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武田見聞録  作者: 塩宮克己
1章 天文11年(1542年) 諏訪高遠編
11/70

06

「申し開きはありますか旦那様」

 「ありません」

 女四人に囲まれながら土下座する男の姿があった。何故こうなったのか話は少し遡る


 霧の中を男女が行く。男の方は薬売り、女の方は侍の身なりをしている。手をつないで歩みを進めながら会話をしている。

 「主殿、あれはどういうつもりですか」

 「あれ、というと?」

 とぼけるような男に対して女の方が食って掛かった。

 「全部です。順に説明して下さい。そもそも怪我をしたかも知れないのになぜ手加減したのですか」

 問われた男は右手に持っていた杖を左脇に挟むと先端を上へと引き抜いた。杖が上下に別れ中から冷たく光を反射する白刃が顔を見せた。仕込み杖である。男は杖を一つに戻し右手に持ち直すと答えた。

 「まず殺さなかったのはそこまでしなくてもいいかな、と思ったから。人の命を奪う覚悟もしていなかったし」

 「……名乗りは?」

 「……やっぱり定番は紀伊の暴れん坊か水戸のご老公だと思うんだよ、うん」

 目を逸らして早口になった男に対して内心嘆息しつつ静は指摘を入れた。

 「火付け盗賊改めや剣客、諸々のお奉行様はどうするのです」

 「君どこでそんな事覚えてきたの」

 「主殿です」

 気まずい沈黙が両者の間に降りた。

 気を取り直すように静は咳払いを一つすると質問を続けた。

 「盗みに関しては?」

 「戦利品、というより実情把握。どんなおカネが流通しているかは大事だし、多分この刀の質は中の下から下の上、それで用意する装備も大体決まる」

 確かにあの被害者の武士は主人では無く従者、しかし一定の武装はできる程度の身分だったであろう。男の主張もあながち間違いでは無いと静は納得した。

 そして最後の質問ないし疑問を口にした。

 「しかしなぜ待ち構えられていたのでしょう」

 その呟きに男は顔を背けながら

 「田舎の夜って静かなんだよ」

 と要領を得ない答えを返した。続きを促されると

 「だから昼間に比べて音が遠くまで響くんだな、だから大きな音がしたら近隣の皆様も気になるだろうし」

 しだいに男の手に脂汗がにじんでくる感触に若干の不快感を感じながら静は結論を促した。

 「それで?」

 「最初に行ったとき、派手に暴れただろう?あの音が遠くまで響いて、不審に思った警備の人たちが駆けつけて来たんじゃ無いかなあ」

 「結論として主殿の軽率な判断が原因であったと。もう過ぎてしまった事ですから仕方ありませんが、次からは全員で行って玉藻さんに確認してもらってから行動しましょう」

 静はそう締めくくり男が観念したようにうなだれるととどめとばかりに一言、

 「ではこれからお説教の時間です」

 いつの間にか霧は晴れ、仲間の顔があった。

 そして、男のささやかな望みとは裏腹に、現地でのトラブルは一瞬にして発覚した。行きには刀を持ち、衣服には格闘の結果の砂が付着していれば当然であった。

 怪我の無いことは不幸中の幸いであったが、偶然幸運の類いであったことは指摘されるまでも無く自覚していた。結果、留守番組から男は非難の嵐を受けることとなった。

 結果として男は土下座の上で説教を受けることとなった。

 「現地での揉め事、そこから強盗傷害事件へと発展したのは目を瞑るとして」

 言われた男は流石に玉藻の良識を疑った。そこは怒るところだろうと、もしや自分と仲間以外どうでも良い存在と割り切っているのではと若干の怖れを抱いた。

 しかしその後の展開に別の意味で男は凍り付いた。

 「その発端が旦那様の考えなしで、静さんを危険に晒したのは許しません」

 玉藻はいつも口元を隠している扇子を閉じ、薄く目を開いて男を睨み付けていた。全く笑っていないにも関わらず細められる目に、男の脳裏に蛇と蛙がよぎった。

 そして玉藻はちらりと周囲を見回すと、

 「そういった訳ですので今後は行動に移す前に方針の検証もするので全員揃って行動する事と致します。よろしいですね」

 と沙汰を下した。男に拒否権は無かった。

 「まあ、色々と問題はありましたが、結果として年代はほぼ確定しましたし、現地で流通している通貨も、おおよその武装の程度も知れました。上々でしょう」

 続いては静議長の方針決定会議であった。折角なので霧の門が消える時間を確認しようと待機することになったため、それまでの時間稼ぎの意味合いが強かった。

 時間も時間であるため、今日は大まかな情報共有にとどめ、一旦一眠りしてから改めて全員で方針を決定することとなった。そして男には説明責任があった。

 「最初に、いい知らせと悪い知らせのどちらから聞きたい?」

 これは男の癖であった。心の準備と、どちらから聞くかの選択を相手に任せるという。

 それに対して仲間達の答えは決まっていた。 「悪い知らせから」

 異口同音の返答に男は少しうつむきがちに

 「雪ついて手がかりはありませんでした」

 途端に失望と落胆のため息が上がったが、仕切り直すように玉藻は手を数度叩き

 「では良い知らせは?」

 と続きを促した。

 「まず時代は千五百四十年位、概ね武田信玄に代替わりした辺りだな。現地は長野県諏訪、諏訪湖畔に出るぞ。今回揉めたから、次は警戒して待ち伏せがあるかも知れないな」

 すらすらと男の口から語られた言葉に、玉藻は数度頷き牛若は目を見開き梅子は笑みで応じた。それを見た男はどうだきちんと仕事をしていたんだぞ、と胸を張った。

 そこで静が男の背後に目をやりあ、と声をあげた。桟橋の先の霧が揺らめいている。霧の門が発生した時と同様の現象である。ということはーー

 全員の脳裏に今後の展開が予想される中、男は素早く懐に手を差し込むと懐中時計を取り出した。盤面を改めるとふむ、と頷き全員に対して確認の意味で告げた。

 「午前2時から4時、丑寅の刻限ね」

 と門の出現している時刻を判断した。そこでどうするか話し合おうとしたところで牛若が大きなあくびをした。

 そこで男は状況を思い出した。この場にいる全員はほ徹夜状態であることを。流石にこの場はここまでにして、後は一眠りした後で改めて話し合うこととなった。

 

 最年少の梅子が船をこぎ始めてしまったため、男は梅子を背負い、起こさないように気をつけながら帰路を歩んでいた。疲れによるものか、足取りはゆっくりとしたものだった。 夜更けの寒さのため、男は上着を脱ぐと梅子をくるみ、風呂敷の様にして梅子を背負っていた。それまで背負っていた薬箱は玉藻が、仕込み杖は玉藻が嫌がったので静が持った。

 そのまま梅子を起こさぬよう静かな足取りで歩みを続け、拠点の館へと戻ってきた。入り口の広間で解散となり、男は牛若とともに梅子を私室へ、残りは倉庫へ荷物を届けた。

 男は梅子と牛若の部屋へ到着すると牛若に布団を用意させながらゆっくりと梅子を床に下ろすと穏やかに起こした。そのまま牛若に後を任せると退室し、一旦広間へと戻った。

 広間へと戻った男は懐をまさぐると不似合いな巾着袋を取り出し、中身を掌へとあけた。十数枚の硬貨を確認するとその中の一枚をつまみ、待機している従者へと渡し告げた。

 「これをできるだけ沢山複製してくれ。数は、そうだなーー」

 顎に手をやり少し考えると

 「とりあえず百万枚」

 何でも無いことの様に告げた。丁度倉庫から戻って来た静はそれを聞き目を剥いた。

 「あ、主殿?その量は何事ですか」

 問いをもっともだと思った男は指を立て

 「戦国時代だからな、銭一枚で一文、千枚で一貫、足軽鎧一領でも五~六貫、火縄銃なんか一挺数十貫の上に一発撃つと約三文だ。おカネはいくらあっても足りないぞ」

 あまりにも自信たっぷりに発言する男に一瞬呑まれかけた静であったがすんでの所で我に返ると反論した。自身のそれまでの倫理に反すると感じられたからだ。

 「そもそもおカネの偽造ですよ?私たちは犯罪者集団ではないのです」

 「私鋳銭といって数量不足を補う手段として認められているよ」

 ああ言えばこう言う男に対して、静は若干の苛立ちを覚えていた。そして二度の訪問で狙った成果を得られていない仲間への後ろめたさもそれを後押しした。

 「主殿、私たちは時代劇ごっこをしているわけではないのです」

 口に出した瞬間に後悔が全身を襲った。違う、そんなことを言いたいのでは無いと。

 しかし一度動き始めた口は止まらない。

 「大体何です、今日の体たらくは。あれでは雪さんを探し始めること自体がいつになるか分からないではありませんか」

 違う、そんな事を言いたいのでは無い。只でさえ一人行方不明な中、これ以上の問題を避けるため慎重策を採っただけ。自分だってそんなことは分かっている。

 しかし内心を自らの言葉は裏切り続ける。

 「こんなことなら主殿に留守番してもらって玉藻さんと行った方が良かったではありませんか」

 言ってしまってからはっとなった。言って良いことと悪いことがある。静はとうとうどうして良いか分からなくなり、泣き笑いの表情で男をみた。それに対して男は

 「すまなかった」

 と一言だけ答え頭を下げた。

 静は言葉を失い唇を噛みしめ一歩退くと、涙をこらえ走り去った。

 男は手を伸ばし何かを言いかけ、その後唇を噛みしめ静が去るのを見送った。そのまま右手を肩へやりうつむいたまま歩き出すと、少しして床を見て膝をついた。

 悔恨と無力感を唇を噛みしめることで己の内へ納め足を動かしていると、男の視界で何かが光を反射した。何かと思い床に拾ってみれば金色の獣毛であった。

 男は拾った毛を手に、今し方静が走り去ったのとはまた別の方向を向き少し考えると、そのまま歩みを再開させた。多くのことがあり、自分の内面を持て余していたからだった。 行方不明の仲間、別の場所への通行門の存在、良好とは言えなかった現地住民との接触、なぜか現地の時代は戦国時代であること、男自身、自らの許容限界を感じていた。

 男は右手を後頭部へとやり少し掻きむしると数度頭を振ると今度こそ広間から去り自室へと歩み始めた。頭では今後の段取りを立てようとするも、気持ちがついて行かなかった。 

 自室へと戻った男は寝間着に着替えるとそそくさと布団を敷いて潜り込もうとした。こういった時は下手に考えず一旦眠って締まった方が良い、経験則であった。

 毛布をかぶってさあ寝るぞ、というその時出入り口の襖を叩く音がした。「兄貴」という牛若の声も聞こえてくる。何事かと布団から抜け出て襖を開ければ、梅子と目が合った。 「どうした梅子、眠れないのか」

 との問いに牛若が目をそらしもごもごと

 「それがさあ……」

 言葉を遮りひしと梅子が抱きついてきた。

 何事かと目を白黒させる男に対して牛若が言うには、昨晩寝て起きたら雪がいなくなり、今晩も誰かいなくなるのではと梅子が不安になったらしかった。

 話を聞いた男はそういったこともあるなと納得すると同時に己を恥じた。自分の事で手一杯でどうする、背負わなくてはいけないものがあるだろう、と。

 そのまま二人を部屋へ招き入れ、予備の布団を出すと自分の布団の左右に敷いた。

 「じゃあ、今日は三人で寝るか」

 と声をかけ三人とも布団に入った。  

 「川の字というより山の字だね、兄貴」

 背の高さを冗談にする牛若がいれば

 「雪お姉ちゃんがいたらどうしたかな」

 と寂しさを口にする梅子もいた。

 それに対して男は腕を万歳の形に伸ばし

 「雪がいたらこう、枕の向こうから手を首に回して頭を反対側から抱え込んでだな」

 と身振りを交えて解説を始めた。

 「随分具体的だけど経験あるの、兄貴」

 何気なく発せられた牛若の問いに対し、男はびくりと体を震わせ口を閉じた後目を泳がせる事で答えた。

 牛若と梅子はその反応を見るとそれぞれもぞもぞと布団の中を移動し、男の布団の中へと潜り込んできた。そしてそれぞれに男の腕を取ると腕枕の姿勢を取らせた。

 「兄貴お休み」「おやすみととさま」

 やることをやった年少組はそのまま就寝の挨拶をすると寝息を立て始めた。男は微笑み自らも目を閉じた。

 決して気を緩めていた訳では無かったが、目を閉じた瞬間に男は睡魔に誘われた。それは疲れだけによるものか。腕枕の姿勢を崩さぬよう、両隣のぬくもりを抱き寄せた。

   



 話の展開も、執筆も、もっとテンポよくいかないといけませんね。

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