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三章 二十六話 『閑話休題』

 リオンと議論を交わした翌日。ミツキは改めてノヴェルに隠し事をしていた謝罪のために研究室へと向かった。ちょうど彼女も講義の合間に、先日壊れた通信機の修理へと赴いていたところだった。


「すんません、ノヴェルさん。色々隠してて」

「ん? 別に気にしてないから大丈夫だよ? 久しぶりの課題みたいで少しわくわくしてたくらい」


 あっけらかんとそう答える彼女。ここ数日は息が詰まる生活をしていたため、いいガス抜きになったと捉えている。


「でもよく分かりましたね?」

「糸口がたくさんあったからね。地下鉄に驚かなかったり、この建物を見ても平然としてたり。あれ、わざとじゃなかったんだ?」

「辛辣ぅ……全部素なんですよねぇ……」

「あは。生きづらそうだね、君は……よし」


 おもむろに手を止めた彼女は、通信機をミツキへと手渡す。

 小さく見えるが、手に乗せるとずっしりとした重さが感じられる。トレーニング器具を持ったような重厚感。


「これ、一個渡しとく。これから必要になるかもしれないし」

「あざっす。でもいいんすか? これよそものに渡したら情報漏洩になるんじゃ?」

「大丈夫。もし解析しようとしたら自爆するから」

「ひっ!?」

「……冗談だよ?」


 冗談に聞こえない冗談を間に受け、うっかり地面に落としてしまう。重い鉄の音が響き渡り、研究に訪れていたワンダが所持していた球を同時に落とす。炎の魔法がこもっていたらしく、白衣の端に小さく黒い焦げができた。


「君の前世ではそういう機械が普通だったの?」

「いやあ……普通ではないっすけど、ドラマとかでよく見たんで」

「どらま……? それ知らないな。詳しく聞いてもいい?」


 この世界にない映像媒体。テレビについてミツキは概要を説明したが。


「うーん……ごめん、ちょっと想像もつかない」

「マジっすか。ノヴェルさんでもだめってなると、やっぱすげえ技術だったのな。わからないまま使ってたけど」

「君の前世はすごく発展してたみたいだね。私の同級生のよりもっと、かな」

「ってことは……?」

「そ。大学生だった頃、一人だけいたの。君と同じ『前世返り』」


 ミツキの素性を暴いた理由がわかった。彼女は前例を知っていたのだ。前世返りという例外の前例を。


「ぐんぐん知識つけてさ。悔しかったから、一杯勉強したよ。おかげで首席になれたし、今ではいい友達だったと思ってる」

「首席!? 一位じゃねえっすか! やっべえ!」

「自慢じゃないけどね。その四年後くらいに最盛世代って呼ばれる代があって、その年は首席も次席も格が違ったから。一人は神官に。もう一人は国家研究所に。本当は修士課程に呼びたかったけど、ダメだったみたい」


 大学院に優秀な人材を呼び込めなかったことを嘆くノヴェルだが、彼女は今のゼミ生に思い入れがある模様だった。ワンダに聞こえないよう、小声でミツキに耳打ちする。


「私さ、教授になれたのは上が集客を狙ったからなの。湖で神官の人も言ってたでしょ? 『美人で有名』って……やだ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた……」

「そうっすね。ノヴェルさん、むっちゃ若く見えるし、キレイっすもんね」

「もう……そんなことがあったから、一時期私の講義、それ目当てで来る子ばっかりになって。ムカついたから課題引くほど重くしたの。そしたらあっという間に激減。上司に怒られて大変だった」

「こっわ……なかなかロックっすね……」


 ノヴェルは自分を広告塔に据えられたことを恨んでいる。彼女は根っからの研究者。評価されるのならば研究でこそ。その気持ちをぶつけた結果、文句を言われようと構わない。やはりリオンの娘。彼のひたむきさを多分に受け継いでいる。


「それでも、って来てくれたのが今の三人。みんな、私の自慢なんだ」


 慈愛に満ちた優しい表情。機材と向き合っている時にも見せない、心からの感情が溢れる。


「まあ、それで研究費減らされたのは根に持ってるけどね。何よ、あの性悪総理……『その研究に意味はあるのか』、だって? 意味あるから研究してるに決まってるっての……『石頭のギーク』め……」

「あっはは……」


 対して、上司をはじめとした目上の人間に対しては恨み節が出るは出るは。学生には隠したい事情らしく、関係の薄いミツキに愚痴を吐けるのがよほど気持ちいいらしい。とめどなく積年の怒りが溢れてくる。傭兵の国(ガルディニア)で培った愚痴聴きスキルが彼女をさらに後押ししていた。


「おやおや! ノヴェルも教授らしくなってきたねえ! うんうん」


 結果、勝手に侵入してきた変質者の接近を許すことになってしまった。一瞬の硬直の後、激昂するノヴェル。


「っっ!! このくそ親父! また勝手に!」

「すみません教授! 僕がつい……」

「はっはっは! ダメじゃないかあ! 学生なんだから、ちょっとの失敗は許してあげたまえよ?」

「神学の話してる時はかっこよかったのになあ……」


 もちろん、リオンは暇を持て余してノヴェルをおちょくりに来たのではない。彼も忙しい身分。その合間を縫って、わざわざ訪れるほどの用事といえば。


「さてさて。そろそろ話すべきだと思ってね。皆に声は掛けたから、ひとまずノヴェルの部屋で先に始めておくとしようか!」

「なんで私の部屋で……いや、やっぱりいい」

「賢明だ! ぼくの研究室だと、用件が掃除の方法に変わってしまうからねえ!」

「自覚あるなら掃除しなさいよ……あの部屋、扉も開けたくないんだけど」

「行かなくてよかった……あっぶねえ……」


 無駄なやり取りをしている間、他の四人も集合したのはラッキーだった。それと引き換えに、ノヴェルの血管はいくつか犠牲になってしまったが。



    ◇



「さて! これからの話をする前に、まずはこの国の現状について整理する必要があるね!」

「はい! 今、なんか危ない宗教が集まってます!」

「素晴らしい、ゲルダ君! 花丸をあげようね!」


 カイと合流し、さらには自分の知識が十分に発揮できる環境にいることでゲルダの元気は百倍に。やかましい×(かける)やかましいで喧騒が広がっていく。


「冗談はさておき、湖で戦った魔獣の件もあります。国中、完全に安心できる場所はないのかもしれませんね」

「こちらも同じくです。ネツァクに蔓延っていた機械。そして、ケセド山頂での接敵。国内の移動にも用心しなければ」

「よろしい! 君たちにも花丸を」

「いらないです」

「いりません」


 せっかく智将二人が戻した話の筋が、また脱線するところだった。突っぱねられたリオンはやむなく話を先に進める。


「この状況、国は前々から把握していたらしくてね。一つ通達が出ていたんだ」


 傭兵の国にメーデーを出していたことからも、政府の反応が迅速であったことが窺える。国はあらかじめ、いくつかの策を講じていた。


「『今月の報告会を始め、街から街への移動の際は、可能な限り戦闘能力のある人間を同行させよ』。強制じゃなくって勧告だけどね」

「強制すると人権に関わりますもんね。できるだけ避けたいわけだ」

「さすがガルディニア殿下……ではなくて、今は陛下でしたかな?」

「……え、嘘? 君……王族だったの!?」


 何も知らされていないのはノヴェルだけ。ミツキという分かりやすい存在がミスディレクションとなって、フィルの素性を隠してしまったようだ。


「あ、はい。でも畏まらないでいただけると」

「このばか親父! そんな大切なことはちゃんと言ってよ! 大恥かいたじゃない!」

「いやいや、これは分かるだろうと思ったのだがね。傭兵の国を背負った一人。騎士団にしては若く、かつ体格も優れていない。筋肉量も、訓練をしているにしては少ない。導き出すには十分だろう?」

「っ……それは」


 さすがに年季が違う。フィルの外見と表向きの素性だけで十分わかると豪語する。ノヴェルも、何一つ言い返せないまま口を閉じた。


「おっと、話が逸れてしまったね。要はこういうことさ! 君たちを呼んだのは」



『あれなら頼りにしても大丈夫そう』



 ティファレトでノヴェルがつぶやいた言葉。一人それを思い出した少年が、珍しくも結論に辿り着く。


「──二人の、護衛っすね」


「よろしい。花丸だ」

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