007~町に着ける夕(ゆうべ)~
ウィレムの町に到着しました。
主人公視点で状況を説明していくのは難しいですね。
昼飯を終え、ウィレムの町を目指して再び進んでいく。
町へ近づくにつれ、草原だけの景色の中にライ麦畑が見えるようになってきた。
グローチス領の北側に位置するこの辺りは土地が痩せているので、穀物はライ麦を中心に栽培しているのだ。
そして畑が見えるようになってきたという事は、町が近いということでもある……そろそろだな。
「お嬢様、町に大分近づいてまいりました。 打合せ通り、ここからは樽の中へ隠れていただきます」
「……わかりました。 先ほど決められた合図を聞くまで声を出さず、静かに待っていればいいのですね?」
お嬢様、渋面を隠そうともしない。
人が入れるとは言え、樽の中へ入るには身体を折りたたまなければならない。
その窮屈な体勢でいつ出れるかわからない中、長時間じっとし続けなければならないのである。そりゃあ嫌だよな。
「はい、その通りです。 注ぎ口の栓と蓋を僅かに開けておきますので、呼吸が出来なくなることはありません。 御身の安全を確保するためですから、ご容赦を」
「私は必ず無事に戻らねばなりません。 ……スモ―様、よろしくお願いします」
お嬢様を樽に詰め蓋をした後、深いため息をついてしまう。責任が重すぎる……
今すぐ逃げ出したいところだが、貴族様と関わってしまった時点で詰んでいるのだ。ここは何としてもお嬢様の脱出を成功させ、自由をもぎ取る他に無事生きのびる方法は無いだろう。
背伸びをして体を軽く伸ばし、気合を入れ直して屋台のハンドルを握りしめて歩き出す。
ライ麦畑の中を通る道をしばらく進むと、ウィレムの町が見えてきた。
何事も無ければ良いなと願うのだが、そんなことは無いだろうなあ。
まあ、面倒事を押し付けてくれた分叩き返してやろう……俺の安穏な日常を侵した罪は重罪であるため、決して赦されないのである。
歩き続けていると、そのうち町の門とその傍らに立ち構える守衛が見えてきた。そのまま守衛の傍まで進んでいく。
「止まれ~! 通行許可証があるなら見せてくれ。 通行許可証が無い場合、町へ入るには500ドゥートをここで納めてくれ」
――さあ、仕込みを始めようか。
俺は守衛の定型句を受け、立ち止まって通行許可証を差し出しながら話しかける。
馬車が襲われたことを守衛に伝え、襲撃があったことを周知するのだ。
「お疲れさん、今日はケッチが見当たらないがどうしたんだ?」
「今日は非番だよ、あいつに何か用があったのかい?」
……今日に限って非番なのかよ!
居ないもんは仕方ない、ここで襲撃のことを伝える。
「俺が北門を通るといつも立っているもんだから門に住んでるのかと思ってな。 それより道中で人が争った跡を見つけたんだが、もう知ってるか?」
「……詳しく聞かせろ、場所はどこだ?」
予想通り、襲撃があった情報はまだ届いていないようだな。
「町から歩いて2日くらいの場所でな、横倒しになって壊れた馬車と、その周りには血の跡があった。 馬車はあまり汚れていなかったから、日数は経ってないと思う。 盗賊の仕業だと思ったらおっかなくてな、急いでこの町まで来たのさ」
「わかった、すぐに現場へ調査隊を編成して送るよう詰め所へ連絡する。 物騒な中、こんな重たい荷物を曳いてきて不安だったろう、町に入ってゆっくり休んでくれ」
「そうさせてもらうよ、じゃあな」
この一報で衛兵詰め所が慌ただしくなることにより、害虫は襲撃が発生したと認識するだろう。
衛兵詰め所の様子を見張るだけで何が起きたのかは概ね推測できるし、内通者がいれば衛兵の動く理由も分かってしまう。
俺の予想が正しければ、この情報を受けても害虫は動きを見せないだろう。
今すぐ盗賊へ使いを送ってしまうと、現場を確認する衛兵らとかち合ってしまう可能性があるからだ。
で、動きを見せてくれないければ害虫は何処に潜んでいるかわからない。そこで、害虫を炙りだすための仕込みを、今から大急ぎで行っていく。
その為には機動力を確保しなければならないので、門を離れた後は宿屋へ向かう。
今向かっている宿屋は屋台を預けられる上に個室があるので、ウィレムを訪れたときは毎回利用している。
この町で屋台を出している時は長く宿泊するので、宿屋を営む家族とお互いになにかと融通するほど仲が良くなっている。信頼って大事だよな。
で、部屋を借りて屋台と荷物を預けた後、明るいうちに町で情報収集と仕込みを手早く済ませようという心算である。
そんなわけで町中にある宿屋のカウンターにやって来たのだ。
「ダナンの親父、部屋は空いてるか!」
「おお! 久しぶりじゃねえかモっさん!」
宿屋『麦風亭』の主人であるダナン……仲が良いのはいいんだが、名前を略して呼んでくれるのは少しばかり嫌である。その呼び方は芋臭いから止めてくれ。
「モっさん言うんじゃねえ! で、部屋は空いてるか? 屋台はもう裏庭に停めてきた」
「おう、部屋は空いてるぞ。 屋台もいつも通り預かっておくが、何泊していくんだ?」
「野暮用次第だが、今回はそんなに長居する予定は無いな」
すると、宿屋の親父は不満そうな顔をする。
「そうかァ、お前が長く泊まってくれればウチで出す飯の種類も増えて儲けが上がるんだが……」
この親父の言う通り、ウィレムの町に滞在している間は宿屋の食堂を間借りして料理を提供しているのである。
で、俺が長期間滞在しないことを知って、このようなことを言っているのだ。
本当なら親父が言う通り、長期間滞在する予定だったのだが……面倒ごとを背負い込んでいる今は無理なのである。
「悪いな、ちょっと面倒事を抱えちまってね。 で、悪いついでに頼まれてほしいことがある」
「おうよ! 俺ら家族とモっさんの仲じゃねえか、頼まれてやるぜ!」
お?言ったな?
樽詰めにしてあるお嬢様のお世話、よろしくお願いします。
そんなの聞いてない?言ってないんだから当然なんだよなあ……
次回は、ウィレムの町で主人公が準備運動をします。
暖機運転とも。