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四章 十六話 『Bad Day』

 時間は一度、数日前に巻き戻る。


 魔性の国(ファタール)、自警団の駐屯所でミツキとディエスが話をしていた。


「てことで、明日は東側に俺が付く。ミツキ、お前は西で傭兵の国(ガルディニア)と連携して」


「団長。それなんすけど、ちょっといいすか?」


 翌日の配置についてディエスが伝達していたのだが、ミツキがそれを遮った。


「ちょっと気になることがあって。部隊編成して確認に行きたいんす。できれば、団長も一緒で」


 ミツキとディエス。今や二人は自警団の双璧をなしている。その二人が必要な任務となれば、危険度や難易度は段違いだ。それほどの任務は一体なんなのか。ディエスには二つ思い当たるものがあった。


「……どっちだ? 『機械神教(マキナ)』か、『死神一神教(ダアティズム)』か」


「後者、っすね。ちょっと思いついたことがあって」


 ディエスが挙げた二つは、魔法の国(マギアマルクト)での戦いで取り逃した組織。その行方は各国が地道に追っているのだが、未だ足取りは不明だ。


 その中でミツキは、「死神一神教」の足取りを掴んだと主張する。


「確証があるわけじゃねえってことか」


「ですです。だから騎士団にはあんま迷惑かけらんなくて」


「俺らならコキ使えるってわけか、偉くなったもんだな副団長さんよお」


「もー! 団長まで!! 茶化さないでくれませんかねえ!!」


 もし確実に足取りが掴めているなら、傭兵の国の騎士団や魔法の国の戦力を借り受けることも簡単だろう。しかし、根拠はまだミツキの直感だけ。動かすことは叶わない。


 そこでまず自警団を使い可能性を調べ上げ、証拠を掴んでから他国へ救援を求めることにした。


「お前にしちゃ考えた方じゃねえか。カイがいなくて心配だったが杞憂だったな」


「俺だって頭くらい回せますよーだ」


 ミツキがこの考えに至ったのはルーティの存在が大きい。彼女を捕らえ異形に変えたのも死神一神教。そう考えている彼は、一刻も早く足取りをつかみたいと躍起になっていた。


「ただ、部隊ってのはやめとけ。行くのは俺とお前だけにしろ」


「え? なんでっすか?」


「俺には『起死回生(アブソープション)』が、お前には『跳躍(ジャンプ)』がある。だから危険でも逃げるくらいはできら。ただ、どっちも自分だけしか守れねえ。人数増えっと、返って危険になるんだよ」


「ああ、なるほど」


 見通しの立たない作戦になる。それを見越して、ディエスは他の団員を置いていくことを推奨した。これにはもう一つ理由がある。


「それに、多少はアイツらも戦えるようになったが、それでも指揮者いないのはしんどい。なるたけ人数は残しときたいとこだ。そうだな、傭兵の国(ガルディニア)にも連絡して当日は西側の警備、俺ら抜きでやってもらうか。そしたら東に戦力固められる」


「それなら俺、伝令に行ってきますよ!」


「ああ、任せた。けどちょい待ち。で?」


「はい?」


 すぐに飛んで行こうとしたミツキを引き止める。まだディエスは重要な話を聞かされていない。


「思いついたこと、ってのは何だ?」


「ああ、忘れてた……団長、『灯台下暗し』、って知ってますか?」


 それを聞いたディエスも合点が入ったようだ。なるほどといった表情を作る。


「『霊廟』か」


「はい。見回りはしてるけど、ガッツリ調べたことは無い気がして」


 霊廟。死造神の墓所とも言われる場所。ダアトを信望する死神一神教であれば、何らかの痕跡を残していてもおかしくない。繋がりを感じて当然の場所だが、これまで詳しい調査が行われたことはなかった。


 見回りは欠かしていない。それが人々の頭に、見るべきものはないとの先入観を抱かせていたのだろう。加えて、霊廟は存在自体が貴重。この世界で生きるものであれば、削ったり砕いたりする作業に忌避感を覚えるのが通常だ。


 そこを無視できたのがミツキ。異世界の感覚が強い彼は、そんなことお構いなしで思考できる。


 こうして、二人は霊廟を捜索することに決めた。実行は数日後。


 使徒が世界に降り立つ、まさにその日。



    ◇



「ったく。大胆っつうか、罰当たりっつうか。思いついてもやんねえだろ、普通」


 二人がいるのは霊廟の地下。早朝から時間をかけて捜索を続け、ようやく地下まで到達した。


 ミツキがハンマーを使って壁をがんがんと叩く。明かりを手に持つディエスは、それを眺めながら苦い顔をしていた。


「俺は特別信仰心が強いわけじゃねえけどよ、それでもなんか、もったいない、って気分になんぞ」


「あんまわかんないんすよね、俺。元、ってか、前世で住んでた国がそういう感覚から遠くって」


 もし彼が、前世で敬虔な信徒であればこの作業を思いつくことはなかっただろう。しかし彼は現代の日本人。敬いこそすれど、必要とあらばそれを切り捨てることも容易だ。


「嫌ならやっぱり帰ります? この感じなら俺一人でも」


「バカ言うな。油断できる環境じゃねえのは知ってんだろ。お前が誰よりよ」


「……そう、っすね」


 魔獣の数は少なく、人の気配ひとつ感じられない。定期的に巡回をしているから当然なのだが、霊廟の環境は極めて安全に保たれている。


 だからといって油断は禁物。闇の中から這い出る悪意は、必ずしも魔獣の形をしていない。ミツキはそれを、身をもって体験している。


「……にしても、全然手応えないなぁ……読み間違ったかな……」


「かもな。それでも、ここに違和感があんのも事実だ。お前が前に戦ったっていう魔獣、その日まで影も形もなかったわけだからな」


 霊廟の巡回が強化されたのは、他でもない「外套の魔道士」が死んだとされるその日がきっかけ。そうなのだが、それまで全く警戒していなかったかというとそうではない。霊廟は魔獣の温床。放置していれば繁殖される恐れがある。そこで、騎士団などが時折覗いて魔獣を排除していた。


 にも関わらず、あの日、ゲルダとカイが時を超え、ミツキが彼らを探しに訪れた日、スフィンクスが現れた。若くとも手練れのゲルダたちを追い詰め、有り余る力を有していた当時のミツキすらあわや命の危機にまで追い込まれた。それほどの力を蓄えた魔獣が、騎士団の目を掻い潜って現れたのだ。


 そこには必ず原因がある。ディエスはそう考えている。魔法の国で見たという魔獣生成のメカニズム。それを踏まえて考えれば、死神一神教の手が介入したと考えるのが妥当だろう。だから彼はミツキの突拍子もない提案を受け入れた。


「……と、なると、やっぱり」


「……まあ、そうなるだろうな」


 二人がたどり着いたのは、重厚な扉。これ以上先へ進むことを拒むかの如く、扉は固く閉ざされている。


 開くことは簡単だ。力を入れて押せば子供でも容易に開けられる。困難なのは心の方。果たして開けて良いものか。誰もが扉を前に逡巡する。


 霊廟の最下層。ミツキが激戦を繰り広げた場所。


 英雄と神とが、決着をつけた終末の地。


 果たして人間に、踏み入れる覚悟があるのか。それを問うように扉は存在し続ける。


「開けます。一応っすけど、警戒を」


 先陣を切るのはミツキ。かつての経験から、中に魔獣がいることを警戒する。重い音を立てて扉が開き始めた。開いた隙間から、微かな光が漏れ出してくる。


「……いねえな、何も」


 世界がかろうじて輪郭を顕にする、その程度の明かりが充満していた。地下とは思えないほど広い空間を見渡すと、そこにいたのは二人だけ。ミツキとディエス以外、人も魔獣も、機械だって存在しない。


「じゃあ俺は右から。団長は左からで。違和感があったら言ってください」


 二人は二手に分かれる。円形の壁沿いに岩盤を調べる。手にしたハンマーで叩き、音の反響から隠されたものの存在を探る。朝からずっと、ノイローゼになるくらい続けてきた作業だ。


 ミツキが考えたのは隠し部屋の存在だった。霊廟は土魔法で作り上げられた場所。もし一度壊れても、「古式」の魔法を使い組み直すことは可能である。そうやって死神一神教のアジトもどこかに隠されている。根拠のない可能性だが、二人が探っていたのはそれだった。


 岩を削るような音が続く。地面を叩き、壁を叩く。その繰り返し。


 中腹まで確認したところで、二人は諦めかけていた。


 ここまで足取りを掴ませなかった相手だ、無理もない、仕方ない。徒労だったとしても、可能性を一つ潰せただけでも成果だろう。そんな慰めを自分の中で繰り返す。


「あ」


「お」


 そんな折、二人の道は交差した。入口と反対にある壁。残ったのはもうそこだけ。


「これで最後だな」


「じゃあ団長は壁で。俺は地面確認します」


 すでに諦めムードの二人。確認とはいえど、これまでの作業をなぞるだけ。もう可能性など感じていない。


 ディエスが壁を叩く。力一杯、鬱憤をぶつけるみたいに。変わらない重い音が響き、少し岩が崩れた。


「っし、お疲れさん。残念だが仕方ねえわな。気にすんなよミツキ。考えは良かった……」


 ミツキの成果を確認することなく、ディエスは終了を確信する。同時にミツキを慮った。彼の提案でディエスの時間を使ってしまった。きっとそのことを気に病んでいるだろうと思ったからだ。


 しかし、ミツキは反応しない。


「……おい」


「しっ……団長、ちょっと静かに」


 彼は耳を地面につけ、数度ハンマーで叩く。かん、と軽い音がずっと下で響いた。


 届いたのは微かな音だけ。しかし、強化されたミツキの聴覚は逃すことなくそれを捉える。


「団長、離れて!!」


 ミツキは魔力球を三つ取り出し、地面を崩す準備をする。


 壁は厚い。生半可な攻撃では届くまい。放つなら、星すら砕くほどの──


「待て!!」


 それをディエスは止める。驚いたミツキは慌てて魔法の発動を中止した。


「団長!? なんで!?」


「お前のそれは貴重品だろうが。万が一に備えて温存しろ。この下で良いんだな?」


「なーるほど……はい、多分その真下、結構深くっす」


 彼らが探るは「死神一神教」の隠れ家。すなわち敵地。戦闘の可能性は多分にある。

 ミツキの魔力球は数に限りがある。戦闘を見越すならば温存すべきとディエスは判断した。この辺りはさすが自警団のトップ。的確な判断にミツキも文句を言わず場所を譲った。


「おおおおおっ!!」


 大きく振りかぶり、得物の斧を叩きつける。


 一度目、部屋が揺れるほど強い衝撃。しかし、地面に変化はない。


 二度目、溜めた衝撃を解き放つ。地面に一つ、亀裂が走った。


 三度目。ここまでしてようやく、地面に数メートルのヒビが入る。ここまでしてもまだ、敵の根城は姿を見せない。


「くそ! やっぱり俺が──」


「離れてろ、ミツキ!!」


 ディエスはそのヒビに手を添える。そして、魔力を解き放った。


 発動したのは土の魔法。それ単体では地面を砕くには足りない。しかし、その役割は楔。ヒビを利用して地面をこじ開ける、力尽くとは似て非なる人智の技。大地が大きな音を立て、僅かな道を拓いた。


「『土竜』」


 そこにディエスは、「古式」を上乗せする。地面に穴を作る魔法の効果で、切り拓いた道をさらに押し広げる。そして、


「っし」


「すっげ……さすがゴリ……団長……」


 大きな破裂音と共に、地面が砕け崩落した。


 生まれたのは穴。下を覗くも先が見えない。しかしぼんやりと、下から明かりが漏れてきた。


 同時に、ミツキの眼が下の様子を確認した。見えたのは机や椅子。埃まみれで手入れもされてなさそうだが、確かに暮らしの跡がある。


「ドンピシャ、って感じっすかね」


「……どういうことだ?」


 その報告にディエスは違和感を抱いた。確実に人間が暮らしていた。なのに、反応がない。天井を砕かれ侵入者が現れたというのに、アラートもなければ叫びもない。


「放棄した……? いや……この、匂いは……!」


 土煙が晴れるとともに、鼻腔へと脳を揺らすほど強い悪臭が漂ってくる。嗅ぎ慣れたそれも、これほど集められ、そして熟成されてしまえば、歴戦のディエスですら顔を顰めるものに変わる。


「先降ります。安全だったら合図するんで」


「待てミツキ!! お前は行かねえ方が!!」


 まだ若いミツキは、それを感じ取れない。彼は率先して下に降りる。「跳躍」を持つからこそ、離脱が容易な彼が斥候となるべき。セオリーならその通り。しかし、彼は降りるべきではなかった。



「ぐ……お、えぇ……!!」


「ミツキ!!」



 ディエスの耳に飛び込んでくる嗚咽の声。吐瀉物が地面にぶつかる音。そして、なおも鼻腔をくすぐる悪臭。


 ミツキに続き彼も下に降りる。そこにあったのは予想通りの光景。予想を遥かに超える、地獄絵図。


「はぁ……だん……ちょう……」


「大丈夫か……っ! ……こりゃ、酷えな……!」


 部屋は明かりが充満していた。だから見える。見えてしまう。


 まばらな深紅で塗られた壁。インテリアのように並べられた、山ができるほどの人骨。呼吸もできないほど濃厚な死の匂い。


 骨を見る。大きさは千差万別。老若男女が命を落としたのだと、強制的に解らされる。その数があまりにも膨大だったため、ミツキは耐えることができなかった。


「何年……このまま……」


「……匂いから考えると、多分そこまで遠くねえ……半年、その辺りだろうな」


 徐々に状況が付合し始める。


 半年前まで、死神一神教は活動していた。最近は形を潜めている。


 半年前、この場所で虐殺があった。殺された数は、おそらく村ひとつ作れるほど。


 すなわち、半年前。


「『死神一神教』は、もう……」


 ──壊滅した。信徒はことごとく殺され、弔われることなく放置された。


「一体全体、どうなってやがんだよ、これは……!?」


 一つの組織が消えた。それは本来喜ばしいことのはずだった。


 だけど二人には、不可解の感情しか残されていなかった。



    ◇



 霊廟を後にする二人。顔色は悪い。


「大丈夫か、ミツキ」


「大丈夫……では、ないっす……しばらくは夢に見そう……」


 「因果集積(フェイタルチェイン)」がマイナスに作用してしまう。彼はあの人骨の山を忘れられない。死んだ人間に馳せた思いを、彼らの死に際を想像したことを、これから先忘れられない。


「気分悪いなら帰って構わねえからな」


「いえ、じっとしてた方がきついっす……俺も応援に行きます」


 任務を終えてすぐだが、国の東で巡回任務を行なっている自警団に合流する予定だった。


「助かるぜ。数多いみたいだからな。気分転換にちょっと走るか」


 霊廟を出た直後、インカムから通信が飛び込んできた。魔獣の数が想定より多いとのこと。無理ではないが、応援に来てくれたら助かると連絡してきた。軽口や冗談混じりだったため、本当に大ごとではないのだろう。


 しかし手持ち無沙汰になってしまった二人。気分の悪さを解消すべく、一休みもせず救援に向かった。






「おい、どんな感じだ?」


「お、団長。遅かったな、もう片付いたぜ?」


 暫定で指揮をとっていたキーン。彼はこともなさげに答える。


 近くにいたウェッジは、ミツキの顔色を見て言う。


「そっちの方が大変だったんじゃないっすか?」


「まあな。また今度話す。ところで……」


 団員はディエスの指差す方を見た。



「──あの子、なんだ?」



 そこにいたのは一人の少女。ここにいるはずではない、黒い髪をした女の子。


「あれ……あの子……この間の……?」


「ああ、金返しにきたんじゃないっすか?」


「おいミツキ、行ってこいよ。あの子、お前に懐いてただろ」


「人使い荒いなぁ、もう……はいはい。おーい!! 久しぶ、り……」


 手を振って近づいていく。近づくにつれて、匂いが強くなる。


 甘い甘い匂い。その奥にある、逃れ難い濃厚な匂い。



 さっき嗅いだばかりの──




「──スフィンクス」




 ──甘く痺れるような、煮詰められた死の匂い。



 彼女はおどけるように舌を出した。そこから、一筋の滴が垂れる。


 黒く濃密な液は地面に落ち、一帯へと広がっていく。




 ほどなくして、一斉に地面から湧き上がってきた。



 魔獣。スフィンクスと名付けられたそれが




「なん……だ……!?」





 八体。いずれも、あの霊廟の個体と遜色ない巨躯。





「久しぶり、ミツキお兄さん? また、ボクと遊んでくれる?」




 自警団員を囲むように、突如それらが現れた。



 少女は微笑む。淫美に、淫蕩に。




「自己紹介はまだだったっけ? ダアト。知らないわけじゃないよね、英雄さん?」

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