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武田見聞録  作者: 塩宮克己
序章
4/70

04

 二人による誓いの口上は山場を迎えていた。

 『――死が二人を分かつまで、愛することを誓います。』

 声を揃えての締めの言葉と、双方おずおずと近づいての証の接吻がなされた。

 わっと歓声が上がり、列席の娘たちは胸の前で手を組み合わせる、万歳をする、隣同士で手のひらを叩き合わせるといった形でその喜びと祝福を表現した。

 それに対して鬼娘は花の綻ぶような笑顔で、男の方ははにかんだ微笑で応えた。その状況を確認して男は思った。

 ――女は強い――

 そもそもこの式も、自分ではあたふたして唯の一人とさえまともな形にすることさえできなかっただろう。これだけアクの強い面子だ。一人分の要望を叶えるだけでも一苦労だろう。それを全員分段取りするとは、腹をくくった女は強い。

 本来であればここで男は愛しい娘たちを眺めて目を細めるところであろう。だがそこで安易に余韻に浸らせてくれない所がこの娘達であった。

 狐娘が表情を引き締めすっくと立つと、二度たおやかな手を打ち鳴らした。

 「さあさあ、今日は後がつかえていますからね。すぐ次の準備へ移りますよ。」

 他の娘達は一瞬不満そうな顔を見せるも、あまり時間をかけすぎると自分のための時間が無くなることを思い出し、そそくさと席を立ち上座へ手を振ると次々と退出していった。

 残ったのは紋付袴の男と白無垢の鬼娘である。そこで鬼娘は「では」と声をかけ一礼すると客席の方へと移り腰を下ろした。

 「向こうの手伝いに行かないのかい?」

 男の問いに対し

 「花嫁になった者がこれから花嫁になる者の手伝いをするのも可笑しな話でしょう?それに主殿が逃げ出さないよう監視も必要ですし。」

 「おい。」

 前半は納得したが余と言えば余りな後半に

男は抗議の声を上げた。

 「ふふ。半分冗談ですよ。」

 半分は本気という事である。今日が最後というのに泣けてくる程の信頼に、これは日頃の行いの結果かそれとも何か接し方を間違えたのかと悩み始め、どちらでもないことに気が付いた。

 自分の要望通り、『いつも通りの日常』を演出してくれているのだと分かったのだ。

 「こんな時までわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう。」

 「ええ、わがままで気まぐれでヘタレな上に気の多い主殿を持つと本当に苦労します。」

 「そこまで言うか。」

 「文句があるなら今回の一件を自分で段取りしてから言ってください。」

 「面目ない。」

 実際この衣装だけでもどれだけの手間暇がかかっていることか。素材集めだけでも一苦労だろう。最後の打ち上げ花火とばかりに、大多数のプレイヤーの箍が外れているならなおさらだ。そこでふと疑問が湧いて来た。

 「……今回の衣装の素材はどうやって調達したんだ?」

 答えを聞く方が恐ろしい質問も世の中にはあるのだと、自ら体験しながら恐る恐る声を発した。

 「苦労しました。私達だけでは手が足りなかったので、ギルドの有志一同のご協力も頂きました。」

 笑顔とともにとんでもないことを言い出した。どおりで他のメンバーがにやにやしていた訳だと今更ながらに理解する。最終日に大変な借りを作ってしまったものだ、どうやって返礼しようかと考え出すと

 「出来上がった衣装の試着会をすることで話はついています。」

 聞き捨てならない発言が飛び出した。何という事か。見たのか。あいつらは。この娘達の花嫁衣裳を。自分よりも先に。堪能しやがったのか。先程までと「借り」の意味が決定的に変化した。最終日の逃げ切りでとんでもない事をしてくれたものだ。どうしてくれようか。そこへ更に追い打ちがかけられた。

 「玉藻さんも雪さんも今日は自重しないと言っていましたから、お覚悟を。」

 いつの間にか笑顔は花のほころぶ様なそれからしてやったりという肉食獣のそれへと変わっていた。一番箍の外れているのは実はうちの娘達ではないかと内心の冷汗が止まらなくなってきていることを男は感じた。それと同時に先程鬼娘の口にした逃亡阻止の監視という言葉が凄まじい重みを持ち始めた。覚悟を試すかのように娘達の黄色い声が届いて来た。 

 腹を括るの次元が自分と他の娘達とでは違うのではないかと背筋を悪寒が駆け上った。いやいやまさか、そんなこともないだろうと、自分に言い聞かせながら男は気持ちを改める意味もあって次の衣装へと着替えることとした。最早有志一同に対し今回の一件を追求する気持ちは何処かへ行ってしまっていた。

 ゲーム内ならば着替えなど装備品を変更するだけだ。一分もかからない。本当に「着替え」をすることも出来るがあまり使われない機能だ。鬼娘から「風情が……」と苦情の声が聞こえた気もするが、敢えて聞こえなかったことにした。

 狐娘の選んだ衣装は下から漆塗りの浅靴に白の表袴、深蘇芳の縫腋袍に黒の垂纓冠と、絵に描いたような平安貴族の衣装であった。使用色に特別の許可が必要な筈の深蘇芳をわざわざ選んで来る所に意気込みを感じた。それと同時に狐娘本人の衣装にも見当がついた。むしろこれに合わせる衣装など一つしかあるまい。

 黄色い声はいつの間にかすぐ近くまで来ていた、と思うと一旦静まり、広間の両開きの扉が押し開けられた。

 一番槍の鬼娘の時と同様、扉を開けたのは下の二人である。前回と変わっているのはその衣装である。三ツ小袖に細長姿と平安時代の女官姿である。チラと見えた最後尾から主役以外の三人は今回お揃いの衣装にしたらしい。白、赤、紫、緑と重ねられた着物の移り変わる色合いが何とも雅である。

 中央に位置する主役の狐娘は今回は隠される様な事は無く堂々の入場である。唐衣、裳、表着、打衣、袿、単、紅の袴に加えて右手には檜扇左手には懐紙をたたんだ帖紙と、まごうかたなき十二単での入場である。本人の性格もあってか、歴史ある姫君といった役柄が実によく似合う。

 歴史的には平安貴族の婚姻衣装は公の晴れの装いである十二単ではなく私の晴れ着である小袿であるはずだが、さすがにこういった席でそれを指摘するほど男は野暮ではなかった。

 そもそもそれどころではなかったからである。先程の白無垢の相手に寄り添い、相手の色に染まろうとする健気な美しさとは違う、

衣装と共に自分を押し立てることで相手の懐に踏み入る、満ち溢れる自信に裏打ちされた押しの強さによる美しさも、また一つの完成された形なのだと、男は理解した。

 そこから先は平穏なものであった。先程と同様に感想を述べ「傾城どころか傾国だね」三々九度の盃を交わし、誓いの言葉を述べる時にそれは起こった。

 順調に進みすぎて気が緩んだのであろうか、

誓いの言葉を述べる前に狐娘が薄く笑った事を見逃した。そして誓いの最後に

 「――死が二人を分かつまで、愛することを誓います。」

 「――死が二人を分かつとも、愛することを誓います。」

 場が凍った。男は一瞬で顔面蒼白になり冷汗と脂汗を流し始め、鬼娘は額に青筋を立て、狐娘はにんまりとし、他の三人はあらかじめ聞かされていたのか澄ましている。

 男が錆び付いた体をどうにか回して狐娘へ上半身を向けると、待ち構えていたかのように頬を手で挟まれ向きを固定されるとそのまま飛び込んでくる形で唇を奪われた。歓声と歯軋りと口笛が沸き起こる中、一分近く目を閉じそのままの状態でいた後おもむろに身を離したが、その際舌を伸ばし男の唇を軽く舐めた。

 目を白黒させている男に対して狐娘は「口吸いの際には目を閉じて下しまし、旦那様。」

と取り澄ましたものである。色々と言いたいことはあったがまずは「状況」の進行を優先させた。

 「雪、時間がないから準備しておいで。」

 「はい、兄上様。」

 涼やかに返事をして席を立ち、末の二人を引き連れて自分の晴舞台の準備のため退室する白い娘を見ながら、全員いつもこの位素直ならばこちらの気苦労はどれほど軽減されることだろうかとそっと貴族衣装の上から胃を押さえた。その上で問題に取り掛かる事とした。

 「玉藻、まずは席に移動しようか。」

 「はい、旦那様。」「先に聞くことがあるでしょう、主殿。」

 上機嫌と不機嫌、それぞれの極致の声色で返答があった。普段ならば最悪一晩頭を冷やせと言い置いてログアウトしてほとぼりを冷ます手もあったが、今日だけは使えない。

 中央上座に立つ男と少し離れて対面に座る女二人に、裁判官に原告被告の立ち位置である筈なのになぜこうも修羅場の空気を出しているのかと嘆きつつも仲裁することにした。

 「まず玉藻、式次第はちゃんと守ろう。」

 「あら旦那様、私はちゃあんと静さんに『今日は自重しませんから』と許可は頂きました。苦情は静さんに言って下さいまし。」

 さも当然、私は何も悪くありませんといった返答に男は頭を抱えたくなるのを我慢して鬼娘へと向き直り、

 「この様に申しておりますが如何でしょうか、静さん。」

 と、最早青筋どころか文字通り角を立てている鬼娘へと水を向けた。

 「『自重しない』とは聞きましたが、『喧嘩を売る』とは聞いておりません。これでは後出しじゃんけんではありませんか。少々ずるいのではありませんか。」

 可愛らしく口を尖らせているが男はこれは噴火の兆候であるという事を知っていた。更に困ったことには鬼娘の言う事はまったくもって正論であるという事であった。

 自分だって予告を反故にされれば不愉快にもなる。ましてこういった場でのそれなど背中に刃物を突き立てる様な行為であろう。流石にそこまでされてなお抑えろとは男も言えなかった。そこで別の方法を取る事とした。

 おもむろに鬼娘の前に移動し席を挟んで向かい合う。何のつもりかと相手が口を開くより前に両手を取り、包み込むようにお互いの顔の前に持ってくる。そのまま一言だけ口にした。

 「済まない。」

 多くは語らない。本当に伝えたいことがある場合、あまり言葉を尽くし過ぎると逆に焦点がぼやけてしまう事がある。ならば最重要の一点のみ伝えた方が良いこともある。

 それも日頃の信頼関係あっての事でうまくいく保証も無いのだが。

 今回は吉と出たらしい。

 「一番ずるいのは主殿です。」

 もごもごと言うのを聞いて何とか納得してもらえたらしいと胸を撫で下ろしているとまたしても話し声が近づいて来た。

 一難去ってまた一難とは言わないが忙しない事だ、と男は慌てて自らの支度に取り掛かるのであった。

 今度はあべこべに鬼娘がにこにこと見守り狐娘が口を尖らせていた。


これで序章終わりのつもりがまとめきれませんでした。

もう1話お待ちください。

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