序章 プロローグ 『失くしもの』
一人の少年がいる。名前はミツキ。それ以外、何もかも分からない。彼自身、分かっていない。
彼は一度死んだはずだった。十七歳という若さで、命も全て失った。だが、彼は今も生きている。
彼は迷子だった。転生したのに今の世界のことを知らない。それどころか、十七になるまでの記憶が全くない。正真正銘、世界でひとりぼっち。
しかし彼には力が与えられていた。前世とは違い、世界で一番になれる力。それで人と繋がり、彼は迷子ではなくなった。場所を、手に入れた。
その力を使って、彼は魔獣に苛まれていた兄妹を救った。暗闇が覆う地下の世界から、薄い明かりの覗く地上へと戻ってきた三人。彼らを出迎えたのは、予想だにしない相手だった。
「危ない!!」
ミツキは叫ぶ。それは鉄の身体を持つ、多足の蜘蛛。ガラスのような針を手に、三人の体を狙って飛びかかる。
ミツキは突然の襲撃に、思わず後ろの二人を庇う。フリーズした二人は転がったが無傷。少年はまたしても、二人の命を救うことができた。
──だがその代わりに、彼の胸はガラスの棘で貫かれる。
「っく、そ……があっ!」
激しい痛み。気絶しそうな光景。でも、それは大したことじゃない。
直前まで戦っていた魔獣はもっと恐ろしかった。死の寸前まで追い詰められた。それを思えば、痛みの内にも入らない。
傷は治せる。荒療治になるが、傷口を魔力の熱で焼けばいい。効率もあったものじゃないが、彼に限ってはその常識もなりをひそめる。
何故なら、その身には無限の魔力が──
「──は?」
──あった。確かにあったのだ。一生かけても使いきれない力が、その身には流れていたはずなのに。
「なんだよ……それ……」
それだけじゃない。空間を越えて移動する力も。人の心を思うがままに塗り替える力も。
原初の魔力を全て掌握することも。魔力と魔力を混ぜ合わせ、全ての色を創ることも。
なんだってできた。誰だって倒せた。誰だって救えた。
──何者にだって、なれたのに。
「やめろ」
才能がなかった前世とは違う。何も残せなかった自分とは違う。後悔したままだった、あの最期とは絶対に違う。
違った、はずだった。
「こんなの」
欠けていく。欠けるはずのない魔力が、無限だったはずの力が、ゆっくり、でも確実に溢れていく。
欠けてしまった。失くしてしまった。絶対だと思っていた奇跡が、ほんの一瞬で。
「あんまりだろ……!」
──透明の棘の中に、五つの光が燦然と輝く。程なくしてその檻は壊れ、遠く彼方へと、全ての光は消えていった。
少年には、それを見つめることしかできない。
人を救ったはずの彼。彼が報酬の代わりに手に入れたものは、最期に味わったものよりも深い喪失感。
──彼は再び、喪失者となった。
◇
ぽつり、一人、人が生まれた。
それが視たのは人間たち。数多分かれる彼らの生を、再現しようと試みた。二人ぼっちのそれらから、ぽつりぽつりと再生された。
重なって一人、人が現れた。
それが識ったのは可能性。人が切り拓く世界の姿。真暗な世界に輪郭を。形無き世界に断片を。重ねてそこに再現した。
遅れて一人、人が続いた。
それが想ったのは明るい未来。人が織りなす様々な色。人に力を与えましょう。人に幸せをあげましょう。時遅くとも人は続けて想う。
疎まれて一人、人が堕ちた。
それが願ったのは終着点。曖昧な死に命を与え、死はとうとう矛盾した。どれだけ遠ざけてもやって来る。疎くとも人はやがて堕ちる。
最後に一人、人が祈った。
それが繋ぐは命の輪廻。報われない彼らにせめての報いを。善には善で、悪には悪で。応報はここに形を結ぶ。故に人は最後まで祈る。
これはずっと前のこと。今より少し過去の話。
神と呼ばれた彼らの造る、世界ができるまでの話。
綴られたのは先のこと。今から少し未来の話。
やがて英雄となる彼の生きる、神造世界を巡る話。
これは、そんな彼の始まりの物語。
物語は、彼が全てを失ったところから始まる。
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