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制限書庫の顔馴染み

 ムグラノの叡智は何処に有りと問われれば、世の識者は三つの図書館のいずれかの名を挙げることだろう。多くの者は教会――厳密に言えばムグラノ主教座によって開設された『ムグラノ聖堂図書館』を。騎士養成学校の役割を知る者はイファリス本棟に埋設される知識の保管庫『イファリス大書庫』を。そして古きに通じる者はムグラノで最も歴史ある寺院、サスケントの擁する通称『サスケント文庫』を。

 そのいずれもが正しく、けれどそのいずれもが誤りであると言えよう。真の叡智とは決して明かされることのない、秘匿された禁忌に他ならないのだから。



 銀吹(ぎんすい)の二節も間もなく終わりを迎えようかというこの日、アズルトはクレアトゥールを伴って彼の三大図書館の一つに名を連ねる大書庫――『イファリス大書庫』とは学外における俗称である――へと足を運んでいた。

 などと書くと大層なことのように聞こえるが、週に二度は訪れているアズルトにとっては慣れたものだし、今週に入ってからは毎日のように通っているのでもはや勝手知ったるなんとやらである。


 ムグラノ屈指と称されるだけあって、その規模は数ある学園施設の中でも上位に位置している。防衛拠点としての趣が強い騎士養成学校イファリスには珍しい吹き抜け構造を有するなど、ここが教会にとって特別な()()()ための空間であることを感じさせた。

 もっともそうした表向きの物事とは縁遠いのがアズルトであり、したがって用があるのは大書庫の(この)先であった。


 入り口付近の総合窓口を素通りし、立ち並ぶ書架には目もくれず、奥まったところにある付属施設を利用するための受付へと向かう。書庫ですれ違うのは専ら騎士服を着た本科以上の生徒であったり教職員や研究者らで、予科生の姿というのはあまり見かけない。試験前になればまた違ってくるのかもしれないが、そもそも生徒数に比して書庫が広すぎるというのも要因となっているのではなかろうか。


 受付に着くとあえて誰もいない窓口に並び、隅でいつものように呑気に読書に耽る黒髪眼鏡の司書に声をかける。身分証の金属板(プレート)を示すと手早く抱えていた本の返却手続きを済ませ、それを終えると特に言葉を交わすこともなく識石(しきいし)を渡される。そうして早々に読書へと戻った鬼族の司書を横目に、受付脇の薄暗い廊下へと入った。


 廊下の突き当りの部屋には、傍らの金属板に識石をかざしてから入る。研究区画と同種の魔導錠だ。扉を開ければそこは控えめに書架と机が並ぶ小部屋となっている。

 ここから先は入室に手続きを必要とする、閲覧制限の掛かけられた書物が収められた区画だ。もっとも、この辺りは二組以上なら窓口で書物の取り扱いに関する簡単なテストを受けるだけで誰でも入ることが可能だ。逆に四組となると寮会の推薦状やらなんやらでここに入るだけでも一苦労だったりする。


 そんな深刻な(クラス)格差も今は脇に置いておくとして、アズルトの探し物はもっと奥、一組の諸侯でもなければ面倒な試験を幾つも、四組ともなればそれはもう嫌がらせかと思うほど受けてようやく許可が下りる、魔導博士が読む類の魔術の専門書が収められた書庫だ。


 実のところ、四組だと貴族でもなければその辺りまでは立ち入ることができない。珍しく貴族の肩書が役に立っている……ではなくて、教会所属であろうと平民に過ぎぬクレアトゥールは本来ならば門前払いとなるところなのである。

 まあそこは蛇の道は蛇とでも言うべきか、貴族であるところのアズルトの従者(荷物運び)という体で同行の許可を取り付けていたりする。当然、許可証たる識石はアズルトの持つ一つきりだ。限りなく黒寄りの灰色であり、なにか一つでも問題を起こせばアズルトの許可さえ剥奪されかねない危ない橋でもあった。


 幾度かの認証を抜けやってきた『第八魔術書庫』の金属板(プレート)が嵌められた扉を開けると、魔灯の揺らめく蒼光が薄暗い廊下を仄かに照らした。どうやら今日も先客がいるようだ。

 アズルトが傍らのクレアトゥールを見遣れば、見上げる金色と視線が絡む。小さな頷きは「ぜったいに問題を起こしたらダメ、だろ。わかってる」という意思表示だ。もう何度目になるかも忘れた、書庫を利用する上でのいつもの確認作業。


 あえて音を立てるようにしながら部屋へと入る。

 今から利用することを示す、これもまた要らぬ衝突を避けるための工夫だった。

 慣れた足取りで書架の合間に消えてゆくクレアトゥールを見送りながら、アズルトは今日はどうしたものかと並ぶ背表紙へと目を向ける。


 制限図書指定を受ける書物というのは、教会の示す禁忌に直接抵触するほどのものではないが、帰納的に見た場合、禁忌に至る可能性を内包する知識の記された代物だ。大部分はバルデンリンド――ここで言うバルデンリンドとはニザ東域守座のこと――の寄贈であるが、ムグラノ主教座やサスケント寺院が原本を有する書物も多数収められている。これらは知識の性質もあって教会が流通を認めておらず、大部分が手書きによる写本だ。


 蔵書の分類上、魔術と冠されているこの書庫であるが、収められているのは魔術は魔術でも構築理論だとか基幹原理だとかの研究論文ばかりで、実践を主とする騎士にとってはそれほど興味が掻き立てられる場所ではなかったりする。先にも述べたが、この手の書物というのは魔術の研究・開発を担う魔導師の領分に掛かるものなのだ。


 翻って騎士が求めるのは行使する魔術そのもの、個々の術式に関する研究文書だとか運用、物としては戦術・戦闘などの教範が中心となる。そしてそうした書物というのは多く教会の総本山たる天盤が原版を有し、それなりの数を()()に流通させているもので、大書庫の方に収蔵されている。そしてこれもまた当然のことながら、専門的で高度な魔術というのは軽々に扱ってよいものではなく、より閲覧状況を管理できる閉架方式が採られていた。


 制限書庫は大書庫(おもて)と違って保管庫の色合いが強い。

 クレアトゥール用の教材を探し狭い書架の間を歩いていると、特徴的な桃銀の髪が目についた。胸元に厚手の本を一冊抱えたまま、少女はまだなにか探し物があるのか、指先で追うようにして背表紙に記された標題だか著者だかを睨んでいる。その横顔があまりにも蒼白で、それこそ病人めいて見え、気がつけばアズルトは足を止め眉を顰めていた。


 光の加減と言われれば確かにそうとも思える。青味を帯びた魔光はどこか寒々しく、ヒトを飾るのにはいささか不適当だ。けれども目元に浮かぶ影は以前見たそれと比べ確かに濃いように思われたし、記憶を掘り返せばここしばらく耳にしていた足音は宝珠を得た直後にも増して覚束ないものであったような……。


 ――いや、それは後ほど考えればよいことだ。


 本格的に意識が思案に沈む寸前で我に返り、先客がよく知る人物であることを確認できたアズルトは、要らぬ関りを避けるべくそっとその場を離れようとしたのだが、やはり長居をし過ぎたのだろう。探し物に没頭していたかに見えた少女はアズルトが来ていることに気づいたらしく、まず視線を向け、それから体ごと向き直り小さくお辞儀をした。

 こうなってはただ去るのも角が立つ。

 アズルトは目礼を返し、早々に目線を切るとその場を後にした。


 曲がりなりにも貴族であるアズルトと平民である少女との、間々ある極めて穏当なやり取り。

 彼女は殆ど利用する者のない第八魔術書庫――研究者らは未分類の資料やより制限の厳しい文書も閲覧できるため――にあって、自分たちを除けばたった一人の常連だった。

 初めて出会ったのは第四魔術書庫であったと記憶しているが、その時の驚きは忘れようもない。


 桃色の彩銀の髪を持ち、美しいと称するには未だ幼さが勝る少女の名は、アイナ・エメット。

 言わずと知れた『ムグラノの水紋』における三人の主人公が一人、その人であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃめちゃおもろかった。これからの展開も楽しみ。失踪しない程度に頑張れー。
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