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第29話:アッピルは人の命を救う

「幸芽ちゃん! 好きって言って!」

「……突然どうしたんですか? それよりも朝ごはんできてますよ」

「は、はーい……」


 今、わたしにアホ毛があったらしょんぼりしていることだろう。

 しょんぼり花奈さん、可愛いと思うけれど、どちらかと言えばしょんぼり幸芽ちゃんを見たくて仕方がない。


 そんな感じで夏休み一日目。

 まぁいつものように、夜桜家にお邪魔して、朝食を頂いているところだ。

 ちなみに今日のご飯はウィンナーとか卵焼きとかの王道な朝食。

 食パンしか食してこなかったパン人間としては、眩しい一皿だ。


「うん! 今日も美味しい!」

「よかった……」

「だから幸芽ちゃんも好きって言って!」

「またそれですか」


 うん、だってわたしの命が関わってるわけだしね。

 あの自称カミサマ、なんてことをしてくれたんだ。

 あれはきっと、自分の娯楽のためなら平然と人を陥れられる。

 そして嘘をつかないことだろう。それはなんとなくだけど分かってしまう。


 だから困ってるんだよぉーーーーー!!!


「花奈、今日アピールすごいな。お兄さんいいと思うぞ」

「兄さんは黙ってて」

「俺は壁のシミだぞ? 二人でイチャついててもらって」

「涼介さん、本当に気持ち悪いね」


 相手はナマモノだぞ一応。

 目の前で白米をかきこみながら、今日も飯が美味いと笑う。

 それはいったいどのおかずを目の前にして、飯が美味いと言っているのだろうか。


「これでも自制はしてるんだぞ」

「……涼介さん、それは聞かなかったことにするね」


 若気の至り is 怖い。

 高校生の若い性欲がなにかのきっかけで百合に行った場合、どういうことになるか。

 これ、幸芽ちゃんには絶対言わないでおこう。どんなことをされているか分かったもんじゃない。


「……そういえば、なんで私だけ『ちゃん』付けなんですか」

「え。意識したことなかった」

「確かにな。俺に対しては『さん』だし、お前の友達にもそうだろ? 地味に気になってたんだよ」


 まぁ理由はあるんだけど、ちょっと言いたくないって気持ちが大きい。

 これ、言ったらわたしが恥ずかしいだけだし。


「少なくとも記憶喪失前は私にも『さん』でしたから」


 そしてしくった。これはさんで通すべきだったかも。

 いやいや、でも『幸芽さん』だなんて今から言いたくない。

 幸芽ちゃんは『幸芽ちゃん』だからいいのだ。それ以上も以下もない。


「つっても、今の俺ら的にはもう今の花奈が花奈って感じだけどな」

「……まぁ、そうですけど」

「あはは、ありがと」


 そんなにおだてられたって何も出すものはないのよ?

 少しばかり気恥ずかしくなりながら、頬を指先で掻く。

 というか、これ逃げられない感じだよね、うん。はぁ……言っちゃうか。


「まぁ、なんというか、さ」


 兄妹の目線がわたしを貫く。うぅ、言いたくないー!

 わたしは少し二人から視線を外して、苦そうな顔で口にした。


「こう、幸芽ちゃんって『ちゃん』って感じしない?」

「……はい?」

「あー、なんとなく分かる気がする」

「兄さん何言ってるんですか」


 理由は二つほどある。だからわたしは表向きにしていい方を口にした。


「わたしの中では、幸芽ちゃんは頼れる女の子なんだけど、それ以上にわたしの妹でもあるから。そんな子に対して、愛情を込めて『ちゃん』付けしてるの。迷惑だったらやめるから……」


 外していた視線を、ちらりと幸芽ちゃんへと戻す。

 その顔は、少しだけ顔を赤らめていた。朝日にやられたとかそんなんじゃない。ただ、照れているみたいだ。


「別に、そんなことないです。わたしは……その。気に入ってますから」

「ぐはっ!」


 そして唐突にダメージを受ける兄!

 涼介さんがオーバーリアクションでソファーから転げ落ち、ピクピクと痙攣している。

 二人で顔を見合わせて、わたしたちは笑った。


「まったく、兄さんは」

「やっぱり気持ち悪いよ、うん」


 あくまでもこれは理由の一つだ。

 本当はキモオタ特有の理由で、可愛いものには『ちゃん』を付けたりする。

 たまに幸芽たんになることもあったが、それは置いておくことにしよう。

 だって恥ずかしいよ。ガチ恋相手に対して、素直に可愛かったからっていうのはさ。


「じゃあ幸芽ちゃん、わたしのことは?」

「別になんとも」

「嘘だー!」

「嘘じゃないですよ。……多少は入ってますけど」

「ん? 聞こえなかったなー? もうワンセット!」

「そんな態度だから好きじゃないんですよ」

「酷い! わたしはこんなにも愛しているのに!」


 幸芽ちゃんの真意は分からない。

 相変わらずわたしのことを苦手としていて、兄さんへの恋敵だと思っているかもしれない。

 そうでなくても、うざったく思われている可能性もある。


 それでも、わたしにとっては天使だし、ガチ恋相手だし。

 好きと言ってくれたら、ここに命の恩人も追加される。


「だいたいなんですか突然。……分かってくださいよ」

「え、今のは本気で聞き取れなかったんだけど?」

「はぁ……。バカ」

「なんか怒られた?!」


 あの夕日の出来事。確かに心を通わせたはずの気持ちは間違いだったとは思いたくない。

 あの時の幸芽ちゃんは、とても可愛らしかったな。


「なにニヤついてるんですか?! お、怒られてニヤつくとか……」

「やっ! 違う違う! そういうんじゃなくって!」


 どうか、わたしが死ぬ前までに、幸芽ちゃんの好きが聞けますように。

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