28 寄親との面談
教来石景政は戸惑っていた。
歌会の警固で積翠寺の裏手に同輩達と共に配置された。それは良い。お役目中に騒ぎが起き、幾人かが持ち場を離れた。
物見高い性分を否定するつもりはないが、それも時と場合によるだろう。そう考え、より一層の注意をもって周囲を警戒した。
そこまではよかった。
だが、だがしかし。
騒ぎが盛り上がり落ち着く気配が漂ってきたかと思えば呼び出され、騒ぎの張本人を指導しろとはどういうことであろうか。
公の場に然るべき手順も踏まず乗り込んできた、誰ぞ血縁や紹介、鳴り響く武名があるわけでも無い、その様な者を押しつけられたのだ。
事の子細を聞かされた教来石が自分は誰ぞ年寄の勘気にでも触れたのかと勘ぐってしまったのも無理の無い話ではあった。
伝える方も気の毒であった。
この話を伝えてきた武田家当主武田晴信の近習、駒井高白斎も、自分が逆の立場であったならと考え一言一言言葉を選びながらの伝達であった。
同輩達の尻拭いでその場にいなかった貴殿に貧乏くじが押しつけられたのだ。されどお役目はお役目。心して励むよう、などと伝えるなどどの面下げて言えようか。
片や、地侍上がりの槍一本の武辺者。片や、近習として当主に仕える吏僚。普段接点などほとんど無く、阿吽の呼吸など望むべくもない関係だ。
されどそれはそれ、これはこれとして淡々と事に当たるのが分別のある大人の対応である。この二人は分別のある大人の甲州武士であった。
とはいえ、歌会の席に乱入して仕官を願った挙げ句、客人の貴族がそれを座興として容認してしまった上に男は三人抜き、女に至っては五人抜きと聞き教来石は耳を疑った。
普通に考えるならばそれほどの武芸者が無名などあり得ぬ事だ。だが、だがもし、それが事実ならば他国へ走らせるわけにはいかない。
万一の際には本来ならば自分たちの側に立つはずだった腕利きが、相手側に立ちその牙をこちら側へと向けるのだ。その様な愚を犯すわけにはいかない。
加えて今回の行動から武家の出ではない、地下、町人百姓といった階層の出身であることも予想された。それは指南が只の指南では無いことも意味していた。
氏より育ち、の言もある。生まれ育った環境が違えば価値観や行動様式も違う。更に言えば同じ言葉でも捉え方が違うのだ。前途の多難さを教来石は思った。
ともあれ、まずは本人を見てみなければ話にならない。問題の使いの者に問題の二人を庫裏まで案内するように伝え、高白斎の前を辞し、自らも足を向けた。
道すがら庫裏での対談に込められた意味から相手がどの様な反省をするか、それにどう対処するか、幾通りか考えを頭の内でまとめながらの歩みであった。
*****
「ああ、やっぱりやりすぎたかなあ」
「何を今更、承知の上でしょうに」
嘆く声と窘める声を木々の葉は聞いた。見つめる者も木々や花々、後は鳥であろうか。
「うんまあ、なんでまだ首が繋がっているか疑問ではある」
流石に手打ちにされても文句の言えない所業であると竜胆も理解していた。
「そもそも何です、白樺竜胆などと」
「はっは、花押は雷鳥にして家紋は羚羊にでもしようか」
とがめる声にもどこかおどけて答えている。
「それに本当に不味いことになっているなら、玉藻から伝令が来るだろう」
枝に止まる一際立派な鴉に手を振り、竜胆は答えた。
む、と言葉に詰まったのは静の方である。出発前に竜胆抜きで玉藻と二人で打ち合わせをしていた事に動揺もしていた。案外見ているのだなと見直しもしたが。
「で、この扱いは想定内ですか」
この質問に今度は竜胆の方が言葉に詰まる番だった。想定内ではあるが、下の中といったところだったからだ。
人気の無い裏山を眺めながらぽつりと、
「想像していた上役との面談とは、随分違うなあ」
苦笑いを隠しきれない表情で言った。
指南役との対面ならば普通は畳敷きの間で左右に関係者が顔を揃えた形でするものだ。よほど身分差があれば板敷きの間で一対一でであろうか。
対して今回は庫裏である。この時点で自分たちがどういった扱いを受けているか、十二分に察せられた。それだけの事はしたという自覚もあった。
もっともそれを悲観してはいなかった。なんとなればそれをひっくり返す手段を自分たちは複数持っているからであり、その使い方も心得た女参謀がいるからだった。
砂利を踏みしめる音が微かに響き、それがだんだんと近づきて来ているのを察し、竜胆と静は落ち着いて居住まいを正し片膝を着いて頭を垂れた。
「待たせたな、お主の寄親を仰せつかった、教来石民部景政である」
張りのある声が響き、二人は一層頭を低くした。
「白樺竜胆にございます」
「白樺静にございます」
「うむ、面を上げよ」
許しを得て、二人はゆっくりと顔を上げた。
目に入ったのは一人の武人である。がっしりとした体つき。鋭い眼光、引き締まった口元、整えられた髭。質素だが折り目の正しい衣服。武人として、ある種の理想があった。
驚いたのは教来石も同様であった。並み居る警固の者どもをかき分け山門から境内まで突破してなお余力を残した剛の者と聞きどれほどの者どもかと内心戦いていたのだが。
体格は並以上だが、強者特有の「気」が無い。実際に相対していても気圧される感覚がまるで無い。それを制御できるほどの老練とも見えないが、どう判断すべきか迷った。
三十路を過ぎれば一家の主として清濁様々の場面に対応してきている。内心をおくびにも出さずに牢人に白拍子と奇っ怪な取り合わせの二人に声をかけた。
「では白樺竜胆、そなた生国はどこか」
出身地と生家の状況を聞けばおおよその人となり、所属階層がわかるものである。定番の質問であった。
「は、南蛮の生まれにございます」
蝦夷や佐渡を挙げられる可能性は考えていたが、これは流石に予想外であった。一瞬ふざけているのかと刀の柄に目をやった。
「……ではどうやってこの国まで来たのか」
「南蛮船に乗り込みはるばるまかり越してございます。近海で船が座礁し浜へ打ち上げられ、甲斐までたどり着いた次第です」
青筋を立てかけた教来石だが竜胆の顔を見て考えを改めた。商人が売り込みの際に使う大げさな口上では無いと知れたからだ。ならば、と考えを深めた。
直ぐに嘘と知れる経歴を詐称するは本来の経歴を言えぬからではないか、と。自ら飛び出したか勘当されたか、訳ありの人間だからではあるまいか。
戦乱のうち続くこの時代、訳ありで無い人間の方が珍しいが、こやつ等は訳あり中の訳ありなのではあるまいか。事実として武芸はただ者域のでは無いのだ。
そう思い、続けて一つの質問を発した。
「では、お主の親は何者か」
「は、確とは存知ませぬが、先祖は戸隠山の鬼女紅葉と聞いておりまする」
なるほど。と、この問答で教来石は一つの確信を得た。陰陽師か修験道か、その当たりの家に生まれた、武才に恵まれすぎた者なのだなと。
嫡男では無い。恐らくは三男以下の部屋住みか分家等の傍流か。不遇をかこつ生涯を送るならばいっそ腕一本を頼りにのし上がろうと夢見たか。それともそう親が仕向けたか。
されど、それをただの若さと侮ることは出来なかった。それだけの実力者であるからだ。確かな腕を持つ者は、周囲から敬意を払われる。それはどの業界でも同じだ。
そして戯れに一つ問いを追加してみた。
「その女とはどういった関係か」
「それがしの式神でございます」
決まりだ。陰陽師だ。
さもありなん。尚武の家系に生まれたならばいかようにでも力の振るい様はあったのだろうが。家によって求められる才の方向性というものがある。
されどこの元服前の、髷も結っていない男はこうして武田家の門を叩き、その末席に加わることを望んだ。ならばそれを導くのも先達の役目であろう。
自らも地侍という、裕福な百姓とそこまで変わらぬ階層に属し、甲府よりも諏訪の方が近いほどの甲斐の端を知行する者として、この若者には理解できる点もあったのだ。
そして下知を伝えた。
「まずは住まいも必要であろう。甲府郊外の居宅を貸し与えるる故、まずはそこに腰を落ち着け、次の指示を待て」
会見らしきものが終了した後、竜胆と静は並んで積翠寺の石段を降りていた。片や思案、片や戸惑いの表情である。傾き始めた日が二人を照らしていた。
「あれで良かったのですか、主殿」
「ああ、うん。とりあえず仕官はできたし、市民権ももらえただろう」
答えながらも心ここにあらずである。
業を煮やした静が再度口を開こうとしたその時、唐突に竜胆が声を上げ笑い始めた。
「ああ、そうかそうか。どうりで聞き覚えがあるはずだ。教来石。教来石ね」
額を手で押さえながら未だに笑いの収まらない様子に若干の心配を覚えながら静が寄り添おうとすれば、心配無用とばかりに手で押しとどめられた。
流石にむっとした静に竜胆が説明を始めた。「あの教来石さん、将来の武田四天王の一角だ。これはもう黙ってついて行けば良い。」
下の中どころか上の上だ、とまとめた。
そんなものですか、ああでも公の場では民部卿様とお呼びするんだぞ、とやり取りを続けながら、家族の待つ宿へと足を向けた。今回の顛末を説明するためだ。
町中を宿へと歩いていると二人は妙な居心地の悪さを感じた。敵意をもたれているわけでは無い。だがやたらと人の視線を感じるのだ。だが耳は情報をしっかりと拾っていた。
ーーあの二人らしいぞーー
ーーとてもそんな豪傑には見えないねえーー
ーー牢人はともかく白拍子だぞーー
ーーそっちの強者だったのかねえーー
この時代における人の噂の伝達速度は侮れぬとの認識を新たにし、少々顔を強張らせながら心持ち足を早めた。流石にこれ以上はしんどいと双方思ったのだった。
「それで、お給金はいかほどですか」
宿に帰って大変良い笑顔の玉藻から質問を受けた瞬間、竜胆は自分が致命のミスをしたことに気付いた。
給料も確かめずに入社を決める馬鹿がどこにいる。
いや今度改めて確かめるよと途端に言い訳する羽目に陥った。
「で、兄貴、結局どうなったの」
「根無し草から滞在許可発行へと、一歩前進かな」
牛若とは単純明快で助かった。
翌日宿の女将には世話になったと礼を言い、名残を惜しまれつつ後にした。やはり胡散臭くても、金払いの良い客は宿にとっては上客だったらしい。
「ととさま、なんでもらえるおうちがまちのそとなの」
「余所者だからかなあ」
信用がまだ無いのだろう。
実際、牢人時代の明智光秀も朝倉家に身を寄せた際には、外様だからという理由で一乗谷には居を構えられず郊外住まいだった。地縁血縁の無い新参者はそんな扱いである。
だが、この仕打ちは予想出来なかった。立て付けの悪い戸。蜘蛛の巣だらけの内部。埃が層となった土間。一同は絶句した。
「主殿。これは廃屋というのでは」
いつの間にか椿の花が咲き始めました。
道理で寒いわけですね。




