彼氏が欲しい
床に散らばったゼクシィ。表紙の女どもが嘲笑するように私を見る。
まだ彼氏もいないの?ダサ〜い。あんたぐらいの歳の人は、もうみんな結婚してるわよ。
何もわかっていない。そんな同調圧力をかけてくる方がダサいんだ。そんなの、人それぞれじゃないか。同性婚も認められつつあるこのご時世に、結婚しないことを認めないなんて、おかしいよ。
歳をとって、焦って、相手を探して結婚する。これがみんなの普通らしい。少なくとも、親が言う普通らしい。でも、それは違う。あえて私は断言してみる。
私は人を好きになったことはある。だけど、人を愛したことはない。カッコいいな。好き。優しいな。好き。そんな、陳腐でありふれた恋。それしか私は知らない。でも、恋なんてもので、たったそれだけのもので結婚を決めるわけにはいかない。結婚は、人生を縛り付ける足枷だから。
捻くれ者。僻んでいるだけよ。音が、並ぶ。並ぶ。並ぶ。
そこら辺に捨ててあるゼクシィを拾い上げる。6月号と書かれてある。表紙の顔は輝いている。作られた笑顔で。真ん中から引き裂く。ビリ、ビリリ。
私は、おかしいのかもしれない。本能的な意味でみるならば。でも、私はそういう風に生きている。他のメスどもとは違って、理性に従って生きている。私は結婚によって失うものを知っている。失わないために生きているだけだ。
失うものなんてないでしょ。壊れたテレビの砂嵐が言う。ザーザーザー。
うるさい。私は自由を失いたくないんだ。ただ、それだけ。
赤が床に広がっている。フランスを自由にしたのは、この赤だった。
私は自由なの。誰がなんと言おうと。束縛から逃れ、大空へ飛び立つの。
部屋はこんなに締め切っていて狭いのに、どこに飛び立つって言うの?割れた電球が大空を揺れながら騙る。
楽しそうに揺れてるじゃない。窓を開ければ、すぐにでも飛び立てるはずよ。ヒタ、ヒタと歩き、カーテンを開け、窓を開ける。夜風が部屋を吹き抜けようとする。そこを玄関が立ち塞がりとおせんぼする。
通さないよ。通せないよ。玄関は頑固だ。けちんぼ、と風が言い、生暖かいニオイを運ぶ。
んーーと、背伸びをして定位置へと歩き出す。何かが足に触れる。
「クソ・・・やろ・・・う」
ゴミがガサガサと喋っている。少し蹴ってやる。ゴミは押し黙る。
「彼氏が欲しい」
口ずさんでみた。
でも、それはうわべだけでしょ。キッチンに置かれた包丁がテラテラと語る。さすが包丁。彼女は私の代弁者だ。
普通の人には彼氏がいる。または、いた。だから、「彼氏が欲しい」って言うんだ。他の人の前では。でも、それは愛情を求めているからではない。それはただの、防衛本能。人とはぐれないための。そんなこと、わかってる。
なら、逃してあげればよかったじゃない。束になった新聞紙が口々に言う。
だって、私を傷つけるんだもの。ゼクシィを見て、逃げ出すから行けないの。私は何もしてなかったのに。
あんた、おかしいよ。異常者よ。自分のことを棚に上げた、幾人かの女が言う。
異常者はあんたらだ。あんたらがいなければ、アイツは逃げなかった。あんたらが嫌いだから、彼は逃げ出したんだ。あんたらが嫌いだから、私の、彼氏は、逃げ出したんだ。
逃げ出したんだ。にげだしたんだ。逃げ出したんだ。ニゲダシタンダ。逃げ出したんだ。ニゲダシタンダ。にげだしたんだ。NIGEDASITANDA。逃げ出したんだ。
ボソリと私は言った。
「彼氏が欲しい」