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第49話:遅れてきた青春

 気づけば、文化祭の準備もあっという間に進んでいた。

 九月から十月にもなれば、残暑が厳しかった気温もようやく落ち着きを取り戻し始める。

 わたしたちも夏服から冬服へと衣替えをすれば、秋という涼しげな季節を楽しむ。


「はぁ、幸芽ちゃんに会いたい」

「気持ちはわかっけどー。ほら、ちゃんと予算の計算頼んだよ」

「はーい」


 電卓にパチパチと数字を入力しながら、支給されたパソコンで予算書を作成していく。

 これでも前世は社畜だったし、仕事の内容も入力業務が多かった。

 こんなことをしていると、昔に戻ったみたいで、少し楽しくなる半面、あの地獄のような日々を思いだすから、正直苦い気持ちが大部分になってしまう。


「清木さんすごーい! 予算書がマッハで消えてくー!」

「すげー! 電卓の速度はっや!」


 でも、褒められる気分というのは存外悪いものではない。

 文字通り花奈が鼻を高くしながら、わたしは得意げに入力作業を続ける。


「花奈ちゃん、半端に優秀なのマジウケるわ」

「ねー! 料理はできないのにね」


 聞き捨てならないことを。

 まぁいいでしょう。今のわたしは寛大。いわばこのクラスの予算を握った重要人物の一人なのだから。


「じゃあ料理班から予算削るよ?」

「待ってー! それだけはご勘弁をー!」


 笑い声が鳴り響く。

 わたしも釣られて笑ってしまう。

 あぁ、これが青春か。なんだか、いいものだね。こういうのって。


「一応仮作成しといたよ。なんかあったら無理のない範囲で調整しておくから」

「ありがとー! やっぱ神様仏様花奈様って感じ!」

「神様も、仏様も勘弁願いたいかなー」


 どちらも嫌な記憶しかない。

 あの自称カミサマだって、本当に神様だったのだろう。

 最近は夢の世界に現れることがなくなって、少し寂しくもあった。

 だけど、元はと言えばだいたい彼女のせいなのだから、清々する気持ちが10割を超えている。


 仏様は、うん。こー、ぽっくりと逝った感じがね。


「じゃー、総理王様清木花奈、みたいな!」

「無駄に語呂いいね」

「まっ、檸檬さんですし?」


 それは何を意味しているのだろうか。

 特に考えてない言葉なんだろうと、その場で考えるのをやめて、パソコンをシャットダウンする。


「ちょっと休憩行ってきていい?」

「いいよー! メニュー表もまだ時間あるしね」

「花奈様には休暇が必要であるぞ!」

「あはは、何言ってるんだか」


 仲良くなったクラスメイトに笑顔を向けつつ、わたしはその場をあとにした。

 当然ながら予算書を作る余裕があるなら、まだ期間的にも余裕はあるわけで。

 徐々に文化祭色に染まっていく廊下を眺めながら、わたしは何か飲み物でも飲もうと中庭の方へと歩いていく。


「やっぱ、いいなぁ」


 文化祭とは、いわば学生たちの努力の結晶。

 みんながチカラを合わせて完成させる祭典だ。

 昔はどうでもいいなんて思っていたけれど、こうして社会に出てから戻ってくれば、思うところはあるわけで。


「今の時は今しかないんだよ。がんばれ若人」


 シュカっと缶ジュースの蓋を開けて、冷たいオレンジジュースを口にする。

 酸味がまるで「お前も今は若人だろ」と言っているような感じがして、少しにやけてしまう。


「なーにが若人ですか」

「幸芽ちゃん……。サボり?」

「花奈さんと一緒にしないでください。パシリです」


 あの時チョキを出していれば。と自分の右手を見た後に、彼女は財布を手に取る。

 幸芽ちゃんもクラスで浮いてなくてよかったな。


「わたしはちゃんと休憩もらってるよ」

「ふーん、嘘くさい」

「嘘じゃないもん!」


 オレンジジュースをまた口にして、甘みを脳みそに染み渡らせる。

 本当はカフェオレがいいんだけど、どうやらこの身体にはまだ早いらしい。

 この前飲んだ時、苦くて苦くてたまらなかったのを思い出す。


「まぁいいですけど。それより、年寄りっぽいですよ、さっきのセリフ」

「だってみんなより精神年齢上だし」

「何歳なんですか、本当は」


 まぁ、いつか気になるだろうなーとは思ってたけど、まさか直球で聞いてくるとは。


「いくつに見える?」

「三十五」

「嘘?!」

「冗談ですよ」


 朗らかに笑う彼女に、してやられたという感情を抱く。

 ま、かわいい幸芽ちゃんがわたしの前で笑ってくれるならそれでいいか。


「それで、本当はおいくつで?」

「多分二十六、かな。今月で二十七?」

「……私と十歳差なんですね」

「年の差結婚、だね!」

「結婚は卒業してからでお願いします」

「ふーん」


 それはそれとして、やっぱりやられたままなのは個人的に癪だ。

 なのでわたしも幸芽ちゃんに対して、冗談の仕返しをするとしよう。


「結婚は、いいんだね」


 ニヤリと笑うわたしに、その言葉の意味を理解したのか、幸芽ちゃんの白い肌がみるみるうちに赤く染め上がっていく。


「なっ!? そ、そういう意味じゃないですよ!」

「そういう意味って、どういう意味かなー?」

「……うぅ。わざとやってますよね、それ」


 バレたか。

 ちろりと少しオレンジみがかった色の舌を出す。

 幸芽ちゃんはその姿にはぁ、と露骨なため息を吐いて、自販機に向き直った。


「姉さんのそういうところ、嫌いです」

「そういうところはすーぐ口にするもんね」

「何が言いたいんですか?」

「なんでもー」


 ガチャコンと人数分の缶ジュースを用意できたのか、両手いっぱいに抱えると、そのまま戻ろうとする。


「持とうか?」

「大丈夫です。気遣いは感謝しますけど」

「ん。ならいーや。頑張ってね」

「はい」


 少しよろけながらも、幸芽ちゃんは腕いっぱいに抱えた缶ジュースを持って、廊下の奥へと消えていく。


「さて、わたしもそろそろ行こっかな」


 空の缶をゴミ箱へダストシュートし、休憩は終わりだと言い聞かせ、そのまま教室へと戻るのだった。

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