三女と四女
「ねぇ、一番目のお姉様は如何してあの王子を助けたの?あの子が泡になって消えてしまったのは、あの王子のせいなのに」
すぐ下の妹に聞かれて、私はうんざりした。何度も説明したはずなのに、この子はまるで理解していなかったらしい。私とたった一歳しか違わないのに、いつまで経っても子どもっぽいこの妹は、泡になって消えた末の妹と性格が似ている。あの子も人の話をあまり聞かないところがあった。
「だから、お姉様が仰っていたでしょう?王子を生かしたあの子の遺志を尊重するって」
「あの子を殺した仇なのに?」
「そうよ。仇だとしても、あの子が愛した王子だもの。自分の命と天秤にかけても王子を選んだ、あの子の思いを尊重したの」
船から落ちて海底に沈もうとしていた王子を発見した時、私はざまあみろと思ってしまった。末の妹が助けなければ、王子はとっくに死んでいたのだ。それなのに、妹を蔑ろにして他の女を妃にした王子。溺れ死ぬのは当然の報いだと思った。
だけど、意識を失い沈んでゆく王子を、一番目のお姉様は救いあげた。反対する姉妹達を諭し、王子を浜辺まで運んでやった。一番目のお姉様は立派な人魚だ。
「でも、一番目のお姉様は、あの王子のことが嫌いよね」
「当たり前じゃないの。私もあの王子は嫌いだわ。貴女だって嫌いでしょう?」
「ええ、大嫌いよ。だから王子を助けようなんて思わなかった。でも一番目のお姉様は、王子を助けたのよね。如何してかしら」
「だから……!」
私はまた説明するのも馬鹿らしくて、わざとらしく溜め息をついてみせた。如何してこう物分かりが悪いのか。付き合うのもいい加減面倒くさくなってくる。
でも、この子が納得いかないのも仕方がないとも言える。この子は私達姉妹の中で、末の妹と一番仲が良かった。末の妹を助けたくて、海の魔女に方法を聞きに行ったのもこの子だ。私達全員に頭を下げて、大切な髪の毛を魔女に渡して欲しいと願ったのも。
だけど、そうまでして手に入れた短剣を、末の妹は使わなかった。人魚に戻るための短剣は、海に投げ捨てられた。
「お姉様は、王子を助けたのよね」
「そうよ」
「だったら如何して、あの浜辺に運んだの?」
「王子は人間なんだから、海中では生きられないでしょ」
この子ってこんなに頭が悪かったかしら。呆れが声にも顔にも出てしまっていたけれど、妹はそれにすら気がつかないのか、真剣な表情で私に問い掛ける。
「ええ、人間は海の中では呼吸も出来ないのよね。だから長時間泳ぐことも出来ない。なのにお姉様は如何して、あんな島の浜辺に王子を運んだのかしら」
「だから──」
同じ説明を繰り返しかけた私だったが、妹の視線の鋭さに言葉を飲み込んだ。そして、違和感に気づく。
そうだ、如何してあんな島の浜辺に、お姉様は王子を運んだの?
あの島は陸地からはそう遠くない。だから近くを船が通ることは稀にある。現に王子が乗っていた船も、あの島の近くを通っていた時に嵐に見舞われた。だから溺れていた王子を、最も近場の浜辺に運んだ──それが事実だ、だけど。
あの島の周囲は潮流が複雑で、近くを船が通ることはあっても、島に船がやって来ることは無い。人も住んでいないので、わざわざ危険を冒して何もない島に来る者など居ないのだ。それどころか潮流と岩礁に守られたあの島は、船の墓場と呼ばれて近隣の船乗り達に恐れられ、避けられている。
王子がいくら待っても、きっと助けは来ない。
「ねぇ、一番目のお姉様は、本当に王子を助けたのかしら?」
縋るような目で聞いてくる妹に、私は答えられなくなった。自分でも分からなくなったのだ。
お姉様が溺れていた王子を助けたのは事実だ。でも、それって本当に、王子を助けるためにやった事?
「それに、二番目のお姉様と妹は、如何して一緒じゃないの?」
私はそれにも答えられない。
船から落ちたのは、王子だけではなかった。王子と一緒にいた王女──末の妹から王子の寵愛を奪って妃に収まった女も、溺れて海底に沈もうとしていた。
一番目のお姉様は、王女のことも助けようと言った。だから二番目のお姉様と、もう一人の妹が、王女を助けに向かったのだ。だけど、二番目のお姉様達は、あの浜辺には来なかった。二人が王女を助けあげるところまでは確認したが、その後何処に行ってしまったのか。
私は王女のことも嫌いだが、王女自身は末の妹に何もしていない。だから一番目のお姉様が王女を助けると宣言した時、私は反対しなかった。
悪いのは王子で、王女のことは嫌いだけれど恨んでいる訳ではない。見殺しにしても心は痛まないけれど、助けてあげるのも吝かではない。その程度の認識だった。
だけど、一番目のお姉様にとっての王女は?王子とは別の場所に運ばせたのは何故?王女はあの島ではない、人間が暮らす陸地に送られたのか、それとも……。
何も理解していなかったのは、妹ではなく私だったのかもしれない。