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二.五章 一話 『後始末』

 傭兵の国(ガルディニア)。その一画たる貴族区十二番地において。


「よお! アタシがいない間にドえらいことになってんじゃねえか!」


 此度の戦闘、その後始末をめぐる戦い。


「帰ってきて開口一番にそれですか、シルヴィアさん」


「あったりまえ! リベラの野郎、()()()()にゾッコンみたいなふりしてこれかい? 喰えないねえ」


 それが幕を開けようとしていた。



 遠征に出ていた部隊の内、二番隊の隊長が帰還したことで会議の招集を決定。差し当たって戦犯の隊長たち、とりわけリベラの処遇をめぐって議論が交わされることとなった。


「あの……俺らほんとにいていいんですか?」


 元来隊長しか着くことのできない席。そこに、ミツキたちも招集されている。


「当然です。貴方たちは今回の動乱を間近で見たんだ。意見を交わす権利があるはずでしょう?」


 アルバートの言う通り、ミツキたちの視点から情報を整理することも今回は重要な事項となる。反乱の首謀者や主要人物が傭兵の国騎士団の人物である以上、身内だけで判断することは偏った処遇を導きかねない。


「アンタか。リベラ倒した『エイユウ』様ってのは」


 伸び放題で整っていない金髪に、茶色の瞳の輝く精悍な顔つき。逞しい長身に、騎士団揃いの隊服ではなく重厚な鎧を纏った女性、二番隊隊長シルヴィア。アルバートの隣に座った彼女は、値踏みをするようにミツキを見る。頬杖をついて細目で舐め回すような視線を飛ばしている彼女。そのどこかぞんざいな態度とは裏腹に、視線だけは確実にミツキを捉え続ける。目の奥に残る光が、今もミツキを照らして離れない。


「えっ、と……初めまして、ミツキ、です」


「ああ、そうだな。まずはそれだ! ふぅん、悪くないねえ……ただちょっとばかり、信頼するには穴が多すぎる」


「──貴女と言う人は、相変わらず行儀が悪い」


 アルバートは何かに気づいたように頭を抱える。それを見たシルヴィアは体勢も変えずに小さく笑った。


「アタシに会わせるってのは()()()()()()だと思ってたんだがねえ? 総隊長どの?」


「まだ、ですよ、シルヴィア隊長。騎士団の再編は今回の議題が解決してからです」


 会議机の奥、座っていた彼へと一斉に視線が集まる。彼女と比較して一層小さく見える体。それからは想像できないほどの精悍さに満ち満ちた雰囲気。


「──はっ。多少は見れるようになったじゃねえか、『坊ちゃん』」


「ありがとうございます。では、会議を始めましょう」


 この国が支える王、フィルが、集った人々を本題へと導いた。




「早急に決めなければならないのは、隊長各位、戦犯の彼等についての処遇です」

「んなもん今さら! 国に対する叛逆、死刑以外にあるのかい?」


 食い気味に意見をぶつけたのはシルヴィア。雑な発言のように思えるが、彼女の意見は至極真っ当な物である。


 国王に対する叛逆。国民の煽動。騎士団の指揮権、その濫用。資材もろもろの無断使用。さらには交通インフラに関しても重大な損害が生じている。一つだけでも重い罪科を免れ得ないもの、それがいくつも積み重なっているのだ。


「しかし」

「ジェレンさん、は……少し優しくしてあげたほうがいい、かも」


 口を挟もうとしたアルバートに先んじて、ミツキの隣にいたゲルダが声を上げる。


「……理由は?」

「……ぅ……ぇ、っと……」


 シルヴィアはゲルダにも容赦なく、変わらぬ調子で疑問を投げる。彼女に悪気は一切ないのだが、その事実がかえってゲルダの恐怖心を煽ってしまう。


「あー、それはっすね」

「アンタじゃねえ、座ってろ。アタシが聞いてんのはそこの嬢ちゃんに、だ」


 堪らず立ち上がったミツキだが、シルヴィアはゲルダを見つめたままそれを静止する。当然、ミツキの意図は彼女にもわかっている。彼女の「眼」は、ゲルダの恐怖、その本質をすでに捉えている。だが、いや、だからこそ。彼女はその手を緩めない。


「はぁ……ふぅ……」


 ゲルダは一度目を閉じ、深呼吸をして切り替える。ここは団欒の場ではない。ある種、戦いの場と言い換えてもいい。それならば仮面をはずそう。彼女はスイッチを切り替える。その場にふさわしい自分になるために。


「──ジェレンさんは、反乱の制圧に力、貸してくれたから。もちろん罠仕掛けてたりするから無罪は無理でも、減刑するだけの働きはあったはずだよ」

「──なるほど、それなら納得だ」


 顕となったゲルダの本質。それを確認できたシルヴィアは満足そうに笑って引き下がる。眉一つ動かさない面持ちから、歯を見せてにっこりと笑う表情に。山の天気を思わせる姿に、人は目を離せない。


「私も、ジェレンさんの処遇はしばらくの禁錮で十分かと。何より彼の能力は今の騎士団には垂涎です。少ない騎士、その一人頭の戦力を向上できる。それを遊ばせておくのは失策でしょう」


 アルバートは実用の観点からゲルダの意見を補強する。人材不足が甚だしい現状、国の側に寝返ったため再犯の恐れが小さいと考えられるジェレンは、戦力として計上すべきだと告げる。それに、誰も異議は無いようだった。


()()()()()がいりゃあ無視できただろうが、今あの子は鉄の国にどっぷりだ。帰ってもしばらく機械弄りだろうからね。だけど逆に言えば、ヴェントとラグナには減刑の理由はねえってことだね?」

「それは違うっしょ。特にヴェントちゃん。あの子はリベラさんに言われるがままって感じだ。自分の意思能力なんて微塵もない。言っちゃえばあの人の道具みたいなもんだったでしょうよ」


 意外にも、ミレットはヴェントの減刑を提案する。彼もフィルに心酔するもの。似た立場の彼女がどういう心情だったか、よく理解できるのだろう。それを踏まえて、なるべく理屈をつけて庇おうとする。


「そりゃ無理筋だろ、ミレット。あの子の歳、隊長って立場。諸々考慮したら自分の意思が無いなんて言えねえよ」

「だったら、こういうのはどうでしょう?」


 シルヴィアの反対意見に対し、しばらく傾聴に耽っていたカイが口を開いた。


「彼女はどうやら、革命成功時の捨て駒にされる予定だったようです。リベラさんにいいように使われた、と言うのは?」

「ヴェントがそれを知らなかったってことか? 確かに動機に食い違いがあったとは言える。だがそこまでだね。自分の意思で加担したって部分に違いはないだろうさ」


「……そうか。それは、彼女の道具性を補強する事実、ですね」


 カイの意図に気づいたのはアルバート一人。


「はい。彼女はそれを聞かされていたようです。その上で自分一人がひたすらに不利益を被る提案を飲んだ。彼女はその利益衡量すらできないほどの精神状態だったのでは?」


 ヴェントの擁護のために通す理屈はあくまで本人に決定できるほどの意思があったか、と言う部分。シルヴィアが否定したそこを、カイは自分達の知る事実で補強した。


「……まあ悪くは無いねぇ。ガキの癖になかなかやるじゃないか」


 先ほどまでと違いシルヴィアの表情から笑顔は消えている。予想外の方向から意見を崩されたことに多少の腹立たしさが残るようだ。


「となると、だ。リベラは責任を免れねえよな?」


 彼女の口撃、その矛先が逸れる。向かったのは此度の首謀者。その場にいた誰もが、庇うことができないと判断したリベラの話。


「それは……」

「それはどうでしょうか、シルヴィア隊長」


 誰もが反論を諦めていた状況。と言うよりも、それが当然と受け入れていた話。しかし、一人が一石を投じる。他でもない、被害者であるフィル自身が。


「リベラを死刑に処することは妥当でしょう。ただ、国の長という立場から言わせて貰えば、それはあまりにも愚かな行為だ」

「──続けな」


 これまで通してきた順法の流れが変わる。話の論点がすり替わる。気づきながらも、シルヴィアはそれを見逃していた。


「彼の国家戦力に対する恩恵は我々の想像以上です。とりわけ、竜すら単身で滅ぼせるという部分。これが他国に対し強い牽制となっていたことは理解していますか? リベラの不在が明らかになれば、他国との外交で不利を強いられることは必至です」


 フィルが言及するのはリベラの戦力的価値。彼を殺すことが、国家にどれだけの損害を与えるかと言う部分。

 それはこれまでに隊長の罪科を庇い立てていた理由。疲弊した国の戦力を、万が一に備えて保存しておくため。


「だから懲役に止めるべき、ってか? 殺したことがバレるってんならそれもすぐ他所にバレるだろ? 同じことだ」

「そうでしょうか? 身柄の拘束だけであれば、戦力を保持していることに変わりはない。万が一には解き放てる訳ですから。零と一ほど大きな差はありませんよ」

「……アイツを生かす利点は分かった。だが理屈が足りねえ通らねえ。今アタシらに向けられている不信を考えれば、利だけじゃなく理が不可欠だろ?」


 かと言ってシルヴィアが国のことを無視しているかといえばそうではない。彼女が示すのは、別の観点から見た国の保全。


 騎士団、その中でも最高の人気を誇っていたリベラの謀反。人気は翻って不審を生む。平民は現在、騎士団に対し信頼の根拠を失ってしまっている。それ故に、シルヴィアは徹底的に理屈を重んじる。彼女はあくまで国を、民を、守ることが肝要だと考えているからだ。


「減刑に足るだけの理屈は」

「これまでの功績。それと相殺する、というのはいかがでしょうか」


 それに応えるようにフィルは提案する。彼も志は同じ。同じように民を守ることが第一だと考えている。そこに私情は一切ない。ただただ、リベラを生かすことが最もそれに資すると考えただけのこと。


「リベラのこの国に対する貢献を過去未来問わずに数値化し、それと今回の件を相殺する。懲役換算で私なりに概算してみたところ、150年程度が妥当と見ています。将来の活躍、いえ、利用も考慮しているので、一種の司法取引ですね。いかがでしょうか?」


「──へえ。見ねえ内に立派になったじゃないか、『陛下』。アタシはいいよ。説明できるってんなら生かした方が当然得だろうよ」


 ついていた頬杖を解き胸の前で腕を組んでいたシルヴィアは、思わず感心し息を飲む。彼の提案がどういう意味を持つのか、それを理解しながら。


「──なるほど。では、他隊長についても同様に検討致しましょうか」


 リベラだけ特例、と言うわけにはいかない。彼に通した理屈であれば、他隊長にも適応するのが道理である。このままでは厳刑が免れ得なかったラグナも、実質無期懲役ではあるだろうが、懲役にとどまることになるだろう。そして、他の隊長についても。フィルは、他者の言及なくして国の利益を保ったまま、理を通す準備をしてきていたのだ。先王の死に泣くばかりだった彼。その姿しか知らないシルヴィアは、成長ぶりに感嘆する。


「男子三日会わざれば、ってか。はっ、親父殿にも見せてやりたかったねえ」


 これにて今回の議題は解決。少ない隊長で臨時に開催した目的はひとまず達成された。




「……俺、今回何もしてねえ……」

「大丈夫ですよ、ミツキさん。貴方にそういう働きは期待していないので」


 一人議論において行かれたミツキだけは、自分の不甲斐なさに落胆していたのだが。

 フィルがその存在をひそかに支えとしていたことは、本人も含めて誰も知る由もない。






今回の話ではないのですが、前から入れようと思ってたものがあまり文量なかったので序章プロローグの冒頭に足しています。よろしければ時間のある時に見返してみてください。

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