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赤き鬼人と笑わざる乙女の青  作者: 須能 雪羽
第一章:交叉する島
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第5話 ネイル-04 『危険な隣人』

 潰れた鼻の巨漢。それが誰も、初めて猪人オークを見たときの印象だろう。背丈はネイルに及ばないが、でっぷりとした腹は勝る。

 その彼らが岩のないところを選び、上甲板から次々に飛び降りた。高い水柱が人数の分だけ上がり、目前に居る筈の敵に親切極まりない。

 時間のない中で集めた獲物を、彼らは大小の袋と木箱に纏めている。それを棲み処への最短方向に泳いで運ぶのだ。


「数を怖れてくれたらいいんだけどなぁ」

「そいつは虫が良すぎるってもんだ」


 そう言うホルトが向かったのは、小鬼と猪人との中間辺り。そちらへ行けば、猪人を追おうとする敵の横腹を襲える筈だ。

 そのあとを追うのは蜥蜴人。上甲板から水中の岩に飛び降りて、何ごともなかったように走っていく。


「さあて……」


 ホルトの背中と猪人の背中と。二つの方向を見比べて、ネイルは後者を追った。小鬼たちの声がこちらへ知らせる為でなく、目の前の敵への威嚇に変わっていたからだ。

 列になって泳ぐ猪人たち。その近くの岩礁を足場に跳ぶ。

 蜥蜴人の敏捷さには負けるが、ひとつふたつ踏み外したところで砕けるのは岩のほう。足へのダメージを考えなくて良いネイルも、素早かった。

 ――やっぱりだ。

 五度ほど跳ねたところで、小鬼たちが敵を取り囲むのが見えた。その数、十人ほど。足元には既に二、三人の猪人と小鬼が倒れている。

 左の肩に担いだ毛布はじっと動かず、何も聞こえない。それがなぜなのか考えることもなく、次の跳躍は思いきり力をこめた。


「ドゥア!」


 敵の先頭に、長い湾刀カトラスを掲げた男が居る。その名を叫び、振り下ろされようとした刃の目の前に着地した。

 少なからず、足元の地面が震える。だがその程度、ドゥアは意にも介さない。ネイルの巨体を前に、泰然と中段に構え直す。


「性懲りもなく、ちょっかいを出してくるじゃねえか!」

「おかしなことを言う。横取りしたのは貴様らだ」


 濃い飴色の革鎧には、細かな傷が数え切れない。要所を金属で補強し、左腕には固定された小さな盾。

 いかにも歴戦の傭兵という出で立ちの人間。そう、ネイルが一目を置く一団の主は、人間だ。その仲間も人間ばかり。

 野性的かつ油断のない振る舞いと、堅く凛とした口調が些か不釣り合いだ。


「ネイル。お、俺!」


 通り過ぎる最後尾。狩りに出せる中では最も若い猪人が、期待に満ちた目を向ける。戦わせろと言っているのだ。

 人間や小鬼などと比べれば、たしかに力が強い。だが彼らは、頭が悪い。目標へ突進して力任せに武器を振り回すだけが戦法だ。

 そうでなくとも、今は荷運びが優先された。


「余計なことはいい、早く行け!」


 ホルトならば、最後尾の守りを任せるなどと言い包めただろう。しかしネイルは、ただ頭ごなしに怒鳴って行かせた。


「必死だな。それほどに良い物を見つけたか?」


 ドゥアの鋭い目が、ネイルの肩に向けられた。こちらの最大戦力がわざわざ担いでいるのだから、注目も当然ではある。


「人間はまずくて食わないんじゃなかったのか」


 剥き出しの腕にも、首にも。ドゥアの身体に、およそ贅肉と呼べる物は見当たらない。それでも鎧は、内から破れそうに張り詰めている。

 長さの揃わぬ顎髭に、白い色は見えなかった。だがそれほど若くもないだろう。種族の違うネイルに、その判別の自信はないが。


「うるせえ。これ以上やるなら、皆殺しにするぞ!」


 戦うことに疑いや迷いはない。戦わ(やら)ねば殺さ(やら)れる。それがそのまま、生きることだ。


「やってみるがいい。出来るものならな!」


 互いに吼えた声量は、ネイルの勝ちだ。だがいまさら、それで怯むドゥアではない。

 左腕の使えないネイルは、まず右脚を正面に突き出した。最大の射程と、最大の貫通力を持つからだ。

 しかし読まれた。ドゥアは内に躱し、こちらの腿を切りつけつつ身体を沈める。そこから掬い上げるように、喉への突きが襲いかかった。


「むうんっ!」

「させるかよ!」


 いかに強い筋力を持っていても、湾刀程度を人間が切りつけても傷付かない。ドゥアの得意は突きで、ネイルが警戒すべきもそれだけだ。

 必殺のそれを叩き落とそうと、刃に平手を向ける。が、透かされた。この突きはフェイントだったのだ。

 伸び上がったと見せた腰と膝が強引に縮められ、それを発条バネとした本命の突きが内腿へ放たれた。


「くうっ――!」


 フェイントのおかげで、上体を捻っている。咄嗟に反対の腕を突き下ろそうとした。しかしそちらには、人間入りの巻物がある。

 一瞬の遅れ。間に合うか分からないが、膝を折った。透かされた腕に、雪辱の機会を与えるのだ。

 倒れ込みつつ、ドゥアの背中へ肘を打つ。それは僅か、届かない。

 岩が崩れて、粉塵が舞う。その中をネイルは立ち上がり、振り返る。ネイルもまた、負傷はなかった。

 三歩先に、やはり立ち上がったばかりのドゥア。彼は途中で攻撃をやめ、ネイルの股をくぐり抜けたのだ。

 もっとも、剣を引かなかったとして。傷が付いたかは分からないが。


「剣を引いたな」

「当たり前だ。貴様の巨体に潰されては、飯が食えなくなる」

「寝ぼけたことを」

「寝ぼけたのはそっちだ。貴様だけどうにかしたところで、俺たちの毎日が変わるわけではない。生きるには、明日も奪わねばならんのだ」


 ドゥアは強い。ネイルが出会った人間の中では、最も強い。

 しかも手強い。戦う術でなく、生きることに貪欲だ。彼を無視できないのは、その辺りネイルと通じるものがあるからかもしれない。


「ネイル!」


 ホルトが呼んでいる。仲間たちはもう、森へ逃げのびたらしい。

 こちらの死者は五、六人。あちらも似たようなものだ。彼我の人数比で言えば、こちらの勝ちと言っても良い。

 あらためて拳を向けると、ドゥアは湾刀の刃をズボンで拭った。

 それからこちらへ向け直しはするものの、明らかにその意志はない。今日の戦いは終わったのだ。


「お前が生きてたら、次も遊んでやる」


 握った拳の力を抜くと、ドゥアも刃を下ろす。しかしそのまま去るかと思えば、じっとこちらを見つめてくる。


「何だ」

「貴様、破顔はがん宝珠ほうじゅを知っているか」

「破顔――そいつあ、うまいのか?」


 宝珠。宝石のことだが、多くは人為的に加工された物を指す。特に名前が付けられていれば、何らかの特殊な価値を持つ。

 それは知っているが、破顔の宝珠という名には聞き覚えがない。


「俺はそいつを手に入れたい。貴様の手を貸せ」


 各々集まった集団の枠を越え、探し物を手伝えと。前代未聞の提案だった。

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