004~旅のりょうりにんとして気になること~
この世界の文明は、大航海時代近辺を想定しています。
二人してスパゲティを黙々と食べた後、芋が柔らかくなったスープを啜る。
空腹が満たされ、温かいスープを飲んだところで、不意にお嬢様がさめざめと涙を流しはじめた。
「ごめんなさい……スープで体が暖まって、本当に助かったのだと感じたら、急に涙がでて止まらなくて……」
食事を終えたら事情を聴こうと思ったのだが、こりゃあお嬢様が落ち着くまで暫くかかりそうだなあ。
そう思った俺は、後片付けをしてくることをお嬢様に告げると、やかましいので離れた場所へ放置してあった盗賊の下へ向かう。
「テメェ!さっさと開放しないと痛い目見るぞ!早く縄を解きやがれ!」
人を殺そうとした上で返り討ちにあった挙句、縛られた状態で随分でかい態度だなあ。
五月蠅いので、足でザザッと顔に砂をかけてさしあげよう。
「ブベッッ!何しッ、や、悪かったやめてくれ!」
「自分の立場を理解していたらそんな言葉が出てくるはず無いよな~、そこんとこお分かり?」
「わかったわかった!わかったから砂をかけるのは止めてくれ!」
本当に理解したか疑わしい。
「本当に理解したか?お代わりが欲しかったら遠慮なく言ってくれよ。」
俺が腰に下げている革袋を見せる様にポンポンと軽く叩くと、盗賊共は顔を青くしていく。
全員、口を噤んで小刻みに震えている。
この様子なら、親撲会を開く必要もなさそうだ。
――盗賊が話すところによれば、頭目が何処ぞから仕入れた「いいトコのお嬢さんを乗せた馬車がこの道を通る」という情報をもとに待ち伏せ、昼下がりに現れた馬車を13人で襲撃する。
護衛と付き人による決死の抵抗により、お嬢様は逃走に成功。
戦闘で頭目と合わせて5人の手勢を喪った盗賊は被害の大きさに怒り、獲物を絶対逃してなるものかと追跡を行う。
日が暮れてきたところで再びお嬢様を視界に捉え、捕まえようとしたところで、俺に出会ってしまったということらしい――
なるほどなあ、盗賊の動きが緩慢だったのは、追跡で疲れていたからなんだな。
まあ、体調が万全であっても負ける可能性は毛先ほどもないのだが。
しかし、盗賊から得られた情報、嘘の気配は無いんだが、臭う。
情報の秘匿に限界があるとしても、馬車の情報を伝えられた盗賊が、襲撃の態勢を整えるほど存在した時間の余裕。
そして、不可抗力とはいえ盗賊を撃退し、お嬢様を保護してしまった俺。
なんだか面倒事の気配が漂ってきたなあ……
事情を問い質して用無しになった盗賊を縛り直し、お嬢様の目の届かない場所へ動かし、棄ておくことにする。
全身やけどや刺激物で目潰しされ、ロープで縛られ、かつ人気のない野道の脇に放置したら、野犬か魔物のいい餌になるだろう。
金品を得るために人の命を奪うという悪辣な行為を行うのだから、この程度の理不尽は呑んで然るべきだな。
助けてくれとギャーギャー騒いでいるが、気の毒だが正義のためだ、仕方ない。
盗賊の始末を終え屋台へ戻ると、お嬢様がかまどの残り火にあたっていた。
晩春の夜は寒いもんな。
「寒いならこれを使ってくれ」
俺は椅子の毛布をお嬢様に手渡し、やかんをかまどに載せる。
どうやら落ち着いたようだ。
「お嬢さん、疲れているところ悪いんだが、アンタは何故盗賊に追いかけられていた?」
「何故と言われても、私を捕らえて売りものにするためなのでは?」
そうじゃない。言い方が悪かったようだ。
「言い方が悪かった。お嬢さん、狙われる心当たりはあるか?」
「私個人で思い当たる節はありませんが……貴族の者ですから、身分の上で狙いをつけられる可能性はあります」
うわあ……貴族様だったのか、面倒事の気配が強くなってきたな。
とりあえず、ため口で会話したことを謝っておく。
「貴族様でしたか。無礼な口をきいてしまい申し訳ありません」
「いえ!とんでもない!命の恩人ですからどうか顔をお上げになってください!」
優しいお嬢様だなあ。
だがしかし、俺は警戒を解かず、心にもないことを述べておくことにする。
「滅相もない、賊に追われる婦女子を助けるのは男の責務です」
お嬢様、顔を赤くして黙ってしまったぞ。
嘘の言葉で照れてもらうと罪悪感に苛まれるので止めてほしい。
とりあえず、話を進めるために名前を訊かねばなるまい。
「お嬢様、僭越ながら名乗りを。私はスモ―と申します」
「私はグローチス家長女のコルネリアを言います。改めて、此度は助けていただきありがとうございます」
ええ~……あの髭熊親父の娘さんだったとは。しかも、似つかぬ別嬪だ。
あの親父なら知り合いだし、名前を確認したところで少し踏み込んでみるとしようか。