表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

ここからが本当のプロローグ before 13hours

「これ……受け取ってください!」

 通学路を一人で歩いていたら、後ろから声をかけられた。知らない女生徒だ。同じ学校の制服である。校章の色が赤いので、同じ学年だろう。

 またか、と嘆息した。その様子を見た彼女は、少し諦めにも似た表情を浮かべるが、しかし差し出した手を引っ込める様子は無い。その両手には『朔良 望(さくらのぞむくんへ』と書かれた、白い封筒があった。

「悪い」

 何度も言った言葉だった。最初は戸惑ったものだが、もう慣れた。

 彼女は泣きそうな顔になり、うつむいて、やがて踵を返して走り去った。

「望は死ねばいいと思うんだ」

「は?なんだいきなり」

 本当にいきなりだった。どこかで見ていたのか、彼女が走り去るや否や、司緒が話しかけてきた。フルネームは、遠山 司緒(とおやましおという。

「これは世の男性の意見なんだな」

「お前が世の男性の意見とか言っても説得力ねえな」

 そう。司緒の見た目は、女の子のようなのである。本人、女顔であることを気にしているのだが、ならばそのロングヘアをなんとかしろという話である。しかも、いわゆる幼児体系というものであるから余計に質が悪い。中学生が飛び級した、と言ったら、多くの人は信じてしまうのではないか。事実、よく間違えられている。

「うるさい!だいたい、なんであんな可愛い娘の告白を断っちゃうんだよ!」

「なんでって、俺彼女のこと知らないし」

 拳が飛んできた。しかし、司緒の拳ほど痛くないものは無い。

「殴っていいか」

「もう殴ってるじゃねえか!」

「ゴメン……言葉と行動の順序を間違えた」

「ありえないだろ!おまえの脳みそ大丈夫かよ!」

「大丈夫!今日も磨いてきたからな!つるつるだぜ!」

「ホラーすぎる!この夏の陽気が下がったぞ!なんかありがとう!」

「でも終わると部屋中真っ赤なんだよな。掃除するの大変で」

「大丈夫じゃねえじゃねえか!うっわさむ!寒さで虫が死んでる!」

「またつまらぬものを殺してしまったか」

「いやむしろお前のつまらない頭を殺さないように注意しろよ!ていうかもうやめろよその習慣!」

「そうか。まあ望が言うならやめるかな。でもあの生死をさまよう激痛がなんともいえないんだよな」

「ドMってレベルじゃねえぞ!」

 そしてホラーってレベルでもなかった。

「しかし、ほんとにさっきの子可愛かったな」

 そう言いながら、司緒は彼女が走り去った方向を見つめた。

「まあ可愛いのは認めるがな」

「つか、今月で何回目だ?」

「たしか三回目か?よく覚えてないけど」

「はぁ……モテ系は滅びればいいと思うんだ……」

「さっきより規模上がったな」

 それは単にお前の妬みだろう。

「所詮は顔なのか……」

「でも、顔ならお前もいい造型してると思うぞ」

「本当か!?望に言われると、ちょっと自身付くな」

「ああ。主に大きなお友達とかに人気そうだな」

「激しく嫌だよ!おれの自信を返せ!」

「司緒タソハァハァとかな」

「やめろよ!鳥肌たってきたわ!」

 学園の一部に人気なのは事実だがな。

 司緒は、鳥肌のたった腕をさすっていた。ときおりおれなんて、とか、モテ系は滅びろとか呟きながら。

 「でも、なんでおまえはそんなに彼女を作るのを頑なに断っているんだ?」

 しばらく黙っていた司緒がいきなり言った。あまりにいきなりなので少し間の抜けた声を出してしまった。

 今まで、そんなこと考えもしなかった。俺自身、別に頑なに断っていたわけではないのだ。ただ意識していなかっただけかもしれないが。

「別にそういうつもりじゃないんだがな……」

「じゃあ……ってああそうか。なるほどねぇ」

 にやり、と笑う司緒。なにを考えているかはすぐに分かった。

「好きな人がいるからだろ!」

「ほんと、お前は期待を裏切らないな」

「暦か?でも暦はちょっとあれだよな……。妥当なところで、菜月だろ!」

「違う」

 即座に否定したのは、司緒から見て怪しかったかもしれない。実際、司緒は、分かってるよみたいな表情をしていた。

 ちなみに暦と菜月とは、俺の幼馴染である。

「そっか……菜月か。これであいつも念願かなったりだな」

「よく分からんが、違うと言っている」

「でも、菜月は人気あるぜ。おしとやかというか、儚げというか。男心をくすぐる感じだしな」

「だから違うと言っているだろう」

「ぼやぼやしてると、いくら菜月といっても、取られちゃうかもしれないぜ」

「むしろお前のその口を取られろ」

「でも菜月のことだからそれはないか」

「いやだから!」

 ここらで、一つ修正してやらねば、登校中、ずっとこんな調子かもしれない。それは御免こうむる。

「俺は……お前が好きなんだよ……」

 しばらくの静寂。その後、え?と顔を赤らめる女の子が、そこにはいた。いや、みたいなのが付くけど。

「い、いや、なに言ってんだよおまえ!?菜月だっているし、それにおれたちは男だろ!?」

 ……なんだこの展開。気色悪いこと言ってんじゃねえ的な展開で話を逸らすつもりが、変な方向に向かってるんだが。

「あう、あう」

 お前はどっかの神様か、と言いたくなるような慌て方だった。というか、ぶっちゃけ可愛かった。こいつが男であることを知らなければ、ときめいていたかもしれない。

「そっか。悪かったな。おまえの気持ちも知らないで、好き勝手言っちまって。恋愛に性別は関係ないもんな。でも、こういうのって、互いの気持ちが大切だと思うんだよな」

「いやいやいやちょっと待て!」

「ちょっと考えさせてほしい。いきなりすぎて、頭が混乱してる」

「いきなりすぎるのはお前の頭の思考回路だ!」

「大丈夫だ。たとえどうなろうとも、おまえとの友情だけは、決して変わらないから!」

「なにかっこいいこと言ったみたいな満足げな顔してんだよ!かっこいいの台詞だけだから!状況はめちゃくちゃかっこ悪いから!」

「好きなものは好きだからしょうがないって(ことわざ)もあるしな」

「あるわけねえだろ!なんだよその一部の女子にしか浸透してなさそうな諺は!」

「略して好きしょ」

「略せる諺があるの初めて知ったわ!」

「さらに略してきしょ」

「罵倒の言葉になっちゃった!?」

「まあ。それはともかく、おまえに好きな人がいないというのはしっかり伝わった」

「………………」 

……じゃあなんだったんだよ今のやり取り。激しく疲れただけじゃねぇかよ。

「ならいい。もう疲れたから喋るなよ」

 はいはいと、適当な相槌を司緒はうった。

 そのまま、いつもの通学路を無言で歩いた。

 無言で歩くこと十分。俺たちの通っている椿代高校に到着した。

 椿代高校略して代高、あるいはつば高。

 俺がこの高校を選んだ理由は、他の高校が遠すぎて通えないからだった。なにしろ、代高の次に近い高校まで、電車やバスを使っても四時間はかかる。始発からいっても間に合わない。

 だから自然と、近辺に住んでいる奴はここに通った。中学生の頃と全く変わらないメンバーだった。

 昇降口をくぐり、下駄箱を開けるとラブレターらしき手紙があった。

(またか……)

 なんとなく無視することにした。我ながら最低である。

 教室を目指す。と、

「おっはよう。望、司緒!」

 廊下の後ろから声がした。

 ……認めたくないが、おそらく、このとき俺と司緒は同じような顔をしていたと思う。

「なによその顔。まるで美少女が声をかけてきてくれてうれしいみたいじゃない」

「いろいろ突っ込むところがあるが、まずは日本語がちょっとおかしいよな」

 季四 暦(きしこよみ。いわく、椿代高校のハリケーン。いわく、エロ魔人。いわく、代高(椿代高校の略称)最強の美少女。いわく、女としてみられないアイドルナンバーワン。

 どれもが問題児の称号であり、絶対に関わりあいたくない人物であるが、幼馴染である。間違いなく、俺の人生最大の失敗だ。

 ほんと、なんでこいつと知り合っちゃったんだろうな。しかも未だに交流があるって、俺かなりのお人よしなのかも。

「ほんと、なんでこんな美少女と知り合っちゃたんだろうな。しかも未だに好きだなんて、俺かなりの女好きなのかも、ですって?照れるじゃない」

「お前のボケは突っ込むところが多過ぎんだよ!なにから突っ込めばいいか分からな過ぎる!」

「確かに多いわね。美少女以外は全部突っ込み所だったわ」

「まあ否定はしないが、自分で言ったら突っ込み所になるな!」

「否定はしないって、や、やめてよ……恥ずかしい」

「顔を赤らめるな!ちょっとときめいちゃうだろうが!」

 長いツインテールの片割れを鼻先に近づけながら、顔を赤らめる様は、認めたくはないが可愛いかった。認めたくはないが、暦は、そこらのアイドル顔負けなのだ。黙って入れば可愛いという言葉は、こいつのためにあるといっても過言ではない。認めたくはないが、ああ何度も言うが、認めたくはないが、こいつは正真正銘の美少女なのである。

「アタシの辞書に恥ずかしいなんて言葉はないけどね」

「ああ。演技だってことは分かってた」

 ダテに長い付き合いではなかった。

「しかし、アンタたち、並んでいると、なんだか付き合っているように見えるのよね」

「お前はなにをいきなり気持ち悪いことを言ってるんだ」

「ああ。おれなんか寒気がしたぞ……」

「でも、司緒って女の子じゃない?仲もいいしさ。噂になってるよ」

「おれが気にしてることをあっさりと言うな。しかも前提になってるし」

「まあ噂になったのは今日からだけどね。アンタたちの今朝の会話を脚色しまくって広めといたわ!」

「なにやってんだよおまえは!しかもなにこっそりストーキングしてんのさ!」

「人聞きの悪いこと言わないで頂戴。アタシは真実を伝えるのが仕事なの!」

「さっき脚色しまくってって言ったよな!」

「噂では、朝からアンタたちがキスしたことになってるわ」

「もっと自分の発言に責任を持てよ!脚色ってレベルじゃないぞ!」

「大丈夫よ。全部嘘だから」

「ったくおまえってやつは……」

「それも嘘だけどね」

「責任を持てぇえええええええええええ!」

 暦の辞書には、責任という文字もないらしい。もう人間として最低の部類である。

 司緒は、力の限り叫んで、肩を揺らして息切れしていた。

「おい。そろそろチャイム鳴るぞ」

 ふと取り出した携帯電話の時刻は八時三十八分となっていた。ホームルームは四十分からなので、そろそろ教室に入らなければならない。

「というか、望はあんなこと言われて平気なのか?」

「暦の言うことなんて、誰も信じねえだろ。いつものことだしな」

「ひどいわね……しかも否定できないし」

「自覚はあるんだな……」

 自覚しているからこその質の悪さである。さすが椿代高校のハリケーン。

「でも、一部の女子はネタにしているらしいわ」

「すげーやだ!この鳥肌どうすんだよ!」

「望×司緒だって」

「まあ予想はしていたけどおれ受けなんだな!」

「実はアタシも持ってるの」

「ふざけんな燃やせ!ていうか書籍化してるのか!まじやめてほしいんだけど」

「やおいって、こういうのを言うのね。やっぱり、お二人、いい感じ」

「別に上手くないからな!しかも某化物のお話を連想させられるからちょっとやめれ!」

「なかなか良い作品だったわよ。正直、ちょっと興奮したわね」

「黙れエロ魔人。それは友人に向かって言うセリフではないだろ!」

「友人ではないわ。性的対象よ」

「余計悪いわ!」

「でも司緒はいまいちだったわ。小さかったのがね……」

「なにが!?」

「チ○コ」

「おいこらぁ―――――――――――――――――――――――――――――!一番いけない回答だよそれ!」

「は?なにを言ってるの?チョコに決まってるじゃない」

「だとしても話に脈絡がなさ過ぎるわ!おれのチョコが小さいとなんなんだよ!バレンタインの愛情はチョコの大きさで決まるってか!?ふざけんじゃねえよ!つかもらってないよ!」

 血涙をはじめてみた。

 さすがの暦も「そこまでは言ってないわよ……」と若干気まずそうにしていた。

 つか、チャイム鳴りそうなんだよね!

「まあ、漫才がんばれよ。俺は走るからな」

『ちょっと。待ちなさいよ(待てよ)望!』

 結局、漫才につき合わされ、三人とも遅刻というオチだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ