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理不尽料理人~Eat Them All!~  作者: SS二等辺
第一章~料理人とお嬢様~
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006~お嬢ちゃんとカップスープ~

思ったより長くなった結果、町に入れませんでした。

次こそ、町に入ります。

 新しい朝が来た、希望の朝だ。と、言いたいところだが。

 朝日が顔を出す直前なので暗いし、お嬢様に毛布を全部渡したので寒いし、そのお嬢様を連れて町へ急いで行かねばならないし、向かう町には面倒事の臭いが漂っているのである……

 希望の朝なんてなかった。




 愚痴はさて置いて、朝の準備をしないとな。


 まずは、払暁(ふつぎょう)の明るさを頼りにしてかまどに火を入れ、黒パンと昨晩のスープを温める。朝食は一日を始める上で最も大切なことだと俺は思う。

 朝飯を食わないと力は出ないし、頭は働かないからなあ。

 次は水だ。ヒョウタンの中に水を目一杯入れて栓をした後、樽の中の水を全て地面へ流しておく。

 町が近いのだから、必要の無くなった水という重量物は出来るだけ捨てる。

 水を捨てて軽くなった樽を屋台後部の荷台の端へ動かし、人一人分が座れる隙間を作る。

 重いまま片側に寄せてしまうとバランスが悪くなり、屋台を曳くときに傾いてしまうので苦労するのだ。


 そして、寝ているお嬢様を起こしにかかる。

 

 ウィレムの町では情報を収集する必要あるので、十分明るい時間に到着したい。

 そのためには、日が昇って直ぐに出発しなければならないのである。しなければならないのだが……

 スモーの足は、はたと、止まった。見よ、長椅子のお上を。




 それはそれは、起こすことに罪悪感を覚えるほど、ぐっすりと眠っていらっしゃるお嬢様が横たわっているのである。


 長年に亘って女っ気の無い生活を送ってきた身分である。

 女との距離感のとり方を難しいと感じるこの俺が、すぅすぅ、と無防備に寝息を立てて寝ているお嬢様を、どうやって起こしたらいいんだろうか?

 とりあえず触る前に声かけてみるか……


 ……駄目でした!うん、わかってたよ。


 困ったな、どうすりゃあいいんだこれは。

 寝起きが悪くて機嫌を損ねた場合、何かの理由をつけて不敬罪で罪人にさせられる可能性がある。

 普段屋台で相手をする客では無い、貴族様のお嬢様なのである。

 いい年したオッサン予備軍であろうと、怖いものは怖いのだ。

 身体に触れたら不敬だの破廉恥だのと言われそうで怖い。

 毛布をめくったら寒いでしょう!と怒られそうで怖い。

 かと言って、起きるまで待つとした場合、いつになったら起きてくれるんだという問題がある。


 どうしたもんかと考え始めたところ、かまどで温めていたスープの匂いが漂ってきた。

 これ幸いと問題を先送りにするためかまどの火を落とし、スープをカップに移し、屋台のサイドテーブルへパンと共に載せる。




 ん?この匂いでお嬢様を起こせないか?




 これはきっと名案に違いない……!

 早速スープの入ったカップを持ち、それをお嬢様の顔へ寄せていく。

 すると、なんという事でしょう!

 匠の手料理によって、眠りのお姫様が目を覚ましはじめたのです!


 ――本当に起きてしまったぞ!やはり料理は偉大なんだな、これはニンニクの香りが効いたか?


 お嬢様は寝起きでゆるふわした雰囲気を纏い、半開きの眼を手でこすり、欠伸をする。

 警戒心が全く見られない……まあ、起きたところでカップを渡して朝食を(うなが)そう。


「おはようございます、お嬢様。 起きて早々ですが朝食をお召し上がりください」


「……! お……、お!おはようございます!」


 おお?急に顔が赤くなったと思ったら、カップを奪うように手に取ってスープを啜りはじめたぞ。

 何か気に入らないことしたかなあ……まあいいや、俺も朝飯を食べるかな。






 妙な雰囲気になった朝食を終えて、食器と野営道具を片付けた俺とお嬢様は、ウィレムの町へ向かって屋台を曳きながら歩きだした。

 歩くとはいっても、裸足のお嬢様を歩かせるわけにはいかず、樽を寄せて隙間の空いた荷台に座らせているため、実際に歩いているのは俺だけなのだが。

 樽の水を捨てたので、女一人の重量を加えたところで屋台は重くならないのだ。

 朝焼けの眩しい光を浴びて(にわ)かに輝いていく景色を眺めながら、お嬢様を乗せた屋台をゴロゴロと曳いていく。

 前方で屋台を曳く俺と、後方で荷台に座るお嬢様は距離が離れているため、道中言葉を交わすことは無い。

 堅苦しい言葉遣いをする必要が無いので楽だ……長年一人旅を続けてきた悪影響なのは間違いないだろう。






 昼前になりすれ違う人が出てきたところで屋台を脇へ停め、昼食を兼ねて休憩をとることにする。

 ヒョウタンの水をカップに注ぎ、黒パンと干し肉と一緒にお嬢様へ渡す。

 俺と同じ食事だが、我慢していただくのである。


 道の反対側に据えた長椅子に並んで座り、味気ない昼飯を食べているとお嬢様から話しかけてきた。


「スモ―様、ウィレムの町では何をするつもりなのですか?」


「率直に申しますと、お嬢様に害をなす虫がいるか、これを調べます。 居ないのであれば重畳なのですが、盗賊から得た情報を鑑みると、害虫が潜んでいる可能性が非常に高いでしょう」


 貴族独特の取り繕うような遠回しの表現を使わず、率直に答える。

 面倒くさいんだよね、あのやり取りはさあ……


「従いまして、町には害虫がいるという前提で動くことになります。 現時点でお嬢様が賊に襲われたことは、我々と賊をけしかけた害虫のみが知りえること。 そして、お嬢様が無事であることは我々しか知りません。 この情報の優位を活かして立ち回ることになります」


「なるほど。私の存在を隠匿することで、敵の行動を抑制し、ヘルデルスタッドへ速やかに脱出するという事ですか」


 頭のいいお嬢様だ。が、正解ではない。


「いいえ。 害虫の行動を制限するのではなく、誘導していくのです。 ウィレムからヘルデルスタッドまでかかる日数は馬車で2日。 この道中に害虫が仕掛けてきた場合、今度は確実に目的を達成できる手勢を向けてくるはずです。 この場合、(わたくし)一人ではお嬢様を守り通すことは極めて困難です」


「……ではどうすると?隠匿する意味がありません。 でしたら、ウィレムの町の衛兵にヘルデルスタッドまでの護衛を協力していただく方が賢明では?」


「緊急事態である今、状況は悪い方を常に想定して動きべきです。 もしウィレムの衛兵が買収されて害虫の一味であった場合、それは自らを窮地に陥れることになります」


 奴隷狩りが跋扈(ばっこ)していると思しき地域の衛兵なのだ、賊と衛兵が内通している可能性が無視できない。

 貴族令嬢という上物だけに、賊が捕らえるのを失敗した獲物を、内通している衛兵が発見した場合、すぐさま手勢を整えて襲ってくることは容易に想像できる。

 貴族という獲物に手を出してしまった以上、少なくない犠牲を払ってでも(さら)う獲物になっているという認識だ。


「そこで、先ほど出てきた情報の優位という手札を使います。 害虫は襲撃の結果を知るには賊と接触しなければなりません。 しかし、賊と接触することは悪行の露呈を促す行動ですから、襲撃の結果を知るには慎重にならざるを得ません。 犯罪が明確にばれてしまうと領軍が動きますから、築いた拠点と、襲撃のノウハウと人員を失うという、犯罪組織にとって深刻な事態になります」


「えぇっと、つまり、どういうことですか?」


「組織を動かすうえで重要な拠点、情報、人員を一気に失うことは、表立って活動できない犯罪組織にとって致命傷ということです。 話が逸れてしまいましたが、害虫が襲撃の結果を知るには時間が掛かるという事です。 襲撃が失敗したという情報を、わざと()を付けて流すことで行動を誘導しておき、我々が先回りして害虫を叩き潰すという算段になります」


 お嬢様が人差し指を口に添えて考えている。

 お淑やかな所作が優雅だなあ……


「……つまり、()られる前に()ることで、身の安全を確保しようという事ですね?」


 お嬢様が人差し指を舌で舐める。

 言葉遣いも所作も物騒だなあ……


「その通りです。 そのためには害虫に時間を与えてはいけませんから、急いでウィレムの町へ向かっているのです」


「考えていることは分かりました。 ですが、私の存在を隠したまま町へ入るのはどのようにするのですか?」


 俺は屋台の後ろに載せている、空になった樽を親指で指し――


「お嬢様には、あの樽の中に潜んでもらいます」

瓶詰少女ならぬ、樽詰め少女。

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