少女は自ら道を選ぶ
区切りが悪く今回は短めです。
某日、夕刻――。
疎らに灯る魔光の彩色豊かな薄明が落ちゆく陽の残照と混じり、騎士養成学校イファリスの巨壁に複雑な陰影を投げかけている。
そんなイファリスの学舎の本棟北側。
立ち入る者も少なく、灯火が落とされたままとなっている廊下の薄闇に、溶け入るようにして対峙する二つの人影があった。
小柄な影は、その体躯にはやや不釣り合いな大きめの外套を制服の上に羽織り、目深にフードを下ろしている。
横着し半身で向き合う長身は、腰に吊る二本の長剣と身に帯びた魔具・呪物の数から言って、高位の騎士であることが窺えた。
「おまえがやらせてるのか」
フードを被った少女の隠し切れぬ敵意が、声という形を伴い廊下に薄く漂った。
「なんのことだ」
対する男の方といえばどこ吹く風。
少女の垣間見せる感情など気に掛けるに値しないといった様子だ。
「とぼけるのか」
「ハッ。心当たりが多すぎて分かるかっての」
小馬鹿にする物言いはどこまでも軽薄だ。
彼は常日頃からこんな調子であるからして、この言葉に真偽のほどを読み取るのは至難の業である。
だが、少女にとってそれが本心からのものであるかなど、あまり重要なことではなかったらしい。
「測定の後。あいつと話した」
凍り付くような怒気が声を震わせる。
そんな少女の言葉が意外だったのだろう。
男はほうと嘆息する。
そうしてなにが気に召したのか、喉の奥でくつくつと笑い出した。
「なんだあいつ、ゲロっちまったのか」
嘲るような呆れるような男を見上げ、少女は唇を血がにじむほど強く噛んだ。
それから両腕で強く自身を掻き抱くようにし、乱れた感情を落ち着かせるべく大きく息を吐いた。
「もしもに備えて監視していたって」
「馬鹿だな、見られる前に帰れよ。口止めしてしらばっくれることも出来ただろうに」
男にとってはまったくの想定外。
もう少し賢く立ち回る人間だと読んでいただけに、口を突いて出たのは彼にとってまごうことなき本音であった。
だが、それで苦労をするのは男ではない。
彼にしてみれば、自分に口を挟むなとまで豪語した生意気な小僧。首謀者として仕立て上げられたらしいが面倒を見る気は更々なかった。
続く言葉が挑発的になったのは意図してのものだ。
「で、そうだとしてどうする」
刹那、少女の怒気が凍結した大気を幻視するほど鋭さを増し――。
ふっと吐かれた呼気とともにかき消えた。
「別に。あたしはただ、おまえらが気に食わない」
そう敵意を告げると少女は踵を返す。
だが、一歩を踏み出したところでそういえばと再び足を止めた。
「ひとつ、聞き忘れてた。初日に言った庇われたって話。あれは――」
「ンなもん好きに想像したらいいだろ」
嘲るように言い捨てながら、男は帯鞄から煙草を取り出す。
「おれに聞いてどうなる。肯定が欲しけりゃ言ってやるぞ。それとも否定か。阿保くせえ。ついでだから聞くけどな、おまえはアレの言葉を真に受けてるのか」
魔力に溶かされた瘴煙が薄く辺りに漂い始める。
「なにも信じない。あいつもおまえも」
「そうかい。戻るならあの阿呆におれの部屋まで来るように伝えろ」
「くたばれ。くそ教官」
そう罵声を残し少女は足早に廊下の闇へと姿を消した。
男はしばしその場で瘴煙を漂わせると、煙草から魔力を払った。
そうして、舌打ちをひとつ。
「報告も出来ねえのかあの糞ガキは」
疲れたように呟きをこぼし、職員寮へと引き上げていったのである。
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