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三章 二十五話 『主題:神とは何者なりや』

「リオンさん、俺のことノヴェルさんにどこまで話したんすか?」


 夜、宿までの道中でリオンに尋ねる。先日と打って変わって濃紺のスーツに身を包んだ彼は、印象が全く変わっていた。しかし髪は整わず荒れ放題。無頓着なのだろう。その荒れ具合だけがかろうじて昨日見た変人のイメージと一致する。ノヴェルと同じ髪色で、こうも印象が変わるものか。


 リオン自身はアダンから概要は聞いているらしく、身の上については共有の手間が省けている。


「いやいや、全くだとも! しかしそうか、あの子にはすっかりバレてしまったか!」


 前世返りを看破したのはノヴェル単独の考察によるもの。もちろんミツキの腋が甘いのはそうなのだが、少ない情報から推論を導く手腕には舌を巻く。


「もっとも、それだけであれば問題はないともさ! この世界でも珍しいが、いないではないからね!」

「そっすね。とりあえず明日またちゃんと説明しないと」


 あのあとノヴェルは、ミツキの反応で満足したのかすぐに別れの挨拶をして締め括った。詳しい弁明はまだできておらず、よくしてもらったのに隠していたのを謝ることもままならなかった。


「それなんだがね、明日あの子は講義が入っていて忙しいらしい。君たちの相手はできないみたいだよ」

「あちゃー。それなら仕方ないっすねえ……まあいっか。レアさんの研究にまたお邪魔させてもらお」

「ふむ。君がそのほうがいいなら止めないけど」

「どうしました? なんか用事っすか?」


 よくよく考えれば、今回の用件についてまだ詳しく聞いていない。それがらみで時間を使う必要があるのかとミツキは思案した。

 しかしリオンは自由奔放。それよりも勝ることがある。心のうちから湧き上がる衝動に、決して嘘をつくことができない。君が良ければ、と前置きをした上でミツキに一つ依頼をする。


「少し、ぼくの研究にも付き合ってくれないかな?」



    ◇



 翌日、午前九時。


 ミツキが足を運んだのは第三棟。文系の学科が集合する地区であり、神学者であるリオンの拠点が存在するのもここである。とはいえ、彼は不在のことが多く拠点というのも憚られるのだが。


「やあやあ。朝早くからすまないね。ぼくも午後から講義が入っていて、午前中しか使えないみたいだ!」


 まるで他人事のように自分の仕事を語る。手を抜いていることはないだろうが、彼にとって教育は副業でしかない。あくまでメインは研究。だからこそ、与えられた機会に目を輝かせている。


「空き教室があったはずだから、そこで話そう! 人払いもしておくから安心してくれたまえ!」

「教室っすか? リオンさんの研究室は?」

「構わないが、立ちっぱなしは疲れないかい?」

「あー……そう、っすね……」


 つまり、彼の研究室には座るスペースもないのだろう。どんな散らかり方をしているのか逆に気になったが、想像の段階で恐ろしくなったので心の内に留めておく。


 リオンは手ぶらではなく、キャリーバックのような鞄を持って動いていた。これもまた、研究室の状態が起因しているのか。最低限必要な物資だけ救出して持ち歩いているのだろうか。それは彼自身か、神のみぞ知るところである。


「ところでミツキ君。今回、ぼくが君たちを迎えるに当たって、アダン教授が差し出した交換条件は知っているかな?」

「え!? 初耳なんですけど!?」


 心底驚く情報だった。アダンからは利害の一致があると聞かされていたため、彼が何か交換条件を差し出したなど思いもよらない。珍しく、アダンの気遣いに胸が震えた。


「そうかそうか! やはりあの人は変わらないなあ! はっは!!」


 細いシルエットに釣り合わない豪気な笑い。変わり者同士、仲が良かったのか。リオンは、彼のことをよく知っているらしい。


「それで、先生は何と交換したんすか? 珍しいスパイス? いや、もしかして部屋に飾ってたあの花とか?」


 アダンの部屋にあった物品から、価値のありそうなものをピックアップする。自分には価値がわからないものばかりだったが、教授の間ともなれば──


「君だよ」

「へ?」

「交換条件は、君を好きに使っていいというものさ! はっはっは! あの人は相変わらず人が悪いなあ!!」


 知らず知らずのうちに自分の身を賭けのチップにされるのは二度目だが、今回、流石のミツキも呆れてため息しかつけなかった。




「さて、席についてくれたまえ! 早速、始めていこうじゃないか!」


 地下鉄の駅から徒歩数分。しゃべっている内に気づけば到着していたビルの三階。広さに反してがらんとした教室の最前列にミツキは座る。一定の間隔で設置された長机の数々は、高校までの授業しか知らない彼には新鮮に映る。

 対してリオンは教壇に上がる。すると、ブラックボードにチョークで文字を書き始めた。大きく一文字だけ、「神」、と。


「『神』。ぼくが扱う分野は、その存在を解き明かすことを主題としている」


 この世界で覚醒し、最初に学んだことだった。アダンの口から聞かされたのは、この世界が、事実として神によってつくられ、今なおそれらによって運営されているという話。荒唐無稽に思えたのは、ミツキが比較的宗教観に薄い日本で生まれたからだろう。


「聞くところによると、君の前世にも神はいたと言う。どうかな? 何か思うことはあるかい?」

「うーん、と……俺のいた……世界? は、神様っているいないじゃなくて、信じる信じないの対象でした」

「ほうほう。実在が曖昧だったというわけだね! 実に興味深い!」


 曖昧どころの話ではなかっただろう。神とはすなわち、概念であった。理解不能、説明不能の現象を、その存在に押しつけることで理解できるものにする。おおよその役割はそこにあった。

 神のやることだから仕方ない。人よりもずっと上の存在、理解できなくとも不思議でない。神話に登場する神々が、たびたび人に対し横暴を働くのもこれが背景にあるからではないかとミツキは考えていた。

 ちなみにミツキは神話をある程度嗜んでいる。弟が厨二病を先に発症したため表には出なかったが、一時期読み耽っていた。彼の扱う大魔法に、神話のワードが登場するのはそれゆえである。


「反対に、我々の世界……ふむ、こう表現するのはなんとも不思議なものだね! 知らなかった!」


 異なる世界の知覚。普通に生きていればあり得ない機会。リオンであってもその感覚は不可思議なものであり、新たな知に胸を躍らせる。


「おっと。我々の世界における神々。それは明確な存在だ。五柱、確実に存在している」

「それ、不思議なんすよね。どうやって分かったんすか?」

「まさしくこの国の存在だろうね。信託が今なお下される。一人二人が聞いただけであれば幻聴といえただろうが、この数百年、人が変わろうとも声の途絶えたためしはない。マリアル様は言わずもがなだろう? ダアト様も、魔獣が存在を証明している。残り二柱は……まあ後は推論だね! 正直言うと資料が少なくて参ってる!」


 長い時間を研究に費やしても、その存在は未だ不明瞭。とはいえ、今回の議題はそこではない。求めたのは、彼の研究テーマに沿った理解。


「そこでぼくは考えた! この世界を作ったのが神であれば、世界の有様から神の存在を逆算することができるのではないか? ってね。各地を飛び回って、調べたよ。その内に、一つ、疑問が生まれた」


 少しずつ、リオンのテンションが変わっていく。声のトーンは低く、声量も小さく。だが、興奮は冷めやらぬ。


「神と人、一体何が違うのだろう?」

「え? そりゃあ『できること』とか、じゃないっすか? 神様は全知全能、とか言われますし」

「そうだろうとも。では、反対に考えよう。もし──」


 全知全能。神のみぞ知る。人の理解を超えるから神たり得る。ならば。


「──人が、神と同じ力を手にすれば、それは人なのか、神なのか。どっちなんだろうね?」


 ミツキの知る神話においても、功績を上げた人間が、神の座に押し上げられる話も存在した。例えばヘラクレス。十二の試練を乗り越えた彼は、死後神の座に迎えられた。


「……やっぱり、神様じゃないっすか?」

「そう。ぼくもそう思う。だから、ぼくはこう結論づけた」


 こうして、リオンの主題は決定された。彼が求めたのは神の在処。どのようにして生まれたのか。神とは、一体何者なりや。


「──神は全て、人間だった。これこそがぼくの人生を賭けて証明すべき主題だよ」


 絶句した。前世であっても、特定の宗教で神の御業を人の理解できる範疇に貶めた場合、大きな反感を受けることがあった。


 ならば、ほとんどの人間が五神を信仰するこの世界では?


「……それ、世間だと」

「ああ! もちろんひたすら罵倒されたよ! すっかり忘れちゃったけどねえ!!」


 石を投げられ唾を吐きかけられ、それでも必死に自分が掲げた問いの答えを探す。

 正誤に関わらず、それができる人間はどれほどいるだろう。ミツキには、途端に目の前の男が大きく見え始めた。


「で、君に聞きたかったワケさ! この世界の常識に染まっていない君にこそ、見える何かがあるかもってね!」

「……俺は、結構アリじゃないかなって思いますよ。でも、そうなるとネックなのが創人神で」

「おお! そうだね! 卵が先か鶏が先か、だ! ぼくの仮説としてはだけど……」


 意見を交わす二人。リオンはいつもテンションが高いからわかりづらいが、またとない機会に心なしか楽しそうで。

 二人の会話は時間を忘れたように積み重なって。



    ◇



「教授!! 講義の時間ですよ!!」


 昼過ぎ、講義に現れないリオンを探しに訪れた学生が声を上げるまで、止まることなく続いていた。

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