せたのは、魔力の出力強化である。魔力量とは別に、魔力を一度に出せる量、つまり出力にも制限がある。ミツキのそれは中の中、平均といったところ。
しかしあらかじめ魔力を外に出し溜めておけば、いざという時に出力以上の魔法が打てるのではないか。そんな発想から生まれたのがこの魔力球だった。
本来であれば大気中に霧散する魔力。それを留めておくのが、例の多面体。魔鉱石で鍛えられ、一分の隙もなく密閉された名工の業。これによってミツキの瞬間出力は魔力球一つにつき二倍以上に跳ね上がる。
しかし、この一撃を以ってしても戦況は依然飛竜の有利。
「こいつら、一撃離脱に切り替えてきやがったな……魔法部隊は自分の身を守ること優先! 届かねえなら無駄撃ちはするな!」
強力な個体の存在に、飛竜は戦い方を変える。これまでの空中と地上とで担当を分担する形ではなく、全員が高くで滞空、旋回。フェイントを織り交ぜながら、加速し切った体で攻撃と離脱を一度でこなす。
「くっそ、これじゃ狙いが……」
ミツキはかろうじて躱しているが、自身に向かう攻撃の圧が高まっていることに気づく。先の雷撃。これをもって獣は、彼を自分たちの大敵と見定めた。
「数が多い……一体一体で来るならまだしも、隙間潰して雨みたいに飛んで来られると……!」
ディエスは起死回生を有するが、衝撃の放出には溜めがいる。そして放出できなければ、吸収にも限界が訪れる。
結局、ジリ貧か。皆がそう思った。
「あと……少し……」
しかしミツキは諦めない。飛竜の突撃、それを交わすために転がりながら、逆転の光明を待つ。
「もういい! 俺が殿を務める! 退避して国の連中と協力を……っ!」
影が迫る。まるで言葉の意図を理解しているように、限界のディエス目掛けて飛竜が駆ける。
「団長!!」
だが。
「なん……だ……?」
ディエスは眼にする。致死の猛攻を仕掛けた飛竜が。
「やっと……来た……!」
物言わぬ氷像に変わり果てた姿を。
この場に、飛竜を一息で凍らせるほどの魔法を扱える人間はいない。そんなもの、この国を探しても見つかるかどうか。目の前で起きた不可解の正体は、遠隔地への魔法転送。そんなことが出来るのは現代においてただ一人。
魔法の真髄。その一端に触れる神童。誰よりも魔法に精通した彼女から、直接知恵を授けられた雪の女王。
「お待たせ、ミツキくん!」
「待ってたよ、ゲルダ!」
氷から白い煙が昇る。それこそは反撃の狼煙と心得よ。
攻守が、ここに逆転した。




