次女
あら、やっと目が覚めたのね。気分は如何かしら?ずいぶん長い間気を失っていたけれど、身体は大丈夫?
まぁ、貴女って失礼な人ね。命の恩人を化け物呼ばわりするなんて。仰る通り私達は人魚よ。人魚だからこそ、溺れて沈み掛けていた貴女を助けてあげられたのに。余計なことだったかしら。
まあね、私達も親切で貴女を助けた訳じゃないから、お礼を言われても困るけど。だって貴女、ドレスも宝石もゴテゴテと飾り付け過ぎなのよ。重過ぎて運ぶの大変だったんだから。
だけど、そんな物を身に着けて海で溺死でもされたら、私達の美しい海が汚れるじゃない。ちょっとしたゴミ拾いよ、ただでさえ薄汚い女に海を汚染されたら堪らないもの。
何よ、本当の事じゃないの。私達の妹から王子様を奪った張本人のくせに。覚えているでしょう?口がきけず脚も不自由だった、あの少女よ。貴女と結婚した王子様が、いつも抱えて連れ歩いていた美少女。あの子が私達の妹よ。
信じられないのも無理はないけど、あの子は本当は人魚なの。王子様に恋して、王子様に愛されたくて、海の魔女に人間の姿に変えてもらったの。美しい声と引き換えにね。
騙したなんて人聞きの悪い。王子様があの子を愛してくれさえすれば、あの子は本物の人間になれたのよ。それに貴女だって王子様を騙しているじゃないの、自分こそが王子様の命の恩人だって嘘をついて。
溺れていた王子様を助けたのはあの子、私達の妹よ。なのに貴女は妹の手柄を横取りした。海中から王子様を引き上げて浜辺まで運んだのはあの子なのに。
え、自分だって王子様を介抱した?それが何?貴女は下男に指図して王子様を運ばせたり、侍女が用意した手巾を王子様の額に乗せたりしただけでしょう?その程度で命の恩人を名乗るなんて笑わせるわ。
だいたい貴女、王子様の言っている恩人が自分じゃないって分かってたでしょ。あの王子様、海中でのことも薄っすら覚えていて、いつも話していたわよね。貴女にも、泳ぎが得意なのか尋ねていたわよね。知ってるわよ、その場にいた妹が教えてくれたもの。口がきけなくても、人魚同士なら伝える方法はあるのよ。
貴女は王子様の恩人が、泳ぐのがとても得意だと知っていた。でも貴女、まるで泳げないみたいじゃない。さっきも無様に沈んでいたし、カナヅチなんでしょ?
なのに貴女は王子様の勘違いを正そうともしなかった。それどころか王子様の恩人の振りをして、縁談まで持ち込んで。ずいぶん上手くやったわよね。でも、それも今日までよ。
今頃私達の姉妹が、王子様に真実を教えているわ。本物の命の恩人が誰だったか知って、王子様はどう思うでしょうね。後悔するかしら、やり直したいと願うかしら。それとも、騙されたと責任転嫁して、貴女を責めるかしら。
最後のは有り得ない?そうかしら?元々王子様は、あの子を気に入っていたもの。貴女も感じていたでしょう?王子様があの子に向ける視線に、あの子に優しく触れる手に、不安を感じていたでしょう?可哀想な子だから世話をしているなんて、そんな言い訳信じていなかったでしょう?
可哀想な子なんて世の中に幾らでも居るわ。それなのにあの子だけを側に置いていたのは、あの子がとても美しい娘だったからだと、貴女もそう思うわよね?
貴女の勘は正しいわ。王子様はあの子を愛でていた。貴女と婚約した後も連れ歩いていたのは、手放すのが惜しかったからかしら。泡になって消えていなければ、あの子は王子様の側室になっていたかもね。ええ、あの子は死んでしまったの。王子様と貴女のせいで。
人魚は本来は300年生きるけど、あの子は海の魔女に人間にしてもらったから、少し特殊だったの。王子様に愛されなければ、あの子は海の泡になって消えてしまう運命だった。それを阻止したくて、私達は海の魔女に短剣を貰ってあの子に渡した。でもあの子は使えなかった。王子様を海の魔女の短剣で刺し殺せば、元の人魚に戻れたのに。
王子様はどう思うかしらね。恋人だった少女が死んだのは自分のせいだと、正面から受け止められるかしら。たぶん無理でしょうね。あの王子様は、自分の都合が良いようにしか、物事を考えられそうにないわよね。きっと非難の矛先は貴女に向かう。そう思わない?
まぁ、貴女達はもう夫婦ですもの、お互いよく話し合うと良いわ。時間はたっぷりあるものね、時間だけは。
ここは小さな島だから、王子様とは直ぐに合流出来るはずよ。お城に戻ったら、二人共忙しいんでしょう?今のうちに夫婦水入らずで過ごしておけば?雨降って地固まることになるかもしれないし。
ああ、噂をすれば。男性の声がするわね。貴女の王子様が呼んでるんじゃない?如何したのよ、私達はそろそろ失礼するから、早く行けば?
そうそう、王子様と喧嘩別れになっても、間違っても海に身を投げようなんて思わないでね。またゴミ拾いなんて御免だから。