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あの日の続きを言うために  作者: 岩谷衣幸
第一章 憎悪と愛情
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第1話 告白の半ばで

 夜の冷えた空気を肌で感じながら俺は空を仰ぐ。夜空に煌めく星々と()()()()()()が俺を薄らと照らしている。


 日本で見慣れた星空と似ているようで全く別物の星空から視線を下に向けると、大勢の人が俺を囲むように群がって罵詈雑言を飛ばしていた。中には石や木の棒を俺に投げ付けている人もいる。


 だが、俺は特に反応を示さない。身体は痣や擦過傷だらけで手足は魔妨石の拘束具で拘束されて、磔にされているのも1つの理由だが、俺は既に諦めていた。俺が何を言った所で誰も耳を傾けはしない。


 尋問官による何日にも及ぶ尋問という名の拷問は地獄と言うには生温い程熾烈を極めた。気を失うまで殴っては蹴られ、殴っては蹴られの繰り返し。痛覚は麻痺し、精神が徐々に崩壊していくのを感じながらも、何も出来ずにただ耐え続ける。


 だが、それだけでは終わらなかった。


 無反応な俺に痺れを切らした尋問官達は拷問の目的が俺の顔を苦痛で歪ませる事に変わり始めたのだ。拷問は更に過激になっていった。気絶しても手足の1本なんかを切り落として強制的に目を覚まさせる。切り落とした手足は回復魔法で繋げてまた切り落とす。


 やってもいない罪を着せられて拷問を受けた俺はもう何をする気力も無い。


 そして、遂に断罪の時が来た。足元には大量の薪と炎獄竜(フレイムドラゴン)の肉塊が無造作に転がっている。


 炎獄竜(フレイムドラゴン)の肉は発火すると普通の炎よりも高温の炎が上がり、その炎で焼かれると普通の炎で焼かれるよりも数倍痛いらしく、火刑に使われる。


 そして、そこに火種が入れられて薪や肉塊に火が広がっていく。


 そう、今日俺は火刑で処される。殺人と国家反逆罪の容疑で。


 俺は自分の肌を焦がしている赤黒い炎をぼんやりと眺める。


(何で俺がこんな目に遭わないといけないんだろう……)


 俺は虚ろな目で俺を目の敵にしている周囲の人々を見渡す。女子供に至るまで、まるで俺を諸悪の根源であるかのような目で見ていた。


 そんな中、1人の男と目が合った。殆どの人が憎悪や嫌悪の表情を浮かべていると言うのに、その男だけは愉悦の笑みを溢している。


 その笑みを見て俺は悟った。この冤罪は偶然なんかじゃ無いと。


(そうか……俺は嵌められていたのか……無闇矢鱈に人を信頼した結果がこれだ……ほんっと笑えるよ……)


 断罪の業火に身を焼かれながら俺は自分の甘さに嫌気を感じた。


 俺は悔しさの余り頬を伝おうとする涙を抑えるために空を見上げる。涙で滲む月のような星があの2人の笑顔を幻想させた。


 2人の笑顔が目に溜まった涙を溢れさせる。


――本当にそれで良いのか?


 自分の心の中に直接響くような声が聞こえた。


(……俺はもう死ぬんだ。今更何を思おうと無駄だ。)


 俺は力無く誰か分からない声の問いを切り捨てる。人間に絶望した俺が生きていても仕方が無い。


――この様な仕打ちをされても何も感じないのか?このまま負けたままで良いのか?見ろ、あの男の顔を。


 再度聞こえる声。周囲の人達には聞こえていないようで相変わらず罵詈雑言が飛んできている。


 声に言われて男の顔を再度見た。そこには先程と同じ愉悦に染まった表情の顔。人を陥れることに愉悦を感じるような愚図以下の男。


(俺はあんな愚図以下の奴に負けたのか……結局凛香に想いを伝えられなかったなぁ。)


 俺は地球でやり遂げられなかった心残りを果たせそうにないことに後悔の念を抱いた。そう思うと、更に目から一筋の雫が頬を伝う。


――お前は想いを伝えようとしたが、それをあの男に邪魔されたのだ。伝えられずに悔しいだろ。あの男が憎いだろう。ならば憎め!絶望などせずに怒れ!!


 声から巨大な憎悪の感情を感じる。この世界のあらゆるものに対する憎悪。俺の本能がけたたましく警鐘を鳴らす。この声に耳を貸すなと。しかし、俺は拘束されていてどうすることも出来ない。


 すると、声が体に浸透するかの如く憎悪が伝播していき、それと同時に心の中が黒く染められていく。


(……憎い……俺を嵌めた男が憎い。)


――その男1人では無いだろう?


 心の中の何かがドクンドクンと脈を打ちながら更に大きくなっていくのを感じる。それと同時に心の中の憎悪が大きくなっていく。その憎悪を抑えようとしても抑えきることは出来ず、心が憎悪に染められていった。


(あぁ……俺をこんな目に遭わせた人間、こんな理不尽な運命に導いた神――この世界全てが憎い!!!)


 俺はギリッと歯を食いしばりながら心の中で叫ぶ。その憎悪に反応するかのように、俺を焼く炎は激しく猛り立っていく。その血のような炎はまるで俺の憎悪を体現したかのよう。


(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……)


 俺の中の憎悪も激しく猛り立っていく。軈て俺を焼く炎は優に2mを超えて野次馬達から覆い隠すように轟々と広がっていった。


――そうだ、もっと憎め、もっと怒れ。過去の弱い自分すらも恨め!


 身体を灼熱の炎で焼かれようが関係ない。その激しい憎悪によって炎の熱さすら忘れている。


 俺の心はこの世界全てに対する憎悪で満ち溢れた。


(俺はこの世界全てが憎い!この理不尽な世界など俺が滅ぼしてやる!!!)


――そうだ!!この世界にお前の憎しみ、怒り、悲しみ、恨み、妬み、嫉み、痛みを教えてやるのだ!!!!!!


 2人の憎悪が一致して融合していくかのように声の憎悪の奔流が身体に流れ込んでくる。もう憎悪を抑えることなど不可能。そして、憎悪が心の許容量を超えて爆発した瞬間、目の前が黒い炎で塗り潰された。











 2020年1月、日本の神奈川で新型のウイルスが発見された。極めて毒性が強く、感染速度も異常に速い危険性の高いウイルス。アルコールでも消滅する事は無く、高温で熱しても死滅しない。これと言った対策が無いため、ものの2ヶ月程度で全世界にウイルスが流行していった。


 死亡率が30%を超えて、全世界の死者数が10万人にも上る頃には各国が緊急事態宣言を発令。学校や仕事は休止となり勉学や経済が長期間滞る状態となってしまった。数ヶ月後に特効薬の開発に成功したが、投与して1ヶ月が経つ頃には薬剤耐性が付いて再び病状が悪化するという報告が何件も報告されている。人類は今、このウイルスによって生き残れるか否かの瀬戸際に立たされているのだ。


………

……


 ピピピッ……ピピピッ……ピピピッ……


 平日の朝に鳴る悪魔の声。甲高い電子音が耳元で大音量で存在を主張するそれを俺は無造作に強く叩いて黙らせる。部屋に静寂が訪れて浮上しかけた意識を再び沈めようと目を瞑った。


 しかし、その瞬間、部屋の扉が大きな音を立てながら勢い良く開く。


「起きろー、悠兄ぃ!朝だぞー!!」


 そう言いながら俺の腹の上にダイブしてくる人影。無駄に高い運動神経をフルに使って1m位ジャンプして自由落下し、俺の腹に着地する。


「ゴォフゥ!……」


 勿論、そんな高さからダイブされて無事な筈も無く、肺の空気を強制的に吐き出される。更に鳩尾に肘が入って内蔵にまでもダメージが入った。


「ゴホッ、ゴホッ……わ、我が妹、舞よ。」


 掠れた声で腹の上にダイブした本人――北条舞奈(ほうじょうまいな)の名を呼ぶ俺――北条悠哉(ほうじょうゆうや)。受験が控えているにも拘わらず毎日のように起こしてくれる2つ下の俺の自慢の妹だ。


「はいはい、何でしょう。我が兄、悠兄ぃよ。」


 舞は俺の腹の上で横坐りしながら首をコテンと傾げた。


 うん、めっちゃ可愛い。


「毎日起こしてくれるのは有難いが、そのダイブする癖は直してもらえないか?」


 俺は上体を起こして、舞のボブカットに切り揃えられたバーントシェンナの髪を丁寧に右手で撫でて左手で自分の鳩尾を擦りながら何度目か分からない質問をする。


 兄妹であるにも拘わらず、まるで恋人同士のような桃色空間を作っている事に突っ込む人はいない。俺のシスコンと舞のブラコンは周知の事実なのだ。抑もこの部屋には俺達2人しかいないし。


「う~ん……やだ!」


 舞はニパァと太陽のような笑顔を浮かべて、これまた何度目か分からない答えをきっぱりと言った。


 今現在浴びている朱鷺色の朝日よりも眩しい舞の笑顔を見せられると文句を言えない俺。俺の妹めっちゃ可愛い……


「悠ちゃぁ~ん、舞ちゃぁ~ん。朝ご飯出来てるからぁ~、早くしなさぁ~い。」


 1階から間延びした母さん――本名北条恵奈(ほうじょうえな)――の声を聞いて俺は舞を退かし、高校の制服に着替えて1階に下りた。舞が俺の後ろをテトテトと付いてくる。


 こういう犬っぽい所も可愛いなぁ~。


「悠……舞を見ながらニマニマすんなよ、気持ち悪ぃ。」


 リビングで既に朝食に手を着けて、俺の様子にドン引きしているのが俺の3つ上の兄――北条賢哉(ほうじょうけんや)だ。切れ長の目にアップバングの黒髪が強面の印象を与えている。見た目はワイルドなイメージだが、根は真面目で国内最高峰の大学首席と天才の中の天才。


「えぇ~……兄貴の頭の中の方がどうかしてると思うけど。」


 俺も神奈川県有数の私立高校で首席を取れる位には勉強が出来るが、兄貴程では無い。兄貴の頭の中かち割って見てみたいと何度思ったことやら。


「論点ずらすなよ。俺は悠のにやけ顔が気色悪いって言ってるんだ。俺の頭ん中は関係ねぇだろ。」


 兄貴が持っている箸を俺の方にピシッと向ける。


 因みに、今日の朝食はカツ丼。何故か、我が家の朝食は重い物しか出ない。小学校の林間学校や修学旅行の朝食の少なさの驚きは今でもはっきりと覚えている。


「ずっと疑問だったんだけど、何で我が家ってこんなに重い朝食なの?」


 俺は兄貴の指摘を華麗にスルーして会話の話題を変える。だって兄貴に口で勝てる訳無いし、でも負けるのは悔しいし。


「だってぇ~、朝ちゃんと食べないとぉ~、力出ないでしょ~。」


 母さんは気の抜けるような声を出してはいるが、食欲が一般男性以上ある大食いだ。母さんの目の前には仏壇に供えるような山になったカツ丼がある。如何すればカツが乗っけられるのか不思議な程高い山になっていて、話している間にも見る見るうちにその山が削れていく。


「だからって、朝食にカツ丼って……」


 俺は母さんの言い分に呆れながらもカツ丼を口にした。朝食には重い脂をたっぷり含んだカツはサクサクで噛んだ瞬間に肉汁が口の中一杯に溢れて出てくる。其所らのレストランに出てくるカツ丼よりもジューシーで美味しい。朝に出てこなければ文句は無いんだがな。


「……って、もうこんな時間か。ご馳走様。」


 俺はカツ丼を食べ終えて席を立った。


「……悠ちゃん、もう良いのぉ?お替わりあるわよぉ~?」


 そう言って、母さんは台所にある山盛りのカツ丼を指差した。これから此処で大食い大会が始まるのでは?と疑う程の量のカツ丼が家族5人分並べられている。


「俺はそんなに食べれないし。と言うか、いい加減、悠ちゃんって呼ぶの辞めてよ。俺はもうそんな歳じゃないし、恥ずかしいし。」


 17歳にもなって親にちゃん付けで呼ばれるのは誰だって恥ずかしいだろう。寧ろ、この歳まで言わなかった事自体遅いのではないだろうか。


「うふふ……自分のお腹を痛めて生んだ子はねぇ~、何時まで経っても可愛い~、可愛い~、子供なのよぉ?

 はい、これ今日のお弁当ねぇ~。」


 どうやらちゃん付けを辞める気は無さそうだ。


「はぁ……人前では呼ばないでよね。」


 母さんの反応に俺は溜息を1つ付いて弁当を受け取り、自分の部屋に鞄を取りに戻った。


「んじゃあ、行って来まーす。」


 俺はリビングに顔を覗かせてそれだけ言うと、家を出た。


「あっ……やっと出て来た。遅いよ、悠哉。」


 俺の家の前でセミロングのブロンズの髪を風で靡かせながら俺に文句を言ってきたのは幼馴染みの南野凛香(みなみのりんか)で、小中高と同じ学校に通っている俺の想い人だ。


「大丈夫だって、まだ登校時間に余裕で間に合うから。」


 俺がそんな事を言うと、凛香は上目遣いで頬を膨らませた。


「むぅ~……そんな事を言ってるんじゃないの。女の子を待たせちゃ駄目だって言ってるの。」


 凛香は拗ねている様だが、俺はそんな姿も可愛いと思っている。それと同時に舞と言い凛香と言い、何で俺の周りにはこんな可愛い奴ばっかりなんだろうとも。こんな事他の男子に言ったら、「死ね」とか「爆発しろっ」とか言ってくるんだろうなぁ。


「はいはい、次からは気を付けとくさ。と言うか、早く行こうよ。」


 適当な俺の返事に納得がいかないのか、凛香はジト目を送ってきた。


 俺はその目から逃れるように凛香に登校を促して歩き出す。


 凛香は暫くして「仕方ないなぁ」と言わんばかりに溜息を1つ付いた後、俺の後を付いてきた。


………

……


 ほぼ真上まで昇っている日の光を浴びながら俺は机に突っ伏してウトウトとしていた。この時期は気温が下がり始めながらもエアコンが稼働していて、寒がりな俺にしては身体が冷えてしまうため燦々と降り注ぐ日が暖かく、ついついウトウトしてしまうのだ。それが授業中であろうと……


――バシッ


 教室に何かを叩いたような音がした瞬間、俺の頭に痛みを感じて、俺は頭を上げた。


「……お早う御座います、先生……」


 俺は丸めた教科書を手に持った先生に寝ぼけながら答えた後、再び頭を机に突っ伏す。


――バゴンッ


 先程よりも強い衝撃が頭に走る。流石に無視する事は出来ず、俺は上体を起こした。


「『お早う御座います、先生』じゃないわよ。そして、そのまま堂々と寝るんじゃない!今は授業中なのよ?そんな堂々と寝ないで頂戴。」


 先生が呆れを含ませた声で注意する。この注意も入学してから幾度となくしているからだ。


 中にはもう注意するのを諦めている先生も多い。そんな中でこの先生は何度でも注意してくるため、熱意のある先生だなぁと俺は内心思っている。


「じゃあ、今度からこっそり寝るように……」


――バゴンッ


 俺の台詞を中断させるように先生はもう1度勢い良く手に持っていた丸めた教科書で俺を叩いた。


 教室の其所らから笑い声が微かに聞こえてくる。


「……先生……体罰は良くないですよ……」


 俺は周りからの笑い声を気にすることも無く、頭を抑えながら先生に苦言を呈した。


「貴方が授業中に寝ているからよ。

 そんなに寝たいならこれから出す問題を完璧に解けたなら、この授業を寝ても良いわよ。」


 先生の教師らしからぬ発言に流石の俺も硬直した。きっと俺の顔には「えっ?解けたら寝ても良いの?」みたいな内容が書かれているだろう。


 俺が呆然としている間にも先生は黒板の前にまで移動して問題文を書いていく。


「良し!じゃあ、北条、解いてみなさい。」


 俺は眠い目を擦りながら先生が書いた問題文を読んでいく。


 問題文を読み終えて俺は正直、狡いと思った。この問題はどう考えたって高校生が習うの内容では無い。


「……π/4log3(4分のπログ3)。」


 俺の呟きに教室がシーンと静かになる。生徒達は正解がさっぱり分からないから静かになるのは頷けることだが、先生も黙っていた。


「……正解、です。」


 暫くして、先生が渋々と言った感じに正解を認めた。


 伊達に超天才な兄と比べられてきた訳ではない。


「北条凄ぇ~。」

「流石北条だなぁ。」

「何であんな問題解けるの?」


 先生の正解宣言をきっかけに教室が騒がしくなっていった。


 俺はと言うと、そんな教室の騒々しい様子を気にすることも無く、既に机に頭を突っ伏して寝る態勢に入っている。先生から寝ても良いとお墨付きを貰っているから、俺の安眠を邪魔するものは何も無い。暖かな日の光に包まれながら俺は意識を早くも沈めていくのだった。


………

……


「にしても、悠は流石だな。あんな意味不明な問題を軽々に解くなんてさ。」


 午前中の授業が終わって睡眠から目覚めた俺に弁当を食べながらそう話しかけてきたのは俺の親友――落合正義(おちあいまさよし)だ。サンフラワーに染められた髪をスパイラルパーマに整えたイケメン。


 中学からの付き合いで凛香と3人でいることが多い。今も俺と凛香と正義の3人で弁当を突っついている。


「悔しいけど、私もあの問題はさっぱり分からなかったわ。何で悠哉は解けるのよ……」


 凛香が悔しさを滲ませながら俺に視線を投げてきた。


 俺達3人は親友であると同じにライバルでもある。定期試験で勝負しているのだが、結果は何時も同じで学年1位が俺で、2位が凛香、3位が正義。


「悠の頭脳は皆よりも頭1つ飛び抜けてるからね。そう言うところは凄いと思うよ。」


 正義が綺麗すぎる笑顔を俺に見せた。


「兄貴に負けないように高校より先の内容を予習してただけだよ。授業で扱っていないだけで応用問題じゃなかったからね。」


 俺は2人の言い分に苦笑いを浮かべる。


「……あ、そうだ。凛香今日誕生日だろ?これあげるよ。」


 正義はそう言いながら鞄から取り出したプレゼントを渡した。


「……これは……マフラー?」


 凛香が正義から渡されたプレゼントを見て、頭に「?」を浮かべる。


「ちょっと早いけどこれから寒くなる時期だからな。それに去年マフラーが古くなったけど、可愛いのが無いって言ってたじゃんか。」


 正義の発言に凛香は思い出したようで「あぁ~」と頷いた後、正義に礼を言って、俺の方を向いて何かを期待する視線を送ってきた。


「……凛香、行きたい所があるから放課後ちょっと付き合ってくれない?プレゼントもそこで渡すよ。」


 俺は凛香の期待に背く様な言葉に少し罪悪感を感じながらも凛香をデートに誘う。


 だって、凛香と2人っきりで渡したいし。


「ふ~ん……ま、良いよ。付き合ってあげる。」


 凛香が俺を見定めるかの様な視線を向けた後、凛々しい笑顔を俺に見せる。舞の笑顔が太陽だとしたら、凛香の笑顔は月みたいだと思った。静かにそして見守るような優しい笑顔。

 俺は内心ドキッとしながらも平静を保つのに意識を向けるのであった。


………

……


「で……何処に行くの?」


 午後の授業もつつがなく終わって放課後電車で目的地に向かう途中。凛香には行き先を伝えていないから気になるようだ。


「ん~……それは着いてからお楽しみって事で。」


 俺が悪戯っ子の様な笑みを浮かべると、凛香は拗ねた様に頬を膨らませた。


 そう言う所も可愛いんだよなぁとか思いながら凛香を宥めている内に目的の駅に着いて電車を降りる。学校がある市の隣町にある駅。


 その駅から暫く歩いた先の海岸、そこが俺の目的地だ。


「へぇ~!隣町にこんな綺麗な場所があったんだぁ……」


 此処の海岸はリアス海岸になっていて海面から50m程の高さがあるため、海を一望出来る様になっている。更に夕日が水平線に下がりかかっていて、辺り一帯を茜色に染め上げていた。


 写真でこの景色を見た俺だが、幻想的だなぁとしみじみとこの絶景につい見入ってしまう。


「……凛香、あんまり身を乗り出すと落ちるよ。」


 今日は海が荒れているため海に落ちたら一溜まりも無いだろう。俺も凛香もある程度泳げるとは言え、こんなに波が立っていたら波に飲み込まれてしまうかもしれない。


「……私、そんなに子供っぽく無いわよ。落ちるなんて真似しないわ。

 それより、プレゼント渡してくれるんじゃないの?」


 凛香が子供扱いされたことにいじけた後、俺に期待の眼差しを向けた。


 俺はそういうところが子供っぽいんだよなぁとか思いながら鞄にあるプレゼントを取り出す。


「はい、誕生日おめでとう。」


 凛香が受け取ったプレゼントを覗く。

 その様子を俺は気に入ってもらえるかドキドキしながら見守る。


「これは……フローラル系の香水?

 へぇ~……悠哉にしては良い趣味してるじゃん。」


 とりあえず、要らないと言われなかった事に安堵する俺。


「良かったぁ……ちゃんと受け取ってくれたよ。」


 俺は安堵してついポロッと呟いてしまった。


「ふふっ……悠哉ったらそんな事考えてたの?私が悠哉のプレゼントを受け取らない訳無いじゃない。」


 俺の呟きを聞いた凛香は嬉しそうに笑った。


 俺はその笑顔に見蕩れてしまう。凛香が幼馴染みで良かったと本気で思う程に。そして、伝えたい。凛香に俺の想いを、俺の愛を。


「……凛香。」


 俺は凛香に向き合って彼女の名前を呼んだ。


「ん?……なぁに?悠哉。」


 凛香が俺の名前を口にしただけで俺の胸が高鳴る。凛香が微笑んだだけで俺の視線は釘付けにされる。凛香が俺の隣にいるだけで俺の心は幸せに満たされる。凛香が俺以外の男といるだけで俺の心に黒い何かが渦巻く。凛香は俺に幸せを与えてくれている。だから、凛香に俺の気持ちを知って欲しい。だから、俺は勇気を振り絞ってこの想いを伝えたい。


「……俺はお前が……凛香が好きだ!!」


 凛香の事がどれだけ好きなのか伝えたいのに上手く言葉が出て来ない。俺の顔はきっとこの夕日以上に紅くなっている事だろう。


「……えっ?……ヘェッッ!?」


 最初は呆然とした声を出したが、暫くして爆発したかのように顔を真っ赤に染め上げた。


 俺は深呼吸を1つして、凛香への想いを告げる。


「ふぅぅ……

 凛香の月のような優しい笑顔が好きだ。凛香の絹のような滑らかな髪が好きだ。誰にでも優しく接している凛香が好きだ。真面目で直向きで努力家な凛香が好きだ。凛々しくて格好良い凛香が好きだ。ずぼらな俺と10年近く幼馴染みでいてくれた凛香が好きだ。子供みたいに燥いでる凛香が好きだ。子供みたい拗ねている凛香が好きだ。凛香の全部が大好きだっ!!!!」


 俺の最後の言葉が辺り一帯に木霊する。


 凛香はと言うと、耳まで限界に真っ赤にさせてパクパクと口が動いていた。


「……ゆ、悠哉に告白されるだけで、照れるのに、好き好きってそんなに言われると……は、恥ずかしいよ……」


 俺も凛香も顔だけでなく、手や脚まで真っ赤だ。勿論、夕日が俺達を紅く照らしているからでは無い。


「……悠哉、本気で言ってる?」


 上目遣いの凛香が震える声で訊いてきた。


「あぁ、本気で凛香の事が好きなんだ。」


 俺は凛香の問いに対して間髪入れずに即答した。凛香に対する想いは他の誰にも負けていないと言う自負がある。


「……これは夢、じゃない?」


 凛香は自分の頬を涙目になるまで抓り始めた。

 顔を真っ赤に染めながら涙目になっている凛香。物凄い煽情的で又もや俺は凛香に見蕩れてしまう。だって可愛いんだもん。


「……頬抓って痛かったなら夢じゃないんじゃない?」


 俺は凛香の頬を擦った。ただ痛そうだったからでは無い。俺の想いに対して真剣に向き合ってくれている凛香がとても愛おしくなったのだ。


「……じゃあ、夢じゃないんだね。

 悠哉の気持ち、凄く嬉しいよ。」


 自分の頬に手を添えられて恥ずかしくなったのか、更に顔を紅くしながら凛香は満面の笑みを浮かべた。まるで凛々しく咲く花のよう。


 俺は凛香の笑顔がこの世のどんな花よりも綺麗だと思った。俺はもう凛香しか見ていない。沈みかけている夕日もその夕日が反射してキラキラと輝く海も眼中に無い。それは凛香も同じ様に見えたのは、果たして俺の気のせいなのだろうか。


 そう、本当に周りが見えていなかったのだ……


「凛香、俺は凛香の事が好きだ。俺と……えっ?」


 告白の台詞を言い切る前に肩に圧力を感じて、何故か視界が傾いた。圧力を感じた方に目を向けるが、一瞬で視界が反転していて、ヒューと言う風を切る音をBGMに逆さ夕日が俺の視界に現れる。俺から見て上にある海面が物凄い勢いで近付いてくるのを見て、俺は誰かに突き落とされたのだと漸く悟った。


 そして、海面との距離が零になった瞬間、ドボンッという鈍い音と同時に肺に溜まっていた空気が全て強制的に出される。微かに凛香が俺を呼ぶ声が聞こえたが、その声に反応出来ない。


「……プハッ……んん゛!?」


 海面に顔出して空気を肺に送った瞬間、荒波に飲まれて再び海中に引きずり込まれた。先程とは違い、海水を大量に飲んでしまい、海面に浮上する事が出来ない。段々と意識が遠退いていくのを感じる。俺はこれが最期だと思って右手を海面の方に伸ばしながら、心身共に海深くへと沈んでいった。


………

……


――ポチョン……ポチョン……


 暗く沈みきった意識の中で規則正しい音が聞こえてきた。その音を認識すると、急速に意識が浮上してくる。


「……ゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ……」


 肺に溜まった海水を反射的に吐き出して、身体に酸素が行き渡っていくのを感じながら俺はゆっくりと目を開けた。


 周りは殆ど明かりが無く、物の影が薄らと判別出来る程度。どうやら何処かのの横穴に奇跡的に打ち上げられたようだ。


 身体中から痛みを感じるから流されてる時に岩で幾つもの傷ができているのだろう。半身は海水に浸っていて傷口に沁みる。


 俺はヨロヨロと立ち上がって横穴の奥へと進んでいく。


 俺を突き落とした犯人の顔は一瞬しか見られなかったから判らなかったが、服装は俺と同じだった事は確認できた。つまり、犯人は俺と同じ高校の男子生徒という事になる。


 凛香の事が心配ではあるが、恐らく大丈夫だろう。大方、凛香に好意を寄せていて俺の告白を邪魔したってところだろうから、凛香が落とされる事は無いと思う。


「……何だ?これ……灰重石……って訳でも無さそうだな。」


 横穴の奥に行くと、そこには所々に碧く光る岩があった。俺の知識で発光する岩石と言えば灰重石しか思い当たらない。


 しかし、灰重石は紫外線に反応して発光するためその現象が見られるのは紫外線が多く出る日の出の直前だけだし、青白く光る。発光する時間も色も違う。


 更に奥へと進んでいくと、その岩が少しずつ増えていく。そして、最奥に辿り着くと昼間と大して変わらない程度まで光る石――面倒だから発光石で良いや――が穴の中を照らしていた。


「……どっかの宗教の儀式か?」


 ゴツゴツの地面には何やら円形の陣が描かれていた。まるでアニメとかに出て来る魔方陣の様な。


「……ッ!?」


 俺が陣の中心まで歩くと荒波に流された疲れからか、再び意識が遠退いていくのを感じた。どうにか、意識が沈んでいくのを阻止したいところだが、そんな気力も無く遂に意識を手放してしまう。その瞬間、俺の視界は明転するのであった。






          to be continued……

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