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きらめき  作者: 一抹一輪
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桜庭のり子の事件簿

「のり子ちゃん、お母さんについていけて、偉いね」

 幼少時代、買い物をする母に言われるがまま、後ろをついていく私に、偶然出会った母の友達はそう言った。

 私は母の友達のその言葉に、まったく言葉通りの感情が含まれていないことに気付いた。

 思えば、その頃、その言葉のように、今だから社交辞令だとわかる、挨拶代わりの褒め言葉をたくさん受けて、私はそのどれもが、本心で言っていないことに気付き、それがもとになり、幼少期に、人間不信という状態を経験した。

 人間の言葉を信用できない状態は、成長とともに薄くなっていき、高校生になった今の私は、今では人と上手く付き合うことはできるようになっている。

 それについて何にも問題はない。

 問題はないのだけど。

 しかし。


 私、桜庭のり子が、名古屋市立丹後帝高校に入学してから、一年と一ヶ月が経った。

 人間不信を幼い頃に抱えたことで、つまずきかけた私の人生は、小学校に入ったばかりの頃に、今はもう顔を思い出せない見知らぬ女性の言葉により救われた。

 あれから、多くの人と関わることができたが、あの女性にタイプが似ている人間は誰もいない。もしかしたら、あの人は……。

「うっそ!」

 休み時間に呆然と考え事をしていた私の思考を、クラスに響く一人の女子の声が遮った。

「駅前の喫茶店に入れたの? あそこ高校生は雇ってないのに!」女子は周りの視線を気にせずに大きな声で話す。正直、うるさい。

「まあ、たまたま人手不足だったらしいから」大声を出す女子と話していた女子は、頭をかきながら応える。この女子の名前は神崎栞、大人びた雰囲気の優等生だ、私服を着れば大学生と言っても疑われない落ち着いた雰囲気を持っている。ちなみに大声を上げている女子の名前は橋本真奈美、いつもハイテンションのうるさい女子で、実年齢より幼く見える。

 その二人の会話を聞いて、何人かの女子が二人のもとに集まる。

 最近、私のクラスの女子の間では、喫茶店でアルバイトをすることが流行っていて、この手の話題は皆の注目を引く。

 この流行りが生まれたのは、このクラスで一番人気者の、三城冴乃が喫茶店でアルバイトを始めたことだ。三城冴乃はとても優れた容姿を持っていて、この学校でもモテモテで、やることなすこと真似されやすい。将来は女優になったらいいのに、という言葉は聞き飽きていると、前に言っていた。

 三城冴乃が生んだ流行りは、病気がちな女子も例外ではなく、クラスメイト達に、好かれているが、どこか陰りがあり学校をよく休む久野道江も、アルバイトを始めたそうだ。無愛想なわけではないから不向きではないにしても、普通学校も満足に行ききらないのに、アルバイトを始めるか? と私は道江の行動をおかしく思った。

 三城冴乃のファンではない私も、学校の流行りに乗ることは、人付き合いのために必要だと思っていて、流行りに乗れていない現状に焦りを感じている。

 私も最悪喫茶店でなくてもいいから、早くアルバイトをして、クラスメイト達と、仕事についてなど話してみたい。

「ねえ、どこの喫茶店が給料高いの?」私は後ろの席の、日比千重子に話し掛けた。

「ああ、駅前の、この学校の最寄り駅の目の前の喫茶店が給料も高くて、人気らしいよ」

「だけど、もうこのクラスはもちろん何人かいってるし、この学校の生徒だけで六、七人いるから、やめといたほうがいいかもね」

 金持ちの家の千重子は、アルバイトをする必要がないとのことで、そういう情報に疎く、美味しそうな話は聞けなかった。

「そう、ありがと」千重子と話し終え、私は黒板をぼーっと眺めた。周りからは、こころなしか「あのお客さんがね」や「給料が安い」などアルバイトを意識させる内容が多く聞こえる。

 なんか、ものすごく悔しく感じ、私はいつしか歯を食いしばっていた。

 会話の中には、あ、これは嘘だなとわかるものも含まれていたが、それでも、クラスの会話についていけていない現状が腹立たしい。

 下校後、家に帰る前に、私は学校の最寄り駅近くのコンビニで、無料のアルバイト求人誌を抜き取り、かばんに入れ、何も買わずに、駅へ向かった。

 夕焼けに照らされながら、電車を待つ。私は部活をしていなくて、また特に仲の良い友達は皆、部活をやっているので、学校帰りはいつも一人だ。

 ぼーっと立っていたら、いつの間にか目の前に帰りの電車が来ており、私はその普通電車の中に座り、家からの最寄り駅に着くまでの八分間、アルバイト求人誌の中から喫茶店という文字を探し続けた。しかし運が悪かったのか、今週の求人誌には喫茶店の求人はなかった。

 ため息をつき、私は電車を降りた。

 改札を抜ける時、幼少期の私を救った女性のことを思い出した。今日の休み時間に、もしかしたらあの人は、と何かその人に対する答えを見つけたのだが、今ではその答えのイメージすら掴めなくて、自分が休み時間に何を思ったのかは忘却の彼方になってしまった。

 私は駅から出て、駐輪場に入る。自転車をこいで十五分。いつもこれくらいの分数で家に着く。

 帰り道に、交差点で信号待ちをしていると、後ろで大学生らしい私服を着たカップルが話をしていた。

「今日うちの犬見に来ない?」金髪のおちゃけた見た目の男が言う。

「あ、いくいく、散歩もさせてよ」黒髪の大人しそうな女が言う。

「いいよ、一緒にしよ」その男の口調からは達成感と安堵感が感じられ、それに対しての女の「やった!」という無邪気な喜びを聞いた。

 嫌なことを聞いた気がして、私の気持ちは少し落ち込んだ。

 おそらくこのカップルは、女が男に遊ばれているだけの、紛い物のカップル。男は女の好きなもので、気を引いて、自分の欲望を満たそうともしている。私にはそう思えて、その犬の散歩をしたあとの、男の行動も目に見える。確実に女を自分の部屋に入れる。そこから先は、まだ私も経験していない、男女の交わりが行われる。そんなところだろう。

 そんなつまらないことを考えていると、家についた。私は時間を無駄にした気持ちになった。

 都会の片隅の田舎道の車道の一つに、三つの家が面して並んでいて、その真ん中が、私の家である。ちなみに左右の家は、母方の祖父母の家と、父の妹の家である。

 表札は全部、桜庭と書かれている。私の両親は結婚前から同じ名字であったのだ。

「あ、のり子先輩!」

 いきなりの大きな声に一瞬体を震わせて、声の方を見ると、大体五十メートルほど先から、私の中学時代の後輩がこちらに手を振っていた。

 その後輩ほど大きな声が出せないのり子は、手を振りつつ、後輩が近付いてくるのを待った。

「のり子先輩、今帰りですか」周りの空気を飛ばす勢いで、はつらつとした声で喋るこの子は、三谷木蔭。私よりニ学年下の、現在受験生である。

「うん、今帰り。木蔭もそうなの?」私はこの後輩のことを気に入っている。恐れずに、何でもまっすぐに伝えるストレートさがたまらない。

「はい、友達と話してたら、帰りが遅くなっちゃって、用事もあったんで、走って帰ってたんです」走っていたと言う割には、汗をあんまりかいていないのは、この子が陸上部だからだろう。

「そ、じゃあ急がなきゃな、私と話してる暇ないよ」これ以上話せないのは惜しいが、木蔭を行かせようとする。

「ああ、あの先輩もし暇なら、私についてきてくれませんか?」

「え?」

「はい、実は新しい喫茶店を見つけて、入りたいんですけど、やっぱり一人では気が引けるというか、先輩と会えたのも何かの縁だろうし」

「いいよ」何故友達と行かないのか、など疑問はあったが、喫茶店という単語に食いついてしまい、私は二つ返事をした。


「いい雰囲気のお店ですね」店の中を見渡し、木蔭はそう言った。明るくもないが、暗いわけでもない、絶妙な明るさと、それを引き立てる落ち着いた色の内装。私もこういう静かな空間は落ち着く。

「ここで決まりかな」木蔭はそう呟いた。聞こえないように言っていたのだろうが、私には聞こえた。

「あ、ここでアルバイトするってこと?」私は間髪入れずに質問した。

「いや、まだわからないですよ! それにその前に受験がありますし」木蔭は本心で焦っているようで、必死に否定する。こんな時でもストレートさを欠かさない。いい子だ。

 その後も二人で少し話をしてから店を出た。出てすぐに私と木蔭は別れた。木蔭はもう少し喫茶店巡りをするらしい。木蔭のクラスでも喫茶店のアルバイトが目標とすることが流行っているらしく、変な偶然を感じながら、私は帰ることにした。

 しかし帰る前に、目に止まったのは、さっきまで入っていた喫茶店の隣の建物。

“バーきらめき”

 四角い、黒で統一された建物。入り口の前の電光看板以外には、文字の書かれた部分がなかった。

 変わった見た目であり、私はしばらく、この建物から目を離せなかった。いや見た目以上に、この店の雰囲気に惹かれるものがあった。もし私の心の中に方位磁石があるのなら、間違いなく心の針は、この建物を指していた。

 私は、今まで感じたことのない不思議なエネルギーが、心臓から湧くのを感じた。

 その不思議なエネルギーは、運命の分岐点で、正しい選択をした時に与えられるものだと、後に教えられる。

 私は、バーきらめきの黒い扉についた、黒銀色のドアノブに手をかけた。

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