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武田見聞録  作者: 塩宮克己
序章
5/70

05

 結婚式当日のしかも式直前になってあたふたと着替える男というものは控えめに言ってだらしないし、まずいまい。しかしそのだらしない男がここにはいた。

 大慌てで自分のアイテムボックスを確認し渡された衣装から次に使用する物を選んでセットする。いつもなら駄弁りながらでも余裕でできることだが、現在は余裕が無いためか時間がかかっている。そこへ追い打ちをかけるように話し声が近づいて来た。

 先程まで口喧嘩していたはずの同席の女性二名が申しわせたように停戦しこちらをにやにやしながら見ている事もそれに拍車をかけていた。

 何とか黒のタキシードへと着替え終わったがそこでふと我に返った。

 「タキシードで神前式に三々九度するのか?」

 「無茶苦茶なところが私達らしいそうです。」

 「自分もはっちゃけるので道連れだ、とか何とか。」

 「君がやらかしたから箍を外すに決まっているじゃないか、まったくもう。定番のあれの他には何をやらかすつもりやら。」

 自分の式の番で羽目を外してくれた狐娘に抗議する。真ん中という事で板挟みになる事の多い次の主役は狐娘の動向で自らの律し具合を決める所があった。

 そうこう言っているうちにいよいよ花嫁が血被いて来たらしい。気のせいか話し声に加えてどすどすと不穏な音も聞こえてきた。頬が引きつりそうになるのを押さえながら男は扉を向いた。

 開いた扉から目に入ってきたのは案の定白色であった。純白のウエディングドレス。コンパクトなトップスと緩やかに大輪を咲かせたスカートの組み合わせであるプリンセスラインのそれだ。頭には白銀のティアラとレースのヴェールを付けている。長く伸びたヴェールの裾をこれまた白ドレスに身を包んだ娘達がそれぞれ黒翼と緑甲羅を背負って持っており、どうしたことかその後には男の腰程の背の小柄な雪だるま達が蝶ネクタイを付けて一体二体と全部で七体続いていた。騒音の源はこいつらだったようだ。

 「いや君のコンセプトは白雪姫ではなくて雪女だからね!?」

 目に入るやいなや男はこれまで何十回と繰り返されてきた突っ込みを入れた。

 「こんな時に、無粋です兄上様。それに私は間違っても別れるような真似は致しません。」

 当の本人は柳に風と聞き流していた。

 「そりゃ君はどちらかと言えば憑り殺す方だと思うけど。」

 「……何か仰いましたか、兄上様?」

 「いや、何も。」

 一瞬で冷気を身に纏い空気さえも凍てつかせ始める様を見て男は慌てて言葉を取り消した。それを聞き雪女は表情と雰囲気を一変させると

 「そんな事より、ほら、何か言いたいことはありませんか?」

 ドレスやヴェールを振りながら尋ねた。

 「うん、綺麗だ。」

 「もっと言い方があるでしょう?例えですとか。」

 「うん、お姫様みたいだ。」

 「はい、その通りです。」

 望んだ答えが返されたことで気をよくした雪女は後ろで裾を持ってくれている二人に合図をするといそいそと男の横へと移動しその腕を組ませた。七体の雪だるま達は未届け人よろしく壁際へと移動していた。

 「では参りましょう兄上様。」

 「新郎新婦そろってヴァージンロードっていいのか?しかも神前で。」

 「細かいことを気にしてはいけません。ささ、早く早く。」

 急かされるままに男は進み二人が上座につくと裾持ちの二人は自席へと移動した。そのまま三々九度の盃へと移っていた。流石に三回連続ともなれば手慣れてくる。何事も無く指輪交換が済み進行は誓いの言葉へと移っていった。

 男はそこで背筋に悪寒を感じ背中を一度ぶるりと震わせると、軽く雪女に視線をやり「おとなしくしていてくれよ」と念を込めた。雪女の方は「わかっています」とばかりに微笑んで返した。男は肩の力を抜き誓いの言葉を述べ始めた。

 「本日、私達は皆さまの前で結婚の誓いを致しますーー」

 そのまま順調に口上は進み最後になった時

にそれは起きた。

 「――死が二人を分かつまで、愛することを誓います。」

 「――例え七度生まれ変わろうと、愛し添い遂げる事を誓います。」

 結婚式という行事は新郎の胃の耐久実験の場では無かった筈だ。

 その筈だ。

 だというのに何故、なぜ今日に限ってここまでの事が起こるのか。多少のアレンジならまだしも全面変更とは何事であろうか。いっそ強権発動させた方が良かったのか。

 今にして思えば狐娘の誓いの言葉などただの悪戯と笑って済ませられるものであった。

 君はまだ良心的だったねとの感謝を目線に

乗せて送れば向こうはそうでしょうそうでしょうと目を細めて答えた。

 その上で対面で角を出して震えている鬼娘へと声をかけた。

 「少し、待とう。」

 そのまま隣の雪女へと向き直り

 「流石にやりすぎ。みんなに謝ろう。」

 と場を収めようとするも

 「私は皆の思っている事を代わりに言っただけです。謝るようなことなど何もしていません。」

 とそっぽを向いている。

 「それは知ってる。そのうえでしていい事と悪いことがあると言ってるの。雪だって分ってやっているだろう。」

 そこまで言われて周囲からの視線も厳しく、いい加減不利を悟った雪女の対応は素早かった。

 「はい、羽目を外し過ぎました。すみませんでした、皆さん。」

 この状況を読んですぐさま軌道修正できる能力を、なぜ切羽詰まるまで使わないのか、むしろギリギリの状態をどこまで攻めることができるのか面白がっていないかと、言いたいことは多々あったがこれ以上の事態の混乱を避けるため男は緊急避難措置を取った。

 具体的にはこれ以上下手なことを言われる前に有無を言わせず雪女の唇を自らの唇で塞いだのだった。

 たちまち沸き上がった驚嘆と口笛を耳にしながら、これはこれで自分たちらしいのか、と達観している自分を男は感じていた。

 そのまま指輪交換に移る。正直、ここでも何かやからすのではないかと心配していたが、何を起こすという訳でもなく素直に進んだ。時折頬を上気させ潤んだ瞳でほう、とため息をつくくらいでおとなしいものである。

 問題はと言えば先に式を済ませた二人からの視線の矛先が雪女から男へと変わったぐらいのものであった。

 「お待たせ、二人とも。それから雪のお手伝いもお疲れ様。準備しておいで。」

 雪女が参列者の席へ着席するのを確認すると男は残った二人の娘達へ声をかけた。当然今迄の三人と同様一旦退席して衣装を着替えてくると思っていたのだが……

 「ほい、兄貴。着替え終わったよ。」

 「……準備できたの。」

 二人ともその場で着替えを終えていた。一番下の河童娘の花冠の似合いそうな白のレース服はともかくとして、四女の鴉天狗の水干に括袴の五条大橋の牛若丸の如き服装は普段着ではあるまいか。式に合わせて白一色にしていると言えばそれまでではあるが。ひとまず男は河童娘の方から声をかける事とした。

 「梅子、もう本当に天使みたいだね。」

 「……ありがとう、父様。」

 返事と共におずおずと本当に花冠が差し出された。受け取ってにこやかに頭の上に載せてやると顔いっぱいの笑顔へと表情が変わった。その変化を確認し頭をひとつ撫でると男は鴉天狗へと向き直った。

 「牛若、本当にその服でいいのか?」

 「うん、普段着が一張羅。」

 あまりにも男気溢れた答えに男は自分で設定してしまった娘達の性格に自らの業のようなものを感じながら飲み込み、そして彼女の意思を優先させる事とした。

 「わかった。じゃあ入場からやろうか。」

 声をかけ屠蘇器を交換すると一旦三人揃って会場から退出する。そして三人で腕を組み、男は両腕に鴉天狗と河童娘の重みと温かさを感じながら改めて式場内へと入場する。

 本人達の希望なのだから多少慣習と違うところがあってもまあ良いかと、事前に聞かされた時と同じ感想を胸に男は進んでいった。

 道を進み三人揃って机を回り百八十度回転すると、三々九度の盃へと移った。今回は流石に銚子の中身はお神酒ではなく水であるが。

 四度目と場慣れした男と直前に三度も見学していたことで滞りなく進み、誓いの言葉へと移った。今回は最後の言葉は同時ではなくそれぞれに、

「――死が二人を分かつまで、愛することを誓います。」

 「――死ぬまでこの場の全員でバカ騒ぎを続けることを誓います。」

 「――みんな、ずーっと一緒。」

 三人三様の言葉で、不壊の誓いを下に乗せた。そのまま両側の娘達は体を寄せると、男の頬へと同時に口付けした。

 途端に周囲からどよめきが上がる。一部の雪女があざといの何のという言葉を耳にしながら、男が愛すべき乱痴気騒ぎに聴き入っていると、『その時』は来た。


 『こちらは、モンスター☆パラダイス運営部です。運営よりお知らせ致します。当ゲームは間もなくサービスを終了いたします。皆様の長年のご愛顧に感謝いたします。それでは、カウントダウンを始めさせて頂きます。』


 『10』

 全員が顔を見合わせた。

 『9』

 鬼娘と視線を交わし頷き合った。

 『8』

 狐娘からは差し出された扇子を受け取った。

 『7』

 雪女は両目に涙を浮かべて抱き着いて来た。

 『6』

 鴉天狗とは扇子を持っている方の手で拳を打ち合わせた。

 『5』

 雪女を抱きとめた手を一度離し、河童娘を肩へ抱き上げた。

 『4』

 為すべきことは為し、言うべきことは言った。そのはずだ。

 『3』

 カウントダウンを唱和しようかとすると

 『2』

 「いや、離れたくない」

 『1』

 雪女のその言葉に思わず同意したくなる誘惑に流されそうになりながら

 『0』

 「みんな、今までありがとう。」

 室内であったが、雨が男の頬を濡らした。

 そして男はその目を閉じた。




 目覚めるとそこは都内のワンルームマンションでは無く、ゲームで見慣れた湖畔都市に整備した和風拠点の自室であった。

 布団をはだけて身を起こしながら、はて、ゴーグルをしたまま眠ってしまったのかと寝ぼけ頭で顔に手をやれば何故かゴーグルではなく自分の顔の感触があるばかり、さらに手には扇子を持っていることに男から疑問が溢れ出すと


 「主殿?」

 からりと襖を開けてひょっこりと鬼娘が顔を出した。



申し訳ありません。

毎週更新を目指しておりましたが、

今回より隔週更新にさせて下さい。


家族(高齢者)が色々ありまして

①事故

②入院

③検査

④手術

⑤経過観察←今ココ

⑥転院

⑦リハビリ

⑧介護

と中々にハードな状況になっております。

私事で恐縮ですが、ご理解のほど、宜しくお願いいたします。

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