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三章 五十八話 『奇跡は地上にて煌めく』

 地上より遥か上空で、二人の少年が無防備にも落下する。


「フィル、さん……!」


 カイは飛空板で押さえつけられながら、遠のいていく神殿をずっと眺めている。目の前にいるフィルよりも、ミツキを見る。


 カイは決して彼が恨めしいわけではない。むしろその逆だった。彼は得難い友人、いや、もしかすると兄弟にも等しい存在である。それがミラと戦うのはできれば止めたかった。自分が仮に手を汚すことになっても、ミツキだけは自分が止めるべきだと思っていた。

 ゲルダには荷が重い。彼女はミツキへ深い感情を抱いている。戦わせて心に傷を残させるのは避けたい。

 ミラは、下手をすれば彼の心を砕いてしまう。先日までの仕打ちだってそうだ。彼女は人間を超越したが故に人の機微を失っている。そう見えた。


「どいて、ください!!」


「くっ!!」


 したがって、穏便に彼を諦めさせることができるのは自分以外にないと結論づけた。だから入り口に構えていたのだが、それが仇となって今に至る。


 それでもこの二人の間には、看過できない力量差がある。

 カイは風を放ちフィルのバランスを崩す。反応もできなかったフィルと反対に、カイは彼を踏みつけて落下させる。造作もなく、流れるように。

 その反動で自分は上にのぼり、さらに風に乗って復帰を試みた。


「大人しく帰ってください。あなたにできることは何もない」


「まだ……だ……!」


 飛空板の燃料としてセットしていた「極虹」を手に取る。一瞬の自由落下。体に重力がのしかかるが、お構いなしだ。


「模倣魔道──」


 選んだのは魔法による上昇。彼と同じ視点に立つためには。


「──『神風(カイ)』!!」


 同じ技を使用するのが最も適している。下へと風を放ち、尋常でない出力で飛空板ごと体を上に戻す。再びカイは、フィルに抑えられる形に。


「もう、一回!!」


「こ、の、ぉ……!!」


 今度は反対に、上から下へ向けて風を放つ。一気に神殿から遠のき、カイであっても復帰は難しい位置に。


「なんで、あなたが邪魔するんだ!!」


 それを受けて作戦を変更。まずはフィルを戦闘不能にしてから、時間をかけて神殿まで戻ることに。矢をつがえ、空中という不安定な状態でも確実に、自動照準が如くフィルを狙い定める。


 カイには彼の動機が理解できていない。自分に関する記憶は閉じられているはず。既知だと理解できても、実感は消えているはずなのに、どうして身を削ってここまでできるのか。


 それに何より、ミツキのことだ。フィルは彼の価値を認識できていないのは間違いない。会話が噛み合っていなかった。そんな人のために、なぜあそこまで。


 放たれた矢は一度上空に逸れる。だがすぐさま反転し、高さを得てより早くフィルの飛空板を穿ちに進む。


「友達! だからに!! 決まってるだろ!!」


「覚えてないくせに、友達ヅラなんてするなよ!!」


 フィルは再度風を射出。矢の軌道をぐちゃぐちゃに乱してやり過ごす。


 友達だと、フィルは言う。その記憶は思い出せない。ルーファスに言われたからそうだと認識しているだけ。どこか他人事のような、虚な感覚があるばかり。カイの言う通り、友達面をしているようなものだ。


「悪いかよ!! ボクには!! それで十分なんだよ!!」


「く……頑固だな……あなたも!!」


 しかし、それがフィルには深く刺さる。ミツキとの日々が価値を失った今、なおのことフィルには友人という存在が重くのしかかる。初めての対等な友人であったミツキが心から消えたため、友人という言葉の持つ意味がより深く強固なものとなった。神も、カイでさえ見誤ったフィルの執着。


「神足通」


「っ!?」


 意地でも離れない様子のフィル。それを改めて考慮に入れ、カイは別の手段を探った。


 放った風の魔法は、二人をまとめて地面へと加速させ一直線に叩きつけるもの。頂点まで登ったフリーフォールのように、二人の体は地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 彼が狙ったのは、怯えさせ風から抜け出させること。フィルがこのチキンレースから先に離脱し、自分から離れることを予測した一手である。


「ぐ、ぅ……!!」


「あなたは……なんで……!?」


 それでもフィルは離れない。このまま行けば間違いなく地面に叩きつけられ絶命するというのに、お構いなしに張り付いたまま。受ける威力に顔を歪ませながらも、カイを押さえ続ける。


「死ぬのが……怖くないんですか!!」


「死なない……ボクは……こんなところじゃ死ねない……!!」


「なら!」


 救われた命。多くの人が認めてくれた価値。あの苦しみを乗り越えて、多くのものを背負う王になった。昔ならいざ知らず、今この時、フィルの命はそこまで軽いものではない。彼は、死ぬことをよしとしていない。


 カイは気づかない。晴れ渡った空にあっても、その目はまだ曇ったまま。

 彼は、カイを信じているのだ。カイは決して自分を殺すことはないと、彼はそう信じている。


「くそ……くそ!! 乱気!!」


 取り返しのつかなくなる寸前、痺れを切らしたのはカイだった。彼は激突の直前に風のクッションを生み出し、フィルもろとも柔らかく受け止めた。


 落ちたのは神殿のあった場所。「(クリファ)」の中でも暖かな環境。うららかな日差しが二人を迎え入れた。


「はあ……ちょっと、怖かったな……あれ?」


 土煙の舞い上がる中、カイを見失う。視界が開けても一向に姿が見えない。


 その理由は「漏尽通」による姿の隠蔽。フィルは忘れてしまった技術で、カイは完全に有利な状況を作り出す。


 カイにとっては馴染みのある「裏」という環境。姿を消した射手。開けた視界。


 危険な状況は役満といえるほど整っている。


「どこだ……っ!!」


 後方から矢が。セオリー通りに行けば射線を逆にたどったその先にカイがいるはず。しかし彼の風は理屈の風向きすら変えてしまう。別の場所から放った矢を、風でねじ曲げて届かせた可能性も高い。


 先の射撃でその技術を再度認識したフィル。むやみに動くこともできず、ただその場で立ち尽くす。風を受けて、さながら風見鶏のように回るばかり。


「! また……!!」


 今度は二つ。完全に同時の射撃。剣とステップとを組み合わせていなす。


 束の間、フィルは思考する。この状況、後手には回っているが全くの不利ではない。

 カイの最優先は、先ほどの行動を考えると神殿にいち早く復帰すること。恐らくミツキの相手を最も望んでいるのだろう。反対にこちらの目的はカイを復帰させないこと。ここでスローペースな削り合いになるのはフィルからすると望ましい状態。

 ならば時間をかけた削りは向こうも望まないはず。魔力にも矢にも数の限りがある。どこかで、痺れを切らし強力な技を放つ場面があるはず。

 では強力な技とは如何なるものか。やはり、最短最速の一矢に他ならないだろう。なればそこをつけば、カイの居場所は突き止められる。


「ふぅ……」


 無論、捌くにはフィルの力量では不足している。リベラでさえ、カイの本気には極限の集中を必要とした。未熟な彼には荷が重い。


 ここからは希望的観測だが、そうはならないだろうと考える。カイはやはり、フィル相手にどこまで力を解放すればいいか決めかねている。その油断をついて、相手の居場所を見極めるのが彼の勝ち筋になる。


 矢が止まった。温存と同時に集中を削る作戦だろう。いつ放たれるかわからない矢を待ち続けるのは、精神を非常に浪費する。360度に意識を裂き続ける負荷は、フィルに想像以上のダメージを与える。


 ──しかしフィルは見逃していた。戦うという選択肢を手に入れてしまったが故に、考えうる可能性が一つ隠れてしまった。この状況、カイにはもう一つ取ることのできる手段がある。


「しまった!!」


 それは、フィルを置いての逃亡。彼を放たれることのない矢で足止めし、自分は隠れながら空に戻る。必ずしもカイが、自分に向き合ってくれるとは限らない。


「この……! 世界を繋げ、『極虹』!!」


 名を呼び、出力を上げる。ミツキがいれば「万色融合(インクルージョン)」で自分の色と同じ光を作成するのが最良なのだが、それはできない。根源の四色だけが頼り。想像の難度は増すが、配られたカードだけで勝負しなければいけない。


 そのことを見据えて、彼の師たちは方針を授けていた。フィルが有する、最大の適正を看破して。



    ◇



「はあ……もう、一本……!」


「だめです陛下。疲労が溜まりすぎている。それでは、かえって悪い癖がついてしまいます。休むのも訓練のうちですよ」


 ミツキたちが旅立つ前のこと。傭兵の国(ガルディニア)、一番地。そこで訓練に勤しむフィルの姿があった。滝のような汗を流し、木刀を杖にして体を支えている。


「まあ形にはなってきたねぇ。リベラとやり合ってたのが効いてると見た」


「皮肉……ですけどね……はぁ……ふぅ……」


「私の訓練に意地でもついてきているのは評価点ですね。だけどやはり、経験が足りない」


 数日に渡って訓練を見てきたアルバートが、厳しい現実を突きつける。隣で見ていたシルヴィアも無言でそれに同意した。


「最低限死なない程度になればいいだろ? 一緒に■■■もいるんだ。できねえことは頼みなよ、陛下?」


「それじゃ……だめなんです……迷惑、かけないようにしないと……」


 今となっては思い出せない、靄のかかったような思い出。どうして迷惑をかけたくなかったのか。そんなことは忘れてしまった。でも、この時確かにそう感じたことを彼はまだ覚えている。


「ったく……おいアルバート! なんとか言ってやりな!」


「……ふむ」


 アルバートはこれまでの訓練を思い出す。フィルの動きはリベラのそれをトレースしたもの。比べるべくもない劣化品だが、誰が見てもその模倣(コピー)だとわかるほどには完成している。


 そこに、成長の糸口を見出した。


「陛下。私の動きは模倣できますか?」


「ああ!? んなこと無理に決まって」


「どう……かな? ちょっとやってみる」


「はあ!? おい陛下、こいつのは奇跡(ギフト)ありきだぞ? 無理に真似たら体ぶっ壊れる!」


 シルヴィアの静止もお構いなしに、フィルは構えて、そして──


「ふー……どう? できてた?」


「驚きましたね……」


「……ああ」


 それを、再現してみせた。


「全然、私のとは違いましたけど」


 アルバートとは比較にならない、完全な劣化品として。


「ええ!? そっかぁ……」


「いや、それでいい。むしろ、そこが驚いた」


 体勢ははるかに高く速度も足りない。元の形など見る影もないずさんなもの。だが、相手の視線を切るという重要な核は残ったまま。


「陛下。これからの訓練を変えます。貴方は休んでいる時間、ひたすら隊長の動きを確認してください。ちょうどディエスさんが撮っていたビデオがある。誰がなんだかわからないお粗末な機械ですけれど、動きくらいはわかるでしょう」


「んで、訓練の時もだ。アタシらの技を必死で盗め。陛下、アンタは真似を極めろ」


 フィルにあったのは、技術を知り、その真髄を残したまま自分に最適な形へコンバートする技術。ずっと他人の煙という、見えないはずの核心に触れ続けたから花開いた、たった一つの才能。


「──はい」


 人の努力を掠め取るような形。嫌悪感がないわけではなかった。


 だがそんなプライドは捨ててしまえるほど、そこにいたはずの彼は大切だった。


 ──ああ、思い出した。彼は。



    ◇



「模倣魔剣」


 ──ボクの、初めての友。


「『英雄(ミツキ)』」


 放たれたのは炎の魔法。彼が思い出したのはミツキという少年が放つ、煌めきにも似た太陽の火。


 神の力は絶対だ。どんな思いだって、否応なく失われる。たまたま思い出すなどというそんな都合のいい奇跡、神は認めない。


 だが。



 ──そんな理を超えるからこそ、人はそれを奇跡と言うのだろう。



 思い出した名前は、放たれた炎とともに消えてしまった。しかし、代わりに一つ暴く。


「ばか、な……『黎明の火(プロメテウス)』……!? なんで、あなたが!!」


 炎によって気流が乱された。被害を食い止めるために魔法を行使した。そして最も大きかったのが、ありえないはずの奇跡を目にした。カイは、ありえざる夢幻の炎によって姿を白日の下にさらされてしまう。


「見つけた!!」


 現れた少年の下へと一目散に目指す。幸い距離はそう遠くない。再度隠れる隙を潰すため、飛空板で一気に距離をつめる。


「これ以上、僕の──」


 奇跡を見てしまったカイは揺らぐ。ここまでの強い想い。ミラの、母の力さえ突破したその姿。絶対だと思っていた順序が入れ替わる可能性。


「──心に、触るな!!」


 ──これ以上はまずい。共感してしまう。


 振り払うように矢を放ち、寸分違わず飛空板のエンジンを砕く。放り出されたフィルは転がってしまうが、受け身をとってすぐに立ち上がった。


「来るなよ!! もう、頼むから!!」


「模倣歩法」


 足を回し、体に鞭を打つ。その距離、五十メートル。


「『神童(アルバート)』!」


 アルバートの獣が如き歩法。それを自分の体に合わせてチューニングした技術。徐々に速度を増す矢をかわし、あと一歩まで近づいていく。


 決着は近い。その距離十メートル。


「くっ……」


 近づくにつれ速度の上がる矢。それをかわせるのは、ラグナの技を知っているから。直射の速度であれば彼はカイにも勝る。国の長としての経験が、実力差を埋めていく。


 しかし確実に、ダメージは蓄積し始める。五体満足を保っているのはひとえに、


「なんで……なんであなたたちは、そんな……」


 カイが、折れかかっているからだ。


 ぼろぼろになっても向かい続ける。実力差があっても立ち向かう。死ぬかもしれないのに、誰かのために。


 忘れてしまいたかった。そのほうが楽だった。天秤にかけるのも辛い二人を、彼は皿に乗せてしまった。そしてほんの僅かな傾きで、片方を捨ててしまった。


 フィルを見ていると思い出してしまう。あの時の彼を。この世界で二人目に、自分の命を救ってくれた人。


 そのせいで何もかも失った。これからまた、苦しい目に遭うかもしれない彼。そんな彼が、脳裏に焼き付いて離れない。


「消えろ……消えろ消えろ消えろ消えろぉ!!」


 許せないと思っていたリベラに、今になって共感してしまう。彼もこんな感情だったのか。カイの頭の中で、二人の存在が変わるがわる手を差し伸べてくる。


 消えてくれない。そんな奇跡持ってないのに、瞼の奥に残っている。地獄から救い出された雪の日も、絶望から掬い上げてくれた暗闇の日も。


「なんで……僕は……そんな……」


 点滅する光景。どちらを取るか。今更になって突きつけられる。とっくに選べたと思っていたのに。


「やっと──」


 気づけば、その距離はもう無い。もう、距離は意味を持たない。


「──届いた」


 弓を下ろしたカイは、目に涙を溜めて呆然と。


 抱きしめるように現れたフィルを、彼の放つ光と共に静かに受け入れた。

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