ここからが本当のプロローグ before 13hours
「これ……受け取ってください!」
通学路を一人で歩いていたら、後ろから声をかけられた。知らない女生徒だ。同じ学校の制服である。校章の色が赤いので、同じ学年だろう。
またか、と嘆息した。その様子を見た彼女は、少し諦めにも似た表情を浮かべるが、しかし差し出した手を引っ込める様子は無い。その両手には『朔良 望くんへ』と書かれた、白い封筒があった。
「悪い」
何度も言った言葉だった。最初は戸惑ったものだが、もう慣れた。
彼女は泣きそうな顔になり、うつむいて、やがて踵を返して走り去った。
「望は死ねばいいと思うんだ」
「は?なんだいきなり」
本当にいきなりだった。どこかで見ていたのか、彼女が走り去るや否や、司緒が話しかけてきた。フルネームは、遠山 司緒という。
「これは世の男性の意見なんだな」
「お前が世の男性の意見とか言っても説得力ねえな」
そう。司緒の見た目は、女の子のようなのである。本人、女顔であることを気にしているのだが、ならばそのロングヘアをなんとかしろという話である。しかも、いわゆる幼児体系というものであるから余計に質が悪い。中学生が飛び級した、と言ったら、多くの人は信じてしまうのではないか。事実、よく間違えられている。
「うるさい!だいたい、なんであんな可愛い娘の告白を断っちゃうんだよ!」
「なんでって、俺彼女のこと知らないし」
拳が飛んできた。しかし、司緒の拳ほど痛くないものは無い。
「殴っていいか」
「もう殴ってるじゃねえか!」
「ゴメン……言葉と行動の順序を間違えた」
「ありえないだろ!おまえの脳みそ大丈夫かよ!」
「大丈夫!今日も磨いてきたからな!つるつるだぜ!」
「ホラーすぎる!この夏の陽気が下がったぞ!なんかありがとう!」
「でも終わると部屋中真っ赤なんだよな。掃除するの大変で」
「大丈夫じゃねえじゃねえか!うっわさむ!寒さで虫が死んでる!」
「またつまらぬものを殺してしまったか」
「いやむしろお前のつまらない頭を殺さないように注意しろよ!ていうかもうやめろよその習慣!」
「そうか。まあ望が言うならやめるかな。でもあの生死をさまよう激痛がなんともいえないんだよな」
「ドMってレベルじゃねえぞ!」
そしてホラーってレベルでもなかった。
「しかし、ほんとにさっきの子可愛かったな」
そう言いながら、司緒は彼女が走り去った方向を見つめた。
「まあ可愛いのは認めるがな」
「つか、今月で何回目だ?」
「たしか三回目か?よく覚えてないけど」
「はぁ……モテ系は滅びればいいと思うんだ……」
「さっきより規模上がったな」
それは単にお前の妬みだろう。
「所詮は顔なのか……」
「でも、顔ならお前もいい造型してると思うぞ」
「本当か!?望に言われると、ちょっと自身付くな」
「ああ。主に大きなお友達とかに人気そうだな」
「激しく嫌だよ!おれの自信を返せ!」
「司緒タソハァハァとかな」
「やめろよ!鳥肌たってきたわ!」
学園の一部に人気なのは事実だがな。
司緒は、鳥肌のたった腕をさすっていた。ときおりおれなんて、とか、モテ系は滅びろとか呟きながら。
「でも、なんでおまえはそんなに彼女を作るのを頑なに断っているんだ?」
しばらく黙っていた司緒がいきなり言った。あまりにいきなりなので少し間の抜けた声を出してしまった。
今まで、そんなこと考えもしなかった。俺自身、別に頑なに断っていたわけではないのだ。ただ意識していなかっただけかもしれないが。
「別にそういうつもりじゃないんだがな……」
「じゃあ……ってああそうか。なるほどねぇ」
にやり、と笑う司緒。なにを考えているかはすぐに分かった。
「好きな人がいるからだろ!」
「ほんと、お前は期待を裏切らないな」
「暦か?でも暦はちょっとあれだよな……。妥当なところで、菜月だろ!」
「違う」
即座に否定したのは、司緒から見て怪しかったかもしれない。実際、司緒は、分かってるよみたいな表情をしていた。
ちなみに暦と菜月とは、俺の幼馴染である。
「そっか……菜月か。これであいつも念願かなったりだな」
「よく分からんが、違うと言っている」
「でも、菜月は人気あるぜ。おしとやかというか、儚げというか。男心をくすぐる感じだしな」
「だから違うと言っているだろう」
「ぼやぼやしてると、いくら菜月といっても、取られちゃうかもしれないぜ」
「むしろお前のその口を取られろ」
「でも菜月のことだからそれはないか」
「いやだから!」
ここらで、一つ修正してやらねば、登校中、ずっとこんな調子かもしれない。それは御免こうむる。
「俺は……お前が好きなんだよ……」
しばらくの静寂。その後、え?と顔を赤らめる女の子が、そこにはいた。いや、みたいなのが付くけど。
「い、いや、なに言ってんだよおまえ!?菜月だっているし、それにおれたちは男だろ!?」
……なんだこの展開。気色悪いこと言ってんじゃねえ的な展開で話を逸らすつもりが、変な方向に向かってるんだが。
「あう、あう」
お前はどっかの神様か、と言いたくなるような慌て方だった。というか、ぶっちゃけ可愛かった。こいつが男であることを知らなければ、ときめいていたかもしれない。
「そっか。悪かったな。おまえの気持ちも知らないで、好き勝手言っちまって。恋愛に性別は関係ないもんな。でも、こういうのって、互いの気持ちが大切だと思うんだよな」
「いやいやいやちょっと待て!」
「ちょっと考えさせてほしい。いきなりすぎて、頭が混乱してる」
「いきなりすぎるのはお前の頭の思考回路だ!」
「大丈夫だ。たとえどうなろうとも、おまえとの友情だけは、決して変わらないから!」
「なにかっこいいこと言ったみたいな満足げな顔してんだよ!かっこいいの台詞だけだから!状況はめちゃくちゃかっこ悪いから!」
「好きなものは好きだからしょうがないって諺もあるしな」
「あるわけねえだろ!なんだよその一部の女子にしか浸透してなさそうな諺は!」
「略して好きしょ」
「略せる諺があるの初めて知ったわ!」
「さらに略してきしょ」
「罵倒の言葉になっちゃった!?」
「まあ。それはともかく、おまえに好きな人がいないというのはしっかり伝わった」
「………………」
……じゃあなんだったんだよ今のやり取り。激しく疲れただけじゃねぇかよ。
「ならいい。もう疲れたから喋るなよ」
はいはいと、適当な相槌を司緒はうった。
そのまま、いつもの通学路を無言で歩いた。
無言で歩くこと十分。俺たちの通っている椿代高校に到着した。
椿代高校略して代高、あるいはつば高。
俺がこの高校を選んだ理由は、他の高校が遠すぎて通えないからだった。なにしろ、代高の次に近い高校まで、電車やバスを使っても四時間はかかる。始発からいっても間に合わない。
だから自然と、近辺に住んでいる奴はここに通った。中学生の頃と全く変わらないメンバーだった。
昇降口をくぐり、下駄箱を開けるとラブレターらしき手紙があった。
(またか……)
なんとなく無視することにした。我ながら最低である。
教室を目指す。と、
「おっはよう。望、司緒!」
廊下の後ろから声がした。
……認めたくないが、おそらく、このとき俺と司緒は同じような顔をしていたと思う。
「なによその顔。まるで美少女が声をかけてきてくれてうれしいみたいじゃない」
「いろいろ突っ込むところがあるが、まずは日本語がちょっとおかしいよな」
季四 暦。いわく、椿代高校のハリケーン。いわく、エロ魔人。いわく、代高(椿代高校の略称)最強の美少女。いわく、女としてみられないアイドルナンバーワン。
どれもが問題児の称号であり、絶対に関わりあいたくない人物であるが、幼馴染である。間違いなく、俺の人生最大の失敗だ。
ほんと、なんでこいつと知り合っちゃったんだろうな。しかも未だに交流があるって、俺かなりのお人よしなのかも。
「ほんと、なんでこんな美少女と知り合っちゃたんだろうな。しかも未だに好きだなんて、俺かなりの女好きなのかも、ですって?照れるじゃない」
「お前のボケは突っ込むところが多過ぎんだよ!なにから突っ込めばいいか分からな過ぎる!」
「確かに多いわね。美少女以外は全部突っ込み所だったわ」
「まあ否定はしないが、自分で言ったら突っ込み所になるな!」
「否定はしないって、や、やめてよ……恥ずかしい」
「顔を赤らめるな!ちょっとときめいちゃうだろうが!」
長いツインテールの片割れを鼻先に近づけながら、顔を赤らめる様は、認めたくはないが可愛いかった。認めたくはないが、暦は、そこらのアイドル顔負けなのだ。黙って入れば可愛いという言葉は、こいつのためにあるといっても過言ではない。認めたくはないが、ああ何度も言うが、認めたくはないが、こいつは正真正銘の美少女なのである。
「アタシの辞書に恥ずかしいなんて言葉はないけどね」
「ああ。演技だってことは分かってた」
ダテに長い付き合いではなかった。
「しかし、アンタたち、並んでいると、なんだか付き合っているように見えるのよね」
「お前はなにをいきなり気持ち悪いことを言ってるんだ」
「ああ。おれなんか寒気がしたぞ……」
「でも、司緒って女の子じゃない?仲もいいしさ。噂になってるよ」
「おれが気にしてることをあっさりと言うな。しかも前提になってるし」
「まあ噂になったのは今日からだけどね。アンタたちの今朝の会話を脚色しまくって広めといたわ!」
「なにやってんだよおまえは!しかもなにこっそりストーキングしてんのさ!」
「人聞きの悪いこと言わないで頂戴。アタシは真実を伝えるのが仕事なの!」
「さっき脚色しまくってって言ったよな!」
「噂では、朝からアンタたちがキスしたことになってるわ」
「もっと自分の発言に責任を持てよ!脚色ってレベルじゃないぞ!」
「大丈夫よ。全部嘘だから」
「ったくおまえってやつは……」
「それも嘘だけどね」
「責任を持てぇえええええええええええ!」
暦の辞書には、責任という文字もないらしい。もう人間として最低の部類である。
司緒は、力の限り叫んで、肩を揺らして息切れしていた。
「おい。そろそろチャイム鳴るぞ」
ふと取り出した携帯電話の時刻は八時三十八分となっていた。ホームルームは四十分からなので、そろそろ教室に入らなければならない。
「というか、望はあんなこと言われて平気なのか?」
「暦の言うことなんて、誰も信じねえだろ。いつものことだしな」
「ひどいわね……しかも否定できないし」
「自覚はあるんだな……」
自覚しているからこその質の悪さである。さすが椿代高校のハリケーン。
「でも、一部の女子はネタにしているらしいわ」
「すげーやだ!この鳥肌どうすんだよ!」
「望×司緒だって」
「まあ予想はしていたけどおれ受けなんだな!」
「実はアタシも持ってるの」
「ふざけんな燃やせ!ていうか書籍化してるのか!まじやめてほしいんだけど」
「やおいって、こういうのを言うのね。やっぱり、お二人、いい感じ」
「別に上手くないからな!しかも某化物のお話を連想させられるからちょっとやめれ!」
「なかなか良い作品だったわよ。正直、ちょっと興奮したわね」
「黙れエロ魔人。それは友人に向かって言うセリフではないだろ!」
「友人ではないわ。性的対象よ」
「余計悪いわ!」
「でも司緒はいまいちだったわ。小さかったのがね……」
「なにが!?」
「チ○コ」
「おいこらぁ―――――――――――――――――――――――――――――!一番いけない回答だよそれ!」
「は?なにを言ってるの?チョコに決まってるじゃない」
「だとしても話に脈絡がなさ過ぎるわ!おれのチョコが小さいとなんなんだよ!バレンタインの愛情はチョコの大きさで決まるってか!?ふざけんじゃねえよ!つかもらってないよ!」
血涙をはじめてみた。
さすがの暦も「そこまでは言ってないわよ……」と若干気まずそうにしていた。
つか、チャイム鳴りそうなんだよね!
「まあ、漫才がんばれよ。俺は走るからな」
『ちょっと。待ちなさいよ(待てよ)望!』
結局、漫才につき合わされ、三人とも遅刻というオチだった。