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一章 プロローグ 『のけもの』

 生まれた時から一人だった。


 周りと違う容姿。みんなと違う能力。何一つとして他と共有できるものがない。


 そんな自分でも、産んでくれた母はこう言って存在を肯定してくれた。


「あなたには、あなたにしかできないことがあるわ。きっと、それを成し遂げてくれるって私は信じてる」


 自分の役割を肯定してくれた。違う自分をそれで良いと肯定してくれた。そんな自分がきっと彼女のために何かできることがあるのだと信じさせてくれた。


 

 だから、殺した。


 弱い人間を殺した。強くても油断した人間を殺した。強くなって、強い人間を殺した。


 そうやってたくさん人を殺したら、母もたくさん褒めてくれたから。そんな母の顔が、どんなご馳走よりも好きだった。



 「あなたなら、私に負けないくらいすごい子になれる。私が保証してあげる」


 頑張って殺した次の日には、決まって私にこの言葉をかけてくれた。憧れている母になれる。それがたまらなく嬉しくて。




 強い人間を殺した。強い人間を殺した。強い人間を殺した。少しずつ少しずつ、殺す数が減っていった。


 弱い人間が怖くなった。優しい人間が怖くなった。笑顔の人間が怖くなった。


 それでも村を焼いた。街を滅ぼした。


 

 また母は喜んで、それでも、今までと比べてどこか面倒そうに。


「あなたなら、もっとできるって思ってるの。当然でしょう? 私の自慢の子なのだから」


 どうでも良さそうに。興味なさそうに。まるでおもちゃに飽きたこどものように。


「だからもっと見せてちょうだい? あなたにできることは、そんなものじゃないはずよね?」


 吐き捨てるように。つまらなそうに。心底、汚いものでも見るように。



 あの子を殺した。遊んでいた子を殺した。手を繋いでくれた子を殺した。手を差し伸べてくれた子を殺した。


 庇ってくれた人を殺した。怖がらないでいてくれた人を殺した。罪はないと優しくしてくれた人を殺した。


 自分の体じゃないみたいに。自分の感情じゃないみたいに。自分の人生じゃないみたいに。



「……あなたも、失敗だったみたい。そんな当たり前のこともわからないなんてだめね」


 母が言う。母と慕っていたものが言う。母と思っていたナニカが言う。


「そんなの当然のことなのにね、バカみたい。だって」


 ──ボクはこの世でボク一人。誰だって同じになんて成れやしない。



 もういいよ、とそれが言った。今まで聞いたことがないくらいの優しい声で。今まで浴びたことがないような優しい眼差しで。


 この世のものとは思えないほどの、子へのものとは思えないほどの。そんな暴力を浴びせながら。



 息も絶え絶え、今にも消えそうな体で一人で森に逃げ込んだ。誰も助けてなどくれない。


 だって助けてくれるはずの人は殺した。仲良くしてくれたはずのあの子は殺した。私の罪を許してくれるはずの彼も殺した。


 受け入れてくれた村は灰になった。歓迎してくれた街はガレキになった。



 獣の影が周囲に群がる。自らをエモノと見定めて。弱いモノと見下して。誰も助けてなどくれない。


 獣は人間に追い払われた。人間は自分を見て、獣じみた形相で、欲を滾らせて襲いかかってくる。誰も助けてなどくれない。


 

 それで良いと思った。仕方ないと思った。その方がいいと思った。


 生きていても、殺すことしかできない。そういうモノとして産み落とされた。それしかできないと育てられた。


 そのほうが世界のためになる。だから目を閉じて、その時を待った。



 永遠のような静寂。ああ、これが死なのかと、今まで自分がしてきたことに向き合った。


 怖かっただろう。恐ろしかっただろう。寂しかっただろう。辛かっただろう。


 無念、後悔、懺悔。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 私が悪かった。あなたたちは悪くなかった。私が代わりに死ねばよかった。


 

「そこで、何をしているのかな」


 鈴の音のような声がした。目を開けてみるとさっきまでいた男はどこかに消えていた。また殺してしまったのかと声を上げる。


「君は、とても優しい子なんだね」


 男には帰ってもらったと、その老人は言う。


「人には話すことができるから、言葉で、きっと伝わるものさ」


 牙を剥く私に物怖じもせず、たおやかな笑顔に翳りもなく。


「君も、きっとそうなれる。今までしてきたことを悔やむなら、消えない方がずっと良い」


 腕を噛む私に続ける。血を流しながらもその声は変わらず。優しく、でもこの世の誰よりも厳しく。


「生きなさい。殺した分まで。後悔の数だけ」


 腕から口を離す。口に残る血の味が吐き気を呼ぶ。目から流れ落ちる知らない何か。


 そんなものは与えられていないはずなのに。


 誰の目にも明らかなほどに。


 私は、悲しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。

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