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一章 二話 『存在未証明』

 前日に組手の練習をサボったため。


「ぐは」


「はい、もう一本急ぎましょう。時間って意外と早くすぎるんですよ? 知ってますか?」


 カイの指導はよりその熱を増し。


「ぐえ」


「次立つまでが休憩でいいですね。休憩した時間だけ終了時間が遅くなるだけですが。まあ昨日僕が待っていた時間までは頑張ってみます?」


 もはやそのレベルは。


「ぎゃっ」


「はい。暗くなりましたし今日はここまでにしておきましょうか」


「あ……ありが……とう……ございま……した……」


 一般的にシゴキと表現されるほどのものになっていた。


 それでもミツキが文句の一つも言わなかったのは、前日のミスが自分にとっても痛いロスになったと自覚しているから。


 奪われた奇跡(ギフト)。それを取り戻す方法は未だハッキリとわかっていない。そして、それが果たして可能なのかどうかも。アダンの推測では可能であるが、決して楽観はできない。


 危惧したのは時間制限。もし、奇跡が他者に完全に定着してしまえば、ひょっとしたらもう二度と。


「魔法の練習は一人でもいけるけど、運動関係はカイがいてくれなきゃできないからな」


「分かってるならもう少し尊重してほしいですね」


「あ! 二人ともお帰りなさい! 今日は遅かったね!」


 ミツキはアダンのところにも寄らず自宅に直帰した。魔法練習のノウハウは叩き込まれたため、これからは一人でもこなせる。


「おかえり。実に精が出ることだ。感心するよ」


 と、思っていたが、なぜかそこにはアダンがいた。ゲルダが用意したであろう食事を摂りながら。


「何で?」


「明日から別の訓練を取り入れようと思っていてね。そのことをキミに伝えに来たのだが、いつまで経っても返ってこない」


「だから、せっかくだからゴハン食べっていって、って。で、ぜんぜん帰って来ないから先に食べちゃった」


「姉さん……不審者を家にあげるのはよくないよ」


「これは手厳しい。昨日のことでよほど恨まれているようだ」


 アダンに対するカイの態度は存外厳しい。本人曰く、「学者って、なんか人間味薄くて苦手な感じがして」とのこと。それでも信頼はしている様子。そうでなければ軽口の一つも叩けないだろう。


「でも俺、まだ昨日のメニュー全く手つけれてないすよ? 飯食って寝る前にちょっと触る程度になるはず」


「それで十分終わるとも。キミは自分の持つ奇跡をまだ自覚できていないらしいね」


「あー。まだ前世のクセが抜けないですわ」


 何十何百にも届くほどの反復練習。前世であればそうしなければついていけなかった。しかし今は因果集積(フェイタル・チェイン)がある。それでも染み付いた思考は時々顔を覗かせる。


「私は魔法の知識はあるが、使用はできない」


「そうなんですか? 意外だ」


 アダンの口から、「できない」との言葉が出ることに驚く。


「魔力量が少なくてね。幼い頃に割り切った。だから、キミに知識は教えることができても、使用感や実感を教えることはできない。そこで」


 アダンがニヤリと笑い、人差し指を掲げる。何か変なこと企んでるな、とミツキは思ったが、黙り、その続きを待つ。


「私のツテで一人、魔法の講師として適任の人物がいる。その人に明日、キミに講義をしてもらおうかと思っているんだが」


 ──覚悟、しておくといい。


 意図した脅し文句。ミツキを焚きつけるために、選び抜かれた発破。効果はてきめんだった。


「……うす!」


 期待半分、不安半分を胸に抱き、ミツキは食事を摂り、訓練をこなして、夜遅くに眠りについた。



    ◇



「全身バキバキで動けん……」


「知ってます。だから今日は一日休みにしてるんじゃないですか」


 一人、居間で先に朝食を摂っているカイがミツキに休息を告げる。疲れた状態で動けば変な癖がついてしまう。休息は休息で専念させる。


「あれ? ゲルダは?」


「姉さんは通りの八百屋で仕事中です。すっかり気に入られたみたいだ」


 魔性の国(ファタール)に来て数日。ゲルダとカイはこの国での日常に溶け込んでいた。


 始めこそ二人とも他の人を警戒し、ミツキのそばを離れようとしなかった。それでも人々は、二人の境遇を理解し、優しく出迎えてくれていた。そんな環境が二人の心を溶かすのに、やはり時間は掛からなかった。




「あ! ミツキくん! カイも! いらっしゃーい! 今日はブドウがやすいよー!」


「いやあ、ゲルダちゃんがいてくれると客足が良くて助かるねぇ。ミツキには勿体無い子だよ、ほんとに」


「おじさん、それは俺も思ってることだから、大丈夫。口に出さなくて大丈夫だから」


 この店の店主は意識を取り戻した時にミツキの面倒を見てくれた男性、ヴァーリ。アダンとは別の頼れる大人として、ミツキがよく世話になっている。交流を重ねるうちに冗談を言い合う仲になった。


「奥さん、ごきげんよう。今日も綺麗ですね。このブドウ、とても質が良さそうですが、いくらでしょう? 一ついただきたいのですが」


「もうカイくんったら! それくらいならタダであげちゃう! どこかの主人にも見習ってほしいもんだね!」


「何、お前おばさんのこと口説いてんの……?」


「? ただ挨拶しただけですが? ミツキさんもこれくらいの気は効かせた方がいいかと」


「ほんとだよ! 誰がおばさんだっての! まだ三十そこそこだわ! これだから男どもは……あ、カイくんは別よ?」


「お互い肩身が狭えなあ、ミツキ……どうした、おい、ミツキ!?」


 何気ない日常の会話。近隣の住民との交流。


 あの日、怯えた目で自分のことを拒絶したゲルダとカイ。その二人が、そんなありきたりな幸せを享受できていることに。


「ずみまぜん、なんか最近涙腺バカになっでで……」


 ミツキは何日かぶりの涙を流していた。大通りの、店の前で。


「ああもう! ここで泣かれちゃ商売上がったりだよ! ……まったく。よかったよ。二人を見つけたのが、お前さんで」



    ◇



「じゃあこれと、あとトマトも……全部でいくらです?」


「8000ガルちょうどだな」


「え、こういう時『持ってけ!』って言ってくれるもんじゃないの?」


「ミツキさん、さすがに図々しいですよ……ありがとうございます。これ、代金です」


「毎度! また来いよ!」


「まいどー!」


 金額が買い物の量に比べて非常に安いことを、カイは──おそらくミツキも気づいている。そのことに触れるのは野暮とでも言うように、いつもの調子で買い物を終えた。


「カイ、ちょうどよかった」


「リードさん」


 現れたのは、これもまた初日にミツキを助けた青年。リードと呼ばれた彼はミツキに手を振りつつもカイに話しかける。


「南のブドウ畑の辺りに獣が出たらしくて。駆除頼まれてるんだけどついてきてくれるか? 獲れたら肉の半分は分けてあげるよ?」


「そんなにもらうのは悪いですが……わかりました。皆さんのためなら断る理由もありませんし。じゃあミツキさん、姉さんも。ちょっと行ってきますね」


 カイのサバイバル能力は非常に高く、このように度々お呼びがかかる。弓術をはじめ、罠や野営など大人でも目を見張るその技術は様々な場面で輝いていた。


「行ってらっしゃい。俺だけ何もできないのは心苦しいけど」


 二人が頼られることは非常に嬉しい。また泣きそうになるミツキ。


「今は訓練があなたの仕事ですから、それじゃ」


「いってらっしゃーい! あ! そうだミツキくん!」


「ん?」


 陽だまりのような笑顔を向けながら、去ろうとするミツキに声をかけるゲルダ。


「またあとでね!」


「? おう?」



    ◇



「彼女が、今日の先生だよ。ミツキくん」


「そうきたか……」


 アダンの家で席につき、魔法の講義に身を構えていたミツキ。その前に現れたのは。


「はい、席についてください、ミツキくん。おしゃべりはゲンキンだよ?」


 なぜか眼鏡をかけて、キリッとした表情をつくるゲルダだった。


「なーるほど。確かにゲルダなら魔法のこと」


「私より適任だろう? 我ながら、いいアイデアだと胸を張れる」


 霊廟での戦い。神話の怪物を相手にミツキが来るまで五体満足で戦い切った実力。黒衣の王相手にその片鱗を見せた圧倒的な魔法。彼女の生い立ちをわずかしか知らないミツキであっても、ゲルダの魔法の能力は疑う余地のないものであった。


「でも、人に教えるってなると、どうかな?」


 ミツキは少し悔しかったのか、そう言ってからかってみる。


「……じゃあはじめます」


 少しムッとした表情で、ゲルダは講義を始めた。



    ◇



「やべえ」


 一時間後。


「そうそう、まずは起こす現象の輪郭に魔力を流して、形をハッキリさせて。うん。そんな感じ。その中に魔力を流す、塗り絵みたいに。魔力は簡単に散っていっちゃうから、しっかり箱を作ってあげて」


「エグいくらい分かりやすい……」


 ミツキはゲルダの指導力にただただ驚いていた。


「どう? ほれなおした?」


「うん、正直もうすぐにでも魔法使えそうな感じ。すごいよ、ゲルダ教師向いてるんじゃない?」


 本心からそう思う。実際、始まってから三十分もしない段階で小さな火を起こすことに成功している。


「……ふむ」


 だが。


「それでね、範囲を決めて。ミツキくんなら、炎。これを()()()()()()()()()想像してみて」


 ある時を境に、アダンは驚くミツキにニヤつくのをやめ、手を組んで思案していた。


「燃える空気を集めて、その中を魔力で熱くする感じ……じゃないのかな、先生?」


 そんなアダンの様子に、不安になったゲルダは訊ねる。


「いや、合っている。合っているが……ゲルダくん、キミはそうやって魔法を起こしているのかい?」


「? そうだよ? 温度を下げて、水を集めて、氷を作る。これが私の使える魔法」


「……あれ? それって何だか」


「──回りくどく感じる、そうだね?」


「そうです。前先生に聞いた感じだと」



    ◇



想像(イメージ)。それを魔力を通じてカタチにする。言ってしまえばそれだけのことなのだよ」


「じゃあ今俺が目の前に火があるのを想像したら出るってことですか?」


「可能だね」



    ◇



「って。あれ、この過程俺には難しいと思って言わなかったんですか」


「違う。私は伝えるべきを過不足なく伝えた」


 ミツキの記憶に間違いはない。彼は経験を忘れない。だから間違っているのはアダンか。否、その知識は、仮に自らの扱えない魔法であっても間違いなどあり得ない。ならば。


「……あたし、間違ったこと教えちゃった……?」


 違うのは、ゲルダか。


「そうではない。そうではないのだが……言葉を選ばずに言うのなら」


 消えそうな声で呟くゲルダに、できるだけ不安にさせまいと言葉を選ぶアダン。しかし、うまく見つからず、最後にはありのままを。


「──()()


 黙って聞くミツキ。その内容を一言一句逃さないように。何か、いつか、使えることがあるかもしれないから。


「現象を過程に分解し、その過程から、組み上げる。この考え方は、想魔神ミラによって魔法がもたらされた当初、それから800年用いられたものだ。そして彼女が魔法をもたらしたのは今から1000年前。よって」


 ──少なくとも、今から200年も昔のもの。


「これを『古式』といい、それ以降、現象という()()そのものを直接魔力で『創る』魔法が主流となっている」


「こしき……? でも、かあさんはあたしたちに……」


「ゲルダくん。キミは、いや、キミたちは」


 答えの出ない問い。その「問題」たち自身ですら、導くことのできないそれ。


「一体、何者なんだ」


 彼女たちの存在は、未証明のまま。

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