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一章 五話 『真っ赤』

「先生から俺のこと聞いてたんですか!?」


「おうよ。てっきり知ってて合わせてるもんだと思ってたが。アダンの旦那も相変わらず人が悪いねえ」


 駐屯地の建物内部。ミツキはディエスにこれからのことを話すと言われ待機していると、予想外の話をされた。


「志願者はどんどん増えてる。そん中には自信があるやつもいらぁな。で、そんなやつは普通に落としても食い下がってくると来た」


 少しずつ明らかになる即戦力試験の全貌。その目的。


「そいつらが納得できるように、即戦力を求めてる、って話を流す。まあ、真っ赤な嘘ってこともねえ。そんな奴がいるなら見てみてえとは思ってた」


「それで即戦力試験をやるから、自信ある人を一気に集めて」


 ミツキも少しずつ紐解いていく。


「そうだ。そいつらまとめて、どんっ、と落とす。自分はまだまだだ、鍛えなきゃいけないって思わせた上でな」


 自分が加担していたものの正体に。


「じゃあもしかして俺って」


「気づいたか? 聞いてたよりは理解が早え、いいじゃねえか。まあ、それでも落とす可能性はあったがな。使えなきゃ容赦なく切るつもりだったのは事実だ」


 アダンにいいように弄ばれていた、その事実に。


「このやろう」


「はっはぁ! なかなか言うじゃねえか」


 ──首謀者がまん前にいるってのに。


「へ? ……え?」


 ディエスの言葉に目を丸くするミツキ。言葉の意味がうまく頭に入らなかった。とぼけた声を出して聞き返す。


「俺だよ、俺。ここまでの筋書き書いたのは旦那じゃなくて俺だ。お前の話なら聞いてたからな。旦那は乗っかってきただけ」


 筋骨隆々。豪気軒昂。いかにも力技を好むような目の前の大男。


「団長が……」


「そうだよ。意外か? 俺が頭回んの」


 それこそがこの出来レース、即戦力試験という真っ赤な嘘を組み上げた首謀者。理解はできても、ミツキはしばらく受け入れることができなかった。



    ◇



「ディエス君は昔の教え子でね」


 アダンが種明かしを始めた。


「昔から、勉強こそできなかったが、小細工はできた」


「小細工って……」


「面白かったよ。彼が見せてくるサボり方は。ひどい時は受講者全員に根回しをして試験を全員でボイコットするなんてこともあった。必修だったからね、全員落とす、なんてことはできないんだよ。その上で、全員が講義にはしっかり貢献していた──ディエス君も含めてね。思えば、伏線を貼っていたのだろう、不気味だとは思っていたが」


「どうしたんですか?」


「優劣をつければ自ずと不公平が出る。仕方あるまいよ」


「うわぁ、エグい。来世に響くとか考えないの……?」


 自分が楽をするために大勢を巻き込んで教授に負担をかける。それだけ聞けば明らかに悪行に定義される。この世界のシステム上、あまり理解できない自殺行為に思えた。しかし。


「それがそうでもない。話には裏があってね。全ては、一人の少女のためにしたことだったという」


 話は続く。内容はこうだ。


 地方から学院に学びにきていた少女がいた。彼女には故郷に家族が、家業があった。それでも学びにきたのは、自分に箔をつけ、物作りをする家業の支えになりたかったから。だが、五年前の卒業の年、事件は起きる。


 鉄の国(ブロットラーグ)の技術革新により彼女の家業の業績は逼迫。人を雇う余裕がなくなり、試験直前に一時帰国を余儀なくされた。不幸にも、アダンの授業は必修のもの。これを受けなければ卒業はできない。


「そこで、ディエス君が策を弄したと言うわけだ。思えば、年度の早い段階でその可能性に思い至っていたのだろう。全く、私もその程度の気ぐらいは利かせると言うのに。わざわざ大事にしてくれて肝が冷えたよ」


「先生。それは、ねえ、カイ?」


「はい。まあ気持ちは分かります」


「? 意外だな、君たちは彼の肩を持つのかい?」


「ええ、だって」


 ──好きな人の役に立ちたい。そんなの当たり前じゃないですか。


 平然と答えるカイと、真っ赤な顔ではにかむミツキ。二人は別々の反応で、同じ答えに辿り着いた。



    ◇



「と、まあ話は逸れたが、とりあえず」


 ミツキ、ゲルダ、カイが盃に手をかける。その中にはブドウのジュース。魔性の国(ファタール)の特産、その加工品。どろりと赤黒く揺れるそれは、濃厚さを物語る。


「だいいちかんもんとっぱ!」


「おめでとうございます、ミツキさん」


「ありがとう、みんな。じゃあ、先生。お願いします」


 アダンの手には、深紅の葡萄酒。他国に自信を持って輸出されるこの国のメイン産業。

 全員が手に持ったそれを一斉にかかげて。


「では、僭越ながら……乾杯!」


「「「かんぱい」」」


 音頭と共に、優しくぶつけ合った。


 ミツキがまず手に入れるべきだったもの。確固たる「立場」──とまではまだいかないにせよ、それが手に届く場所に来た。その祝いと称し、豪勢な食事が並べられている。


「とんとん拍子ってわけではないですけどね。一月もかかっちゃったから」


 用意されたご馳走に手をかけながらミツキが話す。選んだのは鳥、七面鳥の如きそれの丸焼き。カイが捕えてきた野鳥を、アダンの持ち合わせる多様なスパイスで調味した垂涎の一皿。


「いや、予定通りだとも。ディエス君の仕掛けも相まって、ことは上手く運んだと思うね」


「ミツキくん頑張ったもん! 魔法なんてすごい勢いで覚えちゃうから、負けてらんないね」


 二人が手に取るのは、ミツキの拵えたミートソースの真っ赤なパスタ。前世で好んで食べていた母の味。幸い、小麦を使った麺が存在していたため、ソースを自作すれば再現出来た。隠し味となるローリエが見つからなかったのは手痛いと思ったが、似た香草をアダンの知識から見つけ代用することで、かなり実物に近づいている。子供舌の二人が飛び付いたこと、それがその出来を自ずと理解させる。


「僕は少し責任感じましたね。教えすぎたせいで、余計な動きまでしたみたいですから」


 その間にカイはてきぱきとサラダを取り分ける。げっ、とした顔のゲルダに無言でその一つを押しつけると、アダンの作った特製ドレッシングをかけて咀嚼する。柑橘の香りが鼻に抜け、野菜が孕む青臭さを和らげた。


「むぐ……いや、んぐ……つい身体が動いて……」


「食べてからしゃべってくださいよ。姉さんじゃあるまいし」


「むー! んー!」


 口いっぱいに頬張りながら抗議するゲルダ。いつもであれば厨房の管理は彼女の役割。しかし彼女が得意とするのは家庭料理。祝いの席の御馳走ともなると、残念ながら華やかさが足りなかった。それでもゲルダは、「ぜんぶ覚えるもん!」と返って意気込んでいた。


「で、ミツキ君は明日から早速着任かな?」


「はい。即戦力って謳うぐらいだから、そうじゃないと芝居打った意味が無いって、団長が」


 明日向かうのは西の森。その付近に構えられた駐屯地で待機する予定である。


「霊廟からそう遠くない。はぐれの魔獣が流れてくる可能性もある。ゲルダ君とカイ君も用心しておいた方がいいかもしれないな」


 ゲルダとカイは自警団には基本的に合流しない手筈であった。理由は二つ。二人の身元がはっきりしないことと、純粋な若さ。自警団の募集要項から外れてしまっていた。


「仕方ないですよ。組織、それも一応国直属の軍部みたいなもの。規則を守らないと」


「だからこそディエス君は回りくどい策をうったのだからね。それでも、手をこまねいている理由はない。何かあれば、合図と援護。これが出来る様に」


 頷く三人。密かに練習していた連携。いざという時のために。一人では勝てない相手がいると知っているからだ。


「それと、ミツキ君。()()の準備は?」


「組み上げるのに結構浪費して、結局()()だけです。でも先生とゲルダのおかげで、形にはなりました」


「それだけあれば、大技も撃てるよね! 使い所だけは気をつけて!」


「はい、ゲルダ先生!」


 仕事の会話はここで終わりを告げる。各々が、好きなように食事を、歓談を楽しんだ。




「姉さん、もっと野菜食べて……」


「先生も、ですよ」


「「……はーい」」









    ◇



「よう! お前が即戦力ってやつか? よろしくな! 俺はラング。お前の先輩だ」


 中年を少し過ぎたような男性。戦いには向かないような丸い体型だが、ミツキの上司になるらしい。その男が早々に話しかけてきた。


「先輩風吹かしてんなよ、ラング。下っ端に下っ端ができてはしゃぐの、ちょっとみっともねえぞ」


「あはは、よろしくお願いします、ラングさん」


 翌日早朝。ミツキは予定通り西の駐屯地に着任した。そこにあったのは小さな木組の小屋。近くに櫓がなければ駐屯地とは思えないほど簡易な作りだ。


 その内部に広がるのは以外にもアットホームな空気。新入りの歓迎という名目で、中にいた全員がなんと。


「マジすか」


 酒を、飲んでいた。


「まあな。幸い全員酒豪。ザルの化け物ばかり。こんくらいならマリアル様もお目溢し下さるさ」


「おら! 新入りもこっちきて飲め!」


「バァカ、未成年だぞ。それは流石に度を越してんだろ」


 ディエスが諌める。それでもラングは引き下がらない。


「……でもさぁ、団長。成人にもなれず、酒も飲めずに死んじまったらかわいそうだしよぉ」


 縁起でもない、とミツキは思ったが、異様な雰囲気に気づく。ひとつ理由に思い当たる。


「もしかして、ラングさん」


「ああ。魔獣のせいで子供を亡くしてる。だからこんな歳で自警団に入ってんだよ……はあ。ミツキ、悪いが乾杯だけしてやってくれ」


 ディエスとの関係のチグハグさはそれが原因なのだろう。ラングの方が歳上でありながら歳下のディエスを上司と仰ぐ。それでも何か出来ることをと、居ても立っても居られなかったのだろう。その感情をミツキはよく理解できる。


 そういうことなら断る理由もない。小さな円形のテーブル。そこにいたラングの前の席に着き、葡萄酒の入った盃を受け取る。


「よっしゃ。えー、じゃあ僭越ながら」


 この光景昨日も見たな、と思いながら、ミツキは思いを馳せる。


 いい人ばかり。きっとここでなら、欲しいものが掴める。


 そんな期待に胸を膨らませて、昨日ぶり二度目の乾杯に備える。


「乾杯!!」


 一斉に盃を掲げると、赤黒い液体が飛び散った。




 目の前にいた、ニンゲンだった肉塊を撒き散らしながら。



「……は?」



 怒声が上がる。号令が飛び交う。轟音が走る。飛竜が駆ける。赤が飛ぶ。



 真っ赤な地獄。その幕が開けた。

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