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第41話:打ちあがる花火。打ち明ける想い

 花火に、いい思い出も、悪い思い出もない。

 小さい頃はそれなりにはしゃいでいたかもしれない。

 けれど、物心つけばただのうるさいだけだって思ったし、成人してからは見る機会すらなかった。


 だからわたしにとって、花火に思い入れはない。空っぽな火花。

 でも、こんなわたしでも今回こそは楽しもうと思ったきっかけがあった。


「ホワイトチョコバナナ?」


 幸芽ちゃんはそのいかにもそういうアレっぽいチョコバナナを見つける。

 黒いチョコの部分を白いホワイトチョコに変えた一品は、どう考えても規制中のアレにしか見えなかった。


「おっ! このホワイトチョコバナナに目を付けるとは、なかなかやるねぇ」

「なんで白いんですか?」

「そりゃあ、なあ!」


 髭のおじさんはがっつりと涼介さんの方を見て、ニヤリと笑う。

 さすがに涼介さんも少しドン引き気味だった。

 そりゃそうか。実の義妹が変なキャッチーにつかまりそうなんだから。


「兄さんこれを許しません。幸芽、ちょっとほかのところに行こう」

「え、でもチョコバナナ……」

「分かった。おごってやるから、これ以外の――」

「兄ちゃん、見たくないのかい?」


 まるで本性を薄皮一枚で隠したようにゲスのような笑みを浮かべる。


「若い姉ちゃんが、白いチョコバナナを頬張る姿を! 兄ちゃんなら、分かるよなぁ?」

「ぐっ……いや、だが……」


 先ほどからピキピキと心の中のわたしが怒鳴り散らかすのをなんとか食い止めている。

 だが、そろそろ限界だ。

 幸芽ちゃんの手を引っ張って、この場から離脱するように促す。


「ね、姉さん?」

「おーいちょっとー? ピンク髪の姉ちゃんも――」

「結構です!」


 意外にも怒りと、幸芽ちゃんにこんな辱めを受けさせられたことへの恨みが声に出る。

 心の深淵から出た言葉。心の中のイライラがその口に出た声色。

 竦み上がっていた二人を置き去りに、わたしと幸芽ちゃんは少し端の方へと移動した。


「姉さん、どうしちゃったんですか!」


 ずんずんと突き進むわたしに不安を抱いたのであろう。

 だけど正直、あのおじさんの近くにはいたくなかった。

 わたしはいいけど、幸芽ちゃんがそんな卑しかな目線で見られた日には怒りで相手の顔を殴っているかもしれない。

 その程度には憤怒していたことだろう。


 やがて主参道を抜けたわたしたちは、一つのベンチを見つける。

 ここまでくれば、追ってこないだろうと考え、わたしは幸芽ちゃんにベンチへ座るように指を差した。


「姉さん、何かあったんですか?」

「……ううん。なんでもないよ!」


 そしていつものわたしを繕うように幸芽ちゃんの隣に座る。

 分かってる。何も知らない幸芽ちゃんがあれを食べたって、本人が恥ずかしいなんてことはない。

 けど、あのゲスみたいな笑みが、わたしには許せなかった。

 ただ、それだけの話。わたしの幸芽ちゃんをそんな目で見てほしくなかった。


「嘘です」

「……なんでそう思ったの?」

「誰だってわかりますよ。そんな嘘ぐらい見抜けなくて何が恋人ですか」

「あ、あはは。恋人なんてちょっと照れくさいこと言うね」

「教えて、もらえないんですか?」


 暗闇と提灯の明かりが交じり合い、幸芽ちゃんがどんな顔をしているか分かりづらい。

 でも、きっと不安そうな顔をしているのだろう。

 いつもはわたしを軽くあしらうのに、大事な時はちゃんと聞いてくれる。そういうところだよ。


「チョコバナナがそういう隠喩に使われてるって、知ってる?」

「いんゆ……。いえ、分からない、ですけど……」

「じゃあ少女漫画とかでよくある男性器のモザイク。これなら分かるかな」

「……あっ」


 幸芽ちゃんもさすがにそういう知識はあるのだろう。

 顔をみるみる赤くし、両手で顔を覆う。

 あのおじさんが考えていたのは、そういうことだよ。


「わたし、他の人に幸芽ちゃんをそういう目で見てほしくないし、守りたいって思ってたの」

「姉さん……」

「あはは、でももうちょっと冷静に対処すべきだったよね。バカだなぁ、わたし」


 人生は後悔の連続だという。

 二人は置いておくとして、幸芽ちゃんが一瞬でもわたしのことを怖いって思ったら、嫌だなって。

 そんな後悔がわたしの中にあった。


「姉さん、過保護すぎです」

「へ?」


 そんな少し傷心気味のわたしへと突き刺さる言葉はナイフ。

 ぐさりと刺さったわたしは胸を押さえた。


「そのぐらいわたしの自己責任ですし、姉さんが責任を負う必要ないんですよ」

「でも……」

「それに、姉さんだっておじさんと同じですよ」


 どゆこと?!

 唖然とするわたしに対して、さらに追い立てるように幸芽ちゃんが口にする。


「姉さん、あんな感じの視線たまに向けるじゃないですか」

「そ、そうだったの?! ご、ごめん……」


 謝罪するわたしに、幸芽ちゃんはくすりと笑う。


「でも、姉さんならいいというか。これ以上は言わせないでください」


 こつんと肩同士がぶつかる。

 幸芽ちゃんの顔を見て、たまらなくなって、思わず彼女を胸元へと抱きしめた。


「ありがとう、幸芽ちゃん」

「姉さん……」


 その時、天に上る火の玉が空中で爆散する。

 黄色。赤色。緑色。鮮やかな炎の命が、空中に花開く。


「あ、花火……」

「ちょっと、見えづらいですけどね」


 厳密に言えば端の方であるため、木々が少し花火の景観を台無しにする。

 わずかながら見えるその花火に、わたしは過去を振り返っていた。


 花火に、いい思い出も、悪い思い出もない。

 だから花火なんて、と思っていたけど、今回は違う。

 こんなわたしでも今回こそは楽しもうと思ったきっかけがある。


「幸芽ちゃん、好きだよ」


 打ちあがる花火。そして打ち明ける想い。

 これから何度でも口にするだろう。

 だけど、この時、この瞬間の気持ちは、今しか言葉にできない。


 花火なんてもう見えない。わたしの目に映るのは、幸芽ちゃんたった一人。


「……私も――です」


 ぱぁっと光る彼女の顔と、かき消される声。

 それでも晴れたみたいに笑う彼女の顔を見て、わたしも笑う。


 花火に思い入れはなかった。だけど今はある。

 目の前の、夜桜幸芽という永遠に消えない笑顔の花火。

 いい、思い出ができたな。

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